第三十二話
「屑が」 「消えろよ」 「ゴミ」 「うぜぇ」 「死ねよ」 「死ね」 「死ね」 「死ね」 「死ね」 「死ね」 「死ね」 「死ね」 「死ね」 「死ね」 「死ね」 「死ね」 「死ね」 「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
「じゃあな」
チクショウ
チクショウ
俺は必ずテメェ等を
───殺す
───殺してやる
俺は───
『そのためだけに生きている』
◇◆◇
「ゴホッ‥‥‥ガッ‥‥‥」
朦朧とした意識がようやく働き出す。
同時に尋常じゃない程の痛みが走り、思わず体をくの字に折った。
「ガッ‥‥‥はぁ‥‥‥はぁ」
ギシリという音。背もたれを感じ、椅子に縛り付けられているのだと理解するまでに僅かな時間を有した。
何が‥‥‥疑問に感じ、苦悶の表情を浮かべたまま顔を上げると、
「───ッ!?」
いた。
燃えるような赤い髪。
それを見た瞬間、頭の奥から湧き出てくる熱{}憎悪。
「何で‥‥‥お前がッ!?」
「───」
身体を動かそうと身を捻る。憎悪で塗りつぶされた思考は、自身が縛られていることを失念させていた。
大きな音を立て、無様に地面に投げ出される。痛みに呻くことなく、ただ激情のままに怒号を発した。
「アベスタァアアア!!!こいつを!こいつを殺せ!殺せぇえええええ!!!」
唾を散らしながら叫ぶ。その表情はまさに憤怒であった。
「あぁああああ!!テメェは!テメェを!俺はァアアアア!!!───ッ!?」
瞬間、腹部に走る鈍い痛みに息が詰まる。
意識が軽く飛び、視界が再びぼやける。
「グッ‥‥‥フッ‥‥‥」
こみ上げてくるものを逆らうことなく吐き出す。吐き出すものがなくなる頃には、既に体力は尽きていた。
「ッ‥‥‥ァ‥‥‥」
すぐそばから気配は感じるのに、追撃は不思議となかった。
呆然としつつ顔を上げる。ぼやけた視界が徐々に収まっていく。
「‥‥‥ぁ」
やはり最初に目に留まるのは赤い髪。それは変わらない。しかしどうだろう。よくよく見てみればその髪は記憶よりも深い色だった。紅、というのだろうか。
視線を下に落とす。顔。女だった。
「ち、がう‥‥‥」
違う。違った。目の前にいる人は奴ではなかった。
そこで意識は落ちた。
──────────
「んで、お前の主とやらはこうしてお眠りになったわけだが」
意識のなくなった男の髪を掴み、顔を上げさせる。白目を剥いたその表情に彼女は軽くため息を吐くと、ぺいと投げ捨てた。
「‥‥‥一応我が主なのだが」
「だから生かしておいてるんだろうが」
ったくと毒づき、アイーシャは頭を掻いた。
「言葉通り待った。だが襲い掛かられたから仕方なく撃退した。で、気絶した。
ならお前から色々聞くしかなくなったわけだ」
嫌な笑みを浮かべる。影から生まれたその女は軽く肩を竦めてみせた。
「ハッ!よく言う。
まぁ良い。話せぬのは事実だし、我も死にたくはないからな」
腰を下ろし、胡坐をかく。
まずは名乗っておこう、と彼女は前置いた。
「アベスタ。聞き覚えは?」
問われたアイーシャは記憶を探るように目を巡らす。やがて首を横に振った彼女を見て、アベスタは少し残念そうに笑った。
「そうか、知らぬか‥‥‥」
「何だ?有名人なのか?」
「否、そうではない。そうさな‥‥‥」
何かを思い起こすように顔を上げ、その後ゆるゆると首を振った。
「いや、奇妙な問いであったな。許せ」
「構わんが‥‥‥」
さて、とアベスタは手を打つ。アイーシャもまた彼女に合わせるように腰を下ろした。
「ふむ。ではどこから話そうか‥‥‥
そうさな、これだけは言っておこう。我が主は『勇者』と呼ばれていたそうだ」
◇◆◇
憎い
憎い
憎い
憎い
ただその言葉だけを吐き続けていた。
騙され、蔑まれ、殺されかけ
───大切な人を奪われて
奈落の底で俺は唯その言葉だけを吐き続けていた。
その憎しみが面白いと、彼女は言っていた。その言葉の意味は解らなかったが、お蔭でこうして力を手に入れた。
あの頃とは比べ物にならない程の力だ。奴らを殺すには十分だろう。
だが
その力は間違えたところに振るわれていた。
理性による静止が効かなかった。否、相手が何者なのかも認識していなかった。
不幸中の幸い、とでも言うべきか。その人は俺より強かった。笑ってしまう話だ。その事実に思わず安堵してしまったのだから。
最強の力を手に入れたと思っていて、負けて、普通ならショックを受けるだろうに。
人殺しにはなりたくない。そんな殊勝な心は持ち合わせているつもりはないが。
まだ無関係の人を殺すことにはどうやら抵抗はあるようだった。
まるで他人事のようだと薄く笑う。
いや、或いは既に他人事なのかもしれない。
奴等を憎む自分。普通であろうとする自分。
今もなお憎しみは心の奥底で燃え盛っている。恐らく、これは消えることはない。
だがせめて。せめて、それ以外であれば、
願わくば、普通でありたかった───
◇◆◇
ゆっくりと目を開ける。赤々と染められた光が目を軽く焼き、反射的に目を瞑る。
光から逃げるようにもぞりと身体を動かすと、柔らかな感触が肌を通して伝わった。
「アンタは‥‥‥」
「いよう。お目覚めか?」
身体を起こすと同時にぼやけた意識もはっきりとしてきた。
忘れもしない強烈な紅。赤く輝く陽光を背後にしてなおその輝きは失っておらず、彼女は不敵に微笑みこちらを見ていた。
「ククッ。どうした?間抜けな面をしているぞ」
「あ、いや‥‥‥」
気恥ずかしくなり思わず視線をそらす。いや、そうではないと軽い咳払いと共に居住まいを正した。
「まずは言わしてくれ。今朝は済まなかった。
人違いだった」
そう言って深々と頭を下げる。
ほう、と彼女は面白そうに笑った。
「人違い、ね。随分と殺気を撒き散らしていたが、人違いだと」
「‥‥‥」
頭は上げず、言葉も返さない。最悪、殺されるかもしれないという考えが脳裏をよぎったが、それでも体勢を崩さなかった。
「ふっ‥‥‥安心しろ。ここでお前をどうこうするつもりはない。
それに、理由はある程度あの女から聞いたからな」
情報源に心当たりはあった。が、それを特に咎めるつもりはない。
だが、と彼女は続けた。
「お前の口から聞きたい。
そうだな‥‥‥聞く権利がある、と俺は考えているがどうだ?」
暗に殺されかけたのだから、と言っているのは明白だった。
僅かな迷い。彼女は完全に部外者である。それに、話したところで何になるのだろうか?
いや、逆か。完全に部外者である彼女に話したところで、心にこびりついたこの憎しみが薄れることはない。それに───
この時を後に彼は笑いながら振り返る。打算的な目的は少なからずあったのだろう、と。
「解った、話す。話そう。
つっても俺は語り手じゃねーからな。気持ち半ばで───」
「御託は良い。とっとと聞かせろよ。
その愉快な愉快な話をよ」
愉快か‥‥‥
随分強烈な言い方だと内心苦笑を浮かべる。いや、他者から見れば実際にそうなのだろう。
「解った。解ったよ‥‥‥」
目を瞑り、思い出すようにしながら語りだす。
憎悪で満ち、唾棄すべき思い出を、ただ静かにめぐってゆく。
◇◆◇
名前は霧ケ峰 京。歳は18。至って普通の人間。地球という星の日本という国で、ごく普通の両親のごく普通の家庭で生まれたごく普通の人間だ。
顔:普通。運動:そこそこ。友達:それなりにいる。成績:中の上。趣味:身体を動かすこと。
うん。普通の人間である。
詳しい日付は忘れた。日差しが眩しい、夏の日だったのは覚えている。数学の授業だ。習っていた内容は‥‥‥複素数だったかな?
普段の一日とまるで変り映えしない日常だ。授業が終われば友達と他愛のない話をし、次の授業の準備を進める。次の授業は誰が当たったっけ。テストは無かったっけ。
あくびを嚙み殺し、時計をチラリと見る。まだまだ終わりそうにないなと感じ、再びあくびを噛み殺しながら板書を写していく。
後方では何人かがコソコソと会話をし、時折小さな笑い声が漏れてくる。前方では怒られることを覚悟したのか、爆睡をキメている者もいた。
ここで自分も寝てしまおうか。いやしかし怒られるのは嫌だな。そんなことをぼんやりと考えていたのは覚えている。
何故か。理由は直後にあった。
ぼんやりとした視界の端、不意に何かがよぎり思わず目を横にやる。しかしそこには何もなく、突然視線を向けられた女子が軽く首を傾げる。
気のせいか、と思い何もないことを示すように手を振り首を戻す。その瞬間だった。
光が教室を覆う。一瞬だ。一瞬にして視界が白く塗りつぶされ、
気付けば俺は異世界にいた。
──────────
「にわかには信じ難いが‥‥‥何だ。いわゆる転移魔術というものか?」
その問いに少し違う、と首を横に振る。
「正確には召喚、って言ってた。お前たちは召喚されたのだって」
「召喚ねぇ」
彼女は顎を軽く撫でた。
「まぁ良い。それで、その召喚された目的が───」
「『勇者』」
スッ、と彼女の目が細くなる。
「魔王を討つための『勇者』。それが俺。いや、俺達に与えられた役割だった」




