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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第八話

 

「本ッ当に!申し訳ない!」


「いえいえ!此方は何とも無かったのですから、お気になさらずとも!」


 深々と頭を下げるのはアイーシャ達を受け入れてくれた商人の男だった。顔を僅かに青ざめ、額から汗を流すその姿に嘘の気配は感じない。

 あの敵襲の中にそれなりの強者が居たのだろう。どうにもこの男は、アイーシャ達の馬車に防衛を回しきれなかった事を悔やんでいるらしい。

 とことん良いやつ(・・・・)だと、アイーシャは小さく鼻を鳴らした。


「いいや!このままだと納得出来ないし、俺の沽券にも関わる!」


 だから、と彼は懐に手をやり小綺麗な封筒を取り出した。

 封を切る。中から出てきたのは4枚の紙切れだった。そこから男は2枚を取り出すと、それをミルシィにつきだした。


「それは‥‥‥」


 ミルシィが僅かに目を見開く。余程の物なのか。素直に驚いた、とでも言いたげな顔だった。


「2週間後に行われる『オークション』への参加切符だ。要らないなら捨ててもらっても構わない。だが、どうか貰ってくれないだろうか?」


「いえ、しかし‥‥‥本当に宜しいので?」


 退屈そうに欠伸をするアイーシャとは対照的に、ミルシィはいぶかしむように目を細める。

 勿論だ、と商人は力強く頷いた。


「大事な客を危険に晒してしまったんだ。これぐらい何ともないさ」


「そうですか‥‥‥では、有り難く頂戴致します」


「有り難う!」


 受け取った切符を懐にしまうミルシィを見て、商人はホッとしたように顔を輝かせた。

 さて、どんな思惑があるかは知らないが、


「で、話は終いか?」


 相変わらず退屈そうな態度でアイーシャは口を開く。すまんすまんと男は頭を掻きながら、


「いや、本当に申し訳ないことをしたな‥‥‥あ、そうだ!もしもの時は俺の名前を使ってくれても構わないからな!」


 そう言って商人───グレッグはニカッと笑ってみせるのであった。




 ◇◆◇




 渡された紙切れをピラピラと振り、アイーシャはどうでも良さげに口を開く。


「オークション、ね」


 それがどういったものであるかは聞いたことはある。しかし、対価というには微妙なものの気はするが、


「まぁ、元々取るつもりはありませんでしたしね。ですが、これ、場合によっては結構な値打ちものですよ?」


「そうなのか?」


「えぇ。何せこれを入手するためには特殊な手順を辿らなければなりませんからね。あの商人、実はかなり凄い人ですよ」


「ほー」


 それを聞いてもアイーシャの顔色は変わることはない。手元で弄んでいた切符をミルシィへと手渡すと、うん(・・)と伸びをした。


「で、結局奴等は何者なんだ?」


「解るわけないじゃないですか、と言いたいところですが心当たりが一つ。

 恐らくですが、赫狼(かくろう)と呼ばれる盗賊団ですね」


「有名なのか?」


「悪名という意味では。ですが、彼等もまた雇われでしょう。けしかけた人員から、強引にでも入手したい、という意志は感じませんでしたし。彼等が欲しがる理由もありませんからね」


 可笑しげに話す彼女を見て、アイーシャはいぶかしげに目を細める。まるで商人が運んでいたものが解っていたかのような口ぶりだが、


 簡単な話ですよ、とミルシィは片目を瞑る。


「高価かつ偶然(・・)手に入るもの。神々の残した遺産───神遺(かむい)ですよ」




 ◇◆◇




 辿り着いたのは町のはずれにある場所。

 人通りが全くなく、怪しげな空気を醸し出すその場所に、それはあった。


 顔を上げ、その全貌を視界に入れる。

 大きな建物だ。随分と年季が入った物なのか、壁面は茶色にくすんでおり、見た者に汚いという印象を与えてくる。

 当然防音などはしておらず、中からけたたましい笑い声や何かが壊れる音が途切れることなく響いていた。


「山賊の拠点か何かか?」


「いやー違いないですねぇ」


 呆れこそするものの、失望の色はない。というより、元々期待などしていなかった。

 ここに来たのは『冒険者』になるため。ただそれだけだ。


 ギィ、と軋んだ音を立てながら扉が開かれる。

 その瞬間、中の喧騒は消え、場が静まり返った。


 当然だろう。久しく訪れる事の無かった来訪者。加えてそれが見目麗しい少女と来たもんだ。

 誰もが呆気に取られた表情で入り口に立つ少女の姿を見る。


 しかし、静寂は一瞬だった。徐々に理性を取り戻していった男達は困惑から、次第に嘲りの表情を浮かべていった。


「おいおい!帰る家を間違えてんぞ!じょーちゃん!」


 誰かの野次が飛ぶ。追従するように次から次へと声が上がった。

 誰もが彼女を見ながらゲラゲラと笑う。嘲りの声で彼女をなじる。


 しかし、彼女はそれに応える事もなく悠々と歩を進めていった。


 そして、


「待て」


 奥に置かれてある大きな机。そこに辿り着く寸前で巨大な影が彼女を覆う。

 高さは二メル(メートル)を優に超えており、全身は分厚い筋肉に覆われている。ぼさぼさと適当に切られた髪や髭と相まって、一層蛮族めいた印象を与えてきた。


「ここは嬢ちゃんのような奴が来る場所がねぇ。とっとと帰んな」


 男はニヤニヤと笑いながら、こちらを見下ろしてくる。対し、アイーシャはどこ吹く風で横切ろうとして、


 バキン、と音を立て床が割れた。


「オイコラ‥‥‥舐めてんのか?テメェ?」


 見れば憤怒の顔で足を床にめり込ませている男の姿があった。アイーシャは諦めたように息を吐き、


「そこをどけ、デカイの。俺は、冒険者になりにきたんだ」


「は?」


 男はポカンと口を大きく開く。次の瞬間、


「ブッ‥‥ハハハハハハハハハハ!!!テメェみたいな!ちんちくりんが!俺達の仲間に!?ブハハハハハハハハハハ!!!」


 笑い声が部屋中に響き渡る。他の男達も我慢出来ない、といった風に笑い転げていた。

 ひとしきり笑い満足したのか、男はスッと真顔に戻り、


「舐めんじゃねぇぞ?クソガキ?」


 威嚇するように顔をぐいっと近づけ、静かに語りかける。脅すように、或いは諭すように。


「俺達が影で何て言われてんのか、知らないとは言わせねぇぞ。オイ、クソガキ。悪いことは言わねぇ。とっとと帰ってママの側で寝てな。テメェみたいなクソガキには向いてねぇよ」


 無理もない。今の彼女の見てくれは、明らかに武人のそれではない。男の言うことも、解らんでもない。

 だが、今回に限っては、相手が悪かった。


「向いてねぇ、か」


 ───英雄だ?ハッ!テメェには向いてねぇよ!テメェには『』がお似合いだ!


「知ったことかよ‥‥‥」


「あ?」


 気づかぬうちに漏れた言葉。

 彼女は男を睨み付け、口を開く。


「向いてねぇ?笑わせんな。俺の立場は俺が決める。テメェのクソみたいな意見はどうでも良い」


 だから、


「とっととどけ」


「‥‥‥そうかよ」


 男が身体を上げる。

 既に場は静まり返っていた。肌がピリつくような感覚。


 殺気だった。


「だったら───無理矢理にでも出てもらおうか!」


 予備動作無しで放たれた拳。

 岩をも易々と砕くほどの威力を孕んだ拳が真っ直ぐにアイーシャへと迫る。


「───」


 対するアイーシャはそれに臆することなく、あえて前へ踏み出す。

 拳が空振る音。瞬間、男の足首に強烈な痛みが走る。

 威力を出すために踏み込んだ足。それが地につく直前の事であった。

 態勢が崩れる。次いで、耳に鋭い痛みが。引っ張られたと感じたときには、既に背が地面に叩きつけられていた。


 身体が壊れるような衝撃。息が肺から押し出された。

 痛みに呻く間もなく、見開いた目に映るのは2本の細い指。


 真っ直ぐに伸ばされたそれらはピタリと、男の目の先で停止する。


「どけ」


「‥‥‥」


 男からの返答は無かった。しかしアイーシャはそれで良しと判断したのか、倒れたままこちらを呆然と見上げる男を尻目に、奥の机へと向かう。


 遮る者は誰もいなかった。机の向こうにいる者も同様、ただ彼女が向かってくるのをジッと待つ。

 そして、


「名はアイーシャ「ミルシィです!」───冒険者(・・・)になりにきた」


 不敵な笑みを浮かべて、彼女はそう言い放ったのであった。








「あ?」


「テヘリ☆」


 ちゃっかり後ろから着いてきた者はいるが、それはさておき。









 登録自体は至って簡単だった。名を紙に書き、『バッジ』と呼ばれる平たい円状の金属のものを渡されただけ。バッジの装飾は随分と簡素なもので、十字が2つ彫られていただけであった。

 最底辺職だけあって、わざわざ偽造物を作るものがいないが故の装飾なのだろう。


 渡されたバッジを胸に付けた少女達を見て、受付に応じていた禿頭の男が口を開く。


「冒険者、だと‥‥‥?」


「そうだ」


 そう呼ぶものは久しく現れたことは無かった。元より与えられた職の名は自由人。盛大な皮肉によって付けられた名であり、それを気に食わなかった者たちが発端となって広まったのが、その名だった。


「名に釣られた馬鹿のつもりはないんだろう?何故なろうと?」


「?いんや、そのつもりだが?」


「は?」


 尋ねるように口を開いた禿頭の男。しかし、アイーシャの答えはあっけらかんとしたものだった。


「冒険者。良い名前じゃねぇか。かつての俺には、そんな気持ちは無かったからな」


 どれ程世界を回ろうとも、()の感情は揺らぐことはなかった。

 だが、この世界であれば。また新たに踏み出すことの出来たこの世界であれば、或いは。


「なぁ、一つ聞きたいんだが、お前らにとって冒険ってなんだ?」


「‥‥‥」


「酒に入り浸ることが冒険か?女相手に野次を飛ばす事が冒険か?

 違いねぇな。んなもんはお前らの勝手だ。

 だったら、俺の冒険ってのは何なのか‥‥‥」


 つかつかと歩いた先には掲示板と呼ばれるものがあった。そこに張られているのは無数の依頼。それも達成不可能、或いは割りに合わないとされた依頼ばかり。


 そこから彼女は1枚剥ぎ取り、禿頭の男の前に叩き付けた。


「まずは強者への挑戦、ってとこから始めてみようかね」






 [依頼内容]


 ・シュマの森の奥地に突如として出現したクアッガの討伐→毒耐性を有するもの推奨


 ・報酬:50万ギル→70万ギル→100万ギル(更新済み)(損傷具合によって増額可)


 ・対象者:腕に自信のあるもの



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