いいえ普通の薬師です。ドラゴンになんて勝てません、多分。
『神器『ターヘル・アナトミア』があれば、異世界なんて楽勝です〜杉田玄白、異世界に転生する〜は.毎週月曜日と木曜日の更新です。定期更新です。
──コトッ、コトッ
完成したばかりの薬が入った瓶。
それにラベルを貼り付けて棚に並べておく。
先日、【深淵をかるもの】に護衛をしてもらい薬草採取を行っていた玄白は、解体新書によって精製した各種魔法薬を棚に並べている最中である。
ちなみに作業机の隣の棚には、錬金術ギルドから届けられた『紫水晶の薬瓶』が三本並べられている。
届けられた薬瓶は一日につき二本、領主に納品して欲しいと頼まれているのだが、その日の治療状況によっては余分なエリクシールを作ることはできない。
そのため、週末にまとめて出来た分を納品すると言うことで話はついているのだが。
それとは別口で、勇者チームからもエリクシールを売って欲しいという話が届いている。
こっちについては十本、出来上がったら渡すことで話はついているので、それほど急ぐことはない。
現時点で保存されている本数は14本。
それを領主の使いがとりに来るのは今日。
引き渡しと引き換えに、一本につき金貨十枚が支払われる。
「ふぅ。しっかし、随分と瓶が並んだものじゃなあ」
解体新書からのエリクシールを取り出して並べる。
透き通った青色に輝く霊薬。
ちなみに玄白の精製するエリクシールは、本物のエリクシールではない。
霊薬エリクシールは生命体の怪我や病気、呪いを全て癒す効果を持つのだが、神から授かった武具を修復する力はない。
玄白が精製しているのは【神薬・ハイエリクシール】であるが、鑑定ではその表示が出ないために、霊薬エリクシールとなっているだけである。
──コンコン
診療所の扉を誰かがノックする。
「ようやく来たか。どれ」
入り口に向かって扉を開くと、そこには大勢の人が集まっていた。
二人は領主の使いのものたち、二人は勇者チームのアランとアルナイアル。
そして残りの十名は誰であろうか?
揃いの鎧を身につけ、王国の各章を胸につけている騎士。
「はぁ? 随分と大勢の客じゃが。まずは順番に処理するか」
そう玄白が告げると、騎士たちが前に出ようとしたので。
「まずは予約のあった領主さんとこの使いの人と、勇者さんとの二人、中に入ってるか? 騎士たちは少しそこで待っておれ。それとも急患なのか?」
まさか自分たちが後回しになるなど、騎士たちは予想もしていない。
「ちょっと待て。我々は国王の命令でここに来た。まずは我々の話を聞くのが先ではないのか?」
「急患でないのならあとじゃ。わしは王国に仕えている御典医というわけではない。予約のあったものから順番に話をするだけじゃ。それとも何か? お主らは自分たちの権力を振るって、順番を変えようとするのか?」
「国王からの伝言を伝えるのが我らが使命」
「そんなの、半刻ズレたところで何も変わらんわ。では、そこで待っておれ」
──バタン
無慈悲に扉を閉じる玄白。
その態度に激昂した若い騎士が剣を引き抜こうとするが、騎士団長らしきものにたしなめられてしまう。
そんなことが外で起こっているなどつゆ知らず、内部でもひと騒動が起きようとしていた。
………
……
…
「さて。まずは領主殿の納品分が10本、これを持っていくが良い」
「はい。今週分としては4本ほど足りませんが?」
「可能ならばと、あらかじめ話であったはずじゃが? それと今しばらくは定期的な納品を止めさせてもらう。急患が出た時に対応ができなくなるのでな」
「それは構いません。領主さまからも、緊急時の対応についてはそちらを優先してもらうと伝えるように言われていますので」
うんうんと納得しつつ、玄白は手渡された金貨袋の中身を確認してから、解体新書の中に収納する。
そして残りの4本を取り出すと、それはアランたちの前に並べる。
「これは勇者チーム用の納品分じゃな。あと6本についても余裕がある時に用意しよう。それはかまわないのじゃよな?」
「はい。スギタ先生の余裕がある時で構いませんので」
「でも、明日からはドラゴン討伐が開始されるからニャァ。もっと多く欲しいというのは本音だニャ」
ねだるように呟くアルナイアル。
すると玄白は解体新書から別の薬瓶を10本取り出す。
「こっちは怪我を癒す魔法薬じゃな。エリクシールとやらよりは効果は弱いが、無いよりはマシじゃろ。まとめて金貨1枚で構わんよ」
「ほ、本当に良いのかニャ?」
「これをケチって怪我人が殺到するぐらいなら、これである程度回復させてから別の治癒師の元に向かった方が回復は早いじゃろ?」
緊急時には、自分のところは重症・重体患者を引き受ける。
そのかわり他の治療院や治癒師の元には、彼らが治せる程度の怪我人を送る。
そうして欲しいと商業ギルドからも懇願されているのだから、仕方がない。
玄白の治療院が出来てからは、そういった願いが他の治療院から陳情されていたらしい。
「助かるニャ!!」
「本当にありがとうございます。本来ならタクマが頭を下げるべき案件なのですが、奴は最後の調整で手が離せなくて」
「ふぅん。まあ、その辺は興味がないから敢えて聞くまい。では、外で待っているものがあるのでな」
「はい」
………
……
…
領主の使いとアランたちが診療所から出て行く。
そして入れ違いに騎士たちが三人、治療院の中に入ってくる。
残りの7人は外で待機らしく、馬車の準備を始めているところである。
「では、国王陛下からのお言葉をお伝えします」
──バッ
カバンから封蝋が施されている書簡を取り出して玄白に手渡す。
そして騎士団長らしき男が、玄白に向かって堂々と説明を開始した。
「ランガクイーノ・ゲンパク・スギタ殿。ステファノ・アンブレイン陛下からの勅命である。勇者タクマと共にドラゴンを討伐せよ。見事に討伐した暁には、望みのものを与えよう!! まずは、陛下と謁見をする様にと仰せ使って来ました」
いつか来るとは思っていた、国王陛下との謁見。
だが、玄白は力一杯嫌な顔をする。
「では、素直に断わらせてもらいます。ランガクイーノ・ゲンパク・スギタはオリオーンの地で、町の住人や冒険者の治療にあたるので勇者との同行は行えないとお伝えください」
国王からの招集。
それを断るものなどあるはずがない。
そう思っていた騎士たちは、目の前で招集を断ったランガクイーノを呆然と見る。あるものは憤慨し、またあるものは憐れみの目で見ている。
だが、騎士団長は顔色を変えることなく、玄白に問いかける。
「この町の住民なら、他の治癒師でも賄えるではありませんか? ですが勇者と同行可能な治癒師は、スギタ先生を置いて他にいないと聞き及んでいます。先生が留守の間は、代わりの治癒師にここを任せるように手配しますので」
「其奴は、ドラゴンに身を焼かれて瀕死のものを生かすことができるのか?」
「それは無理です。ドラゴンの炎は魔法の炎。それこそ、王都の聖教会のフルーラ大司教でなくては治癒は不可能です」
その説明を聞いて、玄白は頷いた。
「なら、その大司教に同行して貰えば良かろう。何故にわしに同行させようとする? その大司教は聖女とやらではないのか?」
「そ、それは……」
フィル・フラート大司教は、数少ない聖女認定を受けた聖職者。
その癒しの力は絶大にして不変。
神の言葉を聞くことができる存在であり、シーラ教にとってもかけがえのない象徴。
そのようなものを、勇者タクマと同行させるなど聖教会が許さなかった。
そもそも、勇者タクマはこの世界に来て最初に神の洗礼を受ける時、フィル・フラートを夜伽となるように口説いたのである。
この件は公になっていないものの、教会上層部の人間はこの事実を知っている。
結果、勇者タクマは、神の加護を受けることができなかったのである。
それ以後、勇者タクマが改心するならば教会は神聖魔法が使える司教を派遣しても構わないと告げているのだが、頭を下げたくないタクマが断固拒否。
表向きには新たな聖女が現れるまでは、タクマの元には司教を派遣できないことになっている。
「……貴様ぁぁぁぁ、フィル・フラート大司教を、あんなクズ勇者に捧げろというのかぁぁぁぁ」
──ジャキン
ついに激昂した騎士が剣を抜いて玄白に斬りかかろうとするが、隣の騎士がそれを取り押さえた。
「全く……人に乞いに来たのに剣を抜くとはな」
「誠に申し訳ない。だが、訳あって大司教さまは勇者と同行することができないのです」
「じゃが、神聖魔法は大司教しか使えないわけではあるまい。他にも使えるものがあるのならば、そのものを同行させれば構わないのではないか?」
「それが出来ない事情があるのです……今日のところは下がりますが、私たちは暫くはこの街に滞在します。もしも気が変わりましたら、王都への同行をお願いします」
そう告げて、騎士たちは治療院をあとにする。
「……全く。そんなにドラゴンとやらは強いのか」
あまりにもしつこいので困り果てる玄白であるが、逆に、ドラゴンという未知の存在に興味を抱き始めていた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




