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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第二十四話

 

「いやぁ。今日も今日とて忙しい1日でしたねぇ~」


「‥‥‥」


 日も暮れ、空には藍の光の筋が走る夜半。

 アイーシャと肩を並べて座るミルシィがほう、と息を吐きながら言葉を零す。

 絶界に滞在してから早10日が過ぎた。食料に余裕はあり、気力もまた十分にある。


「あの巨人には驚きましたけど‥‥‥中々順調ではないでしょうか?」


「順調、ね」


 この地に来た目的は既に概ね果たしていると言っても良いだろう。人類不可侵領域と呼ばれるこの大地を踏み、そして生存している。

 ここまで長期の滞在になった理由。それはサーマの依頼のためであった。


「見つかると良いのですが‥‥‥」


「お前なら解るんじゃないか?どれが効くとか」


「残念ながら‥‥‥」


 頬を掻いて困ったように微笑む。嘘を吐く理由もない。本当に知らないのだろう。


「意外だな」


「過大評価しすぎですよ!それに、ほら。霜の巨人がいるってことも知らなかったわけですし」


「コケるしな」


「それは関係ないのでは?」


 空を見上げ、アイーシャが息を吐く。藍の光が波のように揺蕩い、赤々と輝く星々の光を揺らしていた。


「夜があったのは幸いだったな」


 かつて、まだ男であり死神であったころの話だ。

 放浪の途中、陽の沈まない地へと訪れたことがあったがアレは中々に堪えたと彼女は笑う。


「昼夜の感覚というのは中々に馬鹿にならない。ましてや常に死と隣り合わせの環境にいるのならばな」


「ほほー。そんなもんですかい」


「‥‥‥馬鹿にしてるのか?」


「いえいえいえいえ!そんなことは決して!?」


 慌ててぶんぶんと勢いよく首を振るミルシィ。そんな彼女の手には2本の紐が握られていた。


「大丈夫そうか?」


「ンン゛。えぇ、効率化は完璧ですね。一晩程度なら全然余裕で持ちこたえられますよ」


「そうか‥‥‥」


 絶界に踏み入れることは出来た。それでもこの世界は、人にとって優しくはなかった。

 一度でも魔力供給を怠れば効果の切れる刻印。眠れば、当然あらゆる機能は低下、或いは停止する。しかし眠ることは必要不可欠。


「そのために私とサーマさんを分けたわけですしね」


「本当はお前とグレイを組ませたかったんだがな」


「お断りです!」


 魔力を供給している際、本人は完全に無防備な状態になる。戦力的に見ればサーマとアイーシャ、ミルシィとグレイで分けるのが理想的ではあるが、


「あんな粗暴な男と一緒に一晩過ごすなんて!」


「‥‥‥」


 まぁ今更かと内心息を吐く。話が終わり、静寂の夜が訪れた。


(さて)


 刻印だけが問題ではない。この世界はとにかく寒すぎた。

 着こんでいる厚着の数は五枚にも及ぶ。手袋も何枚も重ねており、触れているものの感触などまるでない。

 何よりも水と食料の問題だ。

 この世界はあらゆるものを凍らせる。ミルシィが持つ謎の袋の中にある限り絶界の影響は受けないようだが、取り出した瞬間に凍るのでたまったものではない。

 全てのものに印を刻めればよいのだが、途方もない作業量になるだろう。


「そういう意味では紅黄石の著述はためになりましたね」


 紅黄石を用いれば、溶かして口に含むことは出来る。ここが刻印石の面白いところで、一度体内に含んでしまえば本人の一部と認識するのか、刻印石の効果である『不凍』は発動する。そうなれば食に関しては問題ないように見えるだろう。

 しかし前提として紅黄石を利用しなければならず、この石が曲者だった。


「市場にはまず見ませんから、集めるのには苦労しましたね」


「瞬間的に熱を加えるだけの代物だ。人気が無いのも頷ける」


 別の意味で希少。見つけても在庫がほとんどなく、山に入り採掘するなどして辛うじて目標数まで集めたものだった。

 数に余裕はない。それゆえの20日であったが、どうやらそうも言っていられなくなった。


「もって7日。思ったよりも使ったな」


「予想以上に厳しい環境ですからね。まぁ仕方のないことかと」


「解っている」


 環境だけならともかく、幾度かの戦闘があったのは誤算だった。否、正確には戦闘の難易度に問題があった。


「思っていた以上に強い。負ける相手ではない。が、倒すのに少し骨が折れる相手ばかりだ」


 霜の巨人をはじめ、蒼の猪、巨大な角を持つ鹿、白い鼠、空を舞う魚。

 サーマは言った。どれも見たことの無い生物だと。


「絶界ならでは、ってことですかね。まぁあの巨人は別ですが」


「環境に適応するために進化したわけか‥‥‥巨人は神代からあの姿のままなのか?」


「えぇ」


「‥‥‥神代はあんな化け物ばかりいたのか?」


「ん~‥‥‥どう、でしたかねぇ」


 顎に手を当て、少し首を傾げる。


「一応、かなり上位の部類でしたよ?まぁ条件次第ではありましたけど()」


「そうか‥‥‥」


「‥‥‥何か気になるので?」


「さあな───」


 巨人が持つ力は強力だ。負けることはないが、今の自分が相対すればまず勝てることもないだろう。

 故に相手にはしない。巨人の素材は魅力的ではあるが、危険を冒すほどではない。

 それで良い、はずだ。


「この世界は思っていた以上に広い。山頂に位置するとは思えないほどにな」


「絶界は小さな異世界とも言われておりますからね~。外からは絶界を観測することは出来ず、内からも外の世界を観測することは出来ない。

 本当に不思議な世界ですよ」


「‥‥‥」


 絶界は何故存在するに至ったのか、気になるところではあるがアイーシャはその問いを喉奥に押し込む。

 解を求めるのであれば、それは自分で見つけるものだ。でなければ何の意味もない。


「まぁそれでもアレ以上は無いと思いますよ~。何せ神代の怪物ですからね~」


「‥‥‥おい」


「え?」


 のほほんと首を傾げるミルシィ。アイーシャの口元が僅かに引き攣る。


「‥‥‥鬼か蛇か」


「不安ですか?」


「まさか」


 彼女の言葉を鼻で笑いながら一蹴する。成程、嫌な予感はある。これだけでは終わらない。この地は、どこまでも残酷な世界であることは承知済みである。

 それを理解して尚、彼女は深い笑みを浮かべた。


「言っただろう?楽しみでしょうがねぇ。

 俺を心の底から楽しませる。そんな何かがここにはある」


 確証などない。それでも確信に近い予感を彼女は覚えていた。


 剣に生きていた日々では感じなかったモノ。あの最期の夜。あの高揚。


 その3日後だった。彼女の予感は現実に変わる。


 最悪の形となって。







 ◇◆◇







 一歩。軽い音を立て、白銀の世界に彼女の軌跡が残る。

 息を吐き、前方を見上げる。果ての無い世界。始まりの場所からどれほど離れただろうか。

 さてどうするか。振り返り提案しようとしたその時だった。


 ───ゾワリ


 背筋を駆け抜ける極大の嫌な予感。殺気と呼ぶことすら生ぬるいそれは、最早死そのものであった。


 あぁこれだ。


 この地に足を踏み入れた時から感じていた嫌な予感。寒気とは違う、心胆を震わすおぞましさ。


「こ、れは‥‥‥」


 ミルシィが喉を震わせる。彼女たちも感じたのだろう。グレイとサーマの顔は蒼白に染まっており、ミルシィの表情は見たことが無いほど険しいものに変わっていた。普段から余裕さを見せる彼女であったが、それほどの相手がいるということか。

 アイーシャの表情もまた険しいものに変わっていた。


 かつて出会った強者達。感覚で言えばそれに匹敵するほどの───


 それでも。


「行くぞ」


 短く、それだけを告げ彼女は再び歩み出す。ミルシィ達は一言も発することなく、後に続く。


 暫く歩いた先、それはいた。


 死そのものと詠われたこの世界。

 そんな世界の中で、それはまるで自宅にいるかのようにくつろいでいた。


 青白い体毛を宿す狼。

 伏せられた体躯はそこまで大きくはない。一般的な狼と大差はないだろう。

 見た目にもまたこれといった特徴は無かった。正しく狼そのもの。


 だというのに解る。アレは決して相手をしてはならないものだと。


「チッ───」


 小さく舌打ちし、アイーシャが棒を強く握り締める。鼓動が早鐘のように鳴り始め、額に一筋の冷や汗が伝う。


「フェンリル‥‥‥何故、ここに‥‥‥?」


 ミルシィの呟きが嫌に遠い。顔を更に青ざめさせ固まるサーマとグレイはもはや使い物にならないだろう。

 決断は早かった。グレイの名を叫び、彼の腰を掴む。

 反射的にグレイが残る2人を抱きかかえる。上等、とアイーシャは静かに笑った。


 フェンリルと呼ばれた獣が静かに立ち上がった。一瞬のうちに交差する視線。


 死ぬ。そう予感したときにはアイーシャは駆け出していた。


「───ぉ」


 ぐんと体が引っ張られる感覚にグレイが思わず声をあげる。凍てつく風が頬を叩く感覚に顔を歪ませながら、彼は抱えた2人を離すまいと歯を食いしばった。


 人間離れした尋常ではない速度。それでも間に合わないだろうと彼女は薄く笑った。


「仕方、ねぇか」


 風に掻き消された小さな呟き。大きく息を吸い込み、足を止め、慣性のまま大きく腰を捻る。


「アイーシャさん!」


 彼女の意図を組みとったのか。必死な表情でミルシィが叫んだ。


「牙に触れてはいけません!あれには───」


「ッラァァアアアアア!!!」


「───『不滅』を殺す力が───」


 彼女の声が瞬く間に遠くなる。それを見届けながら彼女は拳を掲げ、


「頼んだぞ」


 瞬間。風を切る勢いで振り向き、その勢いに合わせて棒を振りぬく。

 鈍い手応え。まるで岩を叩いたかのような感触に彼女は僅かに顔をしかめた。


「当たりはした、が」


 間違いなく棒の先は獣の頬を捉えた。勢いも十分。並の獣であれば頭蓋は容易く吹き飛ばされていただろう。

 しかし、当然ではあるがこの地に生きる獣に並はおらず、


「当然のように無傷か」


 歯の隙間から息を吐き、こちらを品定めするかのような視線を向ける獣。対しアイーシャも静かに構えを取る。

 鼓動の音が更に激しくなる。刻みつけられた死への恐怖が、今は頼もしい。

 生の実感。それがここまで体を昂らせるとは。


「ハッ!あの馬鹿にとっても想定外だっただろうよ」


 死にたくはない。死にたくはない。思考を燃やし尽くす勢いで働かせ、活路を見つけろ。


 全ては生きるために。


「ハッ、ハハ───アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 煩わしいと体を纏う厚手の布地を全て取り払う。残されたのは簡素な下袴とさらし(・・・)のみ。

 寒さはない。或いはそれを塗りつぶすほどの高揚を感じているのだろうか。


 ───どうでもいいな


 好都合なのは確か。アイーシャは口の端が裂けるほどの獰猛な笑みを浮かべ、


「命を賭した戦い、か。久しぶりじゃねぇか、この感覚」


 棒を軽く振るう。ゴウと音を立て、積もっていた雪を軽く散らした。


「さぁ」


 獣が目を見開く。当然だ。先ほどまで目の前にいた獲物。それが突然視界から消えたのだから。

 その直後。横からの衝撃に体が宙を舞う。体を捻り軽やかに着地した獣は、しかしここに至り目の前の獲物を敵と判断し、静かに唸り声をあげる。

 鼓動が益々勢いを増す中、それでも彼女は、


「躾の時間だ犬っころ。覚悟しな」


 ───『冒険』といこうか


 背中に刻まれた紅い印が煌々と輝いていた。


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