04
「って、そうだ! そろそろログアウトしないと!」
「そうだ。あれからもう何時間も経っている」
「え、そうなの?」
ステータス画面を表示して、現在時刻を確認する。
「……あれ、まだ21:01だよ? 私がログインしてから30分くらい?」
「いや、そんなはずは……。ちょっと待て、なぜ時刻表示がふたつあるんだ?」
もう一方の時刻表示は、翌日の02:23。もしこの時刻の方が正しければ、これから寝てお昼少し前に目が覚める自信がある。日曜日だからそれでも問題ないけど、両親に夜ふかしし過ぎと怒られそうだ。
「わからんな……。まあいい、ログアウトしよう。また後で現実世界で連絡を入れるから」
「うん、わかった。じゃあ、また後で」
「僕はまだ眠くないけど……はい、ログアウトします」
お兄ちゃんにキツい眼差しをくらったセイジくんが萎縮する。やっぱりお父さんだなあ、とは口には出さない。心配してくれてるんだものね。
ピッ、ピッ
……
…………
………………
「あれ? ログアウトしないよ?」
「ぼ、僕もだよ。もしかして、ログアウトできなくなった!? デスゲーム!?」
「テンプレはよせ。もし本当にログアウト不可なら、そもそもメニューで操作できないだろうが」
「そうだけど……。でも、いつもの『ログアウトしますか?[はい/いいえ]』のウィンドウが出ないし」
「うーん……。よし、GMにコールして……うおっ!?」
お兄ちゃんが管理者権限をもつ運営アバターを呼び出そうとした時、三人のところに同時にメッセージウィンドウが表示された。
<【緊急】全プレイヤーはクラフトシティの中央広場に集合して下さい。[ゲームマスター]>
◇
ガヤガヤ
私達が到着した時には、既に数百名のプレイヤーが中央広場に集まっていた。ちなみに、A.C.O.の同時参加プレイヤー数としてはこの程度だそうだ。それだけ、NPCがたくさんいるということだろう。
「いよいよ、あのシーンが……」
「だから、お約束はよせ。お、今日のGMはエミナさんか」
「エミナさん?」
「クラフトシティの冒険者ギルドで受付嬢を兼任している、運営サイドのプレイヤーだよ」
「この街で装備を作って売る時は、必ずエミナさんを通すんだ。常に初心者が一定数いるからだが……」
そのエミナさんは、すごく深刻な顔をしている。え、本当にログアウトできなくなったとか!?
「みなさま、お集まりいただいたようですね。本日のゲームマスターを担当しているエミナです。既に多くの方々が、ログアウトできずにお困りかと思いますが……」
説明を始めたエミナさんは、がばっと頭を下げた。そのまま土下座でもしそうな勢いである。
「申し訳ありません! ゲームシステムに異常が発生し、ログアウト処理に膨大な時間がかかっております!」
「時間がかかっている……? どういうこと?」
ある女性プレイヤーが質問する。うん、どういうことだろ。
「正確には違うのですが……。みなさまの体感的には、非常に長い時間がかかる見込みです」
体感的?
「表示したステータス画面に、ふたつの時刻表示があるかと思います。これは、現実世界の時刻と、この仮想世界の時刻のふたつを示しています」
「現実世界と仮想世界? でも、一方は『21:01』からずっと変わらないぜ?」
うん、男性プレイヤーが言う通り、私のステータス画面の表示もそうなっている。もう一方は、02:56……あ、今、02:57になった。
「『21:01』が、現実世界の時刻です。午前3時少し前の表示が、このA.C.O.の世界の時刻です」
更に混乱し始めたプレイヤー達に、エミナさんは説明を続ける。
「A.C.O.運営会社は最近、政府機関や他の企業と共同で、ある機能を開発しました。『時間加速』機能です」
時間……加速?
「仮想世界へのフルダイブは、いわば夢を見ている状態です。VRシステムとの情報のやりとりを高速化すればするほど、夢の中では高密度な体験や行動が可能となる、というのが基本的な考え方です。試験的に時間加速機能を導入する話はあったのですが、システムログを見たところ、誤って『Arts & Crafts Online』の時刻管理システムに接続してしまったようなのです」
「あ、だから『ログアウト処理が長く感じる』ってことなのか。俺もさっきログアウトボタンを押したけど、今まさに処理を行っている最中ということか」
「その通りです」
そのやりとりに、多くのプレイヤーが安堵する。時間がかかるとはいえ、ログアウトできないわけではないからだ。しかも、現実世界では大して時間が……。
……時間が、経ってない? 『21:01』から?
ふと思いついて、私が質問する。
「あの、その時間加速って、どれくらい加速されているんですか?」
「……」
「えっと……?」
私の質問に、エミナさんは、意を決したように伝える。
「時刻管理システムを調べた限り、数千万規模の倍率でした」
数千万規模……。
……
…………
………………
数千万倍の時間加速ってこと!?
「それって……!?」
「はい……。実際にログアウト処理が始まるまで、A.C.O.内では一年ほどかかるはずです」
プロローグはここまでです。