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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第二十八話

 

「ほらじっと座って下さい!」


「面倒くさいやつだな」


 マーシェを発ち10日が過ぎた。

 ガタガタと揺れる馬車に僅かに軋む車輪の音。穏やかな風の音色を耳にしつつ、変りばえの無い景色を眺めながら彼女は今日何度目かのため息を吐いた。


「気にしすぎだ。傷ぐらい暫く休んどけばどうとでもなるだろ」


「何を言いますか!?乙女の柔肌に傷跡なんてあってはいけません!ほらさっさと服を脱いで───ハァハァ‥‥‥」


「欲望が駄々洩れだぞ。馬鹿が」


「ハッ!いえいえ。これは立派な医療行為ですので‥‥‥」


「‥‥‥」


 これ以上断るのも面倒だと感じたのか。やや顔をしかめながらアイーシャは肌をさらす。うひょー!という奇声はこの際無視することにした。

 咳ばらいをし、背中に手をかざす。すると彼女の手の中からぼんやりと薄緑色の光があふれだした。


「全く。あんまり無茶しないでくださいよ」


「無理な相談だな」


 軽く鼻を鳴らす。しかし、確かに思い返してみれば無茶だったのだろう。


(可笑しな話だ)


 無茶な戦闘など行わない。入念な調査に対策。それをもって初めて()は戦闘に挑んでいた。


(浮かれていた。或いは引っ張られているのか(・・・・・・・・・・)


 とはいえ今はもう『冒険者』だ。それを考えれば無茶もするというもの。


「いやそうはなりませんからね。命大事に、ですからね!」


「解ってるよ」


 死ぬつもりなど毛頭ない。それはそれとして、


「次は負けない」


 頭が痛いとばかりに額に手をやるミルシィ。

 だが止めるつもりもないのだろう。仕方ないですね、と彼女は軽く笑うのであった。




「おっ」


 やがて日が暮れかけ、今夜も野宿かと思った矢先だった。

 馬車の窓から見えた僅かな明かり。次第に大きくなっていくそれを見つけ、彼女は小さく声を漏らした。


「見えてきたな」


 連邦都市ユンゲル。

 それが今回の目的地であった。







 ◇◆◇








 ユンゲルに来た目的は唯一つ。


 観光、であった。


「いやこの前は情報集めるのに集中してたからな。次の目的地を決めるのにもうってつけだろ」


 何よりも


「せっかく来たのに楽しまないなんて損だろう?」


 と、いうわけで暫くの休暇を取ることになった一行。

 一週間後の6時に門前に集合とだけ伝え、適当な宿を取ったアイーシャたちは次の日には早速とばかりに街へ繰り出した。


「そういえばサーマとこうして街を回るのははじめてか?」


「確かに」


 思えばこの街で出会ってからまだ数ヶ月。随分と濃い時間を過ごした、とサーマは薄く微笑んだ。


「あの頃は。お互いに余裕が無かったから」


「そうだったな‥‥‥」


 アイーシャも懐かしむように目を細める。その隣でミルシィがぽんと手を打った。


「あーありましたねぇ!確かアイーシャさんが勘違いをグエェェェ」


 真上を向けば日の光が目に刺さるこの時間。大通りは多くの人で賑わっていた。


「まっすぐ歩くのも一苦労かと思っていたが。かなり広く作られているな」


「ゲホゲホ‥‥‥馬車やティタン族も通りますからね。主要な道はだいたいこれぐらいですよ」


 成程な、と彼女は感心したように顎を撫でる。

 道の両脇には様々な店が所狭しと並べられ、アイーシャの興味をこれでもかと誘っていた。


「これだけあるとどこから行こうか迷うな」


「そういう時は感性のままに、ですよ!ほら!」


 ウキウキと目を輝かせながら手を引いいてくるミルシィに、違いないと息をこぼしたのであった。







 ──────────







「いやぁ!堪能堪能!」


 隣で静かに同意を示すサーマ。アイーシャはやや疲れた様子で息を吐いた。


「まだ初日だぞ。ほどほどに───」


「何を言いますか!1週間なんてあっという間ですよ!獣族にティタン族!森煌族にバッチェ族と様々な種族が店を出していますからね!全て堪能するにはこれでも遅いほうです!」


 正気か?と目を剥くアイーシャ。逃げるか、と考えたその時だった。


「あれ?お前等───?」


「ん?」


 不意に後ろから声をかけられる。

 振り向くと、そこにいたのはどこかで見覚えのある顔。


「あぁ‥‥‥」


 思い出した。と彼女は小さく呟く。ミルシィもまた、驚くように手を口に当てた。

 声の主は嬉しそうに口元に笑みを浮かべ、


「久しぶりじゃねぇか嬢ちゃんたち!元気そうでなによりだ!」


 そう言って彼───グレッグは快活に笑ってみせたのであった。







 ──────────







「ここは俺の奢りだ!遠慮せずにたんと食いな!」


「よっ!流石大商人!太っ腹!」


「へっ!よせやい!」


 商人グレッグ。アイーシャの愛用する棒を手に入れる契機となったオークションへ招待した人物である。

 初対面であるサーマを紹介し、再会祝いだと誘われたアイーシャたちは近くにあった飯屋へと入っていた。


「まさかこんなところで出会うとはな!世界は狭いもんだ」


 確かに、と彼女は内心で同意する。

 彼と出会ったのはガルガティア王国へ入る前だったか。サーマの時と同様、随分と昔に感じられた。


「で、どうよ最近の調子は?あの棒は役に立っているのか?」


「十分にな。テメェは随分と派手になったみたいだな」


「お!?わかる?わかっちゃう?」


 ニヤリといやらしく笑ったグレッグはここぞとばかりに襟元を見せつけてくる。金だろうか。随分と高価そうな首輪がそこにぶら下がっていた。


「引きちぎってやろうか‥‥‥」


「ォ、オイオイ。物騒だな」


 アイーシャの口から洩れた小さな呟き。その一言で委縮したようにグレッグは襟元を正す。

 冗談だと笑って見せると露骨に安心したような顔を浮かべた。


「自由人、だったか?いや『冒険者』って呼んだ方が良いか。

 どんな調子よ?早速どっか行ってきたのか?」


「そうだな‥‥‥」


 僅かに悩むそぶりを見せるアイーシャ。しかしそれも一瞬のこと。

 不敵な笑みを浮かべた彼女は静かに口を動かした。


「俺達が行ってきたのは───ユグドシャリア」


「ッ!?」


 驚愕し目を見開くグレッグ。良い反応だと彼女はくつくつ笑った。


「ユグッ───『絶界』か!?いや‥‥‥でも‥‥‥」


 俯き、纏まらない思考のままぶつぶつと小声でつぶやく。暫くし、恐る恐る彼は顔をあげた。


「ほん、とうか?入口だけ見てきたとか‥‥‥」


「さて」


 間を置く。彼女は面白そうに笑みを深めた。


「なら証拠でも見せてやろうか?」


 挑発するような視線。やめてくれと悲鳴のような声をあげ、彼は両手をあげた。


「そんなもん出されたら驚きすぎて死んじまうよ!」


「クハッ!それは残念だ」


 そんな様子を微塵も見せない彼女に疲れた様子を見せた彼は、ぼやくように口を開いた。


「何かするんじゃねぇかとは思っていたが()まさかあの『絶界』とはな。

 知ってるか?あれは不可侵領域と呼ばれる『絶界』の中でも1,2を争うぐらい凶悪って呼ばれてるんだぜ?」


 そうなのか?とミルシィの方を見やる。視線を向けられた彼女はわざとらしく、大仰に頷いて見せた。


「難易度で言えば絶界の中でも断トツ。あの『燃ゆる大地』と同等程度でしょうね」


「ほー」


 感心しているのかいないのか。

 まぁ良いと頭を掻いたグレッグはで、と言葉を続けた。


「そんな難易度最難関に挑み、見事生還してみせたお前らなわけだが。次はどこに挑むつもりなんだ?」


「ふむ」


 言われてみて頭を捻るが、特段考えていたわけではない。

 軽く思考を巡らす中、ふとミルシィと目が合う。

 ニコリと笑いかけるミルシィ。アイーシャはまるで軽い世間話をするような口調で口を開いた。


「それこそ、お前が言ってた『燃ゆる大地』にでも行ってみるか?」


「「「ぶぅぅうううう」」」


 同席していた3者が一様に噴き出す。むせながらもミルシィは正気ですか!?とアイーシャに詰め寄った。


「な!に!を!言ってるんですか貴女は!?先の話を聞いていなかったんですか!?」


「いや───」


「いやじゃありませんよ!良いですか!『燃ゆる大地』はこの世界最難関の『絶界』!そんな遠足みたいな気分で行ける所じゃないんですよ!」


 それに、と彼女は声を落とし顔をグッと寄せる。


「知っての通り『刻印』はもう使えません。あれは一度きりの裏技で大技なんですから!」


「そうだな」


 根源の容量を超える『特性』を持つことは出来ない。人族につけることの出来る『特性』の数は0か1だ。


「例外もありますが‥‥‥残念ながら貴女はその例外ではございません。それを理解───」


「わかってるわかってる」


 ならよし、と体を起こしたミルシィは満足げに大きく鼻息を鳴らす。

 なんだなんだと興味深そうに視線を向けるグレッグを無視し、だがな、と口を開いた。


「『絶対凍土』に挑めたんだ。なら可能性はあるんだろ?」


「う‥‥‥まぁ‥‥‥」


「ならそれで十分だ。

 何にせよ、まずはその方法を探り当てるとこから始めないといけねーがな」


 期待してるぜ、とアイーシャはサーマに視線を向ける。

 僅かに口元を引き攣らせつつも、渋々と彼女は頷いた。


「うーん。取り敢えず、次の行き先は決まってないってことか?」


「そうだな」


「そう、か。そうか」


 アイーシャの言葉に何度か納得したように頷くグレッグ。不審そうな視線を向けられる中、暫くそうしていた彼はよし、とやけに気合を入れた声をあげた。


「なら、だ。ここで出会ったのも何かの縁。俺の商隊の護衛に就いてくれないか?」


「ん?まぁ報酬次第だが」


 どういうことだ、とアイーシャは好奇の視線を向ける。

 彼女の答えに僅かに苦笑しながら彼は答えた。


「色々理由はあるが。一番は、実は会わせたい人がいてな」


 ピクリとミルシィが眉を持ち上げる。それに気付かない両者は話を進めていった。


「そうだな。報償は50万ギル、ってとこでどうだ?」


「ただの護衛にしちゃ高いな。理由は?」


「簡単だ。お前たちしか誘わないからだ。

 お前たちは信用できる。積み荷にはかなり高額なものもあるからな。戦力としても申し分ない。

 まぁ高額払う代わりに護衛は全部任せるぞって話だ」


「馬車の数は?」


「6」


「ん。なら問題ないな。

 んで、行き先は?会わせたい人ってのは?」


 その問いに彼は小さく笑みを浮かべる。


「後者は会ってからのお楽しみだな。

 で、前者だが俺達の行き先は───」


 ───『帝国』


「ラッデバイト帝国。その首都、『アストライエ』だ」




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