そして二つの年月が……
『神器『ターヘル・アナトミア』があれば、異世界なんて楽勝です〜杉田玄白、異世界に転生する〜は.毎週月曜日と木曜日の更新です。定期更新です。
まもなくラスト。
それまでもう少々のお付き合いを、よろしくお願いします。
玄白がヴェルディーナ王国を出て、早くも二年が経過していた。
その間に越えた国の数は、全部で八カ国。
道中通りすぎた全ての国で玄白はお尋ね者として賞金が掛けられていたのだが、その名目がとにかく酷い。
最初にヴェルディーナ王国が玄白に賭けた罪状が『国王暗殺未遂』であり、贅沢さえしなければ、一般市民が死ぬまで暮らせる金額が賞金として掛けられていた。
しかも、この金額は国を越えるたびにどんどんと上がっていく。
ヴェルディーナ王国で霊薬エリクシールを求めての利権に巻き込まれた玄白だが、他国では務めて平和に過ごそうとしていたのだが。
どの国でも、一週間も持たずに貴族や王族に目をつけられてしまう。
それは何故か?
理由は至極簡単で、道中、玄白はエリクシールの生産は一切行っていなかったものの、錬金術ギルドや商業ギルド経由でも手配がかかっていたから。
しかも二つのギルドには、玄白は【霊薬エリクシールを生産できる治癒師】と言うお触れ書きがついているため、国境を超えて隣国に入っても、正門でのチェックデーターは国の中枢に伝えられてしまう。
結果として、その町の領主は玄白の元を訪れ、なんとか霊薬を手に入れようと必死になる。
バルバロッサでのことを考えて作らないことを伝えると、今度は憐れのない罪状をなすりつけられ、逮捕されさそうになる。
また、各都市で冒険者としての活動を行うにも、全てのギルドにも手配が掛けられているため、玄白自身は日銭を稼ぐのさえままならなかった。
それでも、ヴェルディーナ王国での稼ぎだけでも数年は暮らせるぐらい稼いでいるため、バルバロッサ帝国へと向かうためには多少遠回りで時間が掛かっても、安全なルートを通っていこうと言う方針で旅を続けていた。
そして、バルバロッサ帝国の手前にある亜神種の王国にはいったとき。
玄白は、『ヴェルディーナ王国が、ドラゴンの怒りを勝って滅亡した』という報告を受けた。
「……だから、わしは忠告したのじゃが……」
もしも玄白が勇者と共に、ドラゴンを討伐していたら。
こんな悲劇はなかったのかもしれない。
もしもバルバロッサ王国が、玄白の忠告を聞いていたら。
こんな悲劇は起こらなかったかもしれない。
「話を聞かなかった、欲に負けた王国が、王族が、そしてオリオーンの貴族が招いたこと。スギタ先生が気に止むことはないですよ」
「そうです。ここに至るまでも、そんな国はいくつもあったではありませんか」
スタークやマチルダがそう励ますが、玄白はすっかり意気消沈。
「……人の欲とは、どこまで深いものなのか……」
「まあ、エリクシールは本当に危険だ存在ですからね。国によっては、一国の国庫を全て捻出しても欲しいレベルですから。それを自由に作れると言う時点で、スギタ先生はどの国からも囲いたいと思わらても仕方がありません」
──ガラガラガラガラ
やがて街道の先に、巨大な壁が見え始める。
ここが、亜神の王国『パルフェラン』。
自由貿易国家の異名を持つ国であり、ドワーフ王の統治する国。
バルバロッサ帝国の隣国にして、完全中立を宣言している故に、いくらギルドからの手配がかかっていても、それを捉えるための権限を振りかざすことはない。
パルフェランはパルフェランなりの法によって、国が動いている。
他国での犯罪者などもこの国に逃れることはあるが、すべての城門前に設置されている【真実の鏡】がそのものの魂の罪を暴く。
故に、冤罪によって国を追いやられたものたちは、この国に安住の地を求めてやってくる。
「そこの馬車、止まれ!!」
正門前の騎士が、スタークの操る馬車を止める。
すぐさま場所は止まり、スタークを始めとした全員が、身分証を取り出して提出する。
「ふむ、【深淵をかるもの】か。通って良し。それと治癒師のランガクイーノ・ゲンパク・スギタ。あなたは、こちらで真実の鏡による審査がありますので、こちらへ」
「馬車の中でスタークどのが話していた奴じゃな」
納得するように頷き、堂々と前に進む。
そして壁に設置されている鏡に向かうと、言われるがままに鏡に手を当てて。
………
……
…
──白い空間
そこは、運命の回廊の手前にある部屋。
運命の女神メルセデスが、突然姿を表した杉田玄白を悲しそうに見つめている。
「おお、いつぞやの女神ではないか。わしは真実の鏡というもので、審査を受けていたはずじゃが」
普段と変わらない口調で、玄白はメルセデスに告げる。
だが、メルセデスは頭を左右に振りながら。
「玄白さん。苦しくはありませんか?」
「苦しい?」
メルセデスの言葉の意味を、玄白は理解している。
この世界は、玄白にとってあまりにも厳しすぎる。
特に、ここに至るまでのすべての国では、玄白の存在は自らの利権、国の利益としか気考えられていなかった。
そんな中でも、玄白は旅から旅の最中にも、大勢の人を癒してきた。
「苦しい……か。そうじゃな、苦しいな。人の心の欲とやらが、痛いほど突き刺さるわ……」
「もし、貴方が望むのなら。今からでも、輪廻転生の輪に乗り直すことができます。貴方は優しすぎます」
「いや、わしはそんなに優しくはない。それに……」
今から転生するとなると、スタークたち、良き縁もすべて失う。
ここまで無事に来られたのも、彼らの力があったからこそ。
それを失って、一人で楽になるというのは、何か間違っていると玄白は考える。
「今、わしは生きている。やらねばならぬことなんぞ知らんが、少なくとも新しい国で、新しい生活を楽しめるようにしたいと考えてはいるがな」
「そうですか。では、貴方の罪は存在しない。それは私が保障しましょう」
「それだけで良い。わしは、江戸では体験できなかったものを色々と体験できて楽しいのじゃよ。まあ、ここまで欲深な者たちがいるなどとは、考えてもいなかったが」
メルセデスは、静かに玄白の言葉を聞いている。
そして時折、うんうんと頷きつつも、玄白の言葉を否定するようなことはしなかった。
「バルバロッサ帝国よりも東の国は、過去の魔族との大戦での呪いに縛られています。勇者の仲間であった聖女ですら、その呪いを解くことができませんでした」
「呪いか。わしの霊薬なら、それは解除できるのか?」
「残念ながら。例え神薬を用いても、魔王の呪いは解除できません。唯一、精霊王の加護ならば、それを和らげ、ゆっくりと解きほぐすことはできるのですが」
残念なことに、東方の地には精霊の加護を得たものは存在しないと。
「そうか。では、この世界はこのままなのか?」
「勇者ならば、魔王を倒して世界の呪いを打ち消すことができるかもしれません。ですが、人の業は全て消し去ることはできません。それを和らげるのは王たる存在であり、人を良き世界に導く賢王の存在が必要なのです」
賢王。
その名前を聞いて、玄白は頭を捻る。
ここに至るまで、そのようなものの噂など聞いたことはない。
「それは、どこの国の王なのじゃ?」
「わかりません。いつか生まれる存在、神の啓示を受けた、本物の転生者。そのものが世界を救うべく立ち上がったなら、この世界に広がる闇を祓うことができるでしょう」
「そうか。まあ、いつかくる未来、それまではわしは、わしの出来ることをのんびりとやらせてもらうよ」
その言葉で、メルセデスはようやく笑顔を見せる。
「では、そろそろ時間ですね。次に会うときは、貴方が天寿を全うしたときであることをお祈りします」
「御神体でも、寿命で死ぬのか?」
「はい。御神体も老いには勝てませんので。では、また……」
………
……
…
スッ、と玄白の意識が戻る。
そして周りを見渡すが、騎士が一人、鏡に映し出された文字を読んで震えている。
「ランガクイーノ・ゲンパク・スギタの罪は存在しない……運命の女神メルセデスが、それを約束する……か。これを持って隣の部屋へ」
銀色の符打を手渡され、玄白は隣の部屋へと向かう。
そしてそれを受付に渡すと、同じように驚いた顔で、新しい身分証を玄白に手渡した。
「スギタさん、貴方が無実であることは女神メルセデスの名において証明されました。こちらが新しい身分証です。そしてようこそ、自由の国パルフェランへ」
最後は明るく告げた受付。
それに玄白も笑顔で答えてから、部屋から出ていく。
「お、スギタ先生、どうやら無事でしたか」
「だから、問題ないって私もマチルダ姉さんも話していたじゃない」
「いや、まあ、そうなのだけど」
心配してくれた仲間。
【深淵をかるもの】に玄白は軽く手を上げると、にこやかに笑った。
「女神の証明付きじゃよ。さて、この国でも診療所を開くとするかのう!」
「それじゃあ、俺たちは宿の手配をしてきますよ。マクシミリアンとマチルダは、スギタ先生の護衛を頼む」
「了解」
「お任せください。とは言いましたけど、どちらに商業ギルドがあるのやら」
とりあえず、一旦は全員で宿に向かうと、そこで商業ギルドの場所を教えてもらう。
そして玄白は、商業ギルドの扉を開くと、受付に向かって堂々と宣言した。
「蘭学医の杉田玄白じゃ。この国でも、診療所を開こうと思う。その、許可を貰いたい!!」
「はい。身分証の提示をお願いします」
すぐさま、玄白は新しい身分証を提示する。
すると受付の顔色がサーッと青くなっていく。
「こ、この身分証の色は……少々お待ちください!」
「なんじゃ? 色が何か問題があるのか?」
銀色の身分証は貴族相当。
正式な貴族を示す青色の身分証とは異なり、為すべき義務は存在しない。
それでいて扱いは侯爵相当と、破格な身分が約束されている。
銀色は女神の加護を現し、ここ数十年の間、一度も歴史上に現れたことはない事からも、存在自体が希少であることを示している。
「……なあ、スタークさんや。わし、また何かやらかしたか?」
「さぁ? この国の文化や風習は独特ですから」
スタークたち上位の冒険者でも、銀色の身分証のことは知らない。
それ故に。
これから起こるであろう出来事に、警戒しつつも楽しそうな笑みを浮かべていた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。