村付きとなす
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
へえ、これがうわさの「グリーンゼブラトマト」か。まじでこれ、熟していないわけじゃないんだな? 縞があるとはいえ、こんなにも真っ青なボディはなじみがないな。
うーん、これサラダに仕込まれたら「ピーマンだよ!」といわれても、信じちまうかもしれない。だまし料理全般にいえるが、思ったものとは違った食感を味わうことほど、びびることはないな。
人間の味覚は、危険の察知という点に関して、五感の最後の砦といって、さしつかえないんじゃないかと、俺は個人的に思っている。
見た目も、臭いも、手触りも問題なし。叩いて聞こえる音も大丈夫。そうしていざ口に入れようってときに、初めて機能するもんだからな。飲み込むかどうかで、ほんっと天と地の差があるもんさ。
この味覚に関して、最近少し気味の悪い話を仕入れてな。お前の好きそうな風味がしたし、少し聞いてみないか?
むかしむかし。
罪人に与えられる刑罰のひとつに、毒味が存在したらしい。いわずと知れた、食べ物の味を見て、毒が入っていないか確かめる役割だな。
もちろん、それだけだと単純が過ぎるんで、他の労役刑などと織り交ぜながら実行されるのが通例。しかし、まれに「村付き」という、各村に配置されて、役人の監視下のもとに作物の毒味を行い続ける、役目を負わされるものがあったらしい。
村付きは畑で取れた野菜から、山の中で見つかった新種の動植物まで、様々なものを口に入れさせられた。
もちろん、まことに体が悪いものを食べさせられる恐れもある。刑期はおよそ3年間だが、約3割ほどが全うできずに、この世を去ったという。
いつ自分が毒を食べさせられるか分からないまま、飼い殺しにされている……村付きはいつ、何を食べさせられ、それによって自分がどうなるのか。多くがおびえる日々を過ごす羽目になったとか。
俺が聞いた、とある村付きのケースでは、このようなことがあった。
夏が近づくと、村付きたちはなすを多く食することが求められる。すでに知っているかと思うが、未成熟なナスには神経に作用する毒物である、ソラニンが多めに含まれる。多量に摂取すれば、頭痛、下痢、嘔吐などを引き起こし、最悪死に至るケースも存在した。
なすがなり始めると、村付きたちは次々とナスを食べさせられ、その成熟をはかる指標のひとつとされたらしい。
村付きの役目は、ただ食べるだけではなく、その味も詳細に報告する必要がある。
ここへきて、二年目になる村付きのひとりは、自分に出されたなすの味に違和感を覚えたらしいんだ。
浅くつけられて出されたなすが、すっかり水を失ってしまっている。歯ごたえも硬く、木の皮を噛んでいるかのよう。それでいて、何度も咀嚼してかみ砕くと、中からじんわりと苦い汁がにじんできて、思わず吐き出したくなった。
しかし村付きに、口にしたものを出すことは許されない。そのようなことをすれば、そばに控える役人の手で、地面をなめてでも口に入れ直される。そうして飲み込むまで、徹底的に見張られるんだ。
彼もまた、それらをすっかり嚥下した後で、報告を行った。
報告はじかに村人へ伝えられるが、これを聞いて村人たちは互いに顔を見合わせてしまう。ひそひそと、村付きたちには聞こえない声で、ふたこと、みこと話をしたかと思うと、その日から次々と、もっぱらなすばかりが献上されることになってしまった。
おかしなことになった、と思いつつも、彼らに選択権はない。なすにはそれぞれ、どの家で採れたかを示す札がつけられており、指示されたように村付きたちがそれを食し、同じように奇妙な味がしたなすには、札へ印を残していく。
この時点でなっていたなすの大部分が、村付きへ渡っていく異常な事態。およそ3日間かけて行われた毒味の結果、3軒の家のなすがほぼ同じような食感を持つということが分かったんだ。
すると村人たちは、みなが一斉に自分の手足の爪を切り始めた。
深爪ぎりぎりのところまで、きれいに切られた爪たちは、中にこびりついているアカもそのままに、すり鉢の中へ放り込まれる。その中へ、嫌な臭いを放つ味噌らしき粘体が混ぜられ、すりこぎで根気よく砕かれ、混ぜ合わせられた。
村付きたちもその現場に居合わせたが、自分たちもかぎ覚えのある臭いと分かって、顔をしかめてしまう。
たい肥を作る際の臭い。いわば、自分たちのした糞尿の臭いを思わせるものだったんだ。
それらを、まだ実が残っている苗たちの根元の地面へ、しみこませていく。
少し垂らしては混ぜ合わせ、そこへ水を加えながらまた混ぜ……と、繰り返すこと三回。あとは地面が自然に乾き、元の色を取り戻していくのを待ち受ける。
するとどうだ。残っているなすたちのうち、いくつかの表面に、何本かの細い筋がたちまち浮かび出したんだ。
細長いなすの身体を、なおも等分するように伸びる線。それが実の下の部分まで届いたかと思うと、ぱかりと「花開いた」。
左に三股、右に三股。くっきりと分かれたそれらは、虫を思わせる脚の形。だが大きく広がりながら曲がり、立たんとするそれは、蜘蛛のようにも見えたらしい。
ぷつり、ぷつりと、ちぎれる音。下手を残して地面に降り立ったそれらは、平べったい身体と、立体的な高さの脚を持ち、その脚をかさこそ動かして、畑のはずれへと逃げていく。
どうやらこのあたりの畑には、なすの実に擬態しながら育つ、あの生き物の姿がまれに見られるらしいんだ。
見た目、臭い、手触り、音。どれをとっても通常のなすと変わりなく、ただ味によってのみ、判断することができる。彼らの辛抱強さは尋常ではなく、たとえその身が食われようと、身じろぎひとつ見せない。
ただひとつ。あの爪と味噌もどきを混ぜ込んだものを、付近に仕込まれない限りは。
その後、かの生き物の毒味を担当した村付きたちは、いずれも5年経たないうちに、この世を去ってしまったとか。




