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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第四十九話

 

 帝都の外にある、とある森林部。

 2つの小さな、小さな山の前で彼女たちは静かに佇んでいた。

 先頭に立つ1人の少女───アイーシャが山の上に1本の剣を突き立てる。


「‥‥‥ま、こんなもんで良いか」


 それは墓であった。

 恐らくこの先、何者の目にも止まらないであろう墓。


「珍しく感傷的ですね」


「ん?んー、まぁ、な」


 おどける様な口調で、隣に立っていたミルシィがアイーシャの顔を覗き込む。

 しかし口調とは裏腹に彼女の目はある種の真剣さを帯びていた。


「気まぐれだ。ただのな」


「そう、ですか」


 ジッと見つめるのはティナと呼ばれていた少女の墓。この世界に呪われ、居場所を探していた少女。

 語る言葉はない。ただジッと、彼女が眠る場所を見続ける。

 誰も言葉を発しなかった。京やアベスタですら。

 僅かな草木の揺れる音だけがこの場を支配していた。


「‥‥‥行くか」


 どれほどの時間が流れたのだろう。

 ポツリとアイーシャの口から漏れ出た言葉を合図にそれぞれがゆっくりと動き出す。

 彼女にしては珍しく緩慢な動きのまま去っていき、数歩動いた先で首だけ振り返ると、


「じゃあな」


 もう2度と振り返ることはなかった。







 ◇◆◇







 出発までまだ少し時間がある。

 アイーシャ一行はその時間まで組合の中で待つことにしていた。


「やれやれ。とんだ災難でしたね‥‥‥」


「そうか?」


「いやまぁ。貴女は自分から参加したのですから‥‥‥巻き込まれる身にもなってください」


 ハァァと長い溜息を吐きながらミルシィは机の上に突っ伏す。


「そういえば」


 机に突っ伏した体勢のまま、ミルシィが首を横へ向ける。


「サーマさんはあのときどちらに?」


「ん?」


 名前を呼ばれたサーマが振り向く。

 手に持っていたすり鉢を置いた彼女は軽く首を傾げ、


「たしか‥‥‥うん。あの子の血を調べてた」


「あの子、とはティナさんのことですか?」


「そう。

 お蔭で呪いについて更に理解が深まった‥‥‥気がする」


「あ、気がする、なんですね」


「仕方ない。正直分からない部分が多いから」


 でしょうね、とミルシィも苦笑いを浮かべる。

 けど、とサーマは続けた。


「相手に、それも相手の根源に干渉する呪いは初めて見るから。多分これを調べつくすことが出来れば」


「呪いに対する特効薬になり得ると」


 その言葉にサーマが小さく頷く。


「ならあの子も報われたのではないのでしょうか?

 ねぇアイーシャさん‥‥‥アイーシャさん?」


 身体を起こしたミルシィが薄く笑いながらアイーシャの方へ顔を向ける。

 しかし彼女はミルシィの方へ視線を向けることはなく、真っ直ぐに扉の方へ目を向けていた。

 何だ?と思う間もなく、扉が音を立てながらゆっくりと開かれる。


「この扉、相変わらず立て付けが‥‥‥あ!アイーシャ様!それに他の方々も!

 お久しぶりです!」


 姿を現したのは、依然ライタックからの依頼を届けに来たソフィアであった。

 あれから何日経つかは忘れたが、その姿はミルシィの記憶の中にあるものだ。

 大きな鞄を肩から下げながら、彼女は嬉しそうにアイーシャたちの元へ駆け寄る。


「随分嬉しそうですね。何か良いことでも?」


「えぇ。お蔭様で探掘者組合も賑わっておりまして。もう連日のように探掘者の方々が来られますし、換金される魔石の量もかなり増えましたからね。

 忙しいですけど、身体は嬉しい悲鳴をあげるばかりですよ!」


「おぉ~!それは何よりですね」


 瞳を輝かせて喜ぶ彼女の姿にミルシィも薄く微笑む。


「ところで今日は何故こちらに?」


「あぁ!実は皆様に依頼をお持ちしまして───」


 そう言って彼女はいくつかの紙束を取り出す。

 あぁ、とミルシィは困ったように頬を掻いた。


「申し訳ございませんソフィアさん。実は私達、今日出発するつもりでして」


「えっ!?そうだったんですか!?

 それは‥‥‥残念ですね。もう少し皆さんと会いたかったのですが」


 仕方ないですね、と彼女は小さく笑う。


「では皆様のご武運をお祈りして。よい旅路を───「で」」


 不意に、アイーシャが口を開く。


「茶番は終わりか?」


「───」


「お前だろ?このクソ茶番を描いたのは?」


 鋭い口調で問われたソフィアは、しかし表情を崩さない。

 先程浮かべた笑みのまま、アイーシャの方へ視線を向け直す。

 ミルシィが何かを言うよりも早く、ソフィアが口を開いた。


「なぜ───そうだと?」


「消去法と勘」


 アイーシャはつまらなさそうに返す。


「どこまで仕組まれているかは分からない。ただ今回の流れがあまりにも出来過ぎている。

 それで、この筋書きを立てられるのは誰かを考えた」


 登場人物はさほど多くはない。あるいは影に徹していた誰かかもしれない。

 だが、


「こういった奴はたいてい表に出て見たがる。物語の結末を見届けに」


「‥‥‥」


 アイーシャの声に変化はない。ただ淡々と、自身の考えを伝える。

 ソフィアの笑みにも変化はなかった。

 ただ彼女は静かに息を吐き、


「ふ、む。下手を打ったつもりはなかったのだが───」


 ソフィアの身体が、まるで水面に映る姿のように揺れる。

 緩やかに、注視しなければ気付かぬほど穏やかに、彼女は現れた。


 金色。それとも太陽だろうか。

 くすんだ色の壁に覆われたこの部屋の中でも、彼女の美しさは際立っていた。


「───」


 巍然たる姿で彼女は立っている。何物にも劣ることはなしと、彼女を構成する全てがそう語る。

 全てを睥睨する金色の瞳。

 万物を掌握せんと広げられる両の手。

 大道を踏み、闊歩する脚。


 名を───


「オーレン・バッシュ・ウィ・ソフィリア‥‥‥」


【帝王】が、そこにいた。


「───さて」


 サーマですら息を呑み、呆然と眺める事しか出来ない中、ソフィリアはゆっくりと口を開く。


「此度の───」


 しかし、彼女が何かを告げるよりも早く、


 音が1つ。

 床が割れ、アイーシャが飛び出す。

 手には何もない。ただ指先までかためられた貫手は、人1人を殺すには十分。


 指先が、ソフィリアの喉まで届く───


「───ほう。速いな」


 ソフィリアの声に恐れはない。顔を仰け反らせることも、それどころか指一本動かすことはなかった。

 いや、ただそうする必要がなかっただけ。


 アイーシャの指先とソフィリアの喉の間はわずか5チルほどしかない。

 しかし、その5チルの間を埋めることを許されない。

 アイーシャの脇下。喉元。横腹。

 当てられた3本の剣が、彼女の暴行を許さない。


 余裕の笑みを崩さないまま、ソフィリアは小さく片眉を上げる。


「怒りとは弱さの証である」


「‥‥‥」


「そうではないのか?アイーシャよ」


「‥‥‥よく、知ってるじゃねぇか」


「無論、知っているとも」


 アイーシャから視線を外し、周囲を見渡す。

 状況を呑み込んだミルシィ、グレイ、サーマ、京、アベスタと順番に見ていき彼女は薄く笑う。


「お前たちが何者で、どのような力を持っているか。

 我が知らぬことは何もない」


 下ろせ、という言葉とともにアイーシャの周囲にいた3人が武器を下ろす。

 よくよく見るとそのうちの1人は見知った顔であった。


「ライタック‥‥‥」


「お久しぶりです、アイーシャ殿」


 浮かべた笑顔は友好そのものであり、初めて会ったときと何ら変わりない。

 しかし纏う雰囲気が明らかに変わっており、それは紛れもない戦士のものであった。


「成程‥‥‥『(くろがね)』か」


 戦闘にすら応用できるほど、彼女は気配を察知する能力に長けている。

 警戒はしていなかったとはいえ、そんな彼女をもってしても見抜くことは出来なかった。


「‥‥‥いつからだ?」


「はじめから」


 こともなげに彼女は告げる。


「そなたたちがオークションであの棒を買ったとき。

 あの瞬間から物語は始まった」


「‥‥‥」


「絶界に至り、神狼を超え、この街に辿り着き、拳聖と相対する。

 ここまでの全てが、我が書き上げた物語である」


 いかなる手段で知ったのか。

 あるいは誰かが伝えたのか。

 横目で背後にいる面々を見る。誰もが動揺し、動くことが出来ていない。ミルシィですら瞠目し、その場から動くことはなかった。


「‥‥‥目的は?」


 視線をソフィリアへ戻したアイーシャがそう問いかける。

 ニヤリと笑った彼女は、


「英雄作成」


「───は?」


「言葉通りの意味だ。我は英雄を作りたかった」


 彼女は大仰な仕草で天を仰ぐ。


「遠くない未来、戦いが起こる。

 この世界の全てを巻き込むほどの大きな戦いが」


「その時に必要になるのが英雄だ。全てを打ち破り、平和をもたらす英雄が。あらゆる種の光となる英雄が───」


 不意にそこで言葉を切り、腕を下ろしたソフィアがジッとアイーシャを見つめる。

 その視線に僅かな違和感を───


「上々の結果だ。我は満足である」


「‥‥‥この結末も織り込み済みだと?」


 呟かれた一言。

 ソフィリアは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「ハッ。可笑しなことを。

 確かにこれは我が描いた物語だ。

 だが、選択したのはそなただろう?」


「‥‥‥」


 ミシリ、と音が鳴るほどアイーシャの拳が握り締められる。

 青筋を浮かべたその表情はミルシィが思わずヒッ、と声を漏らすほどだったが、ソフィアは気にした様子はない。

 ただ軽く眉を上げ、顎に手を当てる。


「あぁ。そなたをあざけるつもりはない。元より、この結末は決まっていた。

 そなたがどう動こうと、あの少女は死ぬ。

 それではお前の気は晴れぬか?」


「‥‥‥ハッ!アイツの結末はどうでも良い」


 ただ、と彼女は怒気のこもった息を吐きながら、


「何もかもテメェの思惑通りってのが気に入らねぇってだけだ」


「クハハハハ!成程成程。

 それは、あぁ道理だな。だが、ふむ‥‥‥」


 ひとしきり笑ったソフィリアは、そこで言葉を区切ると何か考え込むような仕草を取る。


「アイーシャよ。1つ、尋ねる」


「あ?」


 先程まであった超越者然とした眼光は薄れ、灯されていたのは純粋な疑問の色。


「そなた。【リクゼ】という名に覚えはあるか?」


「?」


 唐突に出された名前。

 覚えがないアイーシャは、返答に一瞬迷いを見せる。

 それで十分だった。いや、とソフィリアは首を振る。


「知らぬならそれで良い。

 いずれ知る(・・・・・)


「‥‥‥未来視か?」


 ソフィリアは答えない。

 ただ薄く微笑み、踵を返すと、


「本来であれば、そなたは手元に置いておきたい。

 だが、そうではない方が良いのだろう」


 これは賭けだ、と扉の前に立った彼女が再びアイーシャの方へ向き直る。


「最後に助言だ。西へ向かうと良い」


「‥‥‥素直に従うとでも?」


「いいや。従わないな」


 だが、と彼女は厭らしく口の端を歪める。


「元よりその予定だろう?」


「‥‥‥いちいち勘に障る奴だ」


「クハハハハ!そなたのその顔は中々見ることがない故な。許せよ。

 ───おっと、時間切れか」


 遠くの方で鐘の音が聞こえる。

 あと1ハンバで予定していた馬車が出発する時間だ。


「ではな、また会おう」


「ごめんだ」


「フハハハハハ!あぁそうだろうな。だが、そなたは必ず我が下へ来る。必ず、な」


 それだけを言い残し、ソフィリアは3人の鐵に囲まれて去っていく。

 ハァ、と大きく息を吐いたアイーシャは苛立たしそうに頭を掻いた。


 やられた、と舌打ちする。

 これで、どうあれ西に行くほど奴の言葉が脳裏をよぎる。嫌でも奴のことを意識するようになった。


「いやぁ。とんでもない方でしたね~」


 とことん相性が悪いと感じさせられる相手だった。

 舌戦にせよ。能力的にも。


「未来視か、あるいはそれに近い能力ですか。

 むむむ、厄介ですね」


「あぁ、本当にな」


 唸るミルシィに、アイーシャは軽く同意する。

 しかし、内心では僅かな疑問があった。


 会話の端々から感じられた小さな違和感。

 何より、


「ん?どうされました?」


「‥‥‥いや」


 どこか似ている。自身か、あるいはコイツにか。

 アイーシャはそう感じていた。


 敵意はない。が、気に入らないし、出来る事ならばあの顔に拳を叩き込みたい。

 自身の弱さは受け入れる。だが、その上でどうにも実行できないだろうと妙な感覚がある。

 何故だろうか。


 しばらく考え、答えは出ないと大きくため息を吐くと、


「仕方ないか‥‥‥取り敢えず、今後の予定の確認だ」


 突然の来訪者による混乱があったが、仕切り直すように彼女は手を叩く。

 呆けていた3人の意識がアイーシャの方へ向き、彼女はさて、と机の上に地図を広げる。


「事前に言った通り、次に向かう先はシュトロン。排斥派の国になる」


 だから、と言ってサーマの方へ視線を向ける。


「いったんここで分かれになる。構わないな?」


「えぇ。貴女の道を邪魔するつもりはない」


「ん。とはいえ滞在時間はそこまで長くはない。

 排斥派の在り方と、シュトロンで作られている『シフォンケーキ』に興味があるだけだからな」


「おぉ。甘いもの!なんか意外ですね」


「折角だからな。どんなもんか少し気になる」


 土産には出来んぞと軽く笑うと、サーマはややふてくされたように頬を膨らませる。


「むぅ。どうせだったら作り方も習ってきて」


「あー。まぁ善処する」


 肩を竦めるアイーシャだが、恐らくその願いは叶えられるだろう。

 何せミルシィは大の甘党だ。なんでもない風に装っているが、今回の旅で一番興奮しているのは彼女だったりする。


「そこから南下し、いくつかの町や村を経由して」


 指を指すのは大陸西部に広がる大森林。

 街や国と言った概念がしない場所故に、文字のみで記された場所。


『コナシアの森』


 彼女はニヤリと笑いながら続ける。


「どうせなら派手に祭りを楽しもうじゃないか」


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