第四十五話
「ッ‥‥‥ハァ、ハァ、ハァ」
顔を伝う玉のような汗を拭う元気すらなく、マサシは背中に土の堅さと冷たさを感じながら大の字で転がる。
肌を撫でる涼やかな風は、あぁこれが青春なのかなと思わせなくもないが、いかんせん痛いものは痛いし疲れたもんは疲れた。
なかなか肺に入って来ない酸素に苛立ちながら荒い呼吸を繰り返す。
吸って。吐いて。吸って。吐いて。それを繰り返していくうちに、ようやく目が開いた。
「っあぁぁ。いーや。こんなんが、青春なわけがねぇ」
「何わけわかんないこと言ってやがる。頭打ち過ぎて馬鹿になったか?殴ったら治るのか?」
こちらを覗き込む1つの影。紅い髪をなびかせた彼女は驚くほど整った顔立ちをしており、そんな彼女が倒れ込む自分に声をかける要素は、確かに青春の1ページとも言えなくはない。
問題はその女性が自分をボコボコにし、かつゴミを見るような目を向けながら罵倒を飛ばしているところにあって。
「うぐぐ‥‥‥勘弁、してくれ」
呻きながら体を起こそうとするも、途中で力尽きてしまい背中から地面に落ちる。
衝撃でせき込むマサシにアイーシャは呆れた視線を向ける。
まぁ良いと言ってその場で座った彼女は、頬をつくように膝に腕を立てる。
「すきるの使い方は上手くなったじゃねぇか。
根本的な技量も上がってきてる。悪くはねぇぞ」
「‥‥‥どうも」
珍しい誉め言葉だが、やはり反応する元気がない。
なにせマサシとしては全力でやっているつもりだ。にも関わらず目の前にいる少女に一撃を加えるどころか、汗1つかかせることも叶わない。
つくづく実力の差を思い知らされる、と内心で息を吐いた。
「ん」
「悪いな、ティナ」
近くで2人の戦いを見ていたティナが倒れ込むマサシへ駆け寄り、額に布を当てる。
水で濡れた布はひんやりと気持ちよく、激しく打ち鳴らしていたマサシの鼓動を次第に鎮めていく。
「あ~。生き返ぶッ」
このまま寝てしまいそうな居心地に、マサシは恍惚の声を漏らす。
その様子を見ていたアイーシャは手元にあった棒の先で、マサシの頬を突いた。
「余裕そうじゃねぇか。やっぱもうちょいやるか?ん?」
「んえ。ほはんべんを」
愉快そうに唇の端を吊り上げたアイーシャを見上げながら、ティナはオロオロと手を虚空で動かす。
その様子を見たアイーシャは薄く笑うと、彼女の頭へ手を乗せ、そのままポンポンと軽く叩いた。
「わりぃわりぃ。つい苛めたくなってよ。
心配しなくてもこれ以上痛めつけたりはしねぇよ」
余程のことがない限りな、と付け加えながら今度は撫でるように手を動かす。
目を白黒させながら撫でられるがままのティナ。そして嬉しそうに彼女を撫でるアイーシャを見て、マサシは顔をほころばせた。
(良かった‥‥‥)
邪険に扱うことはなく、必要以上にこちらの事情に突っ込んでこない。
(アイーシャさんたちなら、もしかして‥‥‥)
マサシの掲げる目標は2つある。1つ目は奴隷の解放。これは、恐らく協力を得ることは出来ないだろう。
しかしもう1つは。こちらならば───
あるいは、と思考をめぐらせていたその時だった。
ピュウ───
突風が吹く。思いのほか勢いのある風は彼らの間を抜け、2人の髪をなびかせた。
撫でる手を止め、なびく髪を押さえながら鬱陶しそうに眼を細めるアイーシャの目前。
ティナの顔が僅かに持ち上がり、
───くしゅん
可愛らしい声が響く。
なんてことはない。ただのくしゃみ。
にも関わらず反応は劇的だった。ティナは顔を青ざめさせ口元を手のひらで覆い、マサシもまた身体を硬直させる。
そしてアイーシャは、
「ん?大丈夫か?」
特に何かを気にする様子はなく、懐から取り出した布をティナに差し出す。
驚きに目を見開く彼女に対し、何だとアイーシャは唇を尖らせた。
「まさか、目の前でくしゃみされたからって怒るとでも思ったのか?」
心外だな、と彼女は大きく鼻を鳴らす。
「この程度じゃ手は出さねぇよ。ったく、お前らは俺を何だと思ってやがる」
いじけるアイーシャの傍で、2人は恐る恐る目を合わせる。
何も起きなかった。それを今一度認識したマサシは全身から力を抜き、内心で安堵の息を吐いた。
「まぁいい。取り敢えず腹が減ったから何か取ってくる。
そこで待っとけ」
今もなおブツブツと文句を垂れ流しながらも、アイーシャは2人から離れていく。
良かった~と小さく声を漏らすマサシ。そんな彼の傍で立っていたティナは、奥に消えていくアイーシャの背中をじっと見つめていたのであった。
──────────
川のせせらぎに耳を傾けながら、彼女は鼻歌交じりに川を叩く。
パン、と高い音が響くと同時に宙を舞う銀の光。手慣れた様子でそれを籠に収めた彼女は、うんと伸びをした。
「大漁大漁」
機嫌よく笑いながら、アイーシャは川から上がる。置いてあった布で軽く体を拭くと、たくし上げていた裾を下ろし、籠を地面に置く。
ドサリと音を立てて置かれた籠の中には十数匹の魚がおり、艶やかな光を放っていた。
「~♪」
素早くかまどをくみ上げたアイーシャは集めてあった細木を並べ、手元にあった石を棒で擦るように叩く。
ジッ、という音と共に火花が散り、無事に着火。慣れた手つきで木を組み立てると、今度は魚の腹を捌いていく。
使う物は懐にしまってある小さな刃物。刃先がしまえるようになっており、袋を傷つけない仕組みになっていた。
そうして全ての魚から内臓を取り出すと、丹念に洗い、今度は木に頭から刺していき、火の横へ並べる。
塩はこれぐらいか、など思いつつ作業を終えたアイーシャは、で、と口を開き、
「何か用か?」
振り返り、背後に視線を向ける。
ややあって、少女───ティナが木の後ろから恐る恐るといった風に顔を覗かせる。
「──────」
「‥‥‥相変わらず無口なやつだ」
面倒くさそうに頭を掻いたアイーシャはため息を吐くと、
「俺は別に気が長い方じゃない。特に興味がないことに関してはな。
話しが無ければ───「どうして───」」
意を決し、震えながらも口を開く。アイーシャは眉を僅かに持ち上げ、言葉の続きを待つ。
「どうして何も言わなかったの?」
「‥‥‥」
「気付いていた、筈」
何を、とは聞かない。
ただ彼女は考え込むように目を瞑り、やがて小さく息を吐いた。
「突っ込むつもりはなかった。そんだけだ」
少女を手招きしたアイーシャは串に刺された魚を指さす。
やや面食らった様子の彼女にアイーシャは、
「何はともあれ、まずは飯だ。食って、んで話せ」
──────────
「そいやマサシの奴はどうした?」
「寝てる───ます」
「ハッ!この辺りに危険な獣はいないとはいえ、不用心な奴だ」
寝ることになった経緯に関しては深く考えず、くつくつと笑いながら焼き立ての魚に口を付ける。よく塩を揉みこんだ甲斐があったのか生臭さはなく、しょっぱさと一緒に脂の甘みが感じられた。
「美味いか?」
「‥‥‥」
ティナは答えず、夢中で魚を頬張っていた。
差しだされたときは若干の躊躇が見られたが、現金な奴だとアイーシャは薄く笑った。
魚を食べ終えたティナは何かを探すように視線をさ迷わせる。アイーシャが水を差しだすと、ティナは小さく頭を下げ、水を飲み干した。
「ありがとうございます」
「ん」
会話はなく、2人が囲む火がバチッと小さく爆ぜる。
しばらくし、同じように魚を食べきったアイーシャが水をあおると、
「唾液が金に変わる力、か?
いや、もしかしたら唾液だけじゃなくて汗も涙も、全てか?」
「───ッ」
ティナがアイーシャへ視線を向ける。
答え合わせを求めるように視線を合わせたアイーシャに対し、ティナはゆっくりと頷く。
「それはすきるか?それとも魔術か?」
「‥‥‥分からない。けど、あの人は───マサシさんは呪いだって言ってました」
「呪い、ね‥‥‥」
思い返すのはサーマの目的。そして己にかけられたもの。
呪いと呼ばれるものは魔力を伴わない超上の力であること。ティナにもたらされたのは、自分たちのどちらとも毛色の違うもののようだが、根本は同じだろう。
(アイツがいれば答えは出たかもしれんが)
さほど呪いについて詳しくはないアイーシャはそこで思考を止める。
代わりに彼女は成程な、と口を開いた。
「合点がいった。赫狼がお前を狙う理由は奴隷や人質のためでもないわけか」
正しく金を生みだすのだ。ならず者でなくとも、その能力は垂涎ものだろう。
「そりゃ、あの男も必死になるわけだな」
「違う!!」
呆れを含んだアイーシャの呟きを、ティナは鋭い声で切り捨てる。
「マサシさんは他の人とは違う!あの人は、私の力を使わない!いつも守ってくれた!危ない時でもいつも‥‥‥だから、私は‥‥‥」
奥歯を噛み締め、声にならない嗚咽を漏らす。
強く閉じられた眼の端に浮かぶ涙は、確かに金だった。
はん、とアイーシャは鼻を鳴らす。
「まぁお前らの都合はどうでも良い。で、結局何が言いたくて来たんだ?
それとも黙って欲しいと頼みに来たのか?」
「‥‥‥」
ティナは答えない。
アイーシャの言葉は続く。
「呪いを解きたい、って依頼なら断る。
それに関しては既に先客がいてな」
「‥‥‥違、います」
ティナがゆっくりと首を振る。
燃え上がる火を瞳に映しながら、やがて言いたいことがまとまったのか顔を上げて、
「私は───」
◇◆◇
パン、と。
乾いた音が響き渡る。
「ドキッ!女子だらけの料理会!開催で~す!」
「「(パチパチパチ)」」
両腕を振り上げ、高らかにそう告げるミルシィの横で、サーマとティナが楽しそうに拍手をする。
その後ろでやや疲れた表情を浮かべて立っているのがアイーシャだった。
「いやぁ、しかしティナちゃんがこんなに可愛らしいお願いをしてくるとはッ!
これはもう張り切っちゃうしかないですね!?アイーシャさん!?」
「んー」
「というかサーマさんも乗り気なの珍しいですね。確かに旅では日替わりで担当を変えていましたが」
「ん、結構好きな方かも。時間あるときは凝ったもの作るときもあるし」
「おぉ!良いですね!
あ、因みに私は勿論家事全般が得意ですので!料理洗濯肩もみ!なんでもござれですよ!」
「凄い‥‥‥」
「おほぉー!少女のキラキラな視線がたまりませんね。
それではまず手洗いから───」
やたら元気よく話を進めるミルシィを置き、アイーシャは近くの椅子へ腰かけ、ため息を吐く。
と、そんな彼女の元へサーマが近寄ると、小さく首を傾げ、
「疲れたの?」
「‥‥‥いや。まぁ、そういう訳じゃないんだが‥‥‥」
歯切れの悪い答えにサーマはふーん、とだけ返しミルシィの元へ戻る。
楽しそうに料理を始める3人の後ろ姿を見て、アイーシャは今一度ため息を吐いたのだった。
「やれやれ‥‥‥」
料理を教えてほしい。
ティナにそう告げられたアイーシャは、一体何を言われているのかが分からずしばらく固まっていた。
それでも気を取り直して話を進めると、どうやら世話になったマサシに何かを返したいと。
それで考えたのが料理だと。
「コイツに話を通したのが間違いだったのか‥‥‥?」
「うるシャラップですよ!アイーシャさん!」
「‥‥‥」
ともかくとしてそのことをミルシィに伝えたら、ならば料理会を開きましょうと彼女が言い、あれよあれよという間に場が整えられた。
因みに呪いのことは既に伝えてある。それに対して彼女は特に反応は示さなかったが、ただ成程と頷き、
「ならば対策が必要ですね」
と言ってティナの口元には薄い布が巻かれていた。ますくの代わりです、とはミルシィの弁である。
「さて、今日作るのは皆さんお馴染みのポルッカ!でございます!」
「「おぉ」」
ウンリーヒャ連邦発祥の料理であり、今ではいくつもの国に伝わっている料理である。トマトを基軸にした少し辛みのあるスープは寒い地域を過ごすのに適しており、じゃがいもと小麦を合わせて練って茹でたヌカと呼ばれるものが入っているのが特徴だ。
今回作るのはその亜種だろう。ヌカの代わりにパンを浸して食べることを想定されており、ウンリーヒャのポルッカには使われない海産物が材料として並べられていた。
「手洗いはばっちりですね!それでは、まずは野菜の皮を剥いていきましょう。
ティナさん、包丁を握った経験は?」
「ないです」
「分かりました。それでは包丁の握り方から───」
楽しそうに説明を始めるミルシィと、その説明を真剣な表情で聞くティナ。サーマは補助として2人の後ろに立っている。
そんな3人をぼんやりと視界に収めながら、アイーシャは静かに息を吐くのであった。
◇◆◇
「おぉ!」
組合の中。集まった面々の前で卓上に置かれた鍋の蓋が開けられ、食欲を誘う刺激のある香りが場を包む。
事前にティナが作ったものと伝えられてあったマサシは、料理を見るがいなや感嘆の声をあげた。
「すげぇ!ティナ!すげぇじゃん!」
「えへへへ」
隣に座るティナの頭を大げさに撫でる。ティナもまた満面の笑みを浮かべた。
「浮かれるのは良いですけど、覚めないうちに食べた方が良いですよ」
「っと、そうだな。
それじゃあ、いただきます」
手を合わせる不思議な動作にアイーシャは興味を惹かれたが、それはさておき。
マサシは一口食べると大げさに喜ぶ。
「美味い!こんなに美味いものを食べたのは初めてだ!」
流石だぞティナ!と撫でながら食べる手は止めない。
やれやれと肩を竦めながら依頼が無事に達成されたのを見届けていると、
「あの‥‥‥」
恥ずかしそうな表情でティナがもう1つ小さな鍋をミルシィの袋から取り出す。ぐるりと顔を向けるとミルシィは素知らぬ表情で明後日の方を向いていた。
「これ、食べて欲しくて‥‥‥」
袋の中身は大丈夫なのか、余計なことをしやがって、といった文句を呑み込み小鍋を受け取る。
中に入っているのは同じポルッカ。そういえば俺は味見をしていなかったな、と苦笑する。
この場にいる全員の視線を受け、アイーシャは諦めたように息を吐くと一口食べる。
「‥‥‥」
感想はない。代わりにティナの頭を軽く撫でる。
「あっ‥‥‥」
「食った。文句はないな」
口調とは裏腹に優し気な表情を浮かべる。そこで全員が見ていることを思い出し1つ咳ばらいをすると、
「取り敢えず、依頼は終わった。報酬だが───」
早口でまくし立てていたアイーシャの言葉が不意に止まり、目が見開かれると同時に勢いよく飛びのく。
突然の行動に驚くティナ。一瞬訪れた静寂の間に、パキリとティナの足元から乾いた音が鳴る。
目が動くのは必然であった。
「───ひっ」
喉を引き攣らせる。そこにあったのは黄金の床。
視線を上げる。先ほどの優し気な表情が嘘であったような警戒の表情を浮かべたアイーシャ。横を見ると驚きのあまり、言葉を発することなく固まった愛しい男の姿。
「イヤ‥‥‥イヤ‥‥‥」
パキリ
音が再び鳴り、黄金が広がる。
「イヤ───」
悲鳴が上がる刹那、ティナが意識を失いその場で崩れ落ちる。
その体を受け止めたアイーシャは床に広がる黄金を一瞥した後、マサシの方へ視線を向ける。
「こ、これ‥‥‥は‥‥‥」
「その様子からして知らなかったみたいだな」
驚愕の表情のまま視線をティナと床の間でせわしなく動かす。
息を1つ吐いたアイーシャはティナを片腕で抱えたまま、マサシの頬を張った。
「───ッ!?」
乾いた音が響く。遅れてジンジンと痛みだした頬がかき乱されていた思考を冷やす。
「コイツを宥める役目はテメェだろ?何呆けてやがる」
「お、れは───」
焦りからか呂律の回らないマサシにアイーシャは有無を言わさずティナを押し付ける。
「後はお前の役目だ」
腕の中で眠るティナに目を向け、再びアイーシャへ目を向ける。弱々しく頷いたマサシは憔悴した表情のまま外へ出ていった。
「‥‥‥アベスタ、追いかけろ」
「便利に使いよる‥‥‥まぁ良いがな」
スルリの京の足元から伸びた影が組合の外へと出ていく。
アイーシャが近くの席に腰を下ろし、長い息を吐いた。
「呪い、ねぇ‥‥‥」
床に広がる黄金は本物だった。僅かな魔力の奔流を感じ咄嗟に飛びのいたが、あと数瞬遅ければ恐らくは、
「俺も黄金に、か。
何か分かるか、サーマ?」
黄金に変えられた床を調べていたサーマに問いかける。彼女はゆっくりと首を振り、
「分からない。けど多分これは私のとは違う‥‥‥かも」
「呪い、と言ってましたっけ?」
ミルシィの問いにアイーシャは頷く。ふむ、と顎に手を当てた彼女は僅かに視線をさまよわせ、
「恐らく、少し違うものかと」
「違うもの?」
「えぇ。
呪いと呼ばれるものは、文字通り負の力が強いもので、それら全てが例外なく保持者に対しても影響を及ぼします。
対し保持者には何の害もない、それどころか益しか与えない力のことを祝福や加護と言います。
彼女のはその類なのではないかと」
「ほー」
違いは分かった。しかし、
「だからなんだ?言い方が少し違うだけだろ?」
負だ益だといっても所詮は人にとって、という枕詞がつく前提だ。動植物にとってみれば黄金に変えられるだけでたまったものではない。
「いえ実はその言い方の違いが大きく。まぁ区別するために必要な名称に相応しかったというだけで問題は別にあって‥‥‥」
そこで言葉を切り、彼女は大きく息を吐いた。
「祝福は治らない。どうやっても消すことは出来ないんです」
「出来ない?しようとしなかっただけじゃ?」
人にとって益があるなら治す必要はない筈。そんなサーマの疑問にミルシィは首を振る。
「祝福を望まない者、敵が祝福持ちで厄介な者。試された事例はいくつかあります。そういった文献を見たことはありませんか?」
サーマは首を振る。アイーシャも少し考え、やはり首を振った。
「1番有名な事例ですと無刀の加護ではないでしょうか?多くの兵士がアレに頭を悩ませてきましたから」
「あぁ、あれか。あんまり調べてなかったな」
名前は知っている。七聖と呼ばれる神聖王国の切り札。その1人が持つ不可思議な力。
「そんなに厄介なのか?」
「それはもう。だからこそ他国はなんとかしようと頭を捻ったそうですが、どうにもならないみたいで」
他の祝福も同じです、と彼女は続けた。
「しかし、どうすることも出来なかった。
呪いは直すことが出来ます。たとえ、それが先天的なものであろうと後天的なものであろうと。
だから、ティナさんは‥‥‥」
重苦しい沈黙が流れる。
そんな空気を破るように、アイーシャはふー、と大きく息を吐いた。
「まだ決まったわけじゃないだろ。益がどうたらはさておき保持者に害がない、治せない、他に見分け方はないのか?」
「いいえ、最も大きな見分け方があります。
それが見つかればほぼ確定と言っていいものです」
「あん?それが分かってるなら、なんでそんなあやふやな言い回しになんだ?」
「あぁぁ、それを言われると痛いのですが。
彼女の能力は十全に発揮されていませんでした。しかし先ほどの出来事でそれが変わった」
体液だけではない。触れたもの、あるいは空間を黄金に変える力。
「正直一瞬だけしか見えませんでした。だから断言は出来ません。
何より、この証拠自体完ぺきではないかもしれない」
「保険はいらねぇ。良いからさっさと話せ」
「むぅ‥‥‥もう少しこうドラマチックなですね。
あ!いえ何でもありませんよ!だからその私の顔サイズに開いた手を下ろして頂いて」
ゲフンゲフンと咳払いした彼女は己の顔に指を向け、
「瞳です。紋様が描かれた瞳こそ、その証です」




