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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第二十七話

 

「それでは!絶界からの帰還を祝しまして───」


「「「「乾杯!!」」」」


 ミルシィの音頭に合わせ、4人が『グラス』を合わせる。

 ガラスならではの涼んだ音が響き、ミルシィが満足げに鼻を鳴らした。


「いやぁ乾杯!乾杯ですよ!まさか本当に帰ってこれるとは!」


「縁起でもねぇ言い方だなオイ」


 とはいえ危ない場面も何度かあった。そもそも刻印が正常に発動するかも賭けだったのだ。アイーシャもまた内心では同じ思いを抱いていた。


「目標としてた踏破には至らなかったわけだがな。出来れば向こう側(・・・・)を拝んでみたかったものだ」


「無茶言わんでください」


 そう言いながらもミルシィが機嫌よく杯を傾ける。つられるようにアイーシャもまたグラスを傾けた。

 鼻腔の奥を甘い果実の匂いがくすぐる。胸の内にほのかな暖かさがともり、彼女はほぅと息を吐いた。

 依然としてこの街の気温は低い。とはいえ絶界ほどではないが。


 ガン、と音を立てシュドゥラが杯を机に叩き付けるように置く。

 長い息を吐いた彼は、目を輝かせながらアイーシャに問いかけた。


「で、聞かせてもらおうか。お前がたどってきた冒険をよ」


「そうだな。そうしようか」


 さてどんな語りをしようか


「じゃあ、まずは山に入ったところから───」







 ──────────








 残念ながらアイーシャに語り手の才は無かった。

 それでも目の前にいる男には十分だったようで、顔を赤らめながら食い入るようにアイーシャの話を聞き込んでいた。


「霜の巨人!?まさか今世にも存在しようとは!?」


 はるか古の北の大地にて、そのような存在がいたことは伝承にて知っていた。しかし既に滅んだと聞いていたが、よもや絶界の中に存在してようとは。


「絶界か‥‥‥成程。わからぬ場所だ」


 そもそも発生した原因すら不明。あの白い死の世界は突如として生まれたとされている(・・・・・)

 何の因果があってそのような場所に巨人が降り立ったかはわからない。否、巨人だけではないのだろう。


「蒼の猪もまるで聞いたことが無い。恐らくは絶界に適応するために進化したものなのだろうが」


「進化か。さて」


 ふむ、と顎を撫でる。絶界が突如として緩やかに発生していったものであるならばそれも有り得よう。わざわざ進化をするに至るまでに、あの場に求めるものがあるとは到底思えなかった。


(それとも何かがあった?ヒトにはわからない何かが?)


 獣もまた人のように未知を求めて、などといった理由であれば面白いのだが。そんなことを考えつつ、彼女は話を続けた。


「絶界は謎が多い。推測をしようにも手がかりが少ない。これ以上考えたところで無駄だろう」


「む。まぁそれもそうだな」


 仕方なし、と小さく頷いたシュドゥラは話の続きを促す。


「んで、こっからが本番だな」


 彼女が語るのはフェンリルと呼ばれる獣との戦い。話からでも伝わるその壮絶さに、シュドゥラは喉を鳴らした。


「神狼‥‥‥『不滅』を殺す力か‥‥‥」


「直感だがな。だがそれだけの殺意がこめられてた」


 何に対してかは知らんがな、と彼女は内心呟く。無作為な殺意はあれど、対象がない殺意などない。であれば、あの殺意は果たしてどこに向けられたものなのか。


 或いは全ての生への殺意か。


「喰らってたら間違いなく死んでたな」


「かすり傷でもか?」


「さてな。だが、それだけでも十分な気がした」


 うーむ、と彼は難しげに唸る。さて、そんな力なぞ聞いたことは無いが。


「実際に見た者の話だ。否定は出来んな」


 そう言って彼は手元の紙に何かを書き込んでいく。

 そこに記されていたのは彼女が語る絶界までの旅路であった。


「本でも出すつもりか?」


「はん。俺にそんな文才は無いわ。

 たが折角だ。記さなければ勿体ないというものよ」


 そんなもんかとアイーシャはグラスを傾ける。

 そうだ、と思い出したように彼女は手を打った。


「お前に作らせた物だが。かなり役に立ったぞ」


「おぉ!それは重畳!」


 自分の作品が絶界に通用したと聞いて、彼は顔を深い笑みを浮かべる。


「伸びる槍に閃光玉。よくあれだけのものを『不凍』付きで準備できたものだ」


「ヌハハハハ!まぁ俺にかかれば造作もないわ!」


 シュドゥラは機嫌よく笑い、杯を一気に傾ける。ゲフーと息を吐き、そうだなと彼は言った。


「伸縮自在ならもう少し使い道はありそうだがな。いかんせんただ伸びる、というか元の長さに戻るだけではなぁ」


「伸縮自在か。確かに面白そうだ」


 だろう、と言ってシュドゥラは再び杯を傾ける。


「何はともあれ、改良の余地はあるってことは───あぁ‥‥‥良いもんだな。

 生きがいっつうのはあって困るもんじゃねぇ。いんやなくちゃ困る。

 お主もそうだろう?」


「さて、どうかね」


 軽くグラスをゆすりながらアイーシャは静かに答えた。


「生きがい、なんて深い意味では考えたことはねぇがな。だだ───」


 目的を無くした『死神』は何を思うたか。


「今の生きかたは好きだぜ」


「クックッ。随分と老いてやがるやつだ。

 俺は時折お主が年上に見えてしょうがねぇ」


「ハッ。案外中身はそうかもしれんぞ」


「馬鹿言え。あんな無茶を通す奴が爺や婆であるかよ」


 成程、それもそうだなと彼女は頷いた。


(いや、そう考えれば随分と体に引っ張られているかもしれないな)


 面白いものだと薄く笑う。

 そうだ、と思い出したようにアイーシャは手を打った。


「土産があったのを思い出した。えーっと」


 そういえば珍しく割り込んでこなかったなと思いながらミルシィの方を向く。

 そこにはグースカと眠る阿呆の姿があった。


「よっぽど嬉しかったみたい」


 顔を若干赤らめたサーマが代わりに答える。随分と飲まされたのか奥にはうつぶせに倒れ込んでいるグレイの姿もあった。


「というか、お前結構強いんだな」


「年の功」


 そう言いつつも頭をふらつかせるサーマに水を渡し、代わりに大きな袋をもらう。

 ついでに話に入らないかと招かれれば断る理由もない。椅子を動かし、机を挟んだ向こう側へと移動したサーマはグラスを一気に呷り、中の水を流し込んだ。


「それは───」


「あぁ。絶界で手に入れたもんだ」


 袋の中に手を入れ、次々に物を取り出していく。一番気になるのはその袋の正体なのはさておき、机の上に並べられたものは様々な素材を扱ってきたシュドゥラですら見たことのないものばかりだった。

 喉を鳴らし、まずは深い蒼で滲んだ石を手に取ってみる。見た目よりも重いそれは、どこか妖しげな光を宿していた。


「うぅむ。これは‥‥‥」


 なんと形容すべきか。ただわかることは、これが途方もない魔力を宿したものであるということ。

 一般に魔道具を使用するには動力代わりの魔石が必要とされている。恐らくはこれもそういった魔石の類ではあるようだが。


「魔石は基本無骨なものばかりだ。無論魔力を宿していれば、それは全て魔石と称される。宝石も例外ではない。

 しかし、これはそのままで完成されておる。このような冷気(・・)を放つ魔石など見たことも聞いたことがない」


 そういって魔石を机の上に置いたシュドゥラの手は僅かに白みがかっていた。


「これは?」


「さっきの話に出てきた青猪の牙だな。討伐にはなかなか骨が折れた」


 隣でサーマも小さく頷く。よほどの戦闘があったのを思い出したのか、赤みがかっていた彼女の顔が僅かに青ざめる。


「2度はごめん」


「間違いない」


 呵々と笑うアイーシャとは対照的にサーマは呆れたように息を吐く。


 ふむ、と顎を撫でシュドゥラは牙を手に取る。陶磁のような白さに滑らかな手触り。あでやかな光沢を放つそれは、しかし見た目とは裏腹に確かな重さを誇っていた。


「危うくグレイの奴が刺されかけてよ。いやぁ見ものだったぜ」


「酷い」


「酷いな」


 終わってみれば、ということか。嬉しそうに語るアイーシャを横目に、シュドゥラは次の素材を手に取る。これは、恐らく青猪の皮だろう。


「むむむ。ここまで丈夫な皮は中々ないぞ」


「剥ぎ取るのに苦労したぜ。ま、そのあたりは『互換』さまさまだったな」


「褒めて」


 聞くところによると互換によって氷の切れ味を良くした(・・・・・・・・・・)とか。成程、考えたものだとシュドゥラは低く唸った。


「やはり『不凍』がなければ使い物にならぬか」


「あぁ。いくつか検証してみたが‥‥‥全部駄目だな。鉄が凍るとはわけがわからん」


「そうか」


 頭をかき、難し気に唸る。その様子から事情を察したアイーシャは薄く笑った。


「やっぱり俺がいないと駄目か?ん?」


「ぐ、ぐぐ‥‥‥」


 刻印に必要な素材は多々あれど、要となるのは彼女が生み出したあの赤い石だ。彼女たちが旅立って以来も様々な素材を試していたが、やはりうまくいくものは無かった。


「業腹だがな。まぁ今更だがな」


 フンと僅かな悔しさを滲ませながら鼻を鳴らす。成程、アイーシャが訪れるまでの苦悩を考えればそれも納得のいくもの。


「だからというわけではないが。

 俺はこの技術を公表するつもりは毛頭ない」


「‥‥‥」


「‥‥‥驚かんのか?」


「別に」


 予想外の反応にシュドゥラは面食らったように言葉を詰まらせる。

 ゴホン、と軽い咳ばらいをしたシュドゥラはしかし、と言葉を続けた。


「信頼のおける者には話すがな。

 勿論、技術は全て伏せた上だが」


「‥‥‥オイ」


 さっきの言葉は何だったのか。口元を小さく引き攣らせたアイーシャに対し、仕方なかろうと彼は酒を喉に流し込む。


「自慢したいからな」


 それにだ!と力強く杯を机に叩き付けた。


「さんざん馬鹿にしてくれたからな!フハハハハハ!奴らの驚く顔が目に浮かぶわい!」


「そ、そうか」


 珍しく引いた様子を見せるアイーシャを見てサーマは薄く笑う。ところで、と彼女は口を開いた。


「なんで技術を発表しないの?」


「真似できないからだ」


 彼女の疑問にきっぱりとした声で答える。真似できなければ奪うだけ。絶界という未知を探索するためであれば、その程度をいとわない者は大勢いるだろう。


「そんな奴らに四六時中嗅ぎ回られるのは良い。だがちょっかいを出されるのはごめん被る。

 証拠となる素材さえ見せなければ話は唯の噂話になるだろうからな。ま、信じる奴がいたとしても少ないだろうよ」


「ほうほう」


「俺はそれでも困らんがなー」


 お前だけだよという言葉を呑み込み、それになと彼は言葉を続けた。


「苦労して超えたもんだ。そう易々と明け渡すかよ。

 発表するなら、そうだな‥‥‥」


 ふむ、と少し考える。

 少し空け、彼はニヤリと笑うと、


「お前たちが本当の『冒険者』になったときにでもしようかね」


「うわっ」


「───ッ!?」


 こぼれ出たサーマの言葉がシュドゥラの胸を抉る。


「ぐぐぐ‥‥‥と、そうだ」


 忘れていたとシュドゥラが手を打つ。何だと首を傾げたアイーシャに対し、


「背中を見せてくれんか?」


「変態」


「違う!」


 サーマの辛辣な言葉に間髪入れずに答える。彼は(なぜか)胸を張って声を張り上げた。


「俺はこんな巨女に興味は毛頭ない!巨人族は当然、人族や獣族も駄目だ!」


「危ない人?」


「そういう意味じゃない!鉱人族は!それが普通だ!」


 どうどうと息を荒げるシュドゥラをアイーシャがなだめる。兎に角、と彼女が言葉を続けた。


「背中、っていうか印が見たいんだろ?別に構わんぞ」


「う、む。そうだ。うむうむ」


 我に返り、気恥ずかしくなったのか咳ばらいをしつつアイーシャの方を向く。やれやれと肩を竦めてみせるアイーシャだが、その顔には若干の安堵があった。


(馬鹿がつぶれていて良かった)


「ほら。これで良いか」


「うむ」


 はらりと服を落とし、背中を見せる。僅かに焼けた肌の中央。心臓に最も近いその場所には赤々と刻まれた印があった。


「ふむ、ふむ。成程成程」


 触ろうとした手をすんでで止め、つぶさにその様子を観察する。

 やがて何かに納得したように深く頷いた彼は、すまなかったなと頭を下げた。


「どうしても気になったことがあってな」


「ほう」


 どういうことだ、と彼女は眉を顰める。サーマもまたピクリと眉をあげた。


「いや、不調があったというわけではない。実際に機能はしていたのだろう?」


「まぁ、な」


 それは間違いないだろう。印が無ければ絶界にて凍死を遂げていたのは想像に難くない。

 しかし根源に刻まれたものに気になることと言われれば気をもむもの。なんと言うべきか、とシュドゥラは頭を掻いた。


「話の中で、戦闘はほぼ裸で行ったと言っていただろう?」


「ん?言ったか?」


「間接的にだけど」


 さらしを使ったなどと言えば察しもつく。そこなんだが、と彼は言葉を続けた。


「知っていると思うが『不凍』の効果に寒さを防ぐものはない。あれはあくまでも『凍らなくなる』だけだ」


 そうだな、と彼女は頷く。


 いや、そうか。


「絶界は、勿論その特性もぶっ飛んでるが単純に寒い。

 それも高山の頂上なんぞとは比べ物にならない程だ。

 そんな中で寒さを感じずに戦うことなど、まずあり得ない」


 身体を温める魔術など習得していない。体を覆う羽毛もない。

 では何故戦えたか。


「結論を言おう。お前に刻んだ印は変化を遂げていた」


「‥‥‥」


 僅かな空白。先に口を開いたのはサーマだった。


「危なくなったってこと?」


「いや。それはない」


 断言するシュドゥラ。何故なら、と彼は続けた。


「根源の許容量を超える印を刻むことは出来ない。裏を返せば刻まれている印は根源に収まる物だってことだ。

 ま、元々刻める印は1つだったわけだしな。これで破裂する、なんてことにはならんよ」


「そう‥‥‥」


 僅かに安堵したようにサーマが息をこぼす。

 フン、とアイーシャは軽く鼻を鳴らした。


「んで。効果は?」


「わからん」


「そうか」


「え?」


 短い解答。シュドゥラの答えを聞き、それで興味がなくなったようにそれ以上突っ込むことはない。

 それで良いのか、と胡乱気な瞳を向けるシュドゥラに対し、彼女は口を開いた。


「一番詳しいお前が知らないんだ。素人の俺がうだうだ言ったところでどうにもならんだろ?」


「いや。まぁそれはそうだが‥‥‥」


「それに不都合はないわけだろ?間違いなく『不凍』の効果は残ってる。それで十分だ。

 何度だって挑みなおせる」


 だろう、と笑ってみせるアイーシャにシュドゥラとサーマは呆れたように小さく笑う。


「ま、それもそうだな」


「うんうん」


 そんな彼女だからこそ、惹き付けられるのだろう。







 ──────────







「ふぃ~。いや語った語った」


「まさかテメェの半生を聞くことになるとはな‥‥‥」


「ガーッハッハッハ!いやすまんすまん!」


 バシバシとアイーシャの肩を叩くシュドゥラの顔はもはや熟れた果実並に赤い。鉱人族は酒に強いと聞くが、よほど飲んだのだろう。


 それだけ喜ばしいことだった、と言うべきか。


「ま、構わんよ。中々に聞きごたえのあるものだったしな」


「フハハハハハ!そうかそうか!それは何よりだ!」


 上機嫌に杯を傾ける。いや、あの大きさのものを杯と呼ぶのかはさておき。


「あぁ、しかしまぁ」


 ふと何かを思い出すように目を細め、シュドゥラは細い息を吐く。


「諦めなくて良かった。俺は‥‥‥ここまで」


「‥‥‥」


「一度だけ。たった一度だけ折れかけたんだ。周りにいた奴らはどんどん離れて。無理だ。夢物語だ。諦めろと。

 俺がやってきたのは半ば意地みたいなものだった」


 しかし限界は訪れた。必死に集めてきた資料。素材。それを見るだけで苛立ちが募っていき。


「そんな時だった」


 ───面白いことをしているじゃないか───


 強烈だった。忘れたことなど一度もない。あの日、あの瞬間にかけられた言葉は今なおシュドゥラの心を占めていた。



 面白い。実に面白いな。この技術の軌跡にお前の情熱が確かに見える。世が世ならばお前を是が非でも連れていくところだが。

 しかしそれは叶わぬ。お前には役目がある。お前にしか出来ない役目だ。

 よく聞け鉄の民よ。鋼を愛し、炎を見つめる者よ。

 いずれお前に大きな転機が訪れる。お前の運命を決める出会いが。

 それまで決してその技術を捨てるな。必ずや報われる日が来る。

 この私が我が名をもって保証しよう。



「ハッ。よくわかんねぇ女の言葉だった。なのに、それでも俺の心に響きやがった。

 或いはアイツの魔術だったのかもしれない。それともただの戯れにかけた言葉だったのか。

 だが、何にせよその言葉におれは動かされた。もう捨てないと、心に誓うことが出来た」


「ほぅ」


 興味深そうに頷き、軽くグラスをゆする。

 ふと、思い出した彼女の言葉。そうだ、彼女は───


(いや。そうか。そういうことか)


「ちなみに聞きたいんだが」


「ん?」


 いよいよ限界が来たのか眠そうに眼を細めるシュドゥラがぼんやりと答える。

 そんな彼にしっかりと聞かせるように、彼女はゆっくりと口を開いた。


「そいつの名前は」


「あぁ。名前。名前か」


 確か───


「ソフィリア、だったかな」







 ◇◆◇







「行くのか」


「あぁ」


 傷も癒え、体調も万全。休養を十分にとった一行はしっかりとした手つきで荷物を馬車に積んでいく。


「またいつでも来るとよい。その時は極上の酒を用意しておこう」


「お!そいつはまずます楽しみだな」


 ニヤリと口角をあげ、彼女が手を伸ばす。意図を察したシュドゥラが伸ばされた手を強く握った。


「気を付けてな」


「互いにな」


 手を放し、アイーシャは馬車へ乗り込む。凄い目つきを向けるミルシィから目をそらすわけではないが、彼は青空へと視線を向けた。


 ゴトゴトという音。木の軋む音が耳朶を打つ。

 別れは当然であり、彼女の旅路を阻む資格はない。


(ついていけないことが、唯一の心残りか)


 シュドゥラにもはや戦いを生き抜く力はない。否、元より残された力は鍛冶に注ぐと誓った。


 だからこそ。


「アイーシャよ!未知を求め、旅をする者よ!」


 高らかに。或いは祈るように。


「そなたの冒険の先に祝福があらんことを!!!」


 馬車の屋根に立ったアイーシャが手を高々と掲げる。

 小さく笑ったシュドゥラは応えるべく、高々と拳を突きあげたのであった。



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