でっぱでやんすっ!
頭の中に唐突に現れたキャラクターを小説として具現化してみました。
最初は、「何なんだコイツは……」と思いながら書いてましたが、途中からテンションが上がってしまい、ふざけています。
どうか、深く考えずに頭の中を空っぽにして読んでください。
メデー大陸北東部にあるオッカ山。
そこには【山に巣食う怪物】と呼ばれ、近隣の村や街から恐れられている山賊が住み着いていた。
ベヒモスには、【二太刀いらずのガルド】を頭領に、【疾風迅雷のゴートン】、【怪力無双のオルカ】が両脇に控えており、その実力はチトマ帝国の優秀な騎士達ですら、手を煩わせる程であった。
「お~い! リャンス! 飯はまだかぁ~?」
ベヒモスがアジトにしている洞窟内、その給仕場に野太く響くガルドの声が木霊する。
しかし、声の主はそこに存在せず、隣の部屋から呼び掛けているものだった。
「もうすぐ出来るんで、待ってくださいでやんすぅ~!」
給仕場で忙しなく、且つ手際よく一人の男が十五人もの朝食を拵えていた。
魚を焼きつつ、燻製にしてある肉の塊を薄く捌き、一方では味噌ベースの山菜汁を炊き込んでいる。
この手際の良い男リャンスは、百六十ジャストと小柄で、髪は薄茶色の無造作ヘア。
一番の特徴は、口元に激しく主張している出っ歯である。
その出っ歯の長さは五センチと顎の所まで伸びている。
ここまで言えば分かるだろう。
ファンタジーの定番の種族で【エルフ】、【ドワーフ】、【巨人】、【妖精】、【出っ歯】、【獣人】、【小人】、とある内の出っ歯族の末裔がリャンスなのだ。
(毎日、毎日アッシ一人で十五人分の料理を作るのは大変でやんす……)
テキパキと動きながらも、その量に毎度苦労を感じるリャンス。
それもそのはずだ。リャンスはベヒモスの中でも中堅で、もっと下が存在している。
にも関わらずにこういった雑用を任せられる理由は、ガルド曰く「一番下っ端に見えるから」だそうだ。
小気味良く奏でる調理器具の音、火を扱う空間には熱気と湿度により流れる汗、そして出っ歯。
お陰でリャンスの生活スキルは、山賊のみならず、王宮に仕えても問題ない程に高くなっていた。
全ての料理が完成し、隣の大広間へと次々と料理が運ばれて、テーブルに並べられた。
ガルド、ゴートン、オルカは一番奥に個々にテーブルが並んであり、他の下っ端達は長いテーブルで二つ、コの字になるように置かれている。
「おい、リャンス! 青椒肉絲とか酢豚とか回鍋肉とかじゃねぇのか?」
何故か偏りのあるジャンルの料理をご所望のガルドが目の前に出された料理に眉をひそめる。
百九十の大柄に見合った骨太な骨格に、頼もしい筋肉を搭載させており、ツーブロックの黒の短髪の相乗効果なのか、厳つく見える。
「朝っぱらから、そんな重いの食べないでやんすよ!」
「あぁ~、カレーライスが食いてぇ」
「さっきとメニュー変わってるでやんす!」
「ジャーマンスープレックスが飲みたくなってきたぞぉ」
「それはスープじゃないでやんす!」
「イフリートのもつ煮も良いなぁ」
「精霊をもつらないでやんす?!」
「ばっきゃろー! 山賊は食わねど高楊枝って言うだろ?」
「それは食べてないでやんすよ……」
ガルドを含め、山賊達は渋々と料理を食べ始めた。
「うっめぇー! おい、リャンス! さすが出っ歯だけあって、うめぇじゃねぇかっ!」
「出っ歯で作ってる訳じゃないでやんす。でも、お口に合って何よりでやんす」
文句だらだらだった頭領達は、食べ始めると一心不乱に箸を動かして没頭していた。
これがいつもの流れだ。
どれだけ文句を言っていても、必ずうまいと言わせる料理の腕を誇っているのだ。
そして気になるリャンスの食事はというとーーちゃんと出っ歯を避けて横から食事を口の中へと運んでいる。
食事を終えると、後片付けも一人でこなす。
それでも、リャンスは嫌だとか、抜けようとは一度も思った事はない。
出っ歯一族が魔族によって滅ぼされ、唯一落ち延びたリャンスは頭領ガルドに助けられた。
その恩は決して忘れられるものではなく、一生をガルドに尽くすと心に誓っている。
何よりも、不平を溢しながらも役に立っている自分を実感出来て落ち着く所もある。
「よぉし、全員集まったか?」
ガルドがメンバー全員を広間へと集めた。
山賊というだけあって、何とも色気のないずらりと雁首を並べている。
普段は、山菜や獣を狩りながらその日を暮らし、たまにベヒモスの領域に侵入してくる無知な旅人や山付近を通過する商人襲って、金品を略奪していた。
今日のようにガルドがメンバーを集める時は、決まって村や街を襲いに行く時だ。
「お前らぁ、今日はイスカ村を襲いに行くぞぉ!」
「お頭、ついこの前、ナバナ村を襲った所じゃないでやんすか?」
基本的には一度村を襲えば、一年以上は襲わずとも暮らしていける。
山にある食材飢えを凌げ、旅人や商人で資金も稼ぎ、そのお金で酒を購入している。
村や街を一度襲うとそこへは飲みに行く事が出来なくなるから、極力襲わないようにしている。
そんな想いからリャンスが異議を唱えると、ガルドは軽く頷き、神妙な面持ちになって腕を組んで静かに語り始める。
「俺の親戚だと言う叔父が病気らしくてな。その息子に金をやってしまったんだ」
「そいつは大変だ。お頭、その叔父さんは大丈夫なんですか?」
「さっすがお頭! 家族や親戚は見捨てないその熱いハート……一生ついていきますぜっ!」
「お頭の荒っぽさの中に隠された優しさ……素敵。惚れ直しちゃったわぁ~」
口々にガルドの行いを称賛する山賊達。
因みに山賊は全員男である。
リャンスも口を大きく開けて、ガルドの懐の深さに驚いていた。
(それ、絶対騙されてるでやんす……なんでやんすか? 「親戚だと言う叔父」? しかも、その息子って……大体お頭は孤児だと言ってたじゃないでやんすか! なに山賊が詐欺師に上前はねられてるでやんすか。何故他の連中は感動してるでやんすか!)
「お前ら……よし! そんじゃあ、イスカ村を襲うぞぉ!」
「「「おぉぉぉぉぉ!!」」」
「………………」
ガルドも皆の反応に心を打たれ、零れそうになる涙を堪えて号令を掛けた。
こうしてベヒモスは、一丸となりイスカ村襲撃へと出向いて行った。
ーー「なんだぁ? あの騒ぎは?」
前方、目的の場所であったはずのイスカ村に火の手が上がっており、村は喧騒に包まれていた。
人々の悲鳴、家屋の破壊される音、時には魔法による爆発音等も聞こえてきて、ただならぬ状況にイスカ村は置かれているのだと分かる。
「頭、どうやら魔物が村を襲ってるようだ」
ゴートンが先に様子見に村へと行き、その報告で戻ってきた。
「信じられねぇ……何の罪もねぇ村を襲うなんぞ、許しちゃおけねぇなっ!」
「アッシらも襲おうとしてたでやんすよ?」
「それでこそお頭だ! 助けに行きましょう!」
「魔物共め! 人間を襲おうとは良い度胸だ。やっちまいましょう!」
「その影を背負いながら魅せる正義感。はぁ……お頭に添い遂げる覚悟は出来てるわ!」
「お前ら……」
ガルドの想いがベヒモス全体の意思として、村を救おうと山賊達は気持ちを昂らせていた。
因みに山賊は全員男である。
「うしっ、そうと決まったら、急がば回れだっ! 行くぞ、野郎共っ!」
「「「おおぉぉぉぉぉっ!!」」」
「………………」
ガルド達は、掛け声と共に村へと猪突猛進する。
リャンスは昔魔族に一族を滅ぼされた過去からか、足がすくんでしまって取り残されてしまう。
(お頭、それを言うなら善は急げでやんす……)
過去の悪夢を払うように首を横に振って、リャンスは意を決して走り出した。
既に村は負傷者が出ており、逃げ惑う者、抵抗する者、傷を押さえ座り込んでいる者、泣き崩れる者、幸いに村の自警団の活躍により死者は出ていないようだ。
「こりゃ、ひでぇな」
ゴブリン、トロール、オーク等の魔物が暴れまわり、ガルドが得物である大剣バスターソードを一振りし、手近にいたトロールを薙ぎ払う。
そこへ親子だろうか、母親と思われるブロンドのロングヘアーの女性が子供を大事そうに抱えて、ガルド達の前まで来て倒れ込む。
「大丈夫かっ?」
「はい……あのお願いです……。この魔物達は恐らくこの子を狙ってきているんです…………。私は、もう……どうかこの子だけでも助けて、あげてくだ……さい」
女性は微かに息はあるが、力尽きるのも時間の問題だ。
力を無くした女性の腕から、稚い少女の顔がひょっこりと見えた。
少女は三、四歳だろうか、緑色のショートカットにくりっとした瞳が何とも可愛らしい女の子だ。
少女は笑いながら、うつ伏せに倒れている女性を手のひらでペシペシと割と強めに叩いている。
「やめるでやんす。トドメになりかねないでやんす」
少女には、自分のやっている行動と女性の状態が理解出来ておらず、リャンスが見かねて少女を抱えて引き離した。
「なんてこった……俺はもう怒ったぜ…………殲滅するぞ、野郎共!!」
「「「おぉっ!」」」
ガルド達は沸き上がる怒りを爆発させ、魔物達撃退へと散り散りに駆けた。
少女を抱きあげているリャンスは置いてきぼりをくらう。
(この子を守って、って言われたでやんすよ? なんで誰も残らないでやんすか!? この状態でアッシ一人で守るのは難しいでやんす!)
少女は楽しそうにリャンスの出っ歯をグーでガシガシと殴って、キャッキャッと笑っていた。
既に少女にとってリャンスは掛け替えのない存在になっているのだろう。
怪力無双のオルカは、迫り来るオーク三体を、得物であるハルバード(普通の物より刃の部分が大きく重量がある特注品)を軽々と横へと薙ぎ、三体のオークの胴体と下半身を分けてしまった。
ガルドを一回り越える巨体は、ドワーフや巨人と張り合える程の力を所有している。
疾風迅雷のゴートンは、匕首に風魔法を纏わせ、無数に暴れまわるゴブリンを太刀筋を肉眼で捉えるのが難しい程の速さで、数十と空を斬る。
風の魔力を帯びた剣圧が十体を越えるゴブリンをバラバラに解体した。
更に漂刀を投擲し、トロールの背中に刺す。
痛くも痒くも無さそうなトロールへと指を二本立て向ける。
「《飛雷迅》」
指の先端から強力な雷の魔法が避雷針となった漂刀へと導かれ、トロールを打った。
トロールは丸焦げになり、煙を上げながらその場に倒れる。
ガルドは走っていた。
走りながら、無造作にバスターソードを振り回していた。
否、的確に一振り一振りが魔物を捉えて、その生命を断ち切っていた。
その一振りには、衝突の刹那に柄を握る力を強め、脇を締めて、刃を滑らせるように軽く引いている。
バスターソードという重量武器、力で叩き斬る物に対して技巧を加え、力と技を交ぜ併せ、その武器のポテンシャルを十全に引き出している。
(やっぱりベヒモスの【三叉槍】と恐れられているだけの事はあるでやんす! ゴブリンは当然として、トロールや、あのオークですら相手にならないでやんす! なのに、何故誰も少女を守らない脳筋野郎ばっかでやんすか! もっとこっちに気を使うでやんす! 前から思ってたでやんすが、ここの連中は馬鹿ばっかでやんす!)
リャンスは、頭領、副頭領達の活躍に心打たれ、負けじと襲い来るゴブリンを少女を片手で抱えながら、反対の手でショートソードを操り、巧くゴブリンを倒していた。
リャンスもまたベヒモスの一員としての力を備えていた。
頭領と副頭領、三人合わせれば大陸最強とも言われており、それが【三叉槍】と讃えられる理由となっていた。
「いやぁ~ん! こっち来ないでよぉ!」
山賊の大男は、襲い掛かってくるゴブリンに平手打ちをする。
叩かれたゴブリンの顔は爆散した。
(カマンベールさんは、知らない内にベヒモスに居たでやんすが、何者なんでやんす……?)
「こっちも負けてないでゲスッ! オレっちに敵うと思ってるでゲスか!」
小柄な双剣使いの山賊は、ゴブリンを素早い双剣捌きで切り刻んだ。
(アッシはギエスより、下っ端に見えるでやんすか? アイツの方が正真正銘下っ端っぽいでやんすよ!)
仲間達も奮起し、リャンスも触発されて思うように活躍出来ていない自分に焦りが見える。
(ずっと思ってたでやんすが、まるでアッシの気持ちを理解してないでやんす)
そんな事はさておき。
(さておかれたでやんす!?)
リャンスの背後に怪しい影が忍び寄る。
「困るねぇ~。さっさとそのガキを殺してしまいたいのに、そんな大事に抱えられたら、殺しにくいじゃないかぁ~」
卑しい粘着質な声が背中に張り付くように聞こえてきて、リャンスは慌てて振り返る。
「何者でやんす?」
「ボクゥ~? ボクは魔族のシミートだよぉ~♪ その子を殺したいんだけど、キミも邪魔だから殺しておくけどねぇ」
小柄な男ではあるが漆黒の髪が禍々しく逆立っており、身体から発せられる魔力は殺気と邪気に道溢れている。
そんな男からの死の宣告を受けて背筋を凍らせて唾を飲む。
(コイツ……何を考えてるでやんす。アッシが気付いていない間に後ろから殺れば良かったのに、わざわざ声を掛けてくるなんて、馬鹿でやんすか?)
「ん~、安心すると良いさぁ。まずはキミから殺してあげるよ。それまではその子には手を出さないから、置いておくと良いさぁ」
「随分と気前が良いでやんすね? だから背後から襲って来なかったでやんすね……」
「え?」
「はい?」
「「…………」」
(間抜けでやんす! 絶対この間抜けに殺されたくないでやんす!)
「まぁ、当然。久しぶりにこうやって暴れまわるんでね。全力のキミをなぶりたい気分なんだよねぇ~」
(……今さら言い訳し始めたでやんす)
どうやら、このシミートは、少女を殺す目的以上に戦闘を楽しむ事を優先にしているらしい。
リャンスは警戒しながらも、チラリと周りに視線をやってみる。
山賊達はテンション高く奇声を上げながら魔物を倒している。
(魔物狩りに夢中になりすぎて、誰も魔族がいる事に気付いてないでやんす。
少女を守ってやって欲しいでやんすか? この男も目的見失ってるみたいでやんすし、どうしてそんな奴しかいないでやんす)
仲間からの助太刀を諦め、そっと少女を下ろす。
「良いでやんすか。じっとしておくでやんすよ」
「うんっ!」
少女は屈託ない笑顔で、小さな身体を目一杯使って頷いた。
リャンスは苦笑混じりに、少女の頭を軽く撫でた。
シミートへと向き直り、ショートソードを構える。
(性格はともかく、コイツはかなり強いでやんす……)
向かい合う事で、改めて魔族の恐ろしさを知る。
身体から放たれるどす黒い魔力、ただ立っているだけにしか見えないにも関わらず、踏み込む隙が一切見当たらない。
「どうしたぁ? そっちから来ないなら、こっちから行くぞ」
地を蹴り、一瞬にして間合いが詰められる。
シミートは五センチ程伸びた爪を振りかざし、リャンスの喉笛をかっ斬ろうとする。
リャンスは半歩下がる。勢いに押された訳ではない。
寄りきられる前にショートソードを振れる間合いを確保したのだ。
爪に合わせる形で剣を振り、爪を弾いた。
しかし、シミートの前進は止まる事なく、反対の爪が襲い掛かる。
リャンスもすぐに反応。手首を捻り剣を切り返す。
爪での攻撃が繰り返され、少しずつ下がりながら、防戦一方になるリャンス。
息つく暇もない連撃にリャンスの表情が歪み、シミートはそれを見て愉悦に浸る。
「こんなもんかなぁ? 手応えないなぁ。もっと楽しませて欲しいもんべっ」
シミートは戦いながら喋っていたせいで、舌を噛んだ。
その痛みに耐えきれずに連撃は止まり、悶絶する。
(なんでアッシはこんな奴と戦ってるでやんすか……いやいや、しかし、あの攻撃は厄介でやんす。どうにかしなければ、ジリ貧でやんす)
「ふっ、なかなかやるじゃないか……」
「あんたの自滅でやんす!」
「二度も同じ手は食わん! 遊びは終わりだっ!」
「もう一回噛んでしまえでやんす!」
シミートの連撃は先程より速度が上がり、攻撃のキレや威力も一段増している。
リャンスは致命傷となる攻撃は防いではいるが受け切れず、爪が肩や腕に掠り始めた。
(ヤバいでやんす……! もうアッシの剣の腕では勝てないでやんす。あれさえ決められれば……)
シミートの右手がリャンスの顔面を狙い、それを剣で受け止めた。
「悪手だね。がら空きになってるよ」
空いてる左手の爪がリャンスの腹を抉る。
「がはっ」
「ははっ! ざまぁないね」
腹を抉る感触に恍惚の笑みを浮かべ、左手からは血が滴り落ちている。
だが、リャンスの眼はまだ死んでいなかった。
リャンスの口角はやや上がっており、それを見たシミートの笑みはすぐに消えて警戒に変わる。
「いや、これを狙ってたでやんすよっ!」
リャンスは右手の爪を受けていたショートソードを手放し、腹を抉っているシミートの左手と右肩をがっしりと掴まえた。
「《穿て!出っ歯》」
リャンスの前歯に魔力が集中し、煌々と輝き出す。
「まさか、貴様! 出っ歯族?!」
シミートが驚き、離れようとするもがっちりと掴まれており、逃げられなかった。
そこへ光る出っ歯がシミートの脳天を穿つ。
「このボクが……こんなはずでは……」
脳天を貫かれたシミートは、紫と黒が混じった光を全身に発しながら、その光は蒸発するように大気へと消えていった。
リャンスも安心からか、その場で倒れてしまった。
(勝ったは良いでやんすが、結構ヤバいでやんす。内臓が完全にやられてしまってるでやんす)
「リャンスっ! 大丈夫かっ!!」
気付けば魔物達も殲滅されており、リャンスが倒れているのに気付いたガルド達は慌てて駆け寄っていく。
一番早くリャンスの元へ駆け付けたオルカは、リャンスを抱えて傷を診る。
「頭、これは早く治療しねぇとやべぇ」
「だが、こんな村じゃあ、まともに治せるやつなんて居ねぇだろう……」
珍しくガルドが取り乱して、頭を掻きながらぐるぐると辺りを回る。
「ちょっと、退いてください」
ブロンドのロングヘアーの女性がつかつかと山賊達をかき分けて、リャンスの所まで行き、膝をついて手を翳した。
「《女神の慈愛》」
女性の掌から温かな光が発せられ、リャンスの傷口が瞬く間に治っていった。
「あれ? 痛みが無くなったでやんす!」
リャンスは唐突に起き上がると、傷口があった箇所を撫でたり、軽く叩いたりする。
何事もなかったように無傷となり、オマケに傷口は勿論の事、破れた服や血に染まった部分まで綺麗に修復されていた。
「あんた、すげぇーな! 助かったぜ。礼を言わせてくれ!」
「いえ、お礼を言うのは、こちらの方です。あの子を、ティノを守ってくださってありがとうございます」
あの可愛らしい少女はティノと言うようだ。
今、女性の所まで駆けて行って、女性のローブを小さな手で掴んで引っ張っている。
「いやぁ、俺達は当然の事をしたまでよ。それに俺じゃなくて、リャンスがそのティノって子供を守ってたからな」
(どうやらお頭は、アッシにティノちゃんを任せていたようでやんす。もうちょっと頼りになる人に任せた方が良いでやんすよ?)
「ってそうじゃないでやんす! あんた、死にかけてたでやんすよね?」
「あっ、バレちゃいました?」
女性は整った清楚な顔立ちを崩して《てへぺろ》をした。
「バレちゃいました、じゃないでやんす! どういう事でやんすか?」
「あら、私は回復魔法が得意ですのよ? リャンスさんを治してあげたように自分も治せます」
「なるほどな。だから、そんな元気なんだな」
瀕死の傷を完治させられる程の魔法を使いこなせる者は、大陸中探してもそう簡単にはお目に掛かれない。
ガルド達はその芸当に感心しきっていた。
「そうじゃないでやんすっ! 問題は、何故《回復出来るのに死にかけてるフリ》をしたんでやんすか?」
「てへぺろっ」
今度は本人の音声付きでてへぺろをした。
「だって、危なそうでしたので、やられたフリをしていた方が助けて貰えると思ったんだもん!」
(開き直りやがったでやんす!)
「そいつは一本取られたな!」
ガルドは豪快に笑う。
(お頭は本当に山賊でやんすか?)
「ふふ、申し遅れました。私はイザナと申します。私はティノの護衛をしています」
どうやら、イザナはティノの母親ではなく、何かしらの事情でティノを護っているようだ。
「護衛ってのは何だよ? 差し支えねぇなら、聞かせてもらおうか」
イザナは一瞬躊躇いはしたが、命を救ってくれた人達でもあるので、瞳を閉じて「分かりました」と話し始めた。
「まず皆様、龍人族をご存知でしょうか?」
「いや、知らねぇな」
ガルドを始め、山賊達も顔を見合わせては首を傾げている。
「そんなマイナーな種族は知らないでやんす」
「……そうですよね。出っ歯族に比べれば、《ローとベリーウェルダン》くらいの差がありますからね」
(何故肉の焼き加減で例えるでやんす。この場合は、ローがマイナーで良いでやんすか?)
「龍人族は伝説の種族と言っても過言ではありません。数が少なく、希少な種族で、大陸に二つの集落がありました。その一つを魔王に襲われて、滅ぼされました。私はその龍人族の里にお世話になっていた者で、その時の龍人族の長にティノを託されまして、魔族の追っ手から逃げ続けてきたのです」
龍人族は普段は人の姿をしているが、龍へと姿を変化する事が出来、戦闘力は飛躍的上がる。
それを恐れた魔王は、龍人族の里を自ら襲って壊滅させたのだ。
「それでこの村が魔物達に襲われたって訳か」
「はい……」
それでこれ程の被害を受けた。
きっと今までも苛烈な奇襲を何度も受けて、何とか逃げ続けていたのだろう。
「しっかし、ひでぇ有り様だぜ、これは……」
ガルドは辺りを見渡す。
倒壊した家屋、傷付き疲れきった村人達。
魔物達は殲滅されたというのに、歓喜の声を上げる力も残っていなかった。
「あ、元通りに出来ますよ?」
「「「はぁ?」」」
イザナの一言に山賊達は何を言っているのか、理解不能で眉をしかめる。
「《女神の奇跡》」
イザナが祈りを捧げるように手を組むと、神々しいまでの眩い光が村全体を包んだ。
そして、光が収まり、目に映ってものは、倒壊された家屋は元通りに戻り、村人達の傷は全て癒され、何なら山賊達の傷や体力も回復しきっていた。
「す、すげぇ……」
「やるじゃねぇか! 姉ちゃん!」
「いえいえ、それほどでもありませんよ」
(これ、魔法でどうこうって問題じゃないでやんす! 絶対おかしいでやんすよ! 服もそうだったでやんすが、家まで直すって反則でやんす! もう何でもアリでやんす!)
その余りの奇跡に山賊達も興奮気味にイザナを誉め称える。
「お、おい! あの人達だぞ!」
「あぁ、あの人達が村を救ってくれたんだ!」
「それだけじゃないわ。家や傷まで癒してくれたわ!」
「俺なんて痔まで治ってるぜっ!」
「私のおじいちゃんのアルツハイマーも治ってるわ!」
「神様の使いだ……ありがたやありがたや…………」
「どうか、お礼をさせてください!」
「大した村じゃないですが、酒と食事くらいならあります!」
傷が治った村人達が、山賊達の元へと集まり始め、村を救ったお礼にと酒と食事を振る舞ってくれるようだ。
「なぁに、お前達も無事で良かったじゃねぇか。うしっ、お前ら、今日は飲んで騒ぐぞぉ!」
(いや、村を救ったのは事実でやんすが、初めは襲う予定でやんしたよ? 家や傷を治したのは、イザナさんでやんすし……)
こうして、ベヒモス山賊一味は村から手厚い歓迎を受けて、明け方まで飲み明かした。
翌日、ベヒモスは村人から温かく見送られて、アジトへと帰って行った。
アジトに戻るとガルドが皆を広間に集めて、腕を組み、瞳を閉じて何かを考え込んでいる。
山賊達はお頭であるガルドの言葉を静かに待っている。
その中には、何故かイザナとティノもついて来ており、ティノはリャンスの事を気に入ったのか、抱っこされて出っ歯をガシガシと殴って楽しそうに遊んでいる。
「やんすぅ~!」
「リャンスでやんすよ」
やんすも満更でもないようだった。
(そっちは間違えちゃ駄目でやんすよ!)
「なぁ、お前ら……」
ぽつり、とガルドが話し始めた。
組んだ腕を解き、開いた瞳は真剣そのもので、何やら重大な発表があるようだ。
「人助けって良いなぁ……」
「正気でやんすか?! アッシら山賊でやんすよ!」
「頭……俺達もそう思ってた所だぜ!」
「あぁ、昨日のはなんかこう……胸の奥から熱いのが沸き上がってきて、生きてる事を実感出来たっつう感じだ」
「アタシもそうよ。村の人達の喜ぶ顔を目にした時、涙が出ちゃったわ」
「そこでだ。俺は今日からイザナとティノをもう一つの龍人族の里まで送ってやる事にした!」
「「「おぉ……」」」
山賊達は驚いてざわめき、イザナはうんうん、と笑顔で頷いていた。
「なんでそうなったでやんす?! これからベヒモスはどうするでやんす? てか、アッシらはどうすれば良いでやんすか!」
リャンスは唐突の決断に受け入れられずに、見苦しく、女々しく、情けなく駄々をこねる。
(言い過ぎでやんす……アッシは結構まともな事言ってるでやんすよ!)
「ベヒモスは留守の間は、ゴートンとオルカに任せる! それにリャンス、お前は俺と同行するんだぞ?」
「はい?」
「当たり前だろ? お前が一番ティノに好かれているし、助けた訳だ。俺達はそういうのに向いてない。身の回りの世話もお前にしか任せられないだろうが」
「あ、ありがとうございますでやんす。(ティノちゃんをほったらかしにしてた自覚はあるでやんすね)」
ガルドとしては、常日頃から家事や身の回りの世話等を任せるのは、リャンスへの『一番下っ端に見えるから』ではなく、一番信頼を置いていたからだった。
「リャンス、お頭を頼んだぞ」
「おめぇなら、大丈夫だ!」
「ゴートンさん、オルカさん……考え直した方が良いでやんすよ」
「リャンスちゃん。逞しくなって帰ってくるのよ?」
「カマンベールさん。あんたはなんなんでやんすか?」
「リャンスさん! オレっちはあなたが目標でゲス! いつか語尾をゲスからやんすに昇格させるでゲス!」
「ギエス、この期に及んで、勝手に設定を盛るなでやんす! アッシは生まれつきやんすでやんす! 語尾に優劣はないでやんす!」
「やんす、やんすぅ~! 一緒にやんすぅ~!」
「ティノちゃん、違うでやんす。意味が分からないでやんす」
「リャンスさん、宜しくお願いしますね」
「イザナさん、お頭を言いくるめたでやんすね?」
「てへぺろっ」
「てへぺろは決して万能じゃないでやんす!」
周りからの想いを託されたリャンスは、旅立つ決意が固まった。
(勝手な事言うなでやんす!)
「それじゃあ、思い立ったら即日だ! 行くぞ、リャンス!」
「ん~、まぁ、それ程間違ってないから、ツッコミにくいでやんすよ……」
こうして、最強の山賊ベヒモスの頭領ガルドと、出っ歯族末裔のリャンス、龍人族の少女ティノ、てへぺろのイザナの波乱万丈の旅が始まった。
彼らの旅の先に待ち受けている過酷な運命があるとも知らずに……。
ーー主題歌『存在感』
黒き闇に~ 一筋の白き出っ歯~
未来なき世界を穿てー!
飽くなき心を貫けー!
だから でっぱ でっぱ 飛んでゆくのさ
君の でっぱ でっぱ 抜いてくのさ
未来永劫 常に栄光 その存在感!
前歯を輝かせ もっと! 長く! でっかく! (high!)
dance dance dance 絶え間なく出っ歯~
chance chance chance 限り無く出っ歯~
yansu yansu yansu 紛うことなき~ 出っ歯~~~♪
最後まで読んでくださいまして、ありがとうございますでやんす。
出っ歯でやんすな小者感溢れる主人公という、新感覚ジャンルにしたかったのですが、なかなか難しかったです。
でも、書いてる分には楽しく書かせて頂きました。
本当に最後まで読んでくださって、ありがとうございました!