07
「お、ユリカ、帰ってきたか」
「ただいま。あ、セイジくんはエミナさんと夕御飯だよ」
「へえ、それは珍しい……。ん? もしかして、ユリカが?」
「まあね。エミナさんのこと、知ってるよね?」
「知らないのはセイジ本人だけだな」
「うまくいってほしいねえ」
「そうだな。じゃあ、俺達も夕飯にするか」
そう言って、お兄ちゃんがインベントリからパンとスープとサラダを二人分取り出す。作り置きしてあるらしい。
「私も、食事代ぐらいは稼がないとねえ」
「気にするな。少なくとも、この時間加速の間は」
「ううん、こんな時だからこそちゃんと自立しなきゃ」
この身体はアバターだけど、時間進行に沿ってお腹が空くようになっている。もともとは、長時間ログインを避けることを意識させるためのものだったようだ。
「それで、お兄ちゃん。私が付加した方がいい装備ってある?」
「あるが、魔石の方はいいのか?」
「プレイヤーの出入りがないからあんまり売れそうにないって。NPCの冒険者が買うようなものじゃないし」
「そうか……。それなら、これから納入しようとしている剣を強化してみてくれ」
「いいの? 付与に失敗したら納入できなくなっちゃうよ?」
「まだ納期は先だったものを早く作ってしまったんだ。だから、万が一のことがあっても作り直せば大丈夫だ」
作り直すって……やっぱりお兄ちゃんもトッププレイヤーなんだなあ。
でも、剣の強化か。切れ味を良くする? 折れにくくする? 適度な重さにする?
「んー、全部やってみるかな。でも、どんな配分がいいかは使う人によるかな」
「それなら、納入先の冒険者に会ってみるか? 明日はクエストは受けずに宿にいるはずだ」
「うん、そうする。ありがとう、お兄ちゃん」
明日の予定が決まった。今日はもう寝ることにしよう。
◇
翌日。
朝食をとってから、お兄ちゃんと一緒に冒険者のところに向かう。
「そういえば、セイジくん戻って来なかったねえ」
「あっさりうまくいったようだな。最初からこうすれば良かったか……」
「こういう状況だからうまくいったのかも」
「なるほど」
私が初ログイン時に入ってきた入口とは正反対の場所にある街の入口。その近くの宿にやってきた。
「いらっしゃい。あら、ユタカじゃない」
「やあ。フォルトはいるか?」
「部屋にいるよ。……ん? その娘は?」
「ああ、一昨日この街にやってきた俺の妹だ」
「こんにちは。ユリカといいます」
「はい、こんにちは。この宿で受付と食事を担当しているメリナだよ」
お兄ちゃんやセイジくんがまだ家を持っていない時に暮らしていた宿だそうだ。ちなみに、その当時は街の工房で作業部屋を借りていたらしい。
コンコン
「どうぞ、空いています」
お兄ちゃんが部屋の扉をノックすると、ずいぶんと丁寧な返事が返ってきた。
ぎいっ
「おはよう、フォルト。少しいいか?」
「ユタカか。ああ、いいぞ」
フォルトと呼ばれた冒険者は、ベッドの上に座って剣の手入れをしていた。布で拭き取っているだけだったが、その手付きは、先程の返事と同じくとても丁寧で……。
「俺の妹を紹介したくてな。ほら」
「……」
「ユリカ?」
……
「ユリカ!」
「……はうっ。え、あ、ごめんなさい! ユリカといいます、駆け出しの魔法付与師です!」
「ああ、君が噂の……。フォルトだ。剣士をしている。よろしく」
「はい、よろしくお願いします、フォルトさん!」
私は、慌てて頭を下げながら挨拶する。
うわー、うわー、ものすっごく私の好みのタイプだよー!
お兄ちゃんよりも少し細い感じの、背が高くて凛々しくて、そして、表情も雰囲気も穏やかで……。中性的な感じが、またいい!
「……おいおい、マジか。これまで、男にはまるで興味ありませんって感じだったのに」
「え? な、何がだ?」
あ、ちょっと戸惑ってる様子も可愛い! わー、わー!
「はあ……。まあ、とりあえず、お前の剣に何か魔法を付与してもらおうかと考えていてな。それで連れてきた」
「それは構わないが……。ユリカ、何ができる?」
「なんでもできます! 軽くしたり、切れ味よくしたり、魔法を打ち出したりできます。アクティブでもパッシブでも!」
ふむ、と考え込むフォルトさん。わー、考えてる姿も様になってるよ!
「ここにきて、ユリカが色ボケする姿を見ることになろうとは……。おい、ユリカ」
「なに、お兄ちゃん? 今はフォルトさんが考えている最中だよ!」
「いや、一応言っておくが……。フォルトはNPCだぞ?」
「知ってるよ!」
「そ、そうか、ならいいが……。いや、マズイのか?」
フォルトさんみたいな人が現実世界にいたら、即お友達から始めたい案件です!
「そうだな……。魔力を込めると耐久性と切れ味を同時に向上させる、ということはできるか?」
「単独よりも効果はそれぞれ低くなりますけど、それで構わないのでしたら、すぐにでも!」
「え、今、できるのか?」
「はい!」
「おい、大丈夫なのか?」
「昨夜、寝る前に試しておいたから大丈夫!」
「もしかして、またハマったか? そのテンション、寝不足も影響してないか?」
「そんなことないよー。昨夜はちゃんとぐっすり寝たよ。5時間ほど!」
「お前、8時間以上寝ないとダメなタイプじゃなかったか?」
そうだったっけ?
でも、とりあえず今は!
「それじゃあフォルトさん、剣を鞘に収めて、床に横たえて下さい」
「え、鞘に入れたままでいいのか?」
「はい。そうすれば、鞘も耐久性が強化されますから!」
「どこまで試したんだ……」
フォルトさんは私が指示した通り、剣を鞘に収めて目の前の床の上に置く。
「それじゃあ……」
ピッピッ
ひゅんっ
「ユリカ、なんだ、その紙は?」
「これ? 『場』を形成する魔法陣だよ。複数の魔法を付与する時は、この魔法陣の上で発動すると、思念で細かい制御ができるの」
「そんなことができるのか? じゃあ、あの『レインボー』も?」
「うん。セイジくんの持っていた書物、魔法付与師なら読める箇所がいくつかあったよ」
「そうだったのか……」
とはいえ、この制御魔法陣にしてもまだレベル1ということで、一度にひとつのアイテムにしか付与制御できない。他の魔法の発動と併せて、今の私のMP容量では一回限りだ。
「それじゃあ、いきますね。『付与:土魔法混成、キーワード:なし・魔力連動』」
ぶんっ……!
「おお……」
複数の色が混ざりながら、鞘付きの剣を光が包み込んでいく。ただ、やはり単独魔法付与よりも完了までに時間がかかっている。
「……はい、できました」
「もう、付与されたのか……。ギルマスに査定してもらうか、それとも、森に行って常設依頼の魔物を狩って試してみるか……」
ギルマスって、エミナさんのことかな?
「そういえば、私まだ討伐の様子を見たことありません! 森に行きましょう!」