05
ここから第一章です。
「とんでもないことに、なったなあ……」
「一年ほどA.C.O.の世界で暮らしていればいいだけとはいえ、ねえ」
「さすがにこれは予想外だ。ユリカ、巻き込んで済まない」
「いいよ、お兄ちゃんが謝ることじゃないって」
エミナさんからの説明を聞いた後の私達は、街の食堂で遅すぎる夕食をとった後、それぞれの部屋のベッドで眠った。あまりのことに目が冴えて眠れないかと思ったら、割とぐっすり眠れた。
「いや、俺はあまり眠れなかったぞ」
「ユタカ兄ちゃんは神経質だからなあ……」
「繊細と言え。まあ、心配してもしかたがないということは、頭ではわかっているのだが」
これから『Arts & Crafts Online』の世界で暮らすであろう約一年は、現実世界では数秒程度だ。身体的には全く問題ないし、社会から取り残されるというわけでもない。
「現実世界の方は、私達から見たら時間が止まっているようなものだしね」
「見ることができたら、だけどな」
「というわけで、私はゆっくりじっくり、魔法付与スキルを極めたいと思います!」
「急にイキイキとしてきたね、ユリカちゃん」
「だって、時間とか気にせずいろいろ試せるんだもん」
現実世界と同じ時間進行だと、絶対にできないことだ。というか、昨日のうっかり集中が時間加速なしだったら、日曜日が半分潰れていたところである。
「それは、確かに……。よし、作成中の盾の改良を進めてみるか」
「僕は……。あ、ユリカちゃん、スキル極める前に、冒険者ギルドに行かない?」
「冒険者ギルド?」
「魔法付与した魔石とか売るなら、ギルドに登録しなきゃ」
この世界には、商業ギルドがないらしい。更に言えば、薬師ギルドとか鍛冶ギルドとかも。あるのは、冒険者ギルドのみ。クエスト管理から物資の流通まで、一手に引き受けているそうだ。
「このゲームは生産職特化だからね、あまり商売っ気を煽るような要素はなくしたいんだって」
「私、これから付与魔石で儲けようとしてるんだけど……」
「いやいや、必要最低限の販売は必要だよ! たくさん儲かったからって、生産やめて派閥作ろうってわけじゃないでしょ、ユリカちゃんは」
それは、そうだけどさ。
「じゃあ、いこっか。ユタカ兄ちゃんは盾強化がんばってねー」
「ああ。エミナさんに迷惑かけないようにしろよ。時間加速中は、ただ一人の運営サイドなんだからな」
そうして、セイジくんに連れられて冒険者ギルドに向かって歩いていく。
◇
冒険者ギルドは、中央広場に面したひときわ大きな建物だった。時間加速の説明を聞いていた時は市庁舎っぽいなあと思っていたんだけれど。ああでも、あながち間違いでもないのか。
「こんにちはー」
「おお、セイジじゃないか。今日はどうした。ポーションは夕方だろ?」
ギルド職員らしき人が声をかけてきた。セイジくんって有名なのかな? 主にポーションで。
「ああ、初心者プレイヤーのギルド登録をしてもらおうと思って。エミナさん、いる?」
「ああ、そこに突っ伏してるぞ」
「おわっ。……なにしてんすか、エミナさん」
「ああ、セイジさん……って、セイジさん!?」
がばっ
「し、失礼しました! どのような御用でしょうか!」
急にしゃきっとするエミナさん。なんか、中央広場で見た時の印象と違うような……。
「あ、うん、えっと、登録してほしいプレイヤーがいるんだけど」
「えっ、新しいプレイヤーがログインしたんですか!? でも、時間加速はまだ……」
「いやいや、時間加速が始まる少し前に、初めてログインしたプレイヤーがいて……。ほら、ユリカちゃん」
「あの、よろしくお願いします。ユリカといいます」
がたがたっ
「……!? そ、そんな……」
どたどたっ
「も、申し訳ありませんでした!!」
ざざっ
うわ、本当に土下座したよ、この人!? カウンターから出てきたと思ったら、ものすごい勢いで!
「始めたばかりに、このような異常事態に巻き込まれ、なんとお詫びしたらよいか……!」
「い、いえ、あまり気にしていませんから……」
「で、ですが、これから一年は現実世界に戻れないのですよ? 御家族にも、御友人にも会えないのですよ!?」
「えっと、お兄ちゃん……兄と、幼なじみのクラスメイトが一緒ですから、それほど寂しくはないかなあと」
両親に会えないのは確かに残念だけど、現実世界で会えなかったお兄ちゃんがしばらく一緒なら、悪くはないよね。
「幼なじみ……もしかして、セイジさんの、ですか?」
「うん、そうだよ。兄っていうのは、ユタカ兄ちゃんのことだね」
「あなたがあの、セイジさんの幼なじみ……」
ん? 私のことを知ってるのかな?
「お話は、家を建てる時にユタカさんと共に伺っています。そう……ですか、あなたが……」
「作ったものを売る時は、ギルドへの登録が必要だというので……」
「は、はい、承っております。すぐに登録できますので御安心下さい」
がさがさ
ことっ
「この水晶球に手を置いて下さい」
「こう……ですか?」
「はい。『走査』」
ぱああっ
「……はい、問題ありません。『登録』」
ぶんっ……
「これで登録は完了です」
え、もう?
「アバター情報を読み取って、ゲームシステム内に口座を設けただけですので」
「それじゃあ、この登録って、ギルドというよりも銀行?」
「そうですね。プレイヤー情報はゲームに登録した時点で把握しておりますし」
「一品物しか作らないプレイヤーは、大量に売り買いする必要はないからね。個別取引で十分なんだ」
他のプレイヤーやNPCと個別にやりとりすることもできるけど、店舗で物を売り買いするのと同じ理屈で、一回に取引できる個数に制限があるそうだ。
「プレイヤーが店舗を所有して販売できるのは、自ら作り出した物か、個別取引した物に限られます」
「つまり、店舗を持たずにたくさん作って売りたい場合は、ギルド経由で卸すしかないわけですか」
「そうです。直接持ち込んでいただいて査定する方法もありますが、納品クエスト経由の方が手っ取り早くお金が稼げるかもしれません。常設依頼もありますし」
常設依頼で多いのは、やはりポーション類だそうだ。魔法付与の魔石は、魔道具と同じく必要に応じて、ということらしい。