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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第三十五話

 

「結論から言おう。マサシと名乗った男。アイツは『勇者』だ」


 あの会話から翌日。言葉の真意を問いかけられたアイーシャは、あっさりとそう言ってのけた。


「心当たりは?」


「‥‥‥ある」


 マサシという名前。この世界にどれだけこの名前を使い、生活している人がいるかは分からない。

 召喚された『勇者』の中にもその名前を使う者がいた。


 棚町(たなまち) 将司(まさし)


 それが京の知る名前であった。


「けど‥‥‥証拠は無いんだろ?そいつが『勇者』だっていう」


 いや、それ以前に


「仮に‥‥‥仮に『勇者』だとして、何故依頼を受けた───ッ!?

 復讐を手伝うという言葉!あれは‥‥‥あれは嘘だったのかッ!?」


 激昂を露にする京に対し、アイーシャは軽く笑いかけた。


「嘘じゃあない。殺せる機会は必ずやる。必ずな(・・・)


 力強さを感じさせるその口調に京は言葉を詰まらせ、不承不承といった様子で頷く。

 そういうわけで、とアイーシャは続けた。


「今は駄目だ。依頼者には生きていてもらわないと困るからな。

 んで、明日顔を合わせる機会がある」


「‥‥‥ッ!?」


 言いたいことを察した京は再び怒りを再燃させる。

 しかし直後に発せられた猛烈な殺気に当てられ、怒りが急速に冷まされる。


「これは命令だキョウ。一切怒りを前に出すな。それは胸の前にしまっとけ」


「‥‥‥断れば?」


「当然殺す。そぶりを見せるだけでもな」


 唇を強く噛む。流れ出る血が顎を伝い、その感覚だけが彼の理性を繋ぎとめていた。

 俯き、アイーシャへ視線を向け、再び俯く。やがて彼は絞り出すような声で、


「‥‥‥解った」


 返答に満足したアイーシャは立ち上がり、彼の肩を軽く叩くと、


「お前の殺気は認める。だが撒き散らすのは駄目だ。

 本当に殺したいのであれば、それは最後まで取っとくもんだ」


 それに、言っただろう?


「機会は必ず与える。まぁ、活かせるかはお前次第だがな」


 それじゃあ、と彼女は続けた。


「本格的にどう動くかは明日の話し合いの後で決めるとして、軽くだが今後のことを話し合うとするか」







 ◇◆◇







「後ろにいるのが、前言ってた仲間か?」


「そうだ」


 組合の中。再び会ったマサシの表情は更にやつれたものであったが、僅かな希望を抱けたためか、心なしかその瞳には力強い光が宿っていた。

 くたびれた椅子に腰かけたマサシは興味深そうにアイーシャの後ろに横に座る面々に顔を向ける。

 その中で1人異質を放つ人物に目を留めた。


「えっと‥‥‥そいつは?」


「ん?あぁ、実はコイツは昔大きな火傷を負ってな。以来人前に顔を出すのが難しくなったんだ」


「ッ!?そ、そうか。そいつは‥‥‥すまなかった」


 その人物───布を被り男か女かも分からない人物にマサシは小さく頭を下げるも、特に反応を示す様子はなかった。

 一体どんな人物なのか。ふと生まれた疑問は、しかしアイーシャの言葉によって掻き消された。


「さて、集まってもらったところで本題に移ろう。人探し、だったな」


 アイーシャの問いにマサシは頷く。


「捜索の方法だが‥‥‥基本的にはコイツに頼むことにした」


 アイーシャの呼びかけと共に立ち上がる影。

 ギョッとした表情を見せ、警戒を表すマサシを他所に影は人の形を取っていく。


「アベスタだ」


 短くそれだけを言った彼女は自慢げに髪をかき上げる。

 驚いたとマサシは呟いた。


「影になれるのか‥‥‥そんな力は見たことがないな」


「ほう?」


 その言葉にアイーシャは興味深そうに顎を撫でた。


「それは今まで一度も(・・・・・・)か?」


「ん?‥‥‥あぁ。はじめてだな」


 どこか含むような口調にマサシは僅かに違和感を覚えるも、思い過ごしだろうと内心で首を振る。

 それで、とマサシは続けた。


「そいつの力が関係あるのか?」


「あぁ。この街は広い。が、コイツの影になれる範囲もかなりのものだ。

 何より障害物を通り抜けられるのが大きい。夜目もきくと、まぁうってつけの存在というわけだ」


 おぉ、とマサシは小さく唸る。アベスタは自慢げに鼻を鳴らした。


「フッフッフ。まぁ我に任せると良い。

 そうだな。この街の広さであれば5‥‥‥いや4日もあれば十分だろう」


「そいつは頼もしいな‥‥‥」


 アベスタの言葉にマサシはほっと息を吐く。

 ようやく目途が立ったためだろう。目の端に涙を滲ませた彼は絞り出すようにありがとう、と口にした。


「俺だけじゃ助けることは出来なかった‥‥‥本当に感謝している」


「ハッ!まだ助けたわけでも、ましてや見つけてすらもいない。感謝するには少し早いな」


「それでも、だ。それでも、俺は‥‥‥」


 身体を震わせ嗚咽を漏らすマサシを視界に入れながら、そうだとアイーシャは思い出したように手を打った。


「お前は前に、奴等は奴隷にするために捕まえたと言っていたな」


「‥‥‥あぁ。それが、なんだ?」


「随分と確信のこもった言葉だと思ってな。

 んで少し考えたんだが‥‥‥相手の正体を、お前は知っているな?」


「───ッ!」


 瞬間、マサシが顔を引き攣らせた。


「とはいえ少女を捕まえる目的などそう多くはない。ほとんどが人質か、奴隷か。

 人質であれば何らかの要求があるだろう。が、そのような様子はなかった。それに旅をしている者が人質としての価値が高いとも思えない」


 この世界であれば、という言葉を彼女は呑み込む。


「ならば奴隷目的。であるならばお前が無事なのは少し納得がいかない。

 お前が実力者であるというならば守れたはず。仮にティナ、だったか?を放っておいて逃げたというのであれば話は別だが‥‥‥お前は相応に怪我を負っていた」


 マサシが咄嗟に自身の腕をかばうような仕草を見せる。

 アイーシャの言葉は続いた。


「ティナだけを捕らえ、怪我を負ったお前を放置し取り逃がすというのは少し納得がいかない」


 ならば解は限られる。


「賊は元々ティナという少女を所持(・・)していた。それをお前は奪い、そして賊は取り返そうとした。結果は取り返されたわけだが‥‥‥」


 これがアイーシャの出した解答。それを聞き、マサシは驚愕と苦悶が入り混じった表情を浮かべた。


「この解答は何点だ」


 アイーシャとマサシの視線が交差する。愉快気に細められた眼がマサシを苛立たせる。

 しかし、言わなければならないのだろう。マサシは大きく息を吐くと、


「‥‥‥そうだ。その、通りだ」


 解答に満足げな笑みを浮かべ、さてとアイーシャは手を打った。


「別に、だからどうこうしようというわけじゃない。単純に俺が出した解答がどこまで合っているかを知りたかっただけだ。

 依頼を反故にするつもりはない。が、今の話を聞いた上で更に聞きたいことが2つある」


「答える道理は───」


「ある。というより答えなければならない状況になった。

 理解しているか?お前は他人の所有物を盗んだ(・・・)犯罪者だ。その上盗んだものを自分のものだと高らかに主張し、挙句奪われたから取り返してくれと頼んでいる。

 今のお前は、そういう状況だ」


「───は?」


「当然国はお前を助けない。

 お前は俺達を頼るしか───」


 流暢に語っていたアイーシャの口が不意に閉じられる。

 彼女の目先には剣が突きつけられていた。


「‥‥‥何の真似だ?」


「訂正、しろ」


 僅かに唇の端を震わせ、紡がれた言葉。

 激情で塗りつぶされた彼の内心を察するには、あまりにも容易かった。


「‥‥‥何を?」


 犯罪者となじられたことにだろうか。そんなことをぼんやりと考えつつ、アイーシャは面倒くさげにに返した。

 しかし、返ってきた答えは予想外のものだった。


「お前は!彼女を所有物といった!訂正しろ!彼女は‥‥‥奴隷は物なんかじゃない!」


「‥‥‥ん?」


 理解を有するのに少し時間をかける。何のことだと隣に座るミルシィへ眼を向けた。


「この国じゃ扱いが違ったか?」


「ん~そうですねぇ。この国では奴隷は国の所有物として扱われます。

 一般的な奴隷商人は中間業者と言いますか。まぁ代わりに奴隷を売っている方々のことを指しますね。国のものですから当然盗む、壊すはご法度で。

 中には法の外で奴隷を扱っている者もおりますが‥‥‥」


「と、いうわけだが」


 改めてマサシへ眼を向ける。しかし彼の様子は変わることなく、否、一層強く怒りの表情を露にしていた。


「ふざけるな!ふざけるなよ!

 盗む?壊す?奴隷は物じゃない!人だ!同じ人なんだ!

 人を物みたいに扱うことを何故平然とやれる!受け入れられる!」


 剣を下ろし、床に突き立て、彼は吼えるように声を荒げる。


「救わなきゃいけないんだ!奴隷を!理不尽に扱われる彼等を!奴隷制度は壊さなきゃいけないんだ!

 この力はそのためにある!この───『勇者』の力は!」


「‥‥‥そのためにお前は剣を振るうと?」


「そうだ!」


 血を吐くような勢いで彼は叫んだ。


「全ての奴隷を解放する!それが俺の戦う理由だ!」


「‥‥‥だからこそ囚われていたティナをさらった、と。

 ん?お前からすれば助けたわけか?まぁどうでも良いな」


 図らずも1つ目の疑問が解消されたとアイーシャは内心で満足げに頷く。


「お前の言いたいことは理解した。が、俺は訂正するつもりは毛頭ない」


「ッ!何故!?」


「癪だから。というのはまぁ半ば冗談だな。

 俺にとって奴隷は物だ。古くからの慣習、というよりも常識か。そう変わるはずもない」


 だからこそ、


「お前が真に奴隷を解放した時、俺は喜んで頭を下げ訂正してやろう」


「‥‥‥」


「不服か?」


「‥‥‥いや」


 息を1つ吐き、彼はどかりと椅子に座り込む。


「だったら良い」


 説得を諦めたのか。或いは言いたいことを言って満足したのか。

 いずれにせよ地雷ですねぇ~とミルシィはぼんやり考えていた。


「話がそれたな。

 それで、お前は敵が奴隷を扱っている連中であることを知っている。それが、誰かに頼らなければならない相手であることも知っている」


 口ぶりから察するにこの男は1人でも突っ込んでいくだろう。しかし理性がその衝動を抑えた、否、現実に抑えさせられたという方が正しいか。

 確実に勝てない。激情をも押さえつける敵の正体。


「答えろ。

 これから相手取る奴等の名前は何だ?」


「‥‥‥」 


 しばしの間。深く息を吐いたマサシは絞り出すような声で、その名を告げる。


「‥‥‥『赫狼(かくろう)』」


 アイーシャは静かに笑った。







 ◇◆◇







「ふぅむ。赫狼が相手ですか。

 まぁある程度は予測していましたが‥‥‥」


 いくつかの取り決めを交わしたのち、再びマサシと分かれたアイーシャたちは今後の予定を話し合う。

 取りあえずは判明した相手の正体についてだ。


「確か、前に襲われたことがあったな」


「あぁありましたねぇ」


 思い出すのはグラッグと出会ったとき。彼の馬車に乗り、ガルガティア王国へ向かう途中だった。


「前回の彼らは明らかに末端の組織。

 ですが今回は違うでしょう」


 大陸でも1,2を争うほどの武力国家であるラッデバイト帝国。

 その要である首都たるアストライエに住処を、更に言えば違法であるさらってきた奴隷を置いている部隊が末端であるはずがない。


「大陸全土にわたって活動している組織ですが、中でも相当大きな部隊かと」


「だろうな」


 前回はあくまでも火の粉を払っただけ。しかし今回はこちらから完全に敵対する形となる。


「さらってきてハイサヨナラ、とはいきません。

 正直、断るべきかと」


 あまりにも危険すぎるとミルシィは言う。

 まぁとは言うものの、


「無駄でしょうけど」


「よくわかってるじゃないか」


 その程度では止まらない。


「強敵がいるってわかってるんだ。なら挑むのが『冒険』だろ?」


 嬉しそうに瞳を輝かせ、歯を剥いて笑うアイーシャにミルシィは呆れたようにため息を吐いた。


「だったらもう何も言いませんよ。

 存分に動けばよろしいかと」


「そうさせてもらおう。

 さて、改めて確認しておこう」


 アベスタ、と呼びかけると同時に京の影からまた別の影が立ち昇る。


「一応俺も情報を集めるが、捜索は基本的にお前に任せる。

 それで良いな?」


「あぁ、任せると良い」


「それとキョウ」


 名前を呼ばれた京が咄嗟に顔を上げる。布で隠れているため見えないが、不満げな表情を浮かべているのは明らかだった。


「端的に言ってしまえば、今のお前は弱い。復讐を果たすにはかなり厳しいと思う程にな」


「───ッ!」


 突きつけられた現実に、しかし京は何も言い返すことなくただ黙ったままであった。

 代わりに口を開いたのはサーマだった。


「でも『奈落』の底から来たんでしょ?

 かなり強いんじゃ?」


「さて、そのあたりの仕組みは分からんが。力量は見ればある程度測れる。

 足運び、呼吸、上半身のぶれ、視線の使い方。

 話通りであれば『奈落』の底では対人は学べない。それでも相応に力はつくはずだが、こいつからはまるで感じられない。

 あのマサシという男よりも、弱い」


 ギリッと微かに聞こえた鈍い音。京の足元に広がる影も僅かに揺らいだ。


「‥‥‥お前から見て、そうなんだな」


「疑っても構わん。俺が全て正しいわけじゃないからな。実際にやってみれば結果は違うかもしれない。

 だが少なくとも奴は対人の経験があり、お前は圧倒的に不足している」


 ならばどうしろと、そう言いかけた京を遮るようにアイーシャは口を開いた。


「だから、これは丁度良い機会なんだろう。

 グレイ」


 これまで我関せずと腕を組み、立っていたグレイが静かに目を開ける。

 その表情は疑問というよりも、諦めの色に染められていた


「お前に任せる。良いな?」


「‥‥‥」


 しばしの沈黙。

 グレイは、己を観測者と位置付けている。たとえそれがどんな『冒険』であろうと、グレイは彼女の傍を離れるつもりはなかった。

 ならば今回もそうするのが道理であろう。素性の良く分からない者の相手をする時間などない。


 しかし、だ

 彼は痛感していた。弱いという言葉はキョウだけに向けられていたものじゃない。


 ユグドシャリアにおいて自身は何もなすことは出来なかった。


 キョウの方へ目を向ける。復讐という目標のみに囚われた男。目標だけを掲げ、力の足りない者。


 静かに目を閉じ息を大きく吸い、吐く。瞳に宿る光は変わっていた。


「引き受けよう」


 アイーシャが笑う。嬉しそうにではなく獰猛に。

 期待されているのだろうか。グレイもまた笑ってみせた。


「良い返事だ。キョウ、対人の訓練だ。死ぬ気でやれ」


「───ッ!」


 返答は言葉になく、しかしそれでアイーシャは理解したのだろう。次だ、と彼女は口を開いた。


「サーマ。お前は加わらない。そうだな?」


「うん。私には関係ないから」


 サーマはあくまでも同行者である。その目的は同族の治療のためにあり、今回の依頼はそれとはまるで関係のないところにある。

『奈落』の探索には同行する。しかしマサシの依頼には関わらない、というのが話し合いの中で決められたことだった。


「けど必要になったら言って。場合によるけど、道具なら貸せる」


 互換の魔術による道具作成。十分だ、とアイーシャは頷いた。


「それじゃあひとますは解散だな。

 5日後に再集合を目途に立てるとして、アベスタは発見次第連絡をくれ」


「手段は?」


「マサシにも伝えたが朝と夕方‥‥‥大体ヤユの刻ぐらいには必ずここに来るようにする。

 そこで話すか、或いはそこの掲示板にでも書き留めたものを貼っておいてくれ」


「了解した。

 では早速行ってくるとしよう」


 ヒラヒラと手を振ったアベスタはそのまま影へと溶けていくように姿を消す。

 立ち上がってアイーシャが軽く首を回し、さてと言って面々を見渡す。


「のんびりやっていくとしようか」







 ◇◆◇







「あぁそうそう。実はツッコミそびれた部分があったんですが」


「つっこ───?まぁ良い、なんだ?」


「実はこの国、だけに限りませんがこの世界のいくつかの国でもお偉いさんの子どもが旅に出ることは珍しくなくてですね」


「‥‥‥ん?」


「可愛い子には旅をさせよと言いますか、外に出して力を付けさせるのも教育の1つとみられてまして。

 だから、まぁ。大変言いにくいのですが‥‥‥」


「‥‥‥」


「実はアイーシャさんのプッドヤ顔解説はクク少しイダダダダ!!!

 ちょっ!顔!顔がァアアアア!!!」



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