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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第二十一話

 

「ふむ‥‥‥」


「んむ‥‥‥」


 とある区画。とある工房。


 僅かな陽光に照らされながら横たわる3つの影。その傍で2人は静かに頷く。


「これで3日目‥‥‥いまだ凍らず(・・・)


「あぁ‥‥‥ようやく。ようやくだ‥‥‥」


 腰を下ろし、長い息を吐く。

 顔に手を当て、僅かに震えた声で男は言葉を吐き出した。


「ようやく、見えた‥‥‥」


 目の前に置かれてある果実。

 永蔵に放置されていたそれは、しかしその様を変えることなく鮮やかに艶めいていた。


「あぁ」


 彼女もまた、万感の思いを籠め頷く。


「ようやくだ」



 刻印石、完成す。







 ──────────







「取り敢えずは完成、というところか」


「うむ」


 感動はひとまず捨て、2人は現状の把握に努める。

 刻印石は未解明な部分が多い。この結果から結論づけるのは早計というもの。


「とはいえ打てる手は打った。これ以上となると、恐らくだが未発見の物(・・・・・)が必要になるだろうな」


 互換は万能ではない。歯痒くはあるが、現状の限界はここだろう。


「だが結果は既に出た。結論は出ずとも、賭ける価値があるだけのものが」


 差し出された2つの果実。ザラと呼ばれるそれは別々の様を映し出していた。

 僅かに白みがかった果実を手に取り、歯を当てる。ガチリと音を立て、侵入が拒まれた。


「ハッ。こいつは見事に凍ってやがるな」


「うむ。そしてこちらは」


 鮮やかな赤の果実を割る。出てきたのは瑞々しい果肉。それは常温とまるで変わらないもの。


「成程。側だけじゃなく、中身すらもか」


 根源の変化がここまでとは、と彼女は僅かに口元を引きつらせる。

 果実の中身だけではない。果実が含む水分すら、不凍の性質を宿すことになろうとは。


「含む、というだけでその本体の一部とみなされているのか。なんにせよお主の懸念は晴れたわけだな」


 体の中をかけめぐる血液、水分。それらが凍ることはないと知り、彼女は安堵の息を吐く。


「あっちこっちに刻む必要があるのかと思っていたぜ」


「クックッ。それでも挑んでいたであろう?」


「まぁな」


 カラカラと楽しそうに笑う彼女を男は眩しそうに見つめる。


「さぁて。後はこいつが絶界にも通用するかってとこだが‥‥‥」


「そればっかりは賭けになるな」


 違いない、と彼女は肩をすくめる。

 絶界ユグドシャリアに挑戦した者は数知れず、しかしその全てが入り口に立つことすらままならず、弾かれていった。

 不可侵領域と呼ばれる場所に確実性はない。あるのは僅かな可能性のみ。


 とはいえ、だ


「ここまで来たわけだ。後は『冒険』だよ」


「───うむ」


 赤い果実を見ながら、彼女は挑戦的に笑う。

 その言葉に力強く頷いた彼は、さて、と立ち上がり、


「早速刻むとしよう。アイーシャ、服を脱───「ホワターーー!!」───ッ!?」


 ばね仕掛けのおもちゃのように飛び上がったミルシィがシュドゥラに襲い掛かる。アイーシャの手によってすんでで叩き落とされたミルシィはしかし、血走った目でシュドゥラを睨みつけていた。


「とうとう本性を現しましたね!このヘンタイ髭面!最初っから怪しいと思ってましたよ!」


「な、何だ急に!?」


 突如変態呼ばわりされたシュドゥラは僅かにたじろぎつつも叫び返す。とぼけるな!と怒声を返すミルシィの瞳には理性という言葉は映っていなかった。


「刻印石というロマン溢れる言葉で魅了し、機を見てアイーシャさんの絹のような肌をその汚らしい手で撫でくり回そうとッ!?」


「ば、馬鹿を言え!だーれが人族の女なんぞに興味があるか!こんな巨女願い下げだ!」


「こんのクソ髭!よりにもよってアイーシャさんに魅力が無いと!?馬鹿にしましたね!万死に値します!」


「どうしろと!?」


 ぎゃいぎゃいと騒ぐ2人を他所に、アイーシャは残りの2人を起こして回る。

 互換を多用したサーマはやはり疲労が凄まじく、体を起こすのもやっとという感じであった。


「頭はまだ回るか?」


「あー‥‥‥大丈夫」


 フラフラと揺れる頭を押さえ、彼女は力なく返す。ねぎらうようにアイーシャはサーマの肩を叩き、グレイの方へと視線を向けた。



「で、どうだ?」


「ハッ───」


 投げかけられた問いは酷く曖昧。

 しかしそれだけで十分。


「任せろ」


「そうか」


 瞳をぎらつかせ言葉を返すグレイに、彼女は静かに微笑みを返す。


 そんな穏やかな空気とは反対に、混沌を極めている場が1つ。


「だから言うとるだろうが!印を刻む場は根源に近づければ近いほど効果が出る!それはおおよそものの中心!人であれば心にあると!故に刻むべきは最も近いであろう背中であると───「死ね!」───聞けぇええええ!!!」


「‥‥‥取りあえず、あれを止めてくるか」


 うんうんと頷く2人を背に、彼女は深く息を吐いたのであった。







 ──────────







「で、背中で良いんだな」


「う、うむ」


 陽も高くなり、薄暗い工房にも明かりが射しこんでくるようになった頃。

 やや疲れた様子を見せながらも4人は机を囲み、中央に置かれてあったザラを頬張っていた。


「しかし成功するとは思わなかった。まさか高原、鳥系素材だけじゃないとは」


「あぁ、あれは予想外だったな」


 思い出すのは刻印石に使われた素材の数々。中でも苦労したのはラルラウと呼ばれる生物の肝であった。


「不凍に近い根源を持つ生物の素材であれば、とは予想を立てていたが。まさか地中とはな」


「不凍というより不滅に近いのかも。特に彼らは長く眠る必要があるわけだし」


「お手柄ってわけだ。なぁ?」


 意地悪そうに視線を向けてみれば、気まずそうに視線を逸らすグレイの姿。

 偶々(・・)手に持っていた素材を利用しただけであったが、こう上手くいくとは。


「クックックッ。いやぁ、お前の食糧が役に立つとはなぁ」


「うん、凄い凄い」


「やめろお前ら───ッ」


 ひとしきりからかい終えると、さて、とアイーシャは息を吐く。山積みにされてあったザラの姿はもうない。2人もまた気力十分といった様子でアイーシャの言葉を待つ。


「じゃあ、頼んだぞ」


「うむ」







 ──────────







「まずはじめに言っておくことがある」


 簡素な布地に腰を下ろす彼女の背から声がかかる。

 それはこの計画を進める前に言われたことでもあった。


「根源の変化といったが、正しくは追加。これからやろうとすることは、生物に元よりある性質に新たな性質を加えるというもの。

 当然、代償は存在する」


「代償、ね」


 予想はつく。本来ならば有り得ない性質を付け加えようとしているのだ。


「耐えきれるかは己次第。それでも、やるか?」


「くどいぞ」


 与えられた問いをバッサリと切り捨て、彼女は不敵に笑って見せる。


「恐れなんてものはねぇ。さっさとやれよ」


「そうか」


 衣を落とし、背をシュドゥラに向ける。

 それを正面にしたシュドゥラは額に僅かに汗を浮かばせながら、塗料を指につけ、


「行くぞ」


 印を、刻み始め───






 ──────意識が飛ぶ──────



 身体がほどけていく感覚。自身が何かに塗りつぶされていくような。



 予想していたような痛みはなかった。ただ息苦しい。



 呼吸の音も。鼓動の音も遠くなっていく。どこまでも沈んでいく。底の無い泉に落ちていく。



 しかし恐怖はなかった。むしろ変わっていく感覚に祝福を覚える。



 変わるんだ。あの頃の俺ではな───



 ■■たい 黙れ


 ■■たい 黙れ


 俺は─────────



「え?変わりたい?そうだねぇ。そいつは難しい質問だねぇ」


 あ


「人はそう簡単には自分を変えられないものさ。ただ、君の『』は本物なんだろう?」


「なら無理に変わる必要なんてないのさ。自分を誇りたまえ。君は間違いなく───」



 ごめ、んね



 黙れ


 そこをどけ 俺は俺だ。



 もうテメェの居場所は     どこにもない───







「───い!おい!」


 ハッと意識を取り戻す。

 気付けば視線は地面に。灰の床が僅かに歪んで見える。


「今、のは‥‥‥」


 ただ酷く頭が痛い。何を見たか。何を思い出したのか。

 曖昧な景色が脳裏に張り付いて離れない。何かを見た。その感覚だけが思考を支配する。


「おい!大丈夫か!?」


 身体を揺らされ、ようやく現実に意識が向く。振り返れば焦りの表所を浮かべたシュドゥラの顔があった。


「俺、は‥‥‥」


「突然ぶっ倒れやがって。割と焦ったぞ」


 アイーシャに厚手の布を被せ、彼はホッと息を吐く。

 それで、と彼は続けた。


「何があった。痛みに耐えかねたって感じでもないが」


「あぁ。いや‥‥‥」


 伝えるべきだろうか。彼女はしばし悩む。

 しかし、


「問題ない。少し、少し驚いただけだ」


 果たして前世が関係しているのだろうか。

 故にか。伝えるべきではないと彼女の心が囁く。

 それに逆らうつもりも、なかった。


「痛みはそこまでない。まぁ、それは個人差はあるだろうがな」


「そう、か‥‥‥」


 いつもの顔色を取り戻したアイーシャにシュドゥラは何かを言いたそうにするも、頷くだけに留める。確かに顔色にも問題はなく、無理をしている様子もない。

 本人が言うのであればと己を納得させた彼は、先の彼女の様子をひとまず意識の外へ置いておく。


「では感覚はどうだ?何か変わった感覚は?」


「あぁ、そうだな」


 開いた手のひらを見つめ、少し考える。

 フッと軽く微笑むと、彼女は嬉しそうに語った。


「変わったよ。間違いない」


 刻まれた印が紅く輝いたのであった。







 ◇◆◇







 翌朝。


 マーシェの街外れ。ハクト山に通じる道の始まりで彼らは最後の確認を行う。


「食料と水は十分。紅黄石の数も」


「寝具もばっちりです!」


「元気そうで何よりだ」


 各々の装備を確認し、彼女は小さく頷く。そういえば、と彼女は思い出し軽く笑った。


「いや、あそこまでとはな。抑えるのに思ったよりも力を使ったぞ」


「いやいやいや!あれは無理ですって!とても常人が耐えれるもんじゃありませんよ!?」


 印が刻まれる際に発するであろう代償、痛み。それは想像を絶するものであった。

 何故か痛みを感じなかったようであるアイーシャを恨みがましく見つめた3人は昨日のことを思い出し、背筋を震わせる。


「ホント、体がバラバラになったのかと思いましたからね!」


 ミルシィの言葉にうんうんと力強く頷く2人。アイーシャはまぁまぁと笑いながら、


「バラバラにならなくて良かったじゃないか」


「そういう問題じゃありませんよ!?」


 しかし意外だったのはやはり彼だろう。ミルシィやサーマの様子を見る限り、尋常な痛みだった筈だが。


「超えれたみたいだな?」


「当然だ」


 痛みの中、うめき声1つ漏らすことなく耐えきった男は何のてらいもなく言い切ってみせる。


「お前の冒険、しっかりと見させてもらうぞ」


「クハッ。任せとけ」


 今度はお前の番だと、挑発的な視線を向けるグレイに面白いとばかりにアイーシャは口の端を歪める。

 再び視線は前方に、見上げるはハクト山脈。その頂きに冠する久遠の凍土。


「出来れば俺もついていきたがったが」


「ハッ!お前を連れて行っても足手まといにしかならんよ!」


 グレイはさておき、サーマは種族の特性もあるだろうが、流石に長い時を生きるだけあってかなりの戦闘能力を保持していた。アイーシャにとってみれば嬉しい誤算である。


「ま、元よりサーマは協力者だ。連れて行かない理由はないよ」


「うぅむ。まぁ、解ってはいるがな」


 自信の戦闘力の無さは良く理解している。それに己に課された役割も。


「こっから先、お前は語り手になる。しっかりと頼んだぜ」


「ったく‥‥‥1ヶ月。それで良いんだな?」


「あぁ」


 今より1ヶ月。これが彼女らに与えられた時間である。

 もしもこの期日を過ぎ彼女たちが帰ってこなければ、


「お前たちは死んだとみなし、刻印石は破棄する。出来損ないとして」


「ま、安心しろ。そうはならんからよ」


 ニカッと笑った彼女はそのままシュドゥラの前に手を出す。それを迷うことなく握り返したシュドゥラ。手袋で随分と膨らんだにも関わらず伝わる力強さに、彼は確かな信頼を得た。


「頼んだぞ」


「おう」


 吐き出された白い息が自身の頬をぬぐう。


 そして、一歩先へ。



 ──────絶界へ。

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