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ep.3 アイスブレイク


 ――回想終了。



 そんなこんなで今目の前にいるブロンドは、ソフィーなのではないかと思っているわけなのだが。


「えっとそれじゃあ君がソフィー?」

「はい! 思い出していただけたようで嬉しいです」


 彼女は鞄の中を漁り、透明の袋に入れ、大事そうに包んであるお守りを見せてくれる。


「これ、あのときに貰ったお守りです」


 どうやら疑いの余地なく彼女らしい。別に疑っていたわけではないがそれでもやはり納得がいかないこともあったのだ。というのも……。


「大分日本語上手になったねソフィー」


 そう、あまりに流暢に喋るものだからあの日の記憶との齟齬そごのようなものがあった。


 俺の中での彼女の記憶はあの日のままで止まっていたのに対し、彼女は俺の知らないところで着々と成長していたのだ。


「無事合格できたんだね。遅くなったかもしれないけれど合格おめでとう!」

「はいっ」


 彼女の瞳から宝石のようにきらめく涙の粒が一つ、そしてまた一つポロポロと溢れ出てくる。


「善さんがくれたこのお守りを見て毎日がんばろうって思いました……。あなたに合格おめでとうって言ってもらいたくて」


 必死に紡がれる彼女の言葉に俺も心を打たれる。誰かのために行動しその結果がいい方に行ってくれてよかった。相当頑張ったに違いない。


 時々発音が違うなと思うものはあるけれどそれでも会話がもう止まらないくらいになっているのは努力の賜物たまものだろう。


「まあ、立ち話もなんだしどこかカフェでも行こうか!」

「ありがとうございます」


 涙を流すソファーの横に俺は寄り添う。そしてその涙の雨が枯れるまで優しく頭を撫でていた。




 数分、もしくは十分ほどだろうか、それほど経てば彼女の嗚咽も収まり落ち着きを見せ始める。


 とりあえず落ち着いたところでスマホから一通メッセージを送っておいた。


「じゃあ、とりあえず行こうかソフィー」

「はい!」


 ここら辺にはカフェが何件かあるのだが俺は迷わず足を進める。そして十分ほど歩いた先に見えてくるのが喫茶アリス、ここ最近のお気に入りのお店だ。


 昔ながらの喫茶店でどこか落ち着く景観の店内は何度来てもリラックス効果のようなものがある。ほんとだよ?


「何でも頼んでいいよソフィー、今日はソフィーの合格祝いだ!」


 目を輝かせながらメニューに目を通す、外国の顔立ちもありどこか雰囲気が大人っぽく感じるがこういうところは年相応という感じで安心する。


「ソフィーはお昼食べた?」

「いいえ、まだ……」

「じゃあ、ここで食べていけばいいよ!」

「その……お言葉に甘えて……」


 そういって指差したのはハンバーグドリア、可愛らしいチョイスに思わず笑みがこぼれてしまう。俺はお昼は悲しいパーティの後なのでいらないとして、無難にコーヒーだな。


「すみません!」


 現在店内には俺とソフィーを除けば一人しかお客さんがいない。話をするにももってこいだろう。


 眼鏡をかけた顔立ちの整った女子がゆっくりとした歩調で向かってくる。今日はどうやら彼女の出勤日だったようだ。


「はい、お待たせしました」

「ハンバーグドリアとコーヒー、あとオレンジジュース」

「かしこまりました、少々お待ちください」


 ちらっとだけ視線が交わる。しかしそのまま注文伝票を持って店の奥の方へと戻る。名前こそ知らないが、普段から来るお店なだけあって意外と関わりはあったりする。それはまあ良いか。視線をソフィーに向ける。


「それじゃあ、お互い話したい事聞きたい事もあるだろうとは思うけどまずは俺から聞いてもいい?」

「はい、大丈夫です!」


 こういうときは相手から聞きたいことを聞くのではなく、自分から聞くのがいいのだと俺個人は思っている。自分から聞くと相手の聞きやすい空気を作るという点や、どこまで聞いていいのかという点においても相手の心理的ハードルを下げることができると勝手に俺が思っているからだ。


「ソフィーは日本にはどれくらい住んでるの?」

「えっと、今で三年目になります」

「へぇ~、意外と住んでいるんだね」

「そうなんです、なので言葉の勉強は一杯しました!」

「じゃあ、日本に来た理由って何なの?」

「お母さんの再婚で、日本に住むことになりました」

「なるほどね、それで日本に来るって結構な勇気だったね」

「最初は戸惑いましたけどお父さんも良い方で安心しました。おかげで言葉の練習もできましたし……それに」


 最初の言葉の勢いとは裏腹に急に彼女はもじもじしだす。


「それに……日本に来たおかげで善さんに出会えました」


 ポッと頬を赤く染める。色白なその肌に差した朱はとても綺麗な色で思わず見惚れてしまう。

 

「そんなに見られたら……恥ずかしいです」


 気づかぬうちにじっと見つめていたようで、さらに顔の朱は増していく。なんだか悪いことをしているような気持ちになってきたのでさっと顔を逸らす。


 ソフィーは赤く染めた頬を手で仰ぎながら治まるのを待つ。そんな姿を横目で見て俺は和む。


「では、私の方からも質問いいですか?」


 アイスブレイクの甲斐あってソフィーの方からも質問がやってくる。


「善さんはお付き合いされている方とかいらっしゃいますか?」


 最初っからクライマックスだった。思わず噴出しそうになったのを何とかこらえた。自分グッジョブ。


「いや、今はいないよ」


 人によっては都合よく使われるこの「今」も俺にとってはものすごくタイムリーな返しだったりする。というか本当に質問のタイミング良すぎだよ。つい数日前だもんな……別れたの。


「なんか、言いにくいことを聞いてしまったそうですね……。すみません……」

「い、いや! 大丈夫だよ!」

「それならいいのですが」


 あくまでこれは俺の蒔いた種なんだしそれで相手に申し訳ない思いをさせるなんてあってはならない。


「ソフィーはここから家近いの?」

「そうですね! ここから歩いてすぐです! このお店が近くてよかったです!」


 意外にも俺の家の近くであることが判明した。というのもだ、俺がこの店を発見した理由の一つがこの学校まで行く道に見えたからと言う理由でだ。


 これから彼女も通る……というか通っているであろうこの道に一つ知っている場所が増えたのは彼女にとっても、そしてこの店を知る俺にとっても嬉しいことだ。


「それなら少しくらい長居しても大丈夫そうだね」

「はい!」


 それから注文が来るまでの間、彼女と二人質問や回答を繰り返しつつ楽しい時間を過ごす。


 料理がくると、おいしそうに食べる彼女を眺めながら、コーヒーを飲む。ああ、優雅な一日だ。そう口に出してしまいそうになるくらいには中身のある一日だといえるんじゃないだろうか。

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