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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第九話

 

「クアッガ。全長4メルを超える巨大な怪鳥。特筆すべきはその鋭いくちばしと足の先にある3本の毒爪ですね。猛毒が仕込まれているそうでかすっただけでも命にかかわるとか。過去に何度か討伐隊が組まれてますが、どれも撃退に至らず、と……聞いてます?」


「んー?」


 どこからか持ってきた紙束をペラペラと捲りながら話しかけるミルシィを無視し、アイーシャは持っていた串焼きを頬張る。甘辛く味付けされた肉の旨味が口一杯に広がり、彼女の腹を満たしていく。


「‥‥‥美味しそうですね。一本頂いても?」


「ん」


 突き出された串焼きを受け取り、口に入れる。悔しいが、旨い。

 これがNTR(寝取られ)の味なんですね、とミルシィは内心涙をこぼした。


 そんなことはさておき。


 暫く口をモゴモゴと動かしていたミルシィであったが、やがて口の中から肉が消えたのか、再び口を開く。


「って、本当に良いんですか?」


「あん?」


「だって貴女の強さの由来は、知ることなのでしょう?」


 その言葉を聞き、ようやくアイーシャは口を止める。

 確かに、あの頃の強さは知識によるものが大きい。相手の強さ、武器、戦い方、癖。知っていたからこそ対応が出来ていた。

 しかし、


「そりゃ、弱かったからな」


 平凡極まる自分では、天才と称された化け者共には太刀打ちできない。

 だからこそ彼ならではの武器が必要だった。強者にも勝てる、そんな武器が。


「傲っているわけじゃない」


 ただ単純に


「試してみたくなっただけだ」


 自分の強さの限界。それを知りたいが故に。


「むー」


「それにだ」


 それでも不満そうな顔を向けるミルシィに対し、彼女はニヤリと口の端を上げると、


「それも、冒険ってやつだろ?」


 楽しげに笑う彼女の姿を見て、いよいよミルシィも諦める。

 大きな溜め息を吐き、苦笑いを浮かべると、


「‥‥‥今回だけですよ?」


「解っている」


 残った串を布に包み、懐へ仕舞いこむ。唇の端についていたタレをペロリと舐め取ると、


「じゃあ、行こうか」


 そう言って彼女は酷く、獰猛に笑ってみせるのであった。







 ────────────







「それで、どうやって目的地に行くつもりだ?」


 暫く歩き広場に着くと、そこに置かれてある椅子へ腰かける。するとアイーシャは早速とばかりに口を開いた。

 なんて人任せ、と内心呆れを通り越して半ば感心しつつ、ミルシィは紙束を捲った。


「えーっと。取り敢えず、ここからシュマの森近郊まで馬車が出ているのでそこまで乗っていき、そこからは徒歩ですね。

 あ、そうそう少し聞きたいんですけど、」


 ん?と首を傾げアイーシャは先を促す。ミルシィはこくりと頷き、


「どうしてこの依頼を受けようと?」


「?」


 質問の意図が解らず、アイーシャは人差し指を顎に当てる。えーっと、とミルシィは言葉を探し、


「ほら。これで晴れて冒険者になったわけですから、さっさと外に出ていく、みたいなことをするかと‥‥‥」


「あー」


 ようやく合点がいったと彼女は手を打つ。しかしすぐにジト目になると、


「お前、俺を馬鹿にしてるだろ?」


「‥‥‥」


 ミルシィは明後日の方を向き、出来もしない口笛を吹く。まぁ、良いと彼女は頭を掻き、


「金だよ。俺に略奪の趣味はねぇしな。稼がないと何処にも行けんだろ?」


「えぇー?」


 それだけですか?とでも言うように目を細めるミルシィに対し、アイーシャは大きく嘆息する。


「それに、今の俺の立ち位置ってのを明確にしておきたいしな」


「立ち位置、ですか?」


「強さの、だがな」


 身体の内を巡る熱く、力強い流れ。これを得て果たして自分はどこまで強くなれたのか。

 ()に届きうるか、否か。


「俺の基準はとうに決まっている。敵がどうだとか関係ねぇ」


 アイツならこうする。アイツならこれぐらいで倒せる。

 あらゆる事を知り尽くしたからこそ解る違い、自分との差。それがどれだけ埋められているか。


「あーそうか、そうだな」


 俺は、思っていたよりも、


「楽しみにしてるんだな」


 酷く、単純な理由だった。

 それを聞いたミルシィは喜ぶように、或いは憂うように微笑し、


「そう、ですか......」


 そう答えたのであった。







 ◇◆◇







 あれから5日が経った。

 場内は依然として騒がしく、誰かの怒鳴り声、或いは誰かを囃し立てる声。様々な声で溢れかえっていた。

 最早彼女達の事など誰も気に留めていないのだろう。話題に上がることはなく、普段通りの騒がしさを取り戻していた。


 だが、


「ほら、みろよ」


「ククッ。ザマァねぇよな」


 嘲るような笑い声。顔を向け睨みつけてやっても直ぐ様顔を逸らされる。それだけだ。

 視線を切ればすぐに笑い声が聞こえてくる。これが俺の日常だった。

 腰を上げれば奴等は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくだろう。正面から挑んでも勝てないということは嫌ほど知っているだろうから。


 だがそこにもう恐れの色は無い。俺を見る奴等の視線は弱者を見るそれと、大差無い。


「クソッ!」


 小さく毒づく。酒の苦味が酷く喉に絡み付いてくる。


 俺は1人の少女に敗北した。

 いや、敗北とは言えんだろう。奴は俺の事など歯牙にもかけていなかった。

 奴にとってみれば道を阻んだ者を押し退けただけに過ぎなかったのだろう。それだけ圧倒的な力量差を感じ、それ故に再び歯向かう気にもなれなかった。


 視線を落とし、琥珀色を宿したグルー酒を除きこむ。映り込んだ景色は嫌に濁っており、黒い影をゆらゆらと揺らしていた。


 俺は、もう‥‥‥


「随分シケた面してるじゃねぇか、ディー」


 ドカリと大きな音の後に、椅子の軋む音が耳に入る。

 顔を上げれば、そこには禿頭の男───ギランの姿があった。


「ホレ。追加の酒だ」


 そう言って置かれた杯をひったくるように受け取り、勢いよく飲み干す。大きなゲップを吐き出すと少しだけ気分が晴れた気がした。


「クックックッ。随分荒れてるじゃねぇか?天下の"黒鬼(こっき)"様がよぉ」


「チッ‥‥‥うるせぇよ」


 視線に力が籠らない。再び視線を落とした俺を見かねたのか、ギランは静かに口を開いた。


「んで、どうだったよ?」


「ぁ?」


「アイツの実力だよ。直接やり合ったテメェから聞きたくてな」


「あぁ‥‥‥そういうことか」


 質問の意図を理解し、軽く思考する。とはいえ、言えることは酷く少ない。


「勝てる気がしねぇ。それだけだ‥‥‥」


「‥‥‥そうか」


 その言葉だけで伝わったのか、ギランは低く唸るように声を出す。

 やがて言葉が纏まったのか、ギランは腕を組むと、


「テメェがそういうんなら、間違いないんだろうよ。腐ってもテメェの腕は一流だ。だから、ここの馬鹿共もテメェには逆らわなかった」


「‥‥‥」


「紛れもない実力者ってことか‥‥‥やれやれ、騎士にでもなった方がよっぽど得だろうよ」


 そう言ってギランはグイッと杯を傾ける。確かに、あそこまでの力があれば態々この道を選ぶ理由はない。どんな戦闘職だろうと、彼女であれば易々とこなしてみせるだろう。


 だからこそ、


「なぁ、1つ聞きたいんだが‥‥‥」


「ん?」


 口から出たのは、殆ど無意識だった。胸の内から溢れ出た疑問が自然とこぼれ落ちただけだった。


「どうしてアイツらの無茶を呑んだ?」


 酷く単純な疑問だった。目の前に座る男、ギランは自由人達への依頼の斡旋を行なっている。

 強面や確かな実力も相まって彼の言うことに従う者は多く、これまでに幾つもの無茶な依頼をこなそうとしてきた自由人達を止めてきた。


 確かに彼女は強い。しかし、それだけで果たしてこの男が要求を呑むのだろうか。


 さてな、と彼は軽く杯をあおる。


「実力は不透明。素性はサッパリの女2人。しかも明らかにまだ子供だ。お前の言う通り、明らかな無茶。無謀。

 けどな、」


 そう言って彼は一呼吸置き、


「見ちまったんだよ。アイツらに。可能性ってやつを。冒険者の在るべき姿を。

 あぁ、幻視だろうよ。馬鹿だと罵ってくれても構わない。

 それでも、俺はあの選択が間違いだったとは思わない」


 力強く言い切られた言葉に思わず気圧されるように顔を引きつらせる。

 思考が纏まらないまま口を開く。何と言おうとしたのか、最早思い出すことは無いだろう。


 バン!と勢い良く開かれた扉の音が、思考を断ち切る。驚いて、扉へと目を向ける。瞬間、脳裏を駆け巡る言葉は失せ、現れたこの感情は───


「うぉっ!?」 


 誰かの叫び声。続け様に響く何かの破砕音。床の割れる轟音。薄く上がる煙の中、見えたのは、かつて一度だけ見たことのある頭部。忘れる事の無い、モノ。


 破壊された入り口からは、赤く染め上げられた夕日が射しこんでいた。それを背景に、この状況を作り上げた犯人は悠々と此方へ向かって歩いてくる。


「討伐が証明出来るものってのが必要って聞いてな。取り敢えず首だけ持ってきたからこれで許せ」


 呵々と笑う彼女とは対称的に、場はしんと静まり返っていた。

 中に入ってきた彼女は一度足を止め、周りを一瞥する。その間に何を思ったのだろうか。軽く鼻を鳴らすと、彼女は再び歩みを始める。


 嘘だ!と、唐突に響き渡った声が静寂を破った。


「有り得ない!お前らみたいなガキがアレを倒せる訳がない!他の奴の手を借りたに決まってる!」


 そもそもだ!と言葉は続く。


「こんな短時間であの場所まで行ける訳がない!こんな、こんなの認められる訳がねぇ!何かズルをしたに決まってる!」


 悲鳴のように、あるいは何かに怯えるように男は嘘だと叫び続ける。あぁ、俺だってそう叫びてぇよ。かつてアレと対面したとき、俺は成す術もなく破れた。そんな相手を彼女達は僅かな時間で討伐してきた。

 悪夢だ。嘘だ。有り得ない。否定の言葉がいくつも頭を過るが、ついぞ言葉にすることは出来なかった。


 追従するかの如く、周りの男共も言葉を投げ掛けていく。しかし、その誰もが怯えたようにその場から動くことはなかった。誰もが、彼女に近付くことはなかった。

 投げかけられる数々の言葉。しかしそれを意に介する事もなく、彼女は薄く笑ったまま歩を進める。

 ややあって、彼女は静かに口を開いた。


「気持ちは解らんでもないな。俺達2人で討伐した証明をしろと言われても、それをする術は俺にはない」


 だがな、と彼女は続けて、


「それをする意味もない。討伐された証はここにあって、俺達は報酬を受け取る権利がある。それに、だ。認めない?テメェらからの評価なんぞ鼻からクソ程の価値もない」


 やがて掲示板まで近づくと、そこから紙を1枚剥ぎ取り、彼女は周囲に言い聞かせるかの如くゆっくりと喋った。


「俺が欲しいのは報酬。そして───次だ」


 そう言って彼女は紙を放り捨て、来たときと同様、悠々と外へと歩いていく。

 それを俺達は、ただ呆然と見送る他無かったのであった。





 消えゆく背中を見て、その時俺がどう感じたのか、今でも鮮明に覚えている。

 そうだ、俺はその背中に、









 憧れて、しまったんだ────────

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