表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
30/51

第三十話

 

「オイオイ‥‥‥なんだありゃ‥‥‥?」


 眼前に広がる光景。

 どこまでも伸びていく大通り。幾つものそびえ立つ塔のような建物。

 いや、そこまではまだ良い。そこまでは。


 問題は‥‥‥


「あれは‥‥‥人、じゃないよな?見たことのない種族だが‥‥‥」


「んー?あぁ、ありゃ『バン』って呼ばれる奴だな。解りやすく言うなら機械兵‥‥‥いや、魔導兵?」


 首を傾げるグレッグを横に、アイーシャはその『バン』と呼ばれたモノを見開かれた目でジッと見つめる。

 静かに佇む様子にまるで人間味が感じられない。心を殺す、どころの話ではない。はじめからそんなものは無かったかのように見えた。


「ま、完全な自動制御の人形ってとこだな。この街の衛兵だ」


「人形‥‥‥鎧ではなく人形?」


「おぉ。中には誰も居ないって話だぜ。悪さをした奴に自動的に襲い掛かるって話らしいが‥‥‥実際に見たことはないな」


 アイーシャはより一層目を見開き、その人形を見つめる。

 一体どういう仕組みなのか、まるで検討がつかなかった。


 そんな彼女を上回る反応を見せる者が1人。


 ミルシィだ。


 驚愕だけではない。何かを思考するかのように、その瞳に真剣な光を乗せバンを見つめていた。

 そしてミルシィが何かを口に出そうとした時だった。


 グレッグがおっと、と声を出す。


「忘れてた。確かそろそろだな」


 その言葉と同時にカンカンと甲高く響き渡る鐘の音。

 何事かとアイーシャが尋ねるよりも早く、グレッグがこっちに来いと手招いた。


「この音が聞こえたらすぐに道の端によりな。正確には道に描かれてある白線よりも外側に、だな。

 ‥‥‥ほら。来たぜ」


 今度は打って変わって重く響く鐘の音。風を唸らせながら、ソレは来た。


 黒塗りの馬車。いや、家とでも言った方が良いだろうか。

 縦に長い箱を幾つも連ねた姿。幅は並の道であれば軽々と埋めてしまう程。先頭に取り付けられた金色の装飾が陽光を反射し、その威容を一層神々しく魅せていた。


 その物体は恐ろしい速度をもってアイーシャ達の目の前を通り過ぎていく。やがて少し離れた場所で止まったそれを、ポカーンとした表情で見ながら、彼女はようやく口を開いた。


「‥‥‥は?」


 堪らずグレッグが吹き出した。


「ブハハハハハ!良い反応だ!

 あれは魔導駆輪って言ってな。決まった場所にしか停車しねーが、馬車よりも遥かに速く移動が出来るもんだ。

 走ってる時間も決まっててな。予定されている停車場所で予め待って、専用の切符を買っておかないと乗れないんだよ。

 ま、機会があったら乗っとくと良い。中々の爽快感だぜ」


 僅かに熱が篭った声でグレッグが語る。通ずるものがあったのか、グレイが目を光らせながら疑問を口にした。


「切符はどうやって買えるんだ?」


「あー。停車場所──『駅』と呼ばれる場所で買えるぜ。そんなに高くねぇから安心しな」


「ほぅ‥‥‥」


 それを聞くと満足げに頷く。


「私が50年前来たときには、あんなものは無かった‥‥‥凄い‥‥‥」


 感慨深げに息を漏らすサーマに、だろうなとグレッグが自慢げに顎を撫でた。


「これも全て。現帝王の力があってこそだ。

 先代が力を注いだ魔導具の技術と知識。それらを更に上、いや上の上の段階へと導いた傑物だよ」


 その口調は誇らしさと、確かな尊敬の念が籠められているものだった。


「む」


 不意にグレッグが眉をひそめる。おもむろに彼は胸元から石のようなものを取り出すと、それを耳に当てた。


「ん?んー。了解した」


 二言三言話した彼は少し顔をしかめながらアイーシャに向き直る。

 どうした?と尋ねると彼は頭を軽く掻きながら、


「支店で少し問題があってみたいでな。ここでお別れだな」


 残念だとため息を吐くグレッグに対し、そうかとアイーシャは肩を軽くすくめる。

 そんな彼女に苦笑すると、


「そろそろ呼んどいた案内人も合流する頃だ。そいつに色々と案内してもらいな」


「お?そいつは有り難いな」


 パッと見ただけで広大とわかる都市だ。地図はあるが、案内する者がいればより楽になるというもの。

 素直に感謝を送るアイーシャに彼は何よりだ、と返す。

 さて、とあわただしく離れていく彼の後ろ姿を見送りながら、彼女たちはこれからの動きを決めるべく話し合う。


「つっても取り敢えず組合だな。資金はそこそこあるが、周辺の魔獣の情報が欲しい」


「その心は?」


「面白そうな敵がいるかもしれんだろう?」


 やっぱり、と呆れたようにミルシィは首を振った。


「戦闘を楽しむのも良いですけど、無茶はしないで下さいよ」


「わかってるわかってる」


 軽く流す彼女に、ミルシィは処置なしといった風に額に手を当てる。

 他の2人も特に反対する様子もなく、静かに頷いた。


「それじゃあ後は待つだけだが‥‥‥」


 その時だった。


「ん?もしかして‥‥‥アイーシャか?」


 不意に後ろから名前を呼ばれ、驚きの表情で振り返る。

 名前を呼ばれたからだけではない。それは良く知った声であった。


「そっちにいるのは‥‥‥ミルシィか!2人とも随分大きくなったな!」


「ブラノ兄‥‥‥!?」







 ◇◆◇







「そうか。グレッグの奴が連れてきたのはお前達のことだったんだな。

 いや、まさかこんなところで会うとはなぁ」


「そりゃこっちの台詞だぜ」


 先に腹ごなしだな、と入った店でブラノは感慨深げに息を漏らす。

 同感だとアイーシャ頷いた。


 ブラノはアイーシャの家の長兄である。まだアイーシャが小さい頃に家を出ており、手紙1つ寄越さない不出来な息子だと父がよく嘆いていたのを覚えている。

 それを指摘すると彼は痛いところをつかれた、と胸を押さえた。


「仕方ない‥‥‥そう仕方なかったんだよ。俺もめっちゃ忙しくてな‥‥‥」


 言い訳だなとブラノが首を振る。

 ところで、と彼は口を開いた。


「そちらの2人は?」


「ん?あぁ。俺の‥‥‥俺の、何だ?

 まぁ同行者だ」


「サーマです」


「グレイだ‥‥‥」


 サーマは無表情に、グレイはむっつりと自身の名前を口にする。とてもはじめて会った人に向ける態度ではないが、幸いにもというべきか、それを指摘する人はここにはいなかった。


「同行者‥‥‥傭兵でもやってんのか?」


「いや。『冒険者』だ」


 アイーシャが誇らしげに証を見せる。

 ほー、と驚いた表情をブラノは浮かべた。


「どんな突拍子もない職業かと思っていたが‥‥‥まさか自由人‥‥‥いや、『冒険者』か。

 お前らしいっちゃお前らしいが‥‥‥」


 兄としては複雑だな、と彼は困ったように頭を掻く。


「普通なら女の子らしいものにしとけと怒るべきなんだろうなぁ。いや、それ以前の問題があるのはさておき‥‥‥」


「ハッ!んなこと言われた日には脳天叩き割ってやるよ」


「‥‥‥お前、更に口が悪くなってないか?」


「む、そうか?」


 自覚無しかよ、と息を吐く。

 本当に困ったもんですよね~と言いながらミルシィがうんうんと頷いた。


「私も少しは乙女らしく振る舞えと言っていますが‥‥‥全然効果が無くて」


「‥‥‥『冒険者』を勧めたのはお前だろ」


「‥‥‥はて?」


 とぼけるミルシィの頭を掴み、ギリギリと力を籠める。聞こえてくる軋み声と呻き声をそっちのけに、彼女はそれで、と口を開いた。


「兄さんはどんな職業に就いたんだ?」


「ん?俺か?」


 聞かれたブラノが自慢げな表情を浮かべ、首元にぶら下がっている紐を手繰る。

 先に取り付けられていたのは小さな赤い宝石だった。


「2統公務官ジャーダ様の私兵をやっていてな。階級は見ての通り赤だ」


 言外に凄いだろう、という言葉を滲ませつつ笑みを浮かべる。


 認めるのは癪ではあるが、実際にかなり高位の職である。田舎から出た身であることも考慮すれば、その地位に至るまでの努力は相当なものだっただろう。


 帝国の階級制度は特殊だ。貴族の代わりに土地を治める『公務官』と呼ばれる帝王直属の部下は各自が私兵を持つことを許されており、それぞれが階級を表す『色』を独自の裁定で振り分けることが許されていた。色は全部で6つあり、上から黒、茶、赤、緑、青、白となっている。


 同様に各公務官にも階級制度が導入されており、そちらは色ではなく1~7統と『数字』によって分けられていた。

 また数字が小さいほど優秀であるとされ、1統ともなれば帝王の側近を許されるほどの才覚の持ち主である。


 話しぶりから現帝王になって階級制度が大きく変わった、ということもないのだろう。つまるところ、2統の赤というのはかなり高位であることは間違いない。


 しかし、


「街の見回りってのはあの人形がやってるんだろ?人間の兵士は何をやってるんだ?」


「はっはー。流石我が妹だ。痛いところを適切に突いてきやがる」


 冷や汗を浮かべながらブラノは、まぁ確かになと苦笑いをする。


「外から見ればそう見えるのかもな。だが、俺達にしか出来ない仕事もあるんだぜ」


 そもそも、と彼は続けた。


「あれは外との戦いには向かない。あくまでも内部を抑制するための力だ。んで、奴等には向かない仕事がもう1つ」


 一拍おき、自慢げな口調で彼は口を開いた。


「『奈落』の管理。それが俺達の一番大きな仕事だ」







 ◇◆◇







 帝国東部に位置する森林地帯。その内部に存在する大穴。


『奈落』


 絶界とたびたび比較されるその場所は、しかし絶界にはない特徴がいくつか見受けられた。


 大前提として、絶界とは『人類不可侵』の場所である。

 それは環境であったり、場所であったり。ともかくとして人類という種族が易々と踏み入れる場所ではないことが絶界の大きな特徴である。


 しかし『奈落』は違った。


 最低限の装備のみで容易く入ることが出来、何事もなければ(・・・・・・・)生還することも可能。そこに刻印のような特殊ない技術は一切必要なかった。


 そして、内部の環境。


 当然のように獣はいるものの、危険度は決して高いものばかりではない。


『奈落』は全体が迷宮のような形をしており、地下深くへと広がっている。深部に行けば行くほど危険度は高まっていき、現時点で確認されているのは55層とされていた。

 その危険度も環境によるものではなく、全てが出現する獣によるもの。つまるところ実力さえあればどんどん奥へと行ける場所であった。(とはいえ、すべての階層が明らかになったわけではないので、断言は出来ない)


 もう一つの特徴として、内部で得られる『モノ』にあった。


 この世界には『奈落産』と称される武具が存在していた。

 これは文字通り、『奈落』にて発見された武具のことを指してある。


 そう、武具。

 剣や弓、鎧や盾など。この『奈落』ではそのような豊富な武具を入手することが出来るのだ。


 それは『奈落』に生息する獣に由来するものである。

『奈落』には通常の獣とは違い、『魔獣』と称される獣が生息している。

『魔獣』の中には通常の獣とは違い、武具を使う者が多々存在していた。


 そして、何よりも大きな違いは、それら『魔獣』は『魔石』と呼ばれる特殊な石を内包していた。


『魔石』はこの国において最も重要な資源であり、これを求めて日々、大勢の人々が『奈落』に挑んていた。



 ──────ミルシィの手記より




「とまぁ、『奈落』についてはこんなところですね。魔石はこの国の資源として扱われますが、買収という形で国に回収されます。

 これが物によってはかなり高額で扱われているようで。魔石の売り上げだけで生計を立てている人もいるそうですよ」


「ほー」


 組合による道すがら、ミルシィに手渡された書類をパラパラとめくりアイーシャは感嘆の声をあげる。

 魔石の違いとそれによる値段の違いも書かれており、中々に興味深いものであった。


「『冒険者』じゃないのか?」


「うーん、ちょっと違いますね。彼らは『探掘者』と呼ばれています。

 魔獣の討伐だけではなく、『奈落』では鉱石も採れますからね。むしろそちらが本命というか‥‥‥」


 嘆くようにミルシィはぼやく。


「魔獣討伐は命がけですからね~。そのため鉱石集めの方が人気なんですよ。

 勿論いるにはいますが、そこまで深く潜らない人がほとんどですね」


 そのための俺達だ、と得意げにブロウは口を開いた。


「この街の私兵の仕事は大きく3つ。

 外敵への対応。ま、これは良いだろう。

『奈落』に出入りする奴らの管理。『探掘者』はならず者が多くてな。問題を起こさないかどうか目を光らせる必要がある。あとは魔石を持ち逃げしない奴がいるかだな。

 んで、こっちが大事になるんだが。魔石の採集、つまりは魔獣の討伐だ」


 魔獣は強い。並の人間ではまるで歯が立たず、そこそこの実力があっても単独では5,6層が関の山だろう。

 そのために、相応の実力が私兵には求められていた。


「ついでに言えば公務官も、なんなら帝王もこの『奈落』での力試しが求められていてな。

 そこに書いてある55層は今の帝王が踏破した階層だな」


「成程」


 ようは一種の試練であると。

 しかし、


「こいつは自然に出来たものなのか?」


「んー。ま、そのあたりは絶界と一緒だな。

 発生原因はまるで不明。そもそも、なんだってそんな迷宮に獣が住み着いてるのかだって謎だ。

 その獣が魔石を有しているのも謎。

 謎。謎。謎。全部謎だらけだ」


 だからな、とブラノは続けた。


「これはな神様からの贈り物なんじゃないか、と俺は思っている」


「カミサマ?」


「そうだ」


 すっ、と。彼はどこか遠くへと目をやる。不思議な光を瞳に湛えながら、彼はゆっくりと口を開いた。


「弱いはずの人間が強くなるための。

 どこかで誰もがわかってると思うんだよな。神様はいるんだって」


「‥‥‥さて」


 彼女は軽く肩を竦める。ブロウは恥ずかしそうに頬を掻いた。


「って、変なこと言ったな。忘れてくれ」


「‥‥‥」


 そうでもないかもな、と呟いた声はあまりにも小さく、彼の耳に届くことはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ