神への不敬と、王の出陣
『神器『ターヘル・アナトミア』があれば、異世界なんて楽勝です〜杉田玄白、異世界に転生する〜は.毎週月曜日と木曜日の更新です。定期更新です。
── ヴェルディーナ王国王都・シーラ大聖教会
オリオーンで玄白に振り回されたトワレーノが、這う這うの体で帰還した。
そして真っ直ぐに聖堂奥で祈りを捧げている大司教の元へ向かうと、その場でひざまづいた。
「フィル・フラート大司教様。トワレーノ、ただいま帰還しました」
「ご苦労様です……その様子ですと、スギタさまはお連れできなかったのですね?」
「はい。あの女は聖女などではありません。むしろ、魔族の可能性があります」
やられたならやり返す。
首につけられた縛鎖の枷に指を当てつつ、トワレーノは報告を始める。
「魔族ですか?」
「はい。シーラ大聖教会の召還に従わないどころか、この私にもかのような仕打ちを行ったのです。このヴェルディーナ王国の最高権威の一つ、国王陛下と並ぶと称される我らの言葉に、耳を貸さないだけではなく、このように」
忌々しそうに首を見せるトワレーノ。
するとフィル・フラートは壇上からゆっくりと降りてトワレーノの元に近寄ると、首の縛鎖にそっと触れる。
「解呪……あら?」
静かに韻を唱え、トワレーノの縛鎖を解放しようとしたフィルであるが、その解呪術式が発動し、そして縛鎖の上で弾ける。
「これはどういうことでしょうか?」
「フラートさま、早くこの戒めを解いていただけますか?」
「それがですね。この縛鎖は、私の手では外すことができないのです……これはどういうことなのでしょうか?」
「そ、そんな馬鹿な……神の奇跡をもってしても、外すことができないなど……やはり、やつは魔族なのです、魔王の力を宿しているのですぞ」
これ見よがしに玄白が魔王の下であるかのようなことを叫ぶトワレーノ。
だが、フラートは頭を左右に振り、両手を組んで天を見上げる。
「神よ。偉大なる大地母神シーラよ。あなたの子であるトワレーノの枷をはずしたまえ……」
フラートは神に祈る。
これは天啓を得るための問い。
神は気まぐれ故に、答えを返すか返さないかはその時の気分次第。
だが、今日はすぐに神の声が聞こえてきた。
『ランガクイーノ・ゲンパク・スギタは創造神の加護を得た存在。何人も、その魂を傷つけてはいけない……そのものは、彼女の心を傷つけた。故に、それは神罰と思いなさい』
聞こえてきたメッセージ。
それは玄白の行いを肯定し、トワレーノの発言を否定するもの。
「わかりました。シーラよ、ありがとうございます」
もう一度手を組んで天井を見上げると、フラートは心から神に感謝する。
「フラートさま!! あの悪魔の処遇は!!」
「トワレーノ。その前に、あなたが使徒ランガクイーノと出会い、どのような話をしてきたのか説明してもらえますか?」
「使徒? あの女が使徒ですと?」
「偉大なるシーラは仰いました。ランガクイーノ・ゲンパク・スギタは神の加護を得たもの。その加護は創造神の加護であり。それならば私程度の神の神技など弾かれて当然です。さあ、あなたが何をみて何を聞いてきたのか、話してもらえますか?」
神の加護を得て、神聖魔法が使えるフラート。
だが、その加護は創造神の配下である従属神のもの。
格上の術式に対しての解呪など無効化されてしまう。
今、この世界で玄白の術式を解除できるものがあるとするならば、それは玄白と同じように創造神の加護を得たものだけ。
今のフラートが聞いた言葉は、玄白の身元は神が証明したというようなものである。
こののち、トワレーノは別室にてしっかりと聞き取りを行われ、当面の間は謹慎するようにと命じられてしまう。
………
……
…
──ヴェルディーナ王国王都王城
ステファノ・アンブレイン国王は多忙であった。
ここ最近、隣国との国境沿いで小さな紛争が起きている。
隣国であるラ・ブランバン帝国とは領土問題で常に争いが起きているが、大きな戦争にまでは発展していない。
問題となっているのは、ヴェルディーナ王国とラ・ブランバン帝国との国境に存在する『フランキスカ大森林』の存在。
魔物の森、迷いの森などという異名を持つほどに、この森には高ランクの魔物がウヨウヨしている。
それが辛うじて森の外に出てこないのは、両国が施した結界によるものだから。
その結界を悪用し、帝国は魔の森への侵攻を開始し、ゆっくりと森を切り開いて開発を始めた。
その結果、魔物たちはラ・ブランバン側の森から逃げるように丘へと進む。
つまり、魔物はヴェルディーナ王国側に集まり、魔物の森の浅いところで猟をおこなっていた近くの村人や旅人、冒険者を襲うようになったのである。
さらにここ数日は、森の中でドラゴンを発見したという報告もあり、その対応のためにステファノ国王は頭を悩ませていたのである。
「……オリオーンでのゴーレム騒動、それを勇者タクマが制圧した……か。さすがは勇者だが、そんな瑣末な問題よりも、早くドラゴンの討伐を行なってほしいものだが」
「その件ですが。勇者付き執務官からの報告では、優秀な治癒師に助力を仰いだところ、拒否されてしまったらしく。冒険者ギルドに登録されている治癒師程度の腕では危険すぎると判断したらしく、オリオーンから動こうとしていません」
オリオーンの騎士団からの報告書を読み上げる宰相。
この報告で、ステファノは頭を抱えたくなっている。
「そのタクマが気に入った治癒師とやらを調べろ!! どうにかしてタクマに同行させるのだ。報酬で釣ってもかまわんし、陞爵をチラつかせても構わん。このままドラゴンが住み着いたとなると、帝国側で何が起きているのか調査すらできないからな」
「はっ!!」
ステファノの命令により、騎士団が動く。
ことは重要案件、一刻も早くオリオーンへと向かうために。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──オリオーン郊外・魔の森手前
「ほう、これも薬効成分を含んでいるのか」
本日、午後は休診日。
そのため玄白は、スタークたち『深淵をかるもの』に護衛依頼を行い、オリオーン近郊で薬草採取を行なっている。
基本的に必要な薬は解体新書があれば生み出すことも可能であるが、先日のスラムでのゴーレム騒動で患者が大量に発生した時、魔力が枯渇しそうになるのである。
そのため、薬草を採取して解体新書に取り込み、薬効成分を抽出できるかどうか試してみたかったのである。
「ランガさん、こっちの草は【ガンギマリ草】と言いまして、腹痛に効果のある薬草なのです。あと、そこの木の葉は解熱剤として使われることがあります」
「ほう、どれどれ」
マチルダさんから受け取った薬草を解体新書に収納する。
そしてページを開いて【ガンギマリ草】を検索、そのページの右下にある【抽出】と書かれてある場所に指を添えて魔力を注ぐと。
『ピッ……抽出完了。ロキソプロフェンを空間保存しました。ここから腹痛に効果のある魔法薬を精製できます』
「お、おおお? では、魔法薬精製と!!」
──シュン
玄白の手の中に、丸薬が生み出される。
それをまじまじと確認してから、もう一度鑑定を行って。
『ピッ……頓服薬。腹痛に効果がある』
「よし、これでいい。魔力の減少度合いも普段の1/5まで節約されておる。この調子で薬草を集めることにしようか」
「そうですね。幸いなことにこの辺りには魔物はやってきませんし、スタークたちが森の方で警戒してくれていますので、安心して採取することにしましょう」
「そうじゃな。では、そこそこに残しつつ、採取することにしよう」
残念なことに薬草採取用のチート能力はない。
そのために玄白は、一つ一つ手触りで確認しつつ、夕刻まで薬草を集めることになった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。