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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
33/51

第三十三話

 

「初めまして。私の名前はボースタニア。諸君らをこの世界に呼び寄せた者である」


 光が晴れる。困惑する思考の中、不意に声がかけられた。

 視線を向けると、そこには豪奢な椅子に腰かける1人の男の姿があった。


 若い男だった。白金を思わせる輝きを宿した髪。そこに乗せられた煌びやかな王冠。

 それとは裏腹に纏う衣服は簡素なものだ。しかし表面を艶やかさから、ポリエステル製じゃないんだろうなとぼんやり思った。

 ボースタニアと名乗ったその男は優し気な、しかし凄みを纏わせる重厚な声で続ける。


「突然で申し訳ないことは承知している。しかし、どうしても我々は諸君らの力が必要だったのだ」


 悲し気に目を伏せたボースタニアは、次の瞬間には力強い視線をこちらへ向ける。ころころと表情が変わる男だ。


「どういうことだ!?」


 1人の男子が絶叫じみた声で問いかける。その声でようやくここにいるのが自分だけではないことに気付いた。


 ゆっくりと視線のみで周りを探る。どうやらここにはクラスのメンバーが全員いるらしい。皆が呆然とした様子で、正面にいるボースタニアへ視線を向けていた。


「ふむ。どういうことだ、とは?」


「何もかもだ!訳が分からない!何だこれは!?お前たちは何だ!?何が目的なんだ!?」


 最早悲鳴に近い声。ようやく周りも事情が呑み込め始めたのか、困惑の声が上がりだす。中には既にすすり泣く声も聞こえてきた。

 いよいよ不安が頂点に達しようかというその時。


 パン!と乾いた音が響く。


 ボースタニアだ。彼が手を打つと、場が瞬時に静まり、皆の視線が一斉に彼へ向けられた。

 視線を向けられた彼は、しかし僅かにも身じろぎしない。そうだな、とどこか余裕すら窺える様子で顎を軽く撫でた。


「では順を追って話していこう。

 まずは、我々が陥っている現状だ」


 そう言って彼は指を1本立てた。


「まずはこれだけを伝えておきたい。我々。この世界は非常に大きな危機に瀕している。

 そうだな、3000年前、この世界には『魔王』と名乗る者が存在していた」


『魔王』。ゲームなどで聞いたことがある。

 その言葉で何となく察した。察してしまった。俺達が何故呼ばれたのかを。何を求められているのかを。


「『魔王』は強かった。その有り余る武力をもって瞬く間に世界を呑み込み、人類は壊滅寸前まで追い込まれた。

 いよいよ、という時だった。人類からある存在が生み出される。

『勇者』オラシル。魔王大戦と詠われる戦いに終止符を打った英雄だ。

 オラシルは人類を束ね、亜人すら共にし、遂には己の命と引き換えに『魔王』を討伐するに至った」


 だが、と彼は続けた。


「討伐されたと思われた『魔王』。しかし、それは完全な討伐ではなかった。

 魔獣と呼ばれる存在の活性化。魔境領域の出現。それらが感じさせていた予感は、確実なものとなった。

『魔王』が復活したのだ」


 ダン!とボースタニアが力強くひじ掛けを叩く。その瞳には力強い光が宿っていた。


「我々は負けるわけにはいかない。かつての英雄の意志を受け継ぎ、今度こそ『魔王』を討伐してみせる。

 しかし、だ」


 残念ながら、と彼はゆるゆると首を振った。


「我々には力がなかった。強者はいる。それでも『魔王』を倒すには至らないだろう。

 故に我々は伝承を頼った。かつての英雄たちが、もしものために残した伝承だった。それはこの星とはまるで別の星に『勇者』がいるというものだった。

 歓喜したよ。これならば確実に魔王が討てると」


 君たちのことだ、と彼は小さく笑った。


「召喚は成功した。異なる世界から我々は『勇者』を呼び出すに至った。

 だが我々に出来ることはそこまでだった。我々には君たちを縛る術はない。故にこそ、私は首を垂れ、希おう」


 ボースタニアはゆっくりと頭を下げる。王であり、その立場に相応しいカリスマと振る舞いを見せていた彼がだ。

 突然の事態に固まる俺達に、彼は下を向いたまま言葉を続けた。


「どうか。どうか『魔王』を討伐するために力を貸していただけないだろうか?異界の『勇者』たちよ」


 彼の言葉には切実な響きがあった。どうする、と互いが何とはなしに視線を交わし合う。

 1人の男子が恐る恐る口を開いた。


「『勇者』って‥‥‥けど、俺達はそんな力なんて‥‥‥」


 そうだ。何の間違いか知らないが俺達にそんな力はない。俺を含め、そこらの不良にすらビビッて喧嘩を売れないような奴等ばかりだ。世界を救う?『魔王』を倒す?無理に決まっている。

 同意を示すように、静かに頷く者もいた。


 そんな中、彼は否と力強い声をあげた。


「君たちには間違いなく力がある!この召喚が成立したことが何よりの証拠であるが、より確実な証拠が必要だろう。

『ステータス』と言ってみてくれ」


 言われるがまま『ステータス』と声に出す。すると、


「───ッ!?」


「それが君たちの力を表したもの。『ステータス』だ。

 そこには君たちの身体能力。そして『スキル』と『称号』が表示されている筈だ」


 驚き、咄嗟に周りを見渡す。どうやら他の人たちも同様に唱えたのか。皆が目を見開いて虚空を眺めていた。

 成程、どうやら『ステータス』は自分のしか見れないらしい。そんなことを僅かに残った思考の中で考えつつ、視線を下に落とす。

 筋力、とか敏捷力とか。恐らくこれが身体能力を表すものなのだろう。その横にはそれぞれの数値が記されていた。


「『ステータス』の1番下に記載されている『称号』の欄。そこに刻まれた『勇者』という文字こそが、君たちを『勇者』足らしめているものであり、何よりの証拠だ」


 確かにあった。しかし、そうは言われてもまるで現実味がない。

 ホログラムを用いたドッキリです、と言われた方がまだマシだ。そこの壁の影から看板を掲げた人がやってきて笑いながら───


 いや、もう心の奥底では理解していた。しかし頭がそれを受け付けない。


「何だ、これ」


 気付けば声を出していた。

 皆の視線が集まるのを感じる。しかし気にすることなく言葉を続けた。


「訳、分かんねぇよ。ハハッ。何だコレ?『勇者』?『魔王』?

 ハハッ。笑えるぜ‥‥‥」


 咄嗟に顔を手で覆う。胸の奥底から出てくるこの感情を、何と形容すべきか。


「知らねぇよ。意味わかんねぇよ。だって。だってよ。さっきまで教室にいたんだぜ?授業を受けて。休み時間何しようかって考えてて。弁当は何だろうなって。放課後何しようかなって。

 なぁ。何だよコレ?」


 怒り?悲しみ?諦観?或いは喜び?


 違う違う違う。何だ。何だこの感情は?


「ハハッ。訳分かんねぇ」


 結局零れ落ちたのはそんな言葉だった。要領をまるで得ない。ただ吐き出した言葉。

 しかしそんな言葉をボースタニアは真摯に受け止めた。


「気持ちは分かる、とは言い難い。呼び出したのはこちらであり、また背負わせる事情もこちらのもの。全ての責はこちらにある」


 だからこそ願うのだ、と彼は言った。


「どうか、と。君たちの善意にすがるのだよ」


 誰も言葉を発することはなかった。







 ◇◆◇







「とまぁ、ここまでが俺達が召喚されてからの流れなわけだ」


「ほぉー」


「‥‥‥あんまり興味なさそうだな」


「実際にどうでも良いしな。というか退屈だ。

 まずお前らは何故その王の言葉を受け入れたのか疑問だ。そもそも魔王か?それを倒すのにわざわざ他所の世界の力を借りなければいけない理由がわからん」


 フン、と彼女は鼻を鳴らす。


「滅びがあるのであれば受け入れるだけだ。それが弱さを理由とするなら尚更。

 それを受け入れたお前たちは一層理解しがたいがな」


「‥‥‥耳が痛いよ」


 顔を僅かにしかめ、後頭部を掻く。確かにそうなんだろうな、と彼は独りごちた。


「混乱はあった。そこに付け込まれた気もする。

 けど間違いなく浮かれていた部分はあったんだ」


 だって異世界だぜ。と彼は嬉しそうな、悲しそうな表情で続けた。


「想像はしたけど実在するなんて思っちゃいない。SF───ってもわからないか。空想上の世界だ。そんなところに行って、しかも勇者!

 これで心躍らない奴がいるかよ!」


 声を上ずらせ、いかにそれが楽しいものであるかを語る彼の姿は、アイーシャから見ればどこか滑稽に思えた。

 そして、そのことを彼自身も理解していた。


「初日は散々だったよ。与えられた部屋でベットに転がってよ。天井をぼんやりと見つめながら現実、というか元の世界を考えちまうんだ。

 宿題とか。晩飯とか。両親、とかさ‥‥‥」


 んで、と彼は続ける。


「そっからよ。この世界が本物だってことを徐々に理解し始めて。色んなことを知りだして。

 今の世界の形。歴史。金とかの一般常識。戦い方。生き方‥‥‥

 俺は。っていうか俺達、かな。はじめて殺しっていうことをやったんだよ。動物相手で、しかも食うためだけどよ。はじめての殺しだった。

 今思えばそこからだったんだろうな。皆可笑しくなり始めてよ」


「ほぅ」


「何ていうかな。あんまり拒絶しなくなったんだ。それは殺しとかもそうで。普通になっていった。俺もだけどよ。殺しだけじゃなくて、何するにも抵抗がなくなってきたんだ」


 魔力を使う事。武器を振る事。怪我を負う事。傷つける事。


「慣れたんだって思ってた。この世界ではこれが当たり前だからって」


 だけどそんな中だった。


「たった1人だけ。自分を持ってた奴がいたんだ。

 必ず元の世界に戻るんだって。殺す前には必ず涙を流して、怪我することを誰よりも嫌い、させることを嫌ってた奴が」


 花森(はなのもり) 風香(ふうか)


「俺の。この世界に残っていた(・・)唯一の、大切な存在だ」


 強かった。誰よりも強かった。

 恐がりな癖に。痛いのが嫌な癖に。武器を振るう事だって躊躇うくせに。彼女は誰よりも強かった。


「理由は明らかだった。アイツは、誰よりも努力していた」


 魔術も武術も。彼女はやがて勇者の中で最も強い勇者になっていた。


「アイツが居たから、俺はまともに戻れた。帰ろうって思えた。他にも何人かいた。殺すことを躊躇うようになったもの。疑問を抱き始めたもの‥‥‥

 次第に俺達の目標は固まっていった。

『元の世界に戻る』

 ただそれだけを目指して、俺は生きてきた」


 そんな時だった。


「風香は、死んだ。

 今でも覚えている。迷宮の探索中だった」


「ちょっと待て」


 京の話を遮り、アイーシャが口を開く。その顔は疑問に彩られていた。


「迷宮?それはこの帝国にしか存在しないんじゃ?」


「そう、なのか?

 でも確かアイツは迷宮だって‥‥‥何かの間違いじゃないのか?それとも俺の聞き間違いか‥‥‥」


「───」


 アイーシャは軽く顎を撫でる。しかし答えは出ないと判断し、顎をしゃくって話の続きを促した。


「?まぁ、良いか。

 あぁ、で続きだな。続き、か‥‥‥」


 何かを思うように京は小さく口を開閉させる。

 やがて静かに目を瞑ると、彼はゆっくりと喋りだした。


「鍛錬の一種だと言っていた。クラス───あぁ集められた勇者を2つの班に分けてな。

 俺と風香は別々の班になったんだ。で、俺達は違う迷宮へと入っていった」


 迷宮の探索は順調だった。召喚されて随分と日が経っていたこともあり、戦闘面においては問題なかったと言えよう。『勇者』として呼ばれたからか、元の世界にいた時よりも戦うことに対して遥かに馴染みやすかった。

 そして迷宮から出た後。班同士が合流した時だった。


「誰もが、暗い顔をしていた」


 理由は簡単に察することが出来た。何故ならば初めてではなかった(・・・・・・・・・)からだ。


「誰、だ?」


 乾く唇を軽く湿らせ、震える声で俯くクラスメートに問いかける。虚ろな表情で顔を上げたその男子生徒は、静かに答えた。


 風香


「呆然、としたね。

 到底現実とは思えなかった」


 詳しく話を聞くと、どうやら迷宮探索中に予想外の強敵に出会ったとのこと。そしてそんな敵から皆をかばうために彼女は───


「悔しかった。泣き叫んだ。拳が砕けるまで何度も地面を叩いた。何度過去の自分を呪ったか。何故一緒に行かなかった。何故一緒に戦えなかったのかって。

 けど、けどな。受け入れられたんだよ。初めて(・・・)じゃなかったから。覚悟はあったんだ。だから、心のどこかでは諦められてたんだ‥‥‥」


 瞬間、京の身体中から魔力が迸る。

 込み上げてくる怒りを懸命に呑み込み、彼は吐き出すように吼えた。


「だけどだ!違った!違ったんだ!彼女の死は!全て!全て仕組まれていた!」


 それを知ったのは僅か数日後。それは全くの偶然だった。


「笑っていたッ!アイツは!笑っていたんだッ!!!」


 今でもよみがえる下品な笑い声。訓練場で問い詰めると、彼は笑いながら真相を突き付けてきた。


 あぁ、そうだよ俺だよ。いや高難易度のモンスターがどの程度だったか知りたいってのがあったけどよ。

 二村の能力知ってるか?アイツの力を使って、こうちょちょいとよ。呼んでやったんだ。

 そしたらまぁつぇーのが出てきてよ。ほぇーって感心してたら。

 笑えたぜ!ここは私がぁ~って言ってきてよ!

 馬鹿だよな!テメェを殺すために呼んだんだっつうの!いやここまで狙い通りだと笑いが止まらなくてよ!後ろからブスって刺した後、有難く置いて逃げてきたぜ。あの顔!途中何度笑いそうになったか!

 戻ってみたらよ。まぁボロボロのゴミが転がってて。あんまりにも臭かったからちゃーんと焼いてやったぜ。優しいだろ?こう手を合わせてよ。感謝感激!お蔭でこのクラスは俺のもの!って。


 コイツの狙いはクラスを支配することだった。そのために自分より強い奴が邪魔だった。それだけの理由だった。


 ───お前は、彼女を殺したのか?それだけの、理由で?


 ───んー?おいおいおい、それだけって。俺達は勇者だぜ。その力を自分の、俺のために使うことが出来るんだ。そんなもん欲しくて当然だろ。


 その時、俺はどんな顔をしていたのだろう。にやけた笑みを貼りつけながらこちらへ寄ってくる彼を、俺はどんな顔で迎えていただろう。


 ───しかしよく気付いたな。まぁどっかの馬鹿が漏らしたんだろうが。再教育しとかねーと‥‥‥んで、あぁ。まぁ相談なんだけどよ。


 そう言って彼は馴れ馴れしく俺の肩へ手を回す。


 ───正解者にはご褒美をってやつ?をくれてやろうと思ってよ。

 好きな女のタイプ、あぁ名前でも良いぞ。やるよ、お前に。


 ───は?


 ───ん?じゃあ金か?そいつは今すぐには難しいけど。まぁ良いぜ。どうせすぐに手に入るからよ。


 ナニヲ?イッテルンダ?

 反応の無い俺を見て、彼はつまらなさそうに鼻を鳴らすと離れていく。


 ───ま、適当に決めとけよ。あぁもう一度言っておくが、言いふらすって選択肢は無いぞ。

 お前意外の奴等、普通に知ってるからよ。


 ─────────


 辺りを見渡す。否定の声は上がらず、同意を示すように下を向く。中には彼女の考えに賛同していた者もいた。その事実に愕然としながら、再び彼の方へ眼をやった・


 ───言っただろ?焼いたって。他の奴等の目の前でな。その時によ。かるーく説明したやったんだ。

 つか、その感じ。朝倉の言う通りだったな。まーさかデキてるとは思ってなかったぜ。そいつは、悪いことしたワナ。

 落ち込むなって。代わりの女ならまだいるからよ。


 まるで慰めるように、なんてことの無いかのように軽く俺の肩を叩く。そしてそっと耳元へ口を寄せると、


 ───ま、ドンマイ。


 歯を剥き出しながら彼は笑う。


 瞬間、プツリと音が鳴り、




 意識はそこで消えた。




「その後、何か叫んでた気がするんだけど‥‥‥良く覚えていない。気付けば俺は闇の中にいた。

 死んだわけじゃないのはすぐに気付いた。痛む身体を引きずりながら手探りで進むうちに、ようやく明かりがあるところに辿り着いてよ。

 最悪だったぜ。碌に飯も水もない。あったのは痛みと、脳がはち切れそうなほど怒りだけだった」


 僅かな明かりの下、壁にあった苔をむさぼりながらただその怒りだけを煮詰めていた。


「そっからは、まぁ大体予想がつくだろ。

 奥底でアベスタと会って。そっから這い上って。

 んで、お前を襲った理由なんだが‥‥‥」


「その男と似ていた、か?」


「正確には髪の色だけだがな」


 しかし思い起こせば奴の髪色は赤。彼女のような深い紅とはまるで違っていた。

 とんだ勘違いもあったもんだ、とアイーシャは鼻を鳴らした。


「んで勇者全員を憎むようになったと」


「そうだ!」


 口に出した瞬間。抑えていたものが一気に噴き出してくる。


「俺は!奴等を許さない!あの男も!見て見ぬふりをしていた奴等も!彼女に助けられたくせに助けなかった奴等も!

 全員だ!全員殺す!必ず!どんな奴だろうと!俺が!必ず!」


 一言一言。吐き出すごとに迸る怒り。目の前が再び真っ赤に染まりかけたとき、


「───ッ!?」


 背筋が凍り付くような感覚。パッと顔を上げると、そこにはつまらなさそうに口元を曲げる彼女の姿があった。


「ぁ‥‥‥」


「フン。ま、下らない話だったな」


「───ッ」


 怒号を上げかけた口を閉じ、唇を噛む。漏れ出たのは力ない言葉だった。


「ははっ‥‥‥まぁ、アンタから見れば───」


「勘違いするなよ」


 やはり彼女はつまらなそうに、しかし強い口調で続けた。


「展開なんざどうでも良い。俺が真に知りたいのはお前の怒りの理由だった」


 足を組み、鼻を鳴らす。


「ありきたり。ありふれてつまらないもの。

 お前の怒りは、ただの弱さが理由だ。否、この世ほとんどの怒りがそうであろう」


 故につまらない、と。


「異世界の勇者だ。もう少し、別のを期待はしていたが‥‥‥」


「ま、待ってくれ。

 弱さが、原因?俺の?」


「他に誰のがあると?」


 目を見開き問いかける京にアイーシャは冷たく返す。簡単だ、と彼女は指を立てた。


「強ければ二手に別れることは無かった。拒絶することが出来た。或いは会いに行くことは出来た。一緒に戦うことが出来た。力を受け渡し、万が一に備えることが出来た。

 いや、それ以前に。この世界に留まることを拒絶出来た」


 そのあまりの言いざまに、ただ呆然と口を開く。首を横に振り、滅茶苦茶だと弱々しく呟く。


「無理だ。いや、それ以前に───」


「無論。たらればだろう。だが事実だ」


 強く断定する彼女の表情には一片の揺らぎはなかった。


「お前の怒りは己の弱さが理由だ。己の弱さを、他人に押し付けているだけだ」


 とはいえだ、と彼女は笑った。


「怒りとはそういうものだ。それ以外の怒りを掲げるものなど俺は1人(・・)しか知らない。

 だが自覚するといい。全ては己の弱さがあり、そこから起因するのだと。

 だから下らないと断じただけだ。

 あぁ。安心しろ。お前の怒りを、俺は肯定する」


「ぇ‥‥‥ぁ‥‥‥?」


「いいや。ふむ‥‥‥

 理由こそ下らない。展開はありきたり。だが背景が愉快だ。戦うことのなかった者の怒りの末路か。興味深い‥‥‥」


 下を向きぶつぶつと呟く彼女の姿に、京は声をかけることが出来なかった。

 少し経ち、思考を終えたアイーシャがゆっくりと顔を上げる。その爛々と輝く瞳を見た瞬間、言い様の無いほどの感情が背筋を走り、思わず喉を鳴らした。


「選択肢をやる。

 俺につくか。死ぬか」


「───ッ───は?」


 マジだ。こいつの言ってることはマジだ、と京が内心絶叫する。

 しかし、当然そんな彼の内心などは露知らず。彼女は愉快そうに続けた。


「俺は、お前の怒りの末路を見てみたいと感じた。

 怒りに囚われ、復讐に生きた人間を何人か知っているが、果たしてお前はどうなのかと。

 それとあの女。アベスタと言ったか。アレも気になるな。影を使う者など見たことも聞いたこともない」


「‥‥‥従わなければ殺す、か」


「無論。生かしておく理由がない。殺す理由もないが‥‥‥ま、気分だ」


「───ッ!?」


 選択の余地などない問いかけ。断れば、間違いなく死ぬ。

 或いは、全てを出し切れば逃げ切れないこともないかもしれない。だが───


「フフッ。そうだな、代わりにと言っては何だがお前の復讐を少しは手伝ってやろう」


 思考を妨げるように投げかけられた言葉。思わず勢いよく顔を向ける京に、アイーシャはくつくつと笑った。


「あくまでも殺す機会をやるだけだがな。それに、いずれ神聖王国にも行くつもりだ。

 そこで存分に会うことが出来るだろうよ。

 何よりも、俺はお前を強くすることが出来る」


 疑問を、疑念を感じるよりも早く。

 スッ、と差し出された手のひらに、彼の視線が固定される。


「俺の下につけキョウ」


 手のひらから視線を外し、気付けば立ってこちらを見下ろしていた彼女の顔を見上げる。

 瞬間、ゾワリと駆け上がるモノ。それに逆らうことなく、ごく自然に、彼は彼女の手を取っていた。

 それでいい、と彼女は口を動かす。


「下につけと言ったが俺の言うことに従う必要はない。俺から与える条件はただ1つだけ。俺の『冒険』を邪魔するな」


「ぼう、けん?」


「この世界を廻る。未知を探求する。未開の地へ足を運ぶ。まだ見ぬ強敵を探す。意味としてはそのどれもだが、それさえ邪魔しなければ問題はない。

 故に、ついてくるかもお前の自由だ」


 ただ、と彼女はニヤリと口の端を歪めた。


「離れた時はお前の一切を保障しない。敵であれば当然。或いは道中で気分だったというだけで殺すかもな」


「‥‥‥はっ」


 酷い脅しもあったものだと、空いている手で後頭部を掻く。とはいえ、その心配は無用というものだろう。


「ついていくよ。お前は、約束を破らなさそうだしな」


「フン」


 面白くなさそうに鼻を鳴らす彼女の姿に、京が小さく笑う。ジロリと視線を向けられると、慌てて視線をそらした。


「‥‥‥ところで、いつまで俺の手を握ってるんだ?」


「───ッ!あ、あぁ!悪い悪い」


 あたふたと慌てて手を放すと、フゥと息を吐く。そんな彼の姿を見て、彼女は口の端を小さく吊り上げると、


「何だ?もう少し握ってたかったか?」


「バッ───

 ゴホン!ッまぁ。あれだ。取り敢えず、よろしく」


「クックッ。あぁ、そうだな。

 と、そういえば名乗るのを忘れていたな」


 そう言えば、と言われて京も思い出す。静かに向き直ると彼女はどこか誇らしげに、その名を名乗った。


「『冒険者』アイーシャだ」


「『元勇者』京だ」


 再び軽い握手をかわす。この世界にも握手っていう文化あるんだな、とぼんやりと思っていたその時だった。


「あぁ、それとな。お前が寝ている間だが、『勇者』を保護した。暴れるなよ?」


「へー。───エッ?」







 ◇◆◇







「中々愉快なことしますねぇ」


「そうか?」


 宿屋の一室。アイーシャは手にした果実を頬張りながら答える。

 因みに腰にはミルシィが抱き着いている。なんでもあの勇者とイチャイチャしていた罰だとか。


「そろそろ離れろ暑苦しい」


「嫌です」


 ぐいぐいと引っ張っても剝がれない彼女に諦めながら、再び果実を口に放り込む。帝国で採れるロココの実というらしい。酸味が少し強く、彼女の好みに合っていた。


「で、何が愉快なんだよ」


「いえ、てっきりさっさと殺すものかと」


 あん?と疑問の表情をミルシィへ向ける。

 彼女の表情は真剣だった。


「だってアイーシャさん。認めてないでしょ?『勇者』って存在を」


「まぁ、な‥‥‥」


 流石に()を知っているな、と内心感心する。

 その通りだった。根本的に、アイーシャは『勇者』という存在を認めていない。

 だが、


「アイツは違う。元、だ。

 いや、それだけじゃないな。召喚された奴等ってのが余りにも酷い模造品だったから、だな」


 何てことの無い話。余りにも出来が悪すぎて逆に感心してしまっているだけだ。


「乞われ剣を取る勇者というだけではなく、あまつさえ呼び出されて押し付けられたものだ。

 そんなものに対して怒りなど覚えるはずがない。というより何の感慨も抱かん」


 興味を覚えたのはアイツの末路だけだ、と彼女は獰猛に笑う。


「怒りに呑まれ、道半ばで果てるか。それとも復讐を成就させ、その先に希望を見出すか───」


「───それは、自分を重ねているからで?」


「は───?」


 割り込まれ、告げられた言葉。

 その言葉に、彼女の思考が止まる。


 いや、これは───怒りだった。


「???」


 怒り。何に対して?こいつの戯言に対して?それとも別の?


 怒りの原因は己の弱さにある。それが彼女の信念だ。だがこれはどうだ。戯言を聞き流せるほどの強さが無かったから。ミルシィが口を開く前に閉ざすことが出来なかったから。

 或いは───




 ───ァァアアアアアアア




「───ッ!?」


 鋭い頭痛と共に脳裏を過る光景。あまりにも一瞬で、記憶にすら残すことは出来なかったが。

 そこでは誰かが叫んでいた。顔も知らない、誰かが。


「───シャさん!アイーシャさん!」


「っ‥‥‥あ‥‥‥」


 己の名前を呼ぶ声。ハッと我に返れば、心配そうな表情でこちらを覗き込むミルシィの顔があった。


「良かった。特に問題はなさそう───痛い!?」


「お前の、せいだろうがッ!」


 ミルシィの頬を思いっきりつねり上げ、彼女は息を吐く。


「何か知っているようだが‥‥‥不問にしておく。次は無いぞ」


「うぅっ。肝に銘じておきますぅ」


 赤く腫れた頬を撫で、涙声でミルシィは答える。

 兎に角、とアイーシャは続けた。


「アイツを連れていくことに異存は無いんだな?」


「えぇ、それは貴女の自由ですからね。尊重しますよ」


 だって貴女の冒険ですから、と良い笑顔を浮かべて告げる彼女にアイーシャは軽く嘆息する。


「だったらお前を真っ先に弾きたいんだがな」


「それは断固拒否します!!!」



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