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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第五話

 

「ところで」


 長い木の棒の先にくくりつけられている糸を泉へと垂らしつつ、アイーシャは口を開く。

 疑問は消えず、疑念は晴れず。しかしどうにも問い詰める気になれない。

 だからだろうか。口調にどうも覇気が乗らない。


「なんでお前まで居るんだ?」


「え?」


「いや、なに」


 棒から伝わる僅かな振動。視線を落とし、糸が垂れてる辺りの水面を見つめる。


「お前の役目は俺を転生させることだろ?なら、ここに居る意味は無いんじゃないか?」


「あー」


 ふっ、と沸いてきた疑問が口をつく。

 とはいえ、さして気にもならないのが本音であるが。どうにも答えづらい質問らしい。隣で同じように座るミルシィが困ったように頭を掻く。


「まぁ、これはあんまり話したくない内容で───ぶっちゃけ話すのが恥ずかしいだけなんですけど‥‥‥」


 咳払いを一つ。


「単純な話、天界を追い出されてしまって‥‥‥」


「ほぉ」


(天界、ねぇ‥‥‥)


「んで。理由は?」


「あー。聞いちゃいますか?」


「ま、一応な」


 ぼーっと水面を見つめながら、獲物が食いつくのを待つ。"釣り"と呼ばれる魚を捕る技法らしいが、正直効率が悪い。

 しかし暇をもて余している今、こういうのも悪くはないと彼女は思っていた。


「いやー無許可で転生を行ってしまった事がバレてしまったようで‥‥‥」


 棒を握る手から手応えがあり、紐を手繰り寄せる。

 ブアと呼ばれる魚。大振りで食べごたえがありそうだと彼女は口の端を上げる。


「ほー‥‥‥ん?いや、待て」


 無許可?


 魚を後ろの篭へ放り投げたアイーシャは、隣に座るミルシィへと視線を向ける。

 参った参ったと笑いながら頭を掻くアホの図。


「両者の同意が必要な事をすっかり忘れてしまいましてねー。私も気付いたときにはこっちの世界へと‥‥‥」


「自業自得じゃねぇか」


「うぐっ‥‥‥心にダメージ!」


 胸を押さえてわざとらしく呻く彼女を見て、嘆息する。

 知らなかった。なんて事は有り得ないのだろう。天界を追い出されるというのがどれ程重い罰なのか、知る由も無いが、


(ますます解んねぇな。俺なんぞを転生させたところで得られるもんなんて‥‥‥)


 自嘲気味に笑う。本当に、無意味だ。


「コホン!取り敢えず私の事は良いんです!」


 未だに降り注がれる冷たい視線を振り払うかのように、大げさに声を出してみせる。

 まぁ、良いとアイーシャが視線を泉へと戻すとホッと息を吐いたのは秘密だ。


「さて確認ですが。この世界とあの世界の違いは認識してますか?」


「あー。ま、それなりには」


「そうですか。では、例えば金銭関係は?」


「確か‥‥‥」


 この世界の金銭は統一されており、『ギル』という単位がつけられている。

 使われている貨幣の種類は幾つかあるが、代表的な例を挙げれば、


 銅貨は1ギル。

 銀貨は100ギル。

 金貨は10000ギル。


 国ごとに貨幣の違いはなく、共通のものが使われているようだ。なんでも、偽造しづらいとかなんとか。


「おー。流石ですね」


 その事をざっくり説明すると、ミルシィは満足げに頷いてみせる。

 コイツ‥‥‥いや、何も言うまい。


「では、種族等はどうでしょう?」


 この世界には人族以外にも様々な種族が共存しあっていた。

 獣族、魔族、森煌族、鉱人族、妖精族‥‥‥まさしく多種多様といった言葉が相応しいだろう。

 故に土地もかなり広い。ミルシィ曰く、元の世界の5倍近くはあるそうだ。


 さて、種族の話に戻るが、全てが珍しい訳ではない。

 例えば″魔″に長ずるが故に魔族、と彼等は名乗っているようだが、


「フィンタンと同じだろ?」


「うーん。あちらは魔力が馴染まず変異した者達の総称ですからねぇ。こちらは、はじめからそういう容で産まれた者達ですから、何とも‥‥‥」


 といった風に中身こそ違えど、姿が同じといった種族は幾つか存在した。

 とはいえそこは異世界。見たことの無い種族も多く、彼女の興味を引かせるのには十分だった。


「では、最後に」


 居ずまい正し、アイーシャの方へ向く。対しアイーシャはちらりと視線を向けるだけであったが、聞く体勢には入ったようだ。


「貴女は『魔力』について、どこまで知ってますか?」


「‥‥‥」


 この世界とあの世界における明確な違い。見逃すことの出来ない、重大な違い。


『魔力』と呼ばれる力。


「実感は少ないでしょうが、やはりこれは学んでおくべき事でしょう。魔力とは───」


「これのことだろう?」


「 」


 そう言ってアイーシャは自身の周りに、靄のようなものを発生させる。

 靄は半透明で、時折揺らぐ。まるで炎を思わせる動きに、アイーシャは興味深げに目を細めた。


「面白いもんだよ。あの魔術師どもがコレを自在に操っていたかと思うと、少し悔しいな」


「はぁ‥‥‥」


 いや、呆けている場合ではない。


「エット、ナンデ、アヤツレルンデスカ?」


「なんだ。気持ち悪い」


 動揺のあまり変な口調になってしまう。

 アイーシャは僅かに身を引きながらも、


「普段からお前が使っているのを見ただけだ。というか、この世界ではこうやって覚えるんだろ?」


「───ほ?」


 あぁ、成る程成る程。つまり、見ただけで使えるようになったと。誰の教えもなく、自力で。


(いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!)


 内心絶叫する。

 いや、誰もが魔力を操れることは確かに正しい。そしてそれを覚えるのも言語と同様、成長の過程で自然と覚えていくものだ。

 しかし、しかしだ。

 そもそも生まれてからたった十数年しか経ってない子供が扱える代物では無いし、


(何よりもこの人の場合、前世の知識が邪魔をする筈なんですが‥‥‥)


 前世で魔力というものが存在しない世界で生きてきた者にとって、魔力を操る術を会得するのは実は、あまり苦にならない。

 単純な話、新しい知識を獲得するだけに過ぎないからだ。

 しかし、前世の世界で魔力が存在したとき。当然、それに関する知恵も存在する。


 あの世界において、魔力というのは普通ならば扱えるものではない(・・・・・・・・・)のだ。それが常識だ。


 故にその常識が縛る。操れないものとして魔力を捉えてしまう。頭では出来ると理解しようとも、植え付けられた常識がそれを許さない。


 だが、


(ホント、どういうことなんでしょうか?)


 目の前で魔力を鳥やら魚やら、様々な形に変えて遊ぶ彼女を見てミルシィは口の端をほころ───もとい、背中で冷たい汗がつたい落ちるのを感じる。


(仮説として有効なのは‥‥‥)


 前世で魔力を無意識に操っていたから。

 恐らくこれだけだ。彼はこの世界においても凡人だ。操れる魔力量は人並みよりもやや少なめ。決して天才と呼ばれる者達と比肩出来るものではない。

 あの世界においても同様。いや、むしろもっと酷い。魔力においては才能無しのレッテルを貼られるほどに。


 才能無し。つまり全くといっていいほど魔力を操る事が出来ない。否、操る事の出来る魔力量が圧倒的に低かったのだ。


 故に彼が前世で魔力操作を学ぶ機会は無かった筈‥‥‥


(本当に?)


 もしも仮に。

 彼がそれでも尚、極々少量の魔力を操る事が出来ていたら。

 しかもその少量を効率良く運用し、自身の強化に当てていたら。


(彼自身気付いていた様子は無かった。無意識下での制御技術‥‥‥いや、無意識下でも操れるほどの、と言った方が正しいか‥‥‥)


 そしてその無意識を、この世界でも適応させているのであれば。


 ───アイーシャの気配が膨らむ。


 ゾッとする。彼女の周りを覆う濃密な魔力。それを、彼女は異常と捉えていない。


(記憶の戻りが遅れたのも原因ですね。この十数年でしっかりと固定化された″新常識″が彼女を後押ししている‥‥‥)


 靄のような、と言ったがそもそも魔力は可視化出来るものじゃない。濃密な魔力を身体中に張り巡らすことで、はじめて出来る事だ。

 それを彼女は苦もなくやり遂げてみせる。それに、ミルシィはただ畏怖する。


「───い。おい」


「ふぇ!?は、はい!」


 暫く思案に耽っていたためか、返事が僅かに遅れる。胡乱気な目を向けてくるアイーシャに対し、何もないことを示すと、すぐに興味を無くしたのか彼女は視線を戻した。


 ホッと息を吐くのもつかの間、すぐさま思考を回転させる。


(つまり、彼女はこの世界においてもあの時と同じぐらいの戦力を発揮できる。いや、下手をすればあの時以上の‥‥‥)


 チラリと視線を向ける。ぼーっと泉の方を向き、時折紐を手繰り寄せ獲物を捕らえる彼女に。


(だったら‥‥‥)


 元より才能はあった。

 無論魔術面ではない。この場合の才能とは、ひとえに()が培ってきた経験だ。

 転生が持つ最大のメリット。しかし、それを上回るものを彼女が持っている。


「ねぇ、アイーシャさん」


 ポツリ、と呼びかけてみる。やはり視線をこちらに向けるだけであったが、話は聞いてくれるようだ。


「やりたいこととか、ありますか?」


「やりたいことねぇ」


 世界には様々な職種があることを、彼女は知った。あの世界じゃ触れる機会も、それどころか知る機会も無かったものすら。


 それは本であったり、親からであったり、友からであったり、稀にやってくる行商からであったり。

 どうにもコイツ(・・・)はお喋りが好きなようだ。浮かび上がる知識は字面のものが、少ない。

 楽しげに話す者、寂しげに話す者。或いは怒りを、悲しみを、懐かしさを。


 多くを聞き、それでも答えは得なかった。


 それを彼女は知っていた。だからこそこれから提案するのは、また新たな選択肢。

 決して出ることは無い、可能性。


「もしも決まってないのでしたら」


 意を決して、口を開く。


「自由人、というのはどうでしょう?」


「は?」


 聞いたことの無いその呼び名に、アイーシャは思わず間の抜けた声を出す。

 名前だけを聞けば録な職でないのは何となく解るが‥‥‥


「どういうものなんだ?」


「それは、」


 僅かに言い淀むも、彼女はポツポツと語りだした。


 曰く、掃き溜め。口さがない者達はくずかごとも。

 ならず者達で形成された集団であり、彼等自身は『冒険者』と名乗っていた。無論、そんな格好のつくものではないが。

 しかし、そんな集団が完成したのには理由がある。


「魔王大戦はご存知でしょうか?」


「書物で読んだ程度には」


 魔族の中でも極めて才能があった者が『魔王』と名乗り、世界を相手に起こした戦争。

 およそ3000年前に起きたその大戦は実に200年にも及び、ある一人の男の手によってその幕を下ろした。


 その男こそが、


「『勇者』オラシル」


「‥‥‥」


 勇者という言葉に反応したのか、アイーシャの肩が僅かに上がる。

 とはいえ、()とは別ものであることは理解してるのだろう。何も言うことは無かった。


「彼は大戦終了時に、ならず者達を束ねる者と約束を交わしました。

 居場所を作ると」


 それで生まれたのが自由人という職。来る者拒まず、誰でもが就ける。

 しかし、彼が出来たのはあくまでも居場所を作り上げただけ。当然、これだけでも十分な偉業ではあるが、所詮集まるのは録な者達ではない。

 自由人が受け持つ仕事は、"組合"を通して与えられた依頼をこなす事だけだ。しかし、彼等に依頼するような仕事は少なく、誰もやりたくないような命懸けの仕事か、割りに合わないもののみ。


 不人気どころではない。もはや存在すら危うい職ではあるが、勧めるのには幾つか理由があった。


「まずは、この世界中が容認している職であること」


 自由人とは世界を救った大英雄が作り上げた職だ。無下に出来るはずもなく、どの国に行こうとも(嫌々だが)ちゃんとした身分証明が出来る。


 あらゆる国に行こうとも(渡航上でのみ)弊害が無い。これが一つ目の大きな利点。


「二つ目は収入です」


 自由人が稼ぐ手段は大きく2つ。

 依頼をこなして、報酬を得る。或いは、採集や狩りで得た素材を組合に売ること。

 後者は別に自由人でなくとも可能だが、確実に買い取ってくれるという点では大きな利点と言えよう。

 上手くいけば一攫千金を狙える。これが二つ目の利点。


「そして、その気楽さです」


 昇格制度などあるはずもなく、面倒なしがらみも無い。

 誰しもが期待していないが故だが、それが強みになる。


「まぁ、自由人ですと言うだけで白い目を向けられますけどね‥‥‥」


 だが、醜聞を気にするほど彼女は弱くはない。故にこれは不利な点になりえない。

 侮られる事は多いだろう。しかし、それをねじ伏せるだけのものを、彼女は持っていた。


「えっと。どうでしょう、か?」


 一通りの説明を終え、ミルシィは恐る恐るといった風に問い掛ける。

 とはいえ、彼女自身もそこまで期待はしてなかった。そもそもの話、デメリットが大きすぎる。

 それでも。彼女には勧める理由があった。


「‥‥‥」


 暫く瞑目していたアイーシャだったが、やがてゆっくりと目を開く。

 そして、ポツリと、


「冒険者、か」


 あの世界でそう名乗る者は居た。『覇王』と呼ばれた男がその最たる例だ。

 財宝を求めては未開の地に踏み入り、敵を求めては秘境へと赴く。

 あの生き方を、()はどう思っていたのだろうか。


(今更考えたところで、詮無きことか)


 息を吐く。ならば俺は。俺はどう思っている?


 想像出来ない。その生き方を選択肢に入れたことすらない。自由に。冒険を?


 だが、


「そうだな。まだ俺は何をしたいか決まっていない。何になりたいのかも」


 静かに語り出されるは彼女の胸中。


「お前は言ったな?生を見ろと」


 或いは彼女の言葉が正しいのであれば、


「悪くはない。いや、この言い方は正しくないな」


 何かが変われるのであれば、


「面白そうだ。なってやろうじゃねぇの。元より道案内は任せてるんだ。生きるってのを、精々楽しませてもらうさ」


 そう言って彼女は笑ってみせる。それを素直に美しいと、ミルシィは思った。


「そうですか!では───」


「あー。けど、その前に良いか?」


 ミルシィの言葉を遮り、アイーシャは言いづらそうに口を開く。

 首を傾げるミルシィに対し、やはり彼女は言いづらそうに、


「その、なんだ。出発までに少しだけ時間をくれねぇか?」


「?勿論、構いませんけど?」


 元より時間はとる予定だった。が、彼女の口からその言葉が出たということはそれなりの理由があるのだろう。

 訳を尋ねてみると、彼女は照れ臭そうに頬を掻きながら、


「あー。何て言うか‥‥‥もう少し楽しみたくなってな。この『家族』ってやつをよ」


 頬を赤く染め、視線は一切此方に向けない。そんな様子のアイーシャに今すぐにでも飛びかかりたかったが、気合いで耐える。


 代わりにミルシィは満面の笑みで、


「はい!」


 そう答えたのであった。




 ◇◆◇




「んじゃ、帰るか」


 側に置いてあった籠を拾い上げ、その重さに満足げな息を洩らす。

 結果は上々。これならば、暫くは魚に困らないなと彼女は笑った。


「それよりも、だ。」


 ジロリと視線を向けてみれば、顔を明後日の方へ向け、かすれた音しかしない口笛を吹くミルシィの姿があった。

 彼女が持つ籠の方へ視線を落とす───よりも早くミルシィが籠に覆いかぶさった。


「まさか0とはな‥‥‥寝てたのか?」


「ぅぅ‥‥‥面目ないです」


 時の運が必要とは聞いた事があるが、隣で釣っているのにこんなにも差が出るものなのかと呆れる。


「まぁ良い。お前の食卓から魚が消えるだけだしな」


「そんな無体な!」


 余談だが、ミルシィとは一緒の家に住んでたりする。

 両親同士の仲がとても良く、また同い年の女の子の友達が少ない為、折角だからと預けられているらしい。


「偶然とは思えんがな‥‥‥」


「?」


 やんややんやと騒ぎながら、夕日が照らす草原を、二人は肩を並べて歩く。

 色々と濃い一日ではあったが、


「どうされましたか?」


「何でもねぇよ」


 不思議と悪い気はしなかった。









「約束は果たしましたよ。クルシャ。アルビダ」







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