第三話
‥‥‥
「お!お目覚めになられましたか!いやーなかなかの衰弱ぶりでしたね~。びっくりしましたよ!」
んだ、ここは‥‥‥?
突如覚醒した意識。目の前に広がる真っ白な空間。そこに浮かぶ、一人の女性。
理解が追い付かない。いや、そもそも、
死んだ、んだよな‥‥‥?
内心で呟いてみると、不思議と納得できる。死んだ。そうだ、俺は死んだのだ。
勝てなかった。‥‥‥強かった‥‥‥
「うんうん。現状を理解できたようで何よりです!あ、まぁ何となく解ったと思いますが自己紹介だけしておきます!
私は女神!神様なのです!‥‥‥って、ちょっと!何ですかその目は!もしや疑ってますね!?」
成る程。これが白昼夢というやつか。しかし、死に際に見る夢にしては趣味が悪いな‥‥‥
「ちーがーいーまーすー!私は!ちゃんと!貴方の前にいます!だからその目を止めてくださいぃ!」
‥‥‥
「あ、止める気がありませんね。良いですよ良いですよ!‥‥‥慣れてますし‥‥‥」
寂しげにそう付け足す(自称)女神を見て、諦めたように息を吐く。
夢だろうが何だろうが、構いやしない。
そういえば、こうして落ち着いて誰かの話を聞くのは何時以来か‥‥‥
取り敢えず先を促すように手をヒラヒラと振る。すると(自称)女神は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「な~んだ。やっぱツンデレですね~!このこの!
‥‥‥あ、嘘です。嘘ですから止めてくださいその目は!心にクルんですよぉ!」
で、その(自称)女神サマは一体何の用なんだ?
「その自称ってのも傷付くんですが‥‥‥」
暫くぶつぶつと呟いていた女神(笑)だったが、やがて何かを決心したように顔を上げ、厳かな口調で語り出した。
「まぁ、良いです。
実は貴方にお知らせしなければならないことがあって、ここに呼ばさせていただきました。」
ほう
「それは───」
それは?
女神(笑)はそこで勿体ぶるように一拍開け、そして晴れやかな笑みと共に、
「おめでとうございます!貴方は転生対象に選ばれましたーーー!
わー!パチパチパチー!」
バカみたいなテンションで手を叩く女神(笑)
自分でも驚くほど無表情になっていくのが解った。
そうか
「そうかって、テンション低いですね!?転生ですよ!?転生!天文学的確率を貴方は見事引き当てたんですよ!」
みたいだな
「解っていただけましたか!あ、都合により世界を選ぶ事は出来ませんが、転生先の身体を色々と弄ったりする事が出来ますよ!
宇宙一の力とか!宇宙一の魔力とか!全智だろうが!
えぇ、えぇ!勿論容姿や生まれ、更には美人の幼なじみや、自分に無条件で恋する美少女まで!
いやー至れる尽くせるってやつですね!これはやらざるを得ない。あ、勿論、別の意味でヤッて頂いても良いんですよ!グフフ」
言語の間違いはさておき。
とてもカミサマとは思えぬ顔で笑う女神(笑)を眺めつつ口を開く。
それで、
「はいはい!何ですか何ですか!全部?勿論───」
帰るにはどうしたら良いんだ?
「‥‥‥ん?ん?ん?聞き間違い、ですか?可笑しいな。女神様は地獄耳と相場が決まっているのですが‥‥‥いや、この場合は天国耳?」
俺は死んだのだろう?なら、話は終いだ。さっさとこの生を終わらせろ。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥えーーーーーーーっと。転生、はします、よね?」
断る
「だが、断る!!!」
そう力強く断定する女神
有無を言わさぬその迫力に若干圧されるが、いやいやと首を振る。
どういう理屈だ‥‥‥
女神はビシッと指を突き付け、
「理屈も何もありません!貴方は転生をする!拒否権は認めません!」
オイ
「てゆーか!転生を拒否するなんてどんな神経をしてるんですか!?貴方は!?」
あ?
「人間は死を恐れる生き物です!二度目の生があればそれを望むものでしょう!?」
‥‥‥
「死に方がどうあれ未練が残る筈です!転生して人生やり直したいとか、そんな気持ちは無いんですか!?」
無いな
「えぇ‥‥‥」
他の人間がどうかは知らんが、少なくとも俺に未練なんぞ無い。カミサマなら解るだろ?
「‥‥‥いや、そんなバカな‥‥‥あれぇ?」
解ってくれたなら何よりだ。じゃ、さっさと終わらしてくれ
「いやいやいやいや!ちょっと待ってください!だって殺されたんですよ!?」
そうだな
「多くの者達から憎まれ、恨まれ、怖れられたんですよ!?それをやり直せるんですよ!?」
かもな
「なら───」
‥‥‥いつ頃からかは忘れた
「‥‥‥」
理由も忘れた。けど、何時からか俺にはこれしか残って無かったんだ
「知っています!えぇ知っていますとも!」
けどな、俺はそれを変えたいとは思わなかった。一度たりとも
「‥‥‥ッ」
死ぬのを怖れるとか言ってたな。違いねぇよ。あぁ、そうだ。俺は最後まで死ぬのを怖れていた。
死ねば全部が終わる。消える。無意味に。無慈悲に
「‥‥‥」
戦うときは何時も怖れていた。確実に勝てる戦いなんてありはしない。命懸けで来る以上、こっちも命懸けだ。生き残る為に強くなろうと鍛え続けた。
「‥‥‥」
恐れながらも、止めることは無かった。そんな壊れた殺人鬼の終わりがあれだ。五千もの英雄が命を懸けて俺の命を取りに来る。それに全霊をもって応える。
『死神』にしちゃ贅沢な終わり方だと思わないか?
「‥‥‥思い、ませんよ‥‥‥」
お前はそうだろうな。けど俺にとっては違う。恨みとか、怖れとかどうでもいい。最期に腹一杯に殺しあった。それで満足なんだよ。
それにな、
「‥‥‥何ですか?」
二度目の生があるってのはつまらんもんだ。一度きりの生だからこそ、それにしがみつこうと足掻く。全力を尽くす。生き残ることにすべてを費やす。
一度しか無いからこそ命を尊ぶ。んで、俺はその一度きりを全力で生きた。
二度目なんぞ求める意味がねぇ。
それに、どうあれ俺がやってきたのは殺戮だ。そんな人間が転生?バカバカしい
「‥‥‥違う。貴方が行ってきたのは殺しだけじゃない。貴方は、多くも救った。救ったんですよ‥‥‥」
‥‥‥
「だったら貴方自身も救われなきゃ可笑しいじゃないですか!?何で恨まれなきゃいけないんですか!?何で怖れられなきゃいけないんですか!?」
そりゃ有り得んな
「どうして!?」
救った?馬鹿言え。どんな形であれ救われたのはソイツ自身が頑張ったからだ。
俺に出来る事は壊す事だけ。その過程で救われたのだとしても俺の功績にはならんさ
「‥‥‥違う」
ま、そういう訳だ。転生の権利ってやつは、渡せるなら勇者にでも渡しとくと良い。アイツならそれこそ、多くを救ったやつだからよ。
「違います!」
鋭い口調。いつの間にか目の前にまで来ていた女神は、力強くそう言い切った。
そこに一切の虚偽は無く、心の底からそう信じているかのように。
「違いますよ。壊すだけ?たかが人間が、自惚れないで下さい。それは『私達』の特権です。貴方なんかが行えるモノなんかじゃない」
‥‥‥
「傍目から見れば、貴方は殺戮者だ。どうしようも無いほどの狂人だ。けれど、」
‥‥‥
女神は何かを思い出すように静かに目を閉じる。
「あそこに集った英雄達。彼等が最期に思ったことって何だと思いますか?恨み?憎しみ?
いいえ違います。悔しさと、感謝です。貴方を自分の手で討てなかった悔しさ。そして、多くを救ってきた貴方への感謝を抱きながら命を落としていった」
そうだ。俺には過ぎた者達ばかりだった
女神がゆっくりと目を開く。その瞳から涙がポロポロと零れていた。
「貴方は救われなければいけないんです。彼等の為にも、貴方自身の為にも」
‥‥‥不思議な奴だ。
どうしてコイツはここまで俺を生き返らせようとする。
普通であれば裏を探ろうとするが、コイツはどうも違うらしい。
勘だ。根拠なんて無い。
ならば、何故、と考える必要も無いのかもしれない。馬鹿みたいに素直に感情を吐き出すコイツに、理由を求めたところで仕方がないだろう。
あぁ、まったく‥‥‥
泣くんじゃねぇよ。調子狂うな
「泣きますよ!泣いちゃいけないんですか!?泣かせて下さいよ!
だって悲しすぎるじゃないですか!?そんなの。こんな、終わり方なんて‥‥‥」
プッ‥‥‥
「ぷっ?」
未だにえぐえぐと涙ぐむ女神が不思議そうな顔をする。その様子もまた相まり、
ククククク‥‥‥アハハハハハハハハハハハ!!!
「んなぁ!?」
泣いている姿を笑われたと思ったのだろう。涙を拭った女神がシャーッ!と言いながら牙を剥く。
違う違うと手を振りながら、それでもやはり可笑しいと彼は笑い続けた。
「ちょっと!それは失礼でしょ!?」
フゥ‥‥‥いや、すまんな。どうにも堪えきれなくて
「乙女心が傷付きました!責任を取って転生してください!」
オイ‥‥‥
いや、この際良いか。悪いが、どうにもその気がねぇ。
「駄目です!」
意地、なのかもしれんな?心が転生する事を否定してやがる。やり直しを拒んでいる。
いやはや、下らねぇプライドだよな。俺はどうしても、俺の生を否定したくはねぇみたいだ。
「拒否します!」
別の道だってあっただろうよ。
だが、俺はこれが間違っているとは思えねぇ。とっくの昔に忘れた俺が言ってるんだ。これしか無かった、ってな。
「黙って下さい!」
それにな、
「‥‥‥」
最後にアンタみたいなやつに会えた。こんな俺の為に泣けるやつに
ハッ!と彼は笑う。
望んじゃいねぇとは思っていたが。俺も人の子ってやつなのかねぇ。ありがとよ。女神サマ。
救いだってなら、もうとっくに救われてんだ。俺はよ
「貴方は───」
さて、要らんことまで言っちまったな。
話は終いだ。楽しかったぜ
そう言って彼は目を瞑る。間もなく来る死を恐れることはない。
死後の世界ってのがあるなら、先ずは挨拶回りだな等と考え彼は静かに笑った。
「認めません、認めませんよ‥‥‥」
何かを呟きながら女神が離れていく気配がする。
どうせだったら奴が何をするのか見てやろうと、彼は目を開いた。
此方に背を向け、宙に指を踊らしている。魔術的な何かか?その手に疎い彼は、興味本意に女神の指先をぼんやりと見つめていた。
「解りました。何を言っても、貴方は転生する気が無いんですね‥‥‥」
返答を求めた訳じゃないのだろう。彼もまた答えない。
互いに無言の静かな時間が流れる。
暫く経ち、女神が此方を向いた。依然として指は宙を指したままだ。
‥‥‥嫌な予感がする。女神は、どこかで見たことのあるような表情を浮かべていた。
いや、どこかなんてもんじゃない。何度も見てきた。
あれは、覚悟を決めた顔だ。
オイ‥‥‥
「えぇ、えぇ。解りましたとも。合意では駄目と。なら仕方ないですよね?」
オイコラ、テメェ‥‥‥
嫌な予感が強くなる。
「なら、これを罰としましょう‥‥‥その目で貴方が奪ってきた生をしっかりと見つめ直す。殺戮を繰り返してきた貴方にぴったりの罰です」
テメ───ッ!?
女神の指が再び踊る。その行為が何を指すのか理解し、止めようともがくも、
動け、ねぇ‥‥‥ッ!
「当然ですよ。だって貴方、只の思念体ですもの。身体はとっくに腐ってますよ」
話聞いてなかったのかよ!今すぐに止めろ!クソ女神!
「クソじゃありませーん!女神様で~す!勘違いしないで下さい!これは罰なんですから!」
んだと‥‥‥
「それに言いましたよね!だが、断ると!!!」
だったらさっきまでの話は何だったんだよ!?
「理由なんて、忘れた‥‥‥」
うるせぇえええええ!!!
「ハーッハッハッハァ!泣き顔を見られたのでおあいこです!貴方の感謝はしっかりと受け取っておきます!」
クソッ!───ッ!うご‥‥‥オイコラァア!!
「さ、てと。自殺でもされたら困るんで自殺出来ない呪いを‥‥‥いや、いっそのこと死に対する恐怖を目一杯高めて‥‥‥よし!オッケイ!」
大きく首肯くクソ野郎。いや、今は奴はどうでもいい。何とかして止めねば───
───フワリと浮き上がる感覚。
不味いと、直感的に悟る。その焦りが彼の口を動かした。
待て待て待て!オイ、クソ女神!
「なんですか?あ、チートはあげませんよ?罰なので」
ちーととか知らねぇ!けど良いのか?俺を生き返らせても!?
「?」
また殺すぞ!何人でも!それでも良いのか!?
半ばヤケクソの脅し。しかし、それを聞いても女神は顔色一つ変えず、
「構いませんよ?」
一瞬、思考が白く染まる。
は───?
「いえ別に。私、一度も殺しが駄目とは言ってませんし?」
───ッ!?お前、カミサマなんじゃねぇのかよ!?
「貴方が殺しを行ったところで死ぬ数なんてたかが知れてますし?」
そんな益体も無い言葉に、遂に絶句する。
「私が与えるのは転生先の世界と身体だけ。そこから先は貴方だけのモノです。自殺は封じましたが、他は縛りませんよ」
それに、とクソ女神は続けた。
「その先の生で貴方は変わることは無かった。変えることは出来なかった。それだけですよ。
貴方が気に病む必要はありません!しっかりと生きて、もう一度『生きる』ということを楽しんで下さい!」
そう言ってクソ女神は笑って見せる。
口元がひくつく。言葉が出てこない。
アホか、と毒づくことも出来ない。呆然とクソ女神を見つめるだけだった。
「と、言うわけでぇ!」
女神が拳を振り下ろす。
バリン、と何かが割れる音。視界が白に染め上げられていく。
消え行く意識の中、クソ女神の言葉だけがいやに鮮明に聞こえたのであった。
「行ってらっしゃい───!!!」
ブッ殺───────────