第三十七話
夕焼けが染める街道の上。いくつもの影が長く伸びている。
その中の3つ。先を行く2人の後を、ずるずるという音が聞こえてきそうなほど重い足取りで追う影が1つ。
「つ、つかれた‥‥‥」
青を通り越して白い顔で息を吐いたのはミルシィ。ほつれた髪を垂らしながら歩くさまは最早死人のようだった。
「なんて言い様でしょうか‥‥‥いや私は一体何を‥‥‥」
「さっきから何をぶつぶつ言ってるんだ」
アイーシャが呆れた顔で振り返る。何故そんななんでもなさそうな顔が出来るのかミルシィには不思議だった。
「いやもう。疲れて疲れて。
いよいよ幻聴まで聞こえるようになったんですよ?どう思います?」
「どう?うーむ‥‥‥」
1つ間を空け、軽く首を傾げると、
「どうとも?」
ミルシィはがくりと肩を落とした。
「まぁ言うと思っていましたが‥‥‥というかサーマさんも思ってたより平気そうですね」
「似たようなことやってたから」
「マジですか‥‥‥」
サーマの答えに顔を引き攣らせる。とはいえ、その理由も察せられる。
しかし、しかしだ。言わせてほしい。
「もう6日も同じことしてるんですよ?そりゃあ疲れもしますし飽きますって!」
なので、と1つ咳払い。
「気分転換も兼ねて私達も捜索に加わりませんか?アベスタさん1人では相当大変そうですし」
アイーシャは顎に手をやり、少し考える。
やがてゆっくりと首を横に振ると、
「街は広い。俺達が加わったところで意味は無いし、下手に目立つわけにはいかない」
襲ってくる連中を片っ端から殴っていくのも面倒だ、と彼女は肩を竦める。それに、と続けた。
「アイツならなんとかしてくれるだろう」
「‥‥‥何故そう思われるので?」
「んー。勘」
カクッと首を落とし、次いで諦めたように天を仰ぐ。
「まぁ確かに今のままだと何の進展もないしな。
明日は観光にでも行くか」
「!?賛成!賛成です!ね?サーマさん?」
「‥‥‥構わない」
異論はないとサーマも頷く。仕方がないか、と軽く頭を掻いたアーシャはふと視線を横に向けおっ、と声をあげる。
これといった特徴のない店だが、その店先に並ぶものはアイーシャにとっては見慣れぬものだった。興味を惹かれ並べられたうちの1つを手に取り、しげしげと観察する。
特長的な外見に、一際目を引くのは下にある大きな窪み。いらっしゃいと声をかけてきた店の男にこれは何だと尋ねる。
「あぁそいつは火を起こす『タルク』だね」
「タルク?」
「ん?もしやお客さん旅のもんかい?」
ちょいと待ってなと言い残し男が奥へ引っ込む。しばらくすると手に小粒の石───魔石だ───を持って現れた。
「これをここに嵌めてだな」
カチリと音が鳴り、更に取り付けられていた歯車を2度回す。
するとボッ、と音を立てその道具が火を噴き始めた。
「ほぅ」
感嘆の声を漏らす。灯された火は明るく、熱く、まぎれもなく『火』であった。
「魔道具、ではないのか?」
「おっ魔道具は知ってるのか。
こいつは魔道具と違って魔力が必要のないもんでね」
帝国の技術の賜物だと店の男はどこか誇らしげに答える。そんなものがあるんですねとミルシィが興味深そうに呟いた。
「魔力が切れても魔術を行使できる。今探求者の間では必需品だぜ」
おひとついかが、と軽い口調で付け足す。確かにそれは悪くないなと腕を組むアイーシャに対し無駄遣いはいけませんよとミルシィが釘を刺した。
「これも前に来た時にはなかった」
「前ってのがいつの話か分からんが───ここまでのものになったのは数年前だな。
これも今の帝王様のお蔭だ」
サーマと同じように男もまた感慨深そうに頷く。
「おっとお呼びだ。それじゃあお嬢さん方、ゆっくり見て言ってくれ」
店の奥から声が聞こえ、男は軽く手を合わせて声の方へ向かう。
預けとくよと言って渡された魔石を手のひらで転がしながら、しかしとアイーシャが口を開く。
「随分と強烈な奴じゃねーか。今の帝王ってのは。
『鉄血の女帝』だったか?」
成程。鉄の血ではなく鉄と血。血が何を表すのか大凡の予想がつくが、鉄は文字通り鉄を鍛えたがゆえだと。
益々会ってみたいなと彼女は静かに笑う。
───そういえば聞いたか?
他にはどんなタルクがあるのか。適当なものを手に取って弄っていると、不意に誰かの呟きが耳に入ってきた。
「西の地区でまた人が襲われたってよ」
「今月に入って何件目だよ‥‥‥だれか死んだのか?」
「いんや今回もバンが間に合ったらしい。けど物騒だよな‥‥‥」
「バンが居ても絶対に安全じゃないってか‥‥‥自衛のためのタルクでも買っていくか?」
「それも悪くないな」
そんな会話を交わしながら店へ入っていく2人の男を見て、ミルシィは物騒な話でしたね~とため息を吐いた。
「私も聞いたことがあります。大きな被害は今のところないみたいですけど、最近は夜間に出歩くのを控えるように通達もされてますし‥‥‥バンっていう兵士?兵器?の睨みが結構効いているみたいですけど、犯罪を完全になくすって難しいんですねぇ」
「何があったか知っているの?」
「う~ん、私も細部までは。取り敢えず凶漢に襲われそうになった民間人をバンが助けたとか?
バンをただの衛兵に置き換えれば、まぁ珍しくない話ですが。最近は頻繁に起こっているそうで」
何かあるんですかね~と小さく首を傾げる。
偶々だろ、とアイーシャは切って捨てる。
「失業者が大量に出たとかな。案外理由なんてそんなもんだ」
「そーですかねー?」
「ま、何にせよ俺達には関係ないことだろう」
並べられたタルクに向けていた目線をあげ、よしと小さく頷く。
その手には独特な形をしたタルクがあった。
「‥‥‥無駄遣いは駄目ですよ?」
「‥‥‥無駄じゃないさ」
【3000ギル】
ミルシィはとりあえず怒った。
◇◆◇
組合へ着いた時には既に辺りは暗く、僅かな夕焼けを残すのみとなっていた。
ようやく休めますねぇと安堵の息を吐くのはミルシィ。先ほどよりも足取りは軽く、鼻歌を歌いながら扉を開く。
「ただいま~!って誰もいるわけ‥‥‥」
これまでの4日間。同じ言葉を投げても返ってくる言葉は無かった。
なんなら扉を開けても灯りが漏れてくることは無かった。当然だ。報告が無ければいる道理もない。
しかし違った。
眼前に広がる光景。机を挟んで右側には傷だらけの腕を組み静かに長椅子へ腰かける男。その隣で静かに座っている顔を隠した男。
奥にはふんぞり返って満足げな顔を浮かべる女。
「おかえり、だ。
うん。これで正しいだろう?」
「ほう」
僅かに目を見開き、ミルシィの後ろからアイーシャが部屋へと入る。この後の展開を予測し項垂れたミルシィの肩を叩きつつサーマが後を追った。
「話し合いを始める前に確認だが。確かか?」
「間違いなく」
「そうか」
ふぅと軽く息を吐く。だったら、と彼女は続けた。
「マサシを呼ぶ。キョウはそのまま顔を隠しておけ」
言われずとも、と京は小さく頷く。それを確認したアイーシャは休む間もなく外へ出ていったのであった。
しばらくし
連れてきたマサシを含め、全員が着席したのを見計らったアベスタは大げさにせき込んで見せる。
良いから早くしろという視線がいくつも投げかけられるが意にも介してない。
「うむ、うむ。
では改めて言わせて貰おう。
───娘を見つけたぞ。
あぁ随分と厄介な場所のようだった」
「ッ!?」
マサシが思わず声を出しかけ、直前で抑える。
代わりに絞り出すような声で彼は聞いた。
「厄介な、場所って?」
「ありていに言ってしまえば、娼館だな」
「なっ!?───ッ!」
声を荒げかけたマサシだが不意に声を詰まらせる。
隣を見ると、黙らなければ殺すと言わんばかりの視線を向けてくるアイーシャと目が合った。
「話が進まない。
続きを」
「うむ。
まぁ場所自体はそこまで厄介なものではない。南西地区にある、少し高級目ではあるが特別他と変わりない娼館だ。娼婦として働いているならば捜索は容易かったが‥‥‥」
思っていたよりも時間をかけてしまった、と軽く舌打ちをする。
「娘がいたのは地下だった。
それも、何かしら特殊な処置が施されている場所だ」
「特殊と言うと?」
「何と言うべきか。見辛い場所だったというべきか‥‥‥
だが入れない場所ではない」
「成程‥‥‥」
となると少女───ティナは奴隷として売るために攫われた。
───本当に?
「‥‥‥アベスタ。そこに他の人はいたか?」
「ん?いや、居なかったな」
だが、と彼女は続ける。
「『影』を広げたから分かるが、この街の警備はかなり厳しいものだったぞ。
1人だけ、というのも特別不自然ではない気がするが‥‥‥」
何か気になるのか?とアベスタは問いかける。
アイーシャはいや、と答えた。
「他にいたら面倒だなと思ってな。
マサシ、確認するが助けるのはティナだけで良いんだな?」
問われたマサシが頷く。
よし、とアイーシャは手を叩いた。
「場所は分かった。後は手段だ。
ティナが居るってことは赫狼もそこにいるだろうからな」
戦闘は避けられんだろう、と彼女は言う。
「帝国側に感づかれるのもお互いに面倒だ。だから恐らく外にまで追ってこようとはしない。
攫ってしまえば、しばらくは安全だろうな」
ティナへの執着の度合いが測れないため全く安全とは言い難い。しかし奴隷の出自がバレるのは向こうにとっても避けたいところだろう。
「ちなみに見辛いってのはどういうことだ?」
「うぅむ、そうさなぁ‥‥‥」
何と言うべきか。言いあぐねているアベスタを見かねてか、ミルシィが口を開く。
「恐らくですけど認識阻害の類でしょう。
見つけられたということはそこまで高度なものではなく、あくまで見つけづらい程度で一度見てしまえば次からは容易に認識できるかと」
「おぉ!認識阻害!それだそれだ!」
的を得たり、とアベスタは嬉しそうに手を叩く。
成程、とアイーシャは頷いた。
「となるとアベスタの同行は必須か‥‥‥
残りの人員をどうするか。そして、どうやって中に入るかだな」
「娼館に入っても疑われない人を行かせるのは?」
そう言ってミルシィは男連中に目を向ける。グレイは特に動じる様子はなく、マサシとキョウは居心地が悪そうに視線を落とした。
(あ、コイツ男だったのか)
内心でそんなことを考えているマサシはさておき、アイーシャはそれはダメだなと首を横に振る。
「信用がない。特にマサシとキョウは戦力的に見て分がかなり悪い」
バッサリ切り捨てるアイーシャに、マサシは僅かに唇を噛む。
その通りだ。自身の力不足は痛いほど理解している。
「時間があれば。こっから鍛えても良いが、それは難しいだろう」
「となるとアイーシャさんが行くので?」
「そうだな‥‥‥アベスタ、そこの娼館には男娼はいたか?」
「残念ながら、と言うべきか」
ならば同性愛者という体で行くか。そんなことを考えていると、おっと、と言ってアベスタが手を打つ。
「言い忘れていたことがあった。我が娘を連れ出すのはちと難しい───いや無理だな」
「ん?なんでだ?」
「奴と我とでは相性が悪くてな。正直触れる事すら適わないだろう」
そんなこともあるのか、と考えるが思い返せばアベスタは謎が多い。
そういうこともあるだろう、とアイーシャは納得していた。
「となると連れ出すのにもう1人必要か」
サーマは先日言っていた通り、今回の依頼に関わる気はなかったため、残る選択肢はミルシィのみとなる。
が、
「「「‥‥‥」」」
「ん?何ですか?喧嘩なら買いますよ?」
「いや‥‥‥」
出来る事ならば使いたくはない。それがアイーシャの内心であった。
だがここで詰まっていては仕方ない。人員は決まった。後はどうやって侵入するか。
そんなことを考えていた時だった。
不意にアイーシャが腰に括りつけてある棒に手を伸ばす。続けてグレイが組んでいた腕を解き、アベスタが外に視線を投げる。
何だ?とマサシが問うよりも早く扉が開け放たれ、
「ふぁ~めんどく‥‥‥ん?」
バッチリと目が合い、固まること数瞬。
「おおお、お邪魔しましたぁああ!!!」
悲鳴に近い声をあげながら、来訪者は勢いよく離れていったのであった。
◇◆◇
「‥‥‥粗茶です」
「‥‥‥あ、どうもです」
躊躇いながらも口を付け、中身を一息に飲み干す。
そうしてようやく落ち着いたのか、来訪者はふうと1つ息を吐き、頭を下げた。
「お見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ありません。
まさか人がいるとは露ほど思わず‥‥‥」
「まぁまぁ、お気になさらず」
ミルシィが軽く手を振って応える。
改めて、と咳ばらいをし、
「はじめまして、自由人の皆様。
探掘者組合の受付人を務めさせて頂いています、ソフィアと言います」
そう言って改めて頭を下げるソフィア。同時に首にかけられていた受付人の証が垂れ、刻まれていた名前もソフィアとなっていた。
とはいえ偽造は容易く行えそうな代物だ。信用できるかと言われればそうではないが、
「で、探掘者組合の奴が何の用だよ?」
疑ってもキリがない。そう判断したアイーシャは話を進める。
「はい。実はとある依頼が入りまして」
「依頼?」
机の上に広げられる紙面。筒状のものに入っていたのか、僅かに丸まっていた先を広げ、隣に座るミルシィが目を通す。
「えーっと、依頼者の名前はウェーツベン・ライタック。内容は、盗まれた宝『天使の涙』を奪還してほしい。
結構単純な内容ですね~」
しかし、と彼女はソフィアに視線を向ける。
「この依頼であれば兵士の方々に任せれば良いのでは?というかそもそも探掘者向きではない気が‥‥‥」
「はい、私達もそう思い理由を尋ねてみました」
曰く、相手が相手であるからあまり大きな騒ぎにはしてほしくないとのこと。
「元が盗品であったか確認してもみましたが、間違いなくライタック氏が所有者として記されていました」
それに他にも理由があるようで、
「盗まれたと公表すれば自身の警備の薄さを露呈しているようなものですから。
帝王様が知れば恐らく‥‥‥」
「最悪首が飛ぶと」
サーマの答えにソフィアは小さく頷く。
マジかよ、と呻くように呟いたのは傍で聞いていたマサシだった。
「盗まれたのがバレただけで首が飛ぶのか?
そんなの理不尽過ぎるだろ‥‥‥」
「ま、そうかもな」
強さこそを至上とする帝国の理念。それをとやかく言うつもりはアイーシャにはなかった。
「それでも解せない。兵士と探掘者、役割は違うがともに国に管理されている組織だ。
そっちに頼んでる時点で秘匿性もないのでは?」
「それは少し違うかと」
ミルシィが唇に指を当て、思い出すように口を開く。
「探掘者組合への依頼は上へ報告することはありません。何せ探掘者側は受けなくてもいい。
そもそも目的が『奈落』の攻略───ひいては魔石の入手ですからね。依頼は時折あれど受ける者はそうそう居ないので、確かそういった取り決めになっていた筈です」
確認するようにミルシィはソフィアへ視線を向ける。
彼女は頷くと、
「今回の依頼もまた、しばらく放置されていたもので。
そのためこうして自由人への依頼として持ち込んできたわけです」
つまりは駄目元。
チラリと壁に貼り付けられているボロボロの紙切れへ目を向ける。
あれもまたどこに行っても取り扱われることのなかった依頼なのだろうか。
「依頼された方も特別期待は抱いていなかったようなので、お受けするかどうかは皆さまの意志にお任せします」
「待て、決める前に確認したいことがある。
相手が相手だから、と言っていたが目星はついてるんだな?」
「はい。相手、そして保管されている場所まで」
「‥‥‥は?」
そこまで分かっているのであれば自分でやれば良いだろう。馬鹿なのか?
出しかけた言葉を、しかしアイーシャはこめかみを軽く揉むことで抑える。
その反応は予測出来ていたのだろう。ソフィアもまたため息を吐くと、
「どうしても自身の兵は出したくないようでして‥‥‥」
「あー‥‥‥まぁ、言ってたな」
諸々言いたいことはあるがさておき、判明しているのであれば話は早いと意識を切り替える。
「で、相手はどんな奴で、どこにあるんだ?」
「相手は組織で動いています。名前は赫狼」
ピクリ、と傍で僅かに肩を揺らす気配があった。
ご存知でしょう。とソフィアはその名前を出すことすら緊張したようで、小さく喉を鳴らした。
「相手はかなり大きな組織です。個人的な意見ではありますが、正直推奨は致しかねます」
「それを決めるのは俺達だ」
それで、と続きを促す。
ソフィアは息を吐き、そして口を開いた。
「場所は南西地区にある、バールディという娼館です」
アイーシャの目が僅かに細められた。




