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性暴力が星を滅ぼす  作者: シネラマ
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第3話 彼女たちの顔

 コインランドリーの室内には、一匹の猿と一人の女しかいない。お互いに押し黙ったままだ。

「天使が通った」と私は言った。

「なんだそれは? いや、待ってくれ。思い当たるふしが……『地獄の黙示録』だ。そうだろう?」

「なにそれ」

「映画だ。その作品の中で、登場人物が『天使が通った』と言っていた」

「そんな映画あったような。タイトルは聞いた覚えがあるけど見てないや。戦争映画は好きじゃないし。まあ、でも意味はわかったでしょ」

「気まずい沈黙を作ってしまったな。すまない」

「いいよ。あなたたちにも事情があるだろうし。それに私だって、メスザルに憑りついた、異星の男の人を気にしてもしょうがないから」

「ありがとう」

「なんか調子狂うな」と私は横を向いて、苦笑いしながら呟く。間の抜けたやり取りに呆れつつも、この不思議な対話のリズムに私は乗っている。


「謝礼も用意させてもらう。その書籍を開いてくれないか」と彼が指差した先、テーブルの上には少年向けの漫画雑誌が置いてあった。表紙では、ビキニ姿のグラビアアイドルが笑顔を振りまいている。少年向け漫画雑誌の表紙に、水着姿の女性グラビアが載るのは日本くらいと聞いたことがある。私自身は否定も肯定もする気はないが。私はその雑誌を手に取り、パラパラと捲った。読者アンケートのページにお札が挟まっていた。二千円札だ。

「これは協力費ってこと? 二千円か。クオカードよりはいいけど」

「それはサンプルだ。欲しい金額を言ってくれれば、それだけ用意する。ただ、君が急に現実的でない大金を手にすれば、あらぬ疑いを掛けられるかもしれない。そこは考えてくれ」

「お金はいいよ。なんか、そういうのを受け取る気分じゃない」

「この社会における君のポジションは、経済的には楽ではない<派遣社員>というやつだろう。生活の足しにしてもらいたいのだが」と彼は言う。それを聞いて、私は吹き出した。

「地球のこと、日本のことをよく調べてるね。お気遣いありがと。でも、大丈夫」

「承知した。それでも、何かしら礼はしたい。考案しておいてくれ」

「じゃあ、何か考えとくよ。ところで、話が脱線しちゃったけど、そっちの星でも、その、なんだろ……性に関する犯罪はあるの?」と私は聞いた。相手が異星人だからか、多少の躊躇はありつつも、先ほどから異性と性的な会話を続けている自分にあらためて驚く。

「ああ。何より深刻な社会問題だ。これから多少なりとも性的な話が続くことになるが、大丈夫か?」

 私は「いいよ。構わない」と言って、座りなおした。嫌なことも思い出すだろうが、腹はくくれている。

「細かい生殖構造は割愛させてもらうが、我々も人間と同様、性交によって子を産み、種を存続させている。地球でいうところの<愛>や<恋>に近い概念もある。違うところがあるとすれば、繁殖期が上げられる」

「そうなんだ」と軽い相槌を打ち、私は外宇宙の種にまつわる話を聞いていた。普通なら、彼らの詳細な見た目や社会構造、文化、科学がどうなっているのか根掘り葉掘り聞くべきかもしれないが、なぜか関心が沸かなかった。

「その時期になると、そういう犯罪が増えるの?」

「犯罪率とはあまり関係ない。繁殖期であっても、求愛する特定の相手と愛情を踏まえ、お互いの合意があれば行為に及ぶ。また、期間外であっても、愛情表現としての性行為はありうる」

「まともだね」

「普段ならな。だが、相手の合意なしに無理矢理に性行為や性的な暴力が行われてしまう場合がある。これは繁殖期間とは関係なく、起こっている」

「法律とか警察みたいなものはあるんでしょ」

「もちろん。性犯罪者は厳罰に処する。総じて消去、つまり死刑だ」

 死刑。犯人たちの裁判で、当時の私がやつらに望んでいた裁きだ。

「それでも、なくならないんだ。厳罰化、薬による欲求の制御、道徳教育の徹底、あらゆる手を試しているが一向に減らない」

 彼は息を吐く。猿の目玉は黒光りするだけだが、そこには落胆の色が浮かんでいるように思えた。


「進化レベルでは幼い君たちに比べ……失礼、見下すわけじゃないが、我々は進化の過程で多くの困難を克服してきた。貧困、差別、戦争、難病、環境破壊など、いまでも、まったく起こらないとは言わないが、基本的に生じることはなく、起きたとしてもすぐに解決できる問題だ。現在の地球の情勢から見れば、ユートピアに映るかもしれない。それなのに……」

 彼の言葉が途切れる。私は黙って待った。手元にある漫画雑誌を裏返し、少し離れたところにやった。グラビアアイドルの仕事を否定するつもりはないが、いまこの場で、肌を露出した女性の写真は見たくない。

「性犯罪の発生率は減らないどころか、上がっているんだ」と、しばらくしてから彼は続きを言った。続けて、「我らの社会には、いわゆる<性産業従事者>の仕事はない。かつては存在していたようだが、進化の過程でなくなった。法律で禁止されているし、やろうとする者もいない。だが、この非常事態を受けて、一度だけプロジェクトとして、勇気ある志願者を募り、試験運用したことがある」

「酷いことするのね」

「承知している。人道的ではないが、事は深刻だからな。結果は失敗した。犯罪率は変わらず、志願者らは精神にダメージを負ってしまった」

 それを聞いて、姿かたちもわからない志願者たち、彼女たちの顔を思い浮かべようとした。

「さっき、加害者は処刑すると聞いたけど、被害者へのケアはどうなってるの」

 彼は「それはできない」と一言、口にした。

「真面目に言ってるの? 最低」

「そうじゃない。したくてもできないんだ。なぜなら、性暴力を受けた被害者は間を置かずに自らを消去、自殺してしまうからだ」

「そんなことって……」

 私はショックを受けた。

「暴力の程度の差に関わらず、被害者はそのダメージに耐えられなくなり、まず間違いなく命を絶つ。君たちの社会でも、性犯罪は<魂の殺人>と形容するそうじゃないか」

「ちょっと話やめて!」と叫ぶなり、私は立ち上がって、外へ駆け出した。


(続く)


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