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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第二十九話

 

 青々とした空。のどかに駆けるそよ風。

 ガタガタと揺れる馬車に身を預け、アイーシャはポツリと呟いた。


「なんかずっと馬車に良く乗っているような‥‥‥」


「メタい発言はノーですよアイーシャさん」


「めた───ん?」


「ゴホン。いえ、何でもありませんよ」


 ユンゲルを発ち、早10日あまりが過ぎていた。もう少しだな、と地図を広げながらアイーシャがぼやく。


「暇すぎだな。まさかここまで問題なしとは」


「んー正確に言えば馬車に関する問題はあったんですけどね。平和なら良いことじゃないですか」


 それもそうだな、と鼻を小さく鳴らす。


 前方から馬のいななく声が聞こえてきた。危ない空気ではないなと判断したアイーシャはのんびりとした足取りで馬車を降り、前方へと向かう。


「休憩か?」


「んー?あぁ。目的地はもうすぐ、とはいえ急げば馬が潰れちまう」


 そう言ってグレッグが隣に立つ馬の背を撫でる。


「今日はここで野宿だな。準備はこっちで進めておくから、ちと待っててくれ」


 そう言われたアイーシャは、しかしゆっくりと首を振った。


「いや、こちらも暇すぎて体がなまっていてな。よければ手伝わしてくれ」


「本当か?悪いな、助かるぜ!」


 グレッグが親指を立たせて快活に笑う。軽く微笑んだアイーシャも応えるように親指を立たせるのであった。







 ──────────







「さて!お腹も膨れたことですし、ここらで軽く予習といきますか!」


「「「‥‥‥」」」


 食事をすませたミルシィが3人の方を向き、座るように促す。いつの間に用意したのか、その腕には分厚い紙束が用意されており、鼻の上にかけられた眼鏡をキラリと輝かせていた。


「では、これから向かうアストライエについてお勉強といきましょうか。

 お手元の資料をご覧ください」


「「「‥‥‥」」」


 3者は特に何も突っ込むことなく、言われた通りに資料に目を落とす。びっしりと文字が書き込まれたそれは、見ているだけで気が滅入ってくるものだった。


「‥‥‥俺は鍛錬があってな‥‥‥」


 小さく呟いたグレイが逃げるようにその場を立ち去る。隣を見ればサーマの姿も既になく、そこにはお昼寝してきますと書かれた張り紙だけが残されていた。


「‥‥‥俺も」


「待ってくださいぃ!アイーシャさんまでいなくなると私のここまでの苦労が台無しになっちゃうんですよぉ!?良いんですか!?良いんですかぁ!?」


「良いも糞もその努力を他に回せ!つうか見辛すぎた馬鹿が!

 グッ───無駄な馬鹿力を‥‥‥わかった!わかったから聞いてやる!だから鼻水をこすりつけてくるのはやめろ!」


 すがるミルシィの頭部に拳骨をいれ、諦めたように腰を落とす。エヘヘ、と涙をぬぐいながらミルシィは微笑んだ。


「もう!ツンデレさんなんだから♪」


「‥‥‥」


 もはや何も言うまい。ゴホン、と咳ばらいをしミルシィは口を開いた。


「まずは基本情報ですね。ラッデバイト帝国の総人口は1100万。大陸屈指の大国であり、超の字がつくほどの軍事国家でもあります。

 そして、これは一番の魅力でもあり強みでもありますが。帝国は徹底した実力主義を掲げた国でもあります」


 帝国が誇る実力主義は、想像以上のものである。能力があれば奴隷から帝王になることも可能であり、たとえ亜人種と呼ばれる種族であっても能力が認められれば王座につくことは可能である。

 また帝国には貴族制が存在しておらず、領土は全て帝王直属の部下が治めている。そのため無理な政策を実行でもしようものなら領主であろうともすぐに(物理的に)首が飛び、それは帝王の権威失墜にも直結する。

 それ故に帝王は各領土すべてに目を光らせる必要があり、相応の実力が無ければ務めることは出来ないものとなっていた。


「帝国の実力主義は、それはもう有名なものでしてね。例え元敵だろうと重役に任命されることがあるそうで。

 まぁそれも帝王の絶対的権力があってこそなのでしょうが」


 政策の施行は全て帝王の手によって委ねられている。その結果こそが帝王が帝王たりうる理由になっていた。


「また帝国は高度な技術力でも有名ですね。中でも魔道具に関する技術は世界一だとか」


 手先の技術ならば鉱人族に軍配が上がるだろうか、こと内面的な技術で言えば帝国に勝るものはない。それらの技術を遺憾なく発揮し、帝国は最強の軍事国家へと成りあがっていた。


「今の帝王ユスタルが魔道具に関してかなり力を入れてましてね。最近では更に力を増しているとか」


 そこで言葉を区切り、横に置いてあった水筒を煽る。


「そして!何と言っても首都アストライエの外壁!白亜の壁!世が世なら世界遺産としても登録されるでしょうね!」


「ほー」


 資料を見てみると、成程。ミルシィがどれほど入れ込んでいるかわかる。というかその壁の説明だけで紙を3枚使っていた


「あの美しさ!色だけではなく、その形!装飾!

 また帝国が持っていた鉄と血で色塗られたイメージを一瞬でぶっ飛ばすほどの神秘性!時の帝王グルラッチが当時建設王と呼ばれていた鉱人族ワールカーに託し彼が手ずから設計図を作り上げ帝王の持てるだけの権力を動員して作り上げた正しく神話級の遺産!広大なアストライエを隙間なく覆うことで自国の防御力・技術力を他国へとアピールすることが出来同時に鉱人族との懸け橋ともなった壁でもあります!いやぁ正直上から見ていた時は何じゃありゃあと思っていたものですが実際に完成したものを見ればいやなかなかどうして!しかもこの壁はもう何世紀も経つにも関わらず後世の人々にも愛されており今もなお───」


「ん?何だ何だ?」


「お!グレッグさん!丁度いいところに!実は今白亜の壁について話しているところでして!」


 濁流のごとく講釈を垂れ流すミルシィの言葉を聞き流しながらうつらうつらとしていた時だった。ひょいと後ろから資料を覗き込んできたグレッグがふむふむ、と小さく頷く。

 新たな餌だ!と言わんばかりに目を輝かせたミルシィが嬉しそうに口を開き───


「これ随分と古い情報だな」


 ミルシィの顔が固まる。


「ユスタルはとっくに引退してるよ。今の帝王は───あー。ま、行きゃ嫌でもわかるだろうよ」


「‥‥‥」


「それに壁も。こいつも行きゃわかるだろうな。ともかく古い情報を垂れ流すのはいけないぜ嬢ちゃん。情報ってのは鮮度が命だからな」


「詳しいのか?」


 軽く問うと、グレッグは呵々と笑った。


「少なくとも嬢ちゃんよりかはな!というか俺だって商人だ。情報は───「刺せ」───ウォオオオオ!?!?唐突に何だ嬢ちゃん!?」


「‥‥‥す」


「?」


「殺すゥ!」


「っとぉ!?」


 グレッグは飛来する氷柱を間一髪でかわし、ミルシィへ向き直る。そこには光の無い目を向けるミルシィの姿があった。


「死ねぇえええええ!」


「おわぁああ!!」


 脱兎のごとく逃げるグレッグ。それを猛烈な勢いで追いかけるミルシィ。

 恐ろしい速度で駆けていく2人を見て、彼女は呆れたようにため息を吐くのであった。


(しかし。見ればわかる、か‥‥‥)


 さて


(面白いものが見れると良いが)


 奇妙な予感を覚えつつ、確かな期待に軽く胸を躍らせるアイーシャであった。







 ◇◆◇







 進につれ、その全貌が明らかになってくる。

 遥か先からでも目にする事の出来たその威容。ミルシィが何度目をこすっても消えることのなかった事実。

 アイーシャが思わず感嘆の息を吐いた。


「いや、こいつは‥‥‥」


「嘘ぉおおおおお!?!?」


 彼女たちが目にしたのは壁だった。


 見上げるほどの位置に立てばその全容が消えてしまうほどの高さ。何よりも目を引くのがその色。

 あらゆる外敵を拒絶するであろうその城壁は、光すらも拒絶しているかのような艶のない黒で覆われていた。


 白亜の壁なぞ、そこには初めから存在していなかったかのようだった。


 驚愕の表情を浮かべる一行を見、グレッグはクックッと喉奥を震わせた。


「良い反応だ。秘密にしたかいがあるぜ」


「ハッ。いや、確かに。いんや、言われても信じられなかっただろうが、な」


 話に聞いてた白亜の壁よりも、目の前にある黒塗りの壁は遥かに高かった。ただ色を塗り替えたというわけではないのだろう。


「いやいやいやいやいやいやいやいや!何ですかあれ!?何ですかあれぇえ!?」


「今代の帝王が一から作り上げたものだ。

 驚くべきは、この壁が5年足らずで完成したことか」


「はぁ?」


 アイーシャが彼女には似つかわしくない、素っ頓狂な声をあげる。


「5年‥‥‥冗談だろ?」


 まさかただの薄い板なのでは、ともう一度見上げるも漂う重厚感が即座にそれを否定する。というか意味がない。


「俺も詳しくは知らないがな。まぁ結構無理して進めてたみたいだぜ。

 だが、成し遂げた。成し遂げられるからこそ今の帝王は帝王足りえるのかもな」


 故に、と彼は言葉を続けた。


「今代───即ち第13代帝王、オーレン・バッシュ・ウィ・ソフィリアはこうとも呼ばれている。

 ───『鉄血の女帝』と」


 ガラガラと馬車が音を立てて進む。

 分厚い門を潜り抜け、一行はいよいよこの国の異様さを目の当たりにするのであった。



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