異世界初の、手術開始!!
『神器『ターヘル・アナトミア』があれば、異世界なんて楽勝です〜杉田玄白、異世界に転生する〜は.毎週月曜日と木曜日の更新です。定期更新です。
玄白にとって計算外だったことは、神器・解体新書が面白すぎたため、まさに寝食を忘れて没頭してしまったということ。
その結果が、広い草原で夜を迎えることになったという事実。
まだ異世界にやってきて半日、それでいて世界のことなど何も知らず、このような人気のない場所に一人で佇んでしまうというのは、まさに失策以外の何物でもない。
「参った。ここから町までは……かなりの距離じゃなぁ」
今から走っていくにせよ、眼下に広がる広大な森を越えなくてはならない。
何が敵で何が味方なのか、それさえも区別がつかない土地での、夜を通しての移動など愚策以外のなにものでもない。
そう考え、玄白は何か策を探してみるのだが。
「何も思いつかんわ。せめて、焚き火ぐらいは用意した方がいいな」
幸いなことに、玄白がいるこの草原には街道が走っている。
少し先には、ほんのりと灯りと人の気配も感じる。
「おお、これは僥倖。せめてあの者たちが、悪鬼羅刹や物取りの類でありませぬように……」
覚悟を決めて灯りの方に近寄っていく。
少しずつ近寄っていくと、灯りのある場所が少し開けた場所であることに気がついた。
そして見たこともない奇妙な乗り物と数頭の馬、人々の喧騒が聞こえてくる。
近づくことでそれが馬車であることは理解できたが、江戸時代には馬車は希少であり所有するにも制限があった。
逸る好奇心を抑えつつ、警戒しながら距離を詰めていくと。
若い男女の楽しい会話、老齢の男性の微笑む声、壮年の男性たちの笑い声などが聞こえてくる。
その雰囲気から、悪人ではないだろうと感じとれたので、少しだけ堂々と、灯りのある方に歩を進めていく。
すると、玄白に気がついたのか、男が一人、武器を手に立ち上がると姿に向かって剣を構えた。
「それ以上近寄るな!! 何者だ?」
口から発していく言葉と、玄白の耳に届く言葉の齟齬があわない。
これが自動翻訳なのだろうと納得して、玄白は軽く頭を下げる。
「すまぬ、わしは旅の蘭学医の杉田と申すが。諸般の事情で荷物を一切合切失ってしまってな、この寒空を夜営するにも火も何もなくて難儀しておった。焚き火にあたらせてくれると助かるのじゃが」
「ランガクイーノ・スギタ? 貴族か?」
「ああ、ランガ・クィーノ・スギタですね。クィーノ領が何処にあるのか存じませんが、そちらの貴族ということで間違いはありませんか?」
「ちょっと待ってマクスウェル。あの子の言葉、私たちの国の言葉に聞こえるけど知らない単語があるわ。貴方はどこからきたの? クィーノって領じゃなくて国? まさか王族?」
若い女性が剣を構えた男を制しながら、玄白に尋ねてくる。
問われたからには答えるのが道理だと、胸を張って堂々と答えることにした。
「わしの故郷は……日本だが。この世界にはない別の世界だと答えたら理解してくれるか?」
「ニホンはわからないけど、別の世界っていうことは、異世界よね? まさか貴方は勇者なの? スタークさん、これはあなたの領分じゃないの?」
若い女性は、今度はスタークと呼ばれた老齢の男性に問い返す。
その間も、剣を構えた男性マクスウェルは、玄白を警戒している。
「異世界か。かなり昔に聞いたことがある。確か、王立年代記に記されていた、初代皇帝の故郷がジパングという、神代の世界だったはず。私たちの住む世界ではない、別の世界だと」
「えええ!! それじゃあその子は異邦人だっていうのかよ!!」
「わからん。その子がジパングからきた者だとしても、それを証明する術はない。それよりも、ジパングからきた者ならば、マチルダの怪我を癒せる神技が使えるかもしれない」
そうスタークが告げると、マクスウェルともう一人の女性がわしに向かって話しかける。
「ランガクイーノさん、あなた、神技は使えますか?」
「神技????? なんじゃそれは?」
魔法でも闘気でもない、新しい言葉。
そんなものが使えるかどうかなど、わしにもわからんわ。
それよりも怪我を癒せると言ったか?
それはつまり、怪我人がここにいるということか?
「異邦人に与えられる神の奇跡が、神技です。初代皇帝は、光の神の加護を与えられ、人々を癒すことができたと伝えられています」
「俺たちの仲間が怪我をしてな。急ぎ町まで戻りたいんだけど、夜にファーマス大森林を走るなんて自殺行為に等しい。だから、もしもランガさんが神技を使えるのなら、助けてほしい」
ランガ?
ああ、蘭学医がランガクイーノになって、名前らしきランガがわしの名前として認識されたのだなと理解する。
(まさかとは思うが、名前として認識されたのか?)
誤解を解きたい所だと思い、とりあえず話を続けることにする。
「わしの名前はランガクイーノじゃ無いのだが。医者なので、怪我程度なら見ることはできるか?」
「本当か!!」
「お願い、マチルダの怪我を見てくれますか? お礼ならいくらでも支払います」
そう叫ぶ若い二人。
その最中に、スタークは玄白に向かって手のひらを翳している。
──シュゥゥゥゥ
男性の体の中を、見たことない力の奔流が走り抜ける。
人体を走る血管や神経、そしてそれらとは違う何か。
その光が掌に集まると、玄白の体に向かって放出された。
体内を駆け巡る力。
それが解体新書に記された『魔導経絡』と、魔力であることが一瞬で理解できた。
「うおわぁっ!!」
「申し訳ないが、魂鑑定をかけさせてもらった。そのものは悪しきものでは無い。すまないが、彼女を見てくれるか?」
丁寧に頭を下げて謝罪するスターク。
魂鑑定とはなんなのか、今ひとつ玄白には理解できない。
まあ、話から察するに、玄白が善人か悪人か確認したのであろうと考えることにし、彼らの背後の人々をチラリと見る。
どうやらスタークの言葉に安堵したのか、奥にいる男たちも、今の話を聞いて装備から手を離していた。
「よかろう。ただし、わしのやることに対しては一切の口出しは無用。それで構わないのならな」
………
……
…
男たちのいる焚き火から少し離れた場所。
焚き火と数人の護衛らしき人物が座っている場所に、玄白は案内された。
「その馬車の中だ。頼めるか?」
「うむ。可能な限り、最善を尽くすとしよう」
場所の中に入って手渡されたランタンで内部を照らす。
そこには、大量の毛布の上に横たわる女性の姿があった。
呼吸は荒く、汗が吹き出して顔を濡らしているのが見て取れる。
明らかに、危険な状態であるのは目に見てよく分かった!!
「これはいかん!! 解体新書よ!!」
──ブゥン
玄白の呼びかけに応えるかのように、解体新書が右手の中に生み出される。
その瞬間、わしの横で警戒していた女性が息を呑む。
「そ、それはどこから出したのですか? まさか魔導具?」
「そう思ってくれて構わん。それじゃあ、すまぬが触れるぞ……診察開始!!」
──ボゥッ
わしの右手が淡く輝き、マチルダと呼ばれている女性に触れる。
──パラパラパラパラッ!
すると解体新書が高速で捲られていき、ある頁で止まる。
『マチルダ・ミーディア。二十八歳、ミーディア家三女、冒険者登録……』
次々とマチルダの系譜が書き記され、そして彼女の体の図解が浮かび上がる。
「肝臓がやられとるか……そこの女子、こやつはここに何か打撃を受けたか?」
「そこって、ここにくる前にゴブリンの襲撃があって、その時のゴブリンの棍棒が当たった場所かも」
「それはいつじゃ!!」
「日が暮れる前だよ」
時間にして、まだ数時間。
日本だったらかなり危険な時間だが、この世界の住人は、日本人よりも頑強に作られているようだ。
そう解体新書に浮かび上がったので、わしはこの場での緊急治療を始めることにする。
「今から手術をするから、気持ちが悪くなったら馬車から出ていけ!! よいな!!」
「は、はい!!」
「では、術式準備!」
わしの言葉に呼応するように、解体新書が輝く。
馬車の内部が結界によって包まれ、浄化の術式によって除菌される。
ここからは速度勝負、わしは解体新書から手術道具を取り出し麻酔を行う。
これも医薬品として魔力によって構築したものであり、すぐさまマチルダは麻酔によって微睡の世界へと誘われる。
解体新書によっで生み出された手術道具によりマチルダの体は開かれ、傷ついた肝臓を確認。
解体新書から取り出した、傷を消す薬品により半ば破裂している肝臓を修復再生。
そして最後に傷口を縫い合わせると、最後は玄白が右手を翳して傷を消し去る。
ここまで、わずか半刻。
現代医学ではない、江戸時代の蘭学と異世界の魔法の融合した魔導手術式により、マチルダの傷は全て塞がり、破損した肝臓も修復した。
そして、わしが手術している光景を見ていた女性は、意識を失っていた。
大切な仲間が突然意識を奪われ、切り裂かれ、そして傷が修復したかと思ったら、静かな寝息を立てている。
あまりにも突然すぎた光景に、頭の中の整理がつかなくなり、気絶したのであろう。
「ふぅ。そっちのお嬢さんは……と、気絶か。放置じゃな」
体に付着した血を魔法により消し去ると、玄白は馬車の外に出る。
そして心配そうにこちらを見ている仲間に対して、軽く笑みを浮かべて頷いて見せると、仲間たちから歓喜の声が上がった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。