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これだから、貴族って奴は。

『神器『ターヘル・アナトミア』があれば、異世界なんて楽勝です〜杉田玄白、異世界に転生する〜』は不定期更新です。 基本的に週一連載・月曜日更新を目指しています。

「ふぁぁぁぁ。よく寝たわ」


 朝。

 いつものように日が登ると目が覚める。

 体調を確認して身支度を整え、まずは朝食を……食べに、近くの食堂へ。

 自炊しようにも、そもそも米がない。

 芋らしきものはあったものの、毎日それでは飽きてしまう。

 小麦や大麦のようなのはあるものの、麦粥も食べ飽きている。

 しかも、この地は海から離れており、新鮮な魚など滅多にお目にかかることはない。


 肉食などもってのほかと考えてはいたものの、解体新書(ターヘル・アナトミア)から肉食についての説明を見つけ出すことができたため、生前よりも肉食することにそれほど抵抗はない。

 まあ、山鯨や牡丹、ウサギや鳥といった肉については食べていたこともあるのだが、異世界では主に肉食とパンが主食。

 それもこの地ではパンや丸いパスタが主食であり、肉や野菜も全て火が通っている。

 

「おはよう!! 今日の朝食は何がおすすめかな?」

「あら、スギタ先生。今日はオーク肉の団子汁と堅パンになるよ」

「それで構わぬ」


 空いているテーブルに座り、店内を見渡しながら料理が来るのを待つ。

 やがて店内奥の厨房から朝食がやって来ると、玄白は両手を合わせて一言。


「いただきます!!」


 懐から自作した箸を取り出し、のんびりとした朝食のスタートである。


「お、ランガちゃん、おはよう」

「ランガ先生、うちのシーフが足を挫いたんで、後で向かわせるから診てくれるか?」

「こんでええわ。場所を教えろ、往診してやるから」


 そんないつもの日常を楽しみつつ、朝食を終えた時。


──ガチャガチャガチャッ

 食堂の入り口から、鎧を着た騎士たちが姿を見せる。


「この店に、ランガクイーノ・スギタはいるか!!」


 隻眼の騎士が声高らかに叫ぶ。

 その声と雰囲気で、店内が静まり返るのだが。

 玄白はそんなことは聞きするそぶりもなく、のんびりと食後の果実水を飲みつつ手を上げる。


「わしがランガクイーノ・ゲンパク・スギタじゃが。お主たちは何者じゃ?」

「我々は、この地の領主であるザビーネ・バビロニアさまに仕える騎士である。ザビーネさまの命令により、ランガクイーノ・スギタを連れてくるように仰せつかっている。ご同行願いたい」

「午後からなら構わん。急ぎで治療しなくてはならないものが一人あるからな」


 この世界の怪我の度合いを察するに。

 冒険者というのはあまりにも怪我に対して頓着なものが多く、酒を飲んで寝ていれば治るなどという輩も存在する。

 治療院の治療費や教会から『神の雫』を得るための寄付代を出すぐらいなら、酒を飲んで痛みを忘れる方がいいという考えのものが多すぎるのである。


「それは無視してください。領主様の命令は絶対です」

「断るわ。あとにせい。わしもこれを飲み終わったら、すぐに治療に向かうのでな」

「あ、あの、ランガ先生、うちのアホシーフの怪我なら後で構いませんが」

「たわけが!! 怪我の治療など早いに越したことはないわ。その領主とやらの用事は、怪我か病気の治療なのか?」

「いえ、巷で噂の治癒師の話を聞いて、是非ともお願いがあると伺っています」


 つまり、茶飲み話の延長程度だろうと玄白は判断。

 急ぐ案件でないのなら、午後にでもうかがおうと考えた。


「怪我人を放っておいて、茶飲み話に興じるほど暇ではないわ。ほら、領主にそう伝えておけ、わしは午後から顔を出すとな」


 この玄白の言葉に、騎士の一人が激昂した。


「このクソガキが!! ザビーネさまが来いと言ったら、来るんだよ!! たかが冒険者の怪我なんて、酒でも飲んでいたら治るって」


──ガシッ

 玄白の腕を掴んで引き摺り立たせようとするが、その騎士の腕を玄白は掴み返す。


「……わしは治癒師じゃ。病人や怪我人がいたら、何者よりも最優先する。そこに身分の違いは存在しない。わかったら、この腕を離さんか?」

「ふん。所詮は底辺の冒険者じゃないか。そんな輩に」


──ミシミシミシイッ

 玄白の腕に力が篭もる。

 その瞬間に、玄白を掴んでいた騎士の腕、黒いガントレットが音を立てて歪んでいく。


「ぐぁぁぉぉ、は、離せ、離さんかこのガキがぁ!! 俺は騎士だぞ、選ばれた存在なんぐぁぁぉぁ」

「そんな輩に? 騎士が選ばれた? 爵位でもあるのか?」


 その問いかけに、最初に玄白に話しかけていた騎士が詰め寄り、ガントレットが歪んで歪な顔をしている騎士を後ろに下げる。


「我々には爵位はない。だが、この都市内部での犯罪に対応するための権限を持っている。今、ランガ先生が行ったことは暴力だ。我々はそれを取り締まる必要があることは理解できるか?」

「そもそも、そこの礼儀を知らん騎士がわしを無理やり連れて行こうとしたから抵抗したまでじゃ。いわば、正当防衛というところではないのか?」

「領主の招集は絶対。それを拒否することができるのは、この国に籍をおかないものか流れの冒険者のみだ」


 その言葉に腕を組んで考える玄白。


「では、従う義理はない。わしはこの国の人間ではないし、治癒師として冒険者登録もしておる。わかったら、帰ってそう報告せい」


 そう告げながら、玄白は冒険者登録証を取り出して騎士に見せる。

 それを受け取って確認すると、騎士は小さく手をあげて一言。


「一旦、撤収する。領主さまには午後から来訪すると伝えておく」

「そうするが良い」


 にししと笑いつつ、玄白は騎士に向かって告げる。

 そして騎士たちが撤退した後に、シーフの怪我の様子を見るために宿に向かって歩き出した。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



──午後。

 朝方の騒動ののち、二人の騎士は玄白の近くをついて回っている。

 そして教会の午後の鐘がなると、再び玄白の前にやってくる。


「ザビーネさまがお待ちです。お約束通り、ご同行お願いします」

「うむ。では参ろうではないか」


 約束は約束。

 そのまま騎士たちに連れられて、玄白は都市部の南区画に存在する領主館へとやってくる。

 広い敷地内にある巨大な屋敷。

 その門を通って玄白は建物の中に案内される。

 居間に通され、メイドたちが用意した飲み物や菓子に手を伸ばそうとした時、奥の扉が開いて恰幅の良い男性が室内に入ってきた。


「貴様がランガクイーノ・スギタとかいう治癒師か?」

「うむ、はじめまして。ランガクイーノ・ゲンパク・スギタじゃ。冒険者ギルドの近くで治療院を行っておる。わしに用事と聞いたが、なんの用事じゃ?」


 丁寧に頭を下げてから、玄白はそう自己紹介した。


「わしは、このオリオーンを統治しているザビーネ・バビロニアだ。爵位は子爵だ、いくら貴様が他国の人間であろうと、貴族に対する礼節ぐらいは弁えているだろうな?」

「まあ、ある程度は心得ておるが」


 そう告げると、ザビーネは口角を吊り上げてニイッと笑った。


「それなら話は早い。貴様が治療院で使用しておる魔法薬に、エリクシールがあるだろう? それのレシピを献上しろ」

「そんなものないわ」


 いきなりの無茶振りに、玄白は頭を抱えたくなる。

 だが、ど直球で断られたのが納得できないのか、ザビーネは唾が飛ぶ勢いで玄白に捲し立てる。


「貴様が作っている魔法薬だろうが!! レシピがないのなら書き出せば良いではないか」

「じゃから、あれはわしが魔力で作り出しているものであって、詳細などわしは知らんわ」


 あっけらかんと呟く。

 ちなみに解体新書(ターヘル・アナトミア)にはレシピは記されているのだが、玄白はそれに気が付いていないだけ。

 この世界の魔法薬を始めとした『医薬品』全ての調合方法とレシピが記されている。


「な、な、のんだと? 魔力で調合だと?」

「そのような感じじゃな。では、もう話は終わりじゃな?」

「まだだ。それなら、貴様はわしにエリクシールを納めろ。無料とは言わん、金を出してやるから定期的に売れ!! 一瓶につき金貨十枚で購入してやる!!」


 レシピがない、魔力で作れる。

 それなら無料で寄越せとでも言ってくるのかと思いきや、しっかりと金を払って買うと言い出す。


「ほう? てっきり魔力なら無料だから、タダで作り出せとか、専属で領主家に仕えろとか言い出しそうな勢いじゃったが」

「そんなことを言い出したら、貴様は他の土地に移ってしまうんだろう? この国の人間ではないのだからな」


 そう告げるザビーネだが。

 過去に、同じように高レベル錬金術師を召抱えようとして失敗した経緯がある。

 同じ轍を踏まないようにと、今回はしっかりと代価について先に説明したのであるが。


「定期的には無理じゃな。それと、わしの調合した薬は、原則的には数日しか効果を発揮できぬ」


 素材があって調合したのではないため、魔力精製エリクシールは、時間の経過ごとに効果が薄まっていく。

 高レベルポーション用の瓶でもない限りは、持って三日である。


「……それを長期保存できるようにはできないのか?」

「ちょいと待っておれ」


──ブゥン

 堂々と解体新書(ターヘル・アナトミア)を取り出し、ページを巡っていく。


「ふむふむ。紫水晶の粉を混ぜた、魔法薬の小瓶。これなら一ヶ月は持つらしいな。用意できるか?」

「そんなもの、誰が作れるというのだ?」

「高位の錬金術師なら可能らしい。わしは無理じゃから、依頼でもして作らせるが良い。それを持ってきてくれたら、先ほどの金額でエリクシールを作って渡す。ただし、一日に二本まで。それ以上は、患者に必要な分が足りなくなる恐れがある」


 すでに交渉の優位性は玄白が抑えている。

 いきなり高圧的な態度で従わせようとしていたザビーネは、この時点で玄白の揺るがない精神に遅れをとっていた。


「チッ……仕方ない、それで我慢するか」

「では、交渉成立ということで、わしは帰るとするが良いな?」

「ああ。二人、治療院まで馬車で送ってやれ。では、小瓶を用意したら、すぐに薬を買い付けに行くから待っていろ!!」

「金を出してくれるのなら、わしにとっては客じゃよ。では、失礼する」


 ニマニマと笑いつつ部屋から出ていく玄白。

 それを苦々しい表情で睨みつけてから、ザビーネは側近の一人に買う告げた。


「錬金術ギルドのギーレンを呼べ。紫水晶の小瓶を急いで発注したいと告げてこい!!」


 その言葉に肝を冷やした側近が、慌てて廊下に飛び出していく。


 オリオーンを統治するザビーネ・バビロニア子爵。

 すぐ近くに魔の森と隣国の国境を抱えている貴族であり、いる口が悪く態度は悪いものの、他の領地の貴族と比べると善政で有名である。


 

 

 

 

いつもお読み頂き、ありがとうございます。

誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。

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