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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第三十一話

 

 この瞬間はいつも面白いものだとアイーシャは思う。

『自由人』という職業は軽んじられ、『冒険者』という言葉は嘲笑の意味でしかなくなった。

 しかし過去の『勇者』のお蔭というべきか、形は失えどその有り様は残されている。


 それを垣間見る瞬間。


 そろそろだ、という声を合図にアイーシャは身体を起こす。場所はアストライエの南東部。

 揺れの少ない馬車に感動しつつ、降り立った場所のすぐ目の前。


 そこにはこれまでの組合とはまるで違う、多くの人々で賑わいを見せていた。


「こいつは‥‥‥」


「おぉ~。立派ですねぇ」


 広場に置かれてある噴水。その向こうに佇む豪奢な建物。

 とても不人気職業のものとは思えなかった。

 もしやこれこそが勇者の残した遺産なのか。僅かに胸を高鳴らせるアイーシャであったが


「組合は探掘者と共同で使われている、というか完全に探掘者のものになっているからな。近年ますます人気になっているし、随分と稼げているんだ───どうした?」


「‥‥‥いや」


 現実は無情だなと息を吐いたアイーシャは、僅かに重くなった足取りのまま組合の中へ入る。豪奢かつ精緻な見た目とは裏腹に、中は活気に包まれていた。


「いつもこれだけの人が?」


「あぁ」


 凄いものだ、と彼女は静かに唸る。グレイもまた興奮を隠せない様子であたりを見渡していた。


俺達(・・)とは違う連中が多いな」


「探掘者になる方は、勿論同郷の方もいますが比較的一般から来る方が多いそうですよ。向こう側としても問題は起こしてほしくないでしょうし」


「成程」


 納得だとグレイは頷いた。


「おら、行くぞ」


 アイーシャの一声と共に彼女たちは奥へ進んでいく。見慣れぬ容姿であろう彼女たちに、しかし特に声はかけられることはなかった。


(こういう時は便利ですよね)


 最大規模の都市に相応しく人の出入りは激しい。観光目的、或いは噂を聞いて。ここの者たちにとっては別段珍しい光景でもないのだろうとミルシィは内心で首を振る。


 とはいえ突発的イベントもそれはそれで楽しいのだが‥‥‥


(やはりテンプレは外しませんからね。それを言えばあの男(グレイ)は特級にテンプレですが)


 そんなミルシィの内心とは裏腹に、アイーシャたちは何事もなく奥に置かれてある机の前に立つ。ようこそ、と笑顔を浮かべた受付嬢に早速とアイーシャは口を開いた。


「『奈落』に行きたいんだが」


「観光ですか?それとも探掘へ?」


「どっちも、だが‥‥‥強いて言えば探掘かな?」


「成程‥‥‥証はお持ちですか?」


「証?」


 何だそれは、と小さく首を傾げる。それを見た受付嬢はスラスラと答えていった。


「はい。『奈落』での探掘には特別な証が必要になります。いくつかの質問の後、実力を計るため簡単な実技試験を受けて頂く必要があります」


「どれぐらいで手に入るもんなんだ?」


「およそ4日ほどになります。お金の方はかかりません」


 どういうことだ、とブロウの方を向けば彼は困ったように頬を掻いた。


「忘れてた‥‥‥あ~、受付嬢さん。何とかならんか?」


 手を合わせるブロウに、しかし受付嬢は笑顔のまま、


「申し訳ありません。規則ですので」


 さてどうするか、と一行は揃って眉を顰める。

 ふーむ、とすこし悩んだ様子を見せたアイーシャはおもむろに懐からある物を取り出す。


「これだったらどうだ?」


「これは‥‥‥」


 自由人の───『冒険者』の証。受付嬢はしばらくそれを見つめた後、少々お待ちくださいと席を立った。

 待つこと数ミニ。席に戻った受付嬢は軽い咳払いをし、口を開いた。


「お待たせしました。はい、確認したところ問題なしとのことです」


「お───「ただし」」


 アイーシャの声を遮るように受付嬢は声を被せる。


「探掘者に与えられる特典───保険ですね。それらは一切貴女がたに与えられません。対し、探掘者に与えられている規律には遵守して頂く必要があります」


「内容は?」


「1つ。魔石は全て組合に売却すること。『奈落』の入り口付近に専用の場所が置かれていますので、そちらでよろしくお願いいたします。

 2つ。『奈落』内での探掘者、及び自由人との暴力行為、又それに付随する一切の行為を禁止しています。発覚した際は相応の罰があります。

 3つ。命に関する保証の一切を受け付けません。

 以上が『奈落』へ行く際の規律となります。何か不明な点はありますか?」


「死んでも自己責任ってことか?」


「探掘者や自由人による殺害であれば、殺害者への罰は履行されます。しかし殺害された本人の仲間、家族に対して補償等は行っておりません」


 分かりやすく単純である。要は、死ねばそれまで。


「理解した」


 確認を取るように後ろを向く。誰も特に疑問は無いのか、ただ静かに頷いた。


「んじゃ、明日にでも行くかね。ブロウ兄はどうする?」


「あー悪いが明日は用事があってな。同行は無理だ」


 なんなら別の奴を寄越そうか?と尋ねるブロウに、アイーシャは首を横に振る。対しブロウもそうかと頷くだけであっさりと下がった。


「行く際はこちらにご寄り頂くようお願い致します。通行書をお渡しいたします」


 言い終わり深々と頭を下げる受付嬢に了解の意を示し、背中を向ける。扉の外へ出れば中での熱気から一転、涼しげな風が頬を撫でた。


「じゃあまたな」


「あぁ」


 兄妹は軽い握手をかわした後、互いの手の甲を合わせる。それはアイーシャたちが育ってきた家ならではの挨拶であった。


「ま、無茶はすんなよ。母さんが悲しむ」


「ハッ。そういう人じゃないだろうが‥‥‥ま、精々気を付けるさ」


 それだけを告げ、アイーシャはブロウに背を向ける。そうだ、という声が背中からかけられた。


「言い忘れてた。今の帝都はちと微妙な雰囲気だ。

 夜には気を付けろよ(・・・・・・・・・)!」


 その言葉が、嫌に耳に残った。







 ◇◆◇







 明朝。

 流石にこの時間は早いのか、閑散とした組合へ足へ運び、そのまま『奈落』へと足を向ける。

 距離はおよそ60カーロほど。馬車を使ってもいいが折角だと一行は徒歩で向かうことにした。


「う~ん。気持ちいですね~!」


 気温は寒くもなく熱くもなく。僅かに射し込む朝日を木陰から感じながらミルシィはぐっと伸びをした。

 道中に特に危険な獣が生息しているという情報はない。整備された道もあったが、それでは面白くないと森の中を進んでいたが、


「中々快適だな。近くに川が流れているのも大きい」


「‥‥‥聞こえるので?」


「僅かにだがな」


 化け物ですねぇという言葉を流しつつ、歩を進める。森の道は整備はされていないが土壌は柔らかく、足にかかる負荷も少ない。何よりも生い茂る草木が彼女たちの心に安らぎを与えていた。


「ツワライの草。群草地なのかも」


 薬としても使われているその植物の主な用途は精神安定。紅茶などにしてよく服用されていた。


 道理で、とアイーシャは頷く。


「ま、何か面白い物でもと思ったが‥‥‥そんな気配はまるでないみたいだな」


「そういうのフラグって言うんですケド‥‥‥良いんですよ!こういうのんびりした感じで!」


「‥‥‥」


 後方で同意を示すように静かに頷くグレイ。そんな彼をキッと睨みつけると、ミルシィは軽い咳払いをし、諭すように口を開いた。


「良いですかアイーシャさん。この世には決して口にしてはならない言葉があります」


「はぁ」


「『やったか?』『いや、気のせいか‥‥‥』『助かった‥‥‥』です!」


「‥‥‥」


「こういう台詞を言った人はたいてい死にます。不思議な力(作者パワー)で死にます。そこに慈悲はありません」


「ん?」


 その時だった。何かを感じ取り、アイーシャが咄嗟に視線を巡らす。

 ミルシィはそれに気づいた様子もなく、言葉を続けた。


「良いですか。そもそもこういった言葉はですね───ん?何ですか?そういう思わせぶりな行動も───」


「いや」


 良く知っている気配。嗅ぎなれた、刺すような


 ───殺意


「気のせいじゃなさそうだ。下がれ」


 言葉を発すると同時に手に取った棒を振るう。硬質な手応えとともに地面(・・)から伸びてきたソレは弾かれた。


「なっ!?」


「ったく」


 棒で軽く肩を叩き、呆れたように息を吐く。目の前に広がっていたのは先をも通さぬ暗闇───影であった。


「ま、丁度退屈してたところだ。軽く遊ぼうぜ」


「あ、それも死亡フラグで───」


「ふらぐだかなんだが知らねーが───ッ!」


 腰を捻り、勢いよく棒を振るう。先ほどと同様、棒が当たったところは勢いよく弾ける。


 物理攻撃は有効、か。


「弱いやつが死ぬ。それだけだろ。どんだけ言葉を重ねようと何も変わらんよ」


 サーマ、ミルシィは待機と指示を出し、アイーシャは一歩前へ出る。

 影が僅かに蠢いた。


「やるか」


 風が吹き、アイーシャの紅の髪が横に薙ぐ。

 爛々と輝いた目を、実態なき影はただ静かに見つめていた。







 ──────────







 アイーシャに向けて伸ばされる影。

 攻撃方法は大まかに突きか薙ぎ払いか。体を捻り、攻撃をかわしたアイーシャは間髪入れずに棒を振るう。

 影が弾ける。僅かにひるむ様子を見せるがやはりというべきか、すぐさま反撃に出る。


 影の攻撃速度は大したものではない。余裕をもってかわしつつ、彼女は思考する。


(影全体に物理的な攻撃が効く訳じゃないのか?)


 アイーシャを追いかけ、濁流の如き進行を見せる影であったが、よくよく見てみると進行上にある木々は無事だった。しかし攻撃を加えれば確かな手ごたえがある。


(攻撃の時のみ実体化‥‥‥面白いな)


 そのような敵は()の知識にもない。口の端を僅かに上げたアイーシャはすぐさま身をひるがえし、影に向かって駆け出す。

 接敵まで数メル。アイーシャを呑み込まんとする影に対し、彼女は勢いよく棒を振るった。


 割れる影。その奥に1つの人影。


「よぉ」


 瞬時に最高速へ、間合いを詰める。

 男だった。驚愕に見開かれた彼の目を見て、彼女は静かに笑った。


「意外か?反撃されたのが」


 ドゴッ、と鈍い音。振りぬかれた拳が男の胴を叩き、息を吐き出させる。否、それすらも許さないというかのように掌底が男の顎を打った。僅かに宙に浮いた身体は、しかし痛みに麻痺し動かすことは出来ない。

 瞬間、再び鈍い音が男の耳朶を打つ。頬に刺さる草を感じる頃には猛烈な痛みが彼を襲っていた。


「ガッ───」


「じゃあな」


 一切の躊躇はなかった。倒れた男目掛けて振り下ろされる棒。

 男に当たるその直前、横合いから突き出された影に反応し、彼女は咄嗟に身を捻る。


(影は別───?)


 後ろへ下がり、油断なく棒を構える。気配は、ない。


(本体も影‥‥‥可能性はあるが)


 ジワリと。滲みだすように現れたその姿を見て、彼女は静かに息を吐いた。

 こちらは女だった。それも、影には似つかわしくない真っ白な髪を下ろした。


「■■■」


「あん?」


 女が口を開く。まるで聞きなれぬ言葉にアイーシャは眉を顰めた。


「ザ‥‥‥ア‥‥‥これならどうだ?」


 口元の形と、発せられてる言葉の音がまるで違う。不思議な感覚を覚える声だった。


「んで、お前は。いや、お前たちは何だ?」


「何だ、か‥‥‥確かにその質問は適切かもな」


 ふむ、と女は軽く顎を撫でる。


「そうさな。あぁ、だがそれを告げる前に」


 1つ息を吐き、彼女は両手をゆっくりと上げた。


「降参だ。我が主がこうなった以上、もはや戦う意志はない」


 後方から己を呼ぶ声がかすかに聞こえる。

 小さく鼻を鳴らしたアイーシャは棒を軽く振るう。ゴウ、と音が鳴り、同時にアイーシャの気配も小さくなった。


「ま、じゃあ取りあえず。色々と聞くことにするかね」


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