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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第十八話

 

 一目見た印象は賑やかな街。

 マーシェと呼ばれるこの街は早朝にも関わらず、辺境には似つかわしくない程の喧騒に包まれていた。

 響き渡る野太い笑い声。それらは通りのあっちこっちから聞こえてきた。


「‥‥‥」


「鉱人族は午前午後のシフト制───もとい交代制になってますからねぇ。朝こうして騒いでいる彼らは昼頃に眠り、夜に働きだすのですよ」


 これまでの街とはまた違う賑わいを見せるマーシェ。特徴的なのはその街並みだろう。

 とにかく酒場が多い。席は店の外にも設けられており、店内・店外と変わらぬ騒がしさを見せつけており、中には既に酔いつぶれ道端でねこける者もいるほどだ。


 しかしそんな混沌とした様子とは裏腹に、見受けられる装飾は実に鮮やかかつ緻密。彼らが手に持つ杯は見たことの無い透き通ったもので出来ており、中の黄色い液体を鮮やかに映し出していた。


「ガラス、と呼ばれるミウタラ石から取れるものですね。ガラスを加工する技術は鉱人族しか持っておらず、なかなか市場には出回らない為かなり貴重ですよ」


「貴重という割にはありふれているようにも見えるが」


「ま、この街限定ですね。観光客も滅多に来ないので、あまり広まらないのでしょう」


「成程な」


 初めて見る技術の一端にアイーシャは僅かに顔を輝かせる。それを見たミルシィはやれやれと肩をすくめた。


「楽しむのは結構ですけど、まずは宿を探しませんか?荷物があっても邪魔ですし」


「そうだな」


 特に断る理由もなく、彼女は軽く頷いた。


「グレイは別れるとして。サーマはどうする?」


 当然のように別行動を言い渡されたグレイは、サーマに視線を向けるアイーシャに見えぬようにミルシィのそっと目配せする。

 面倒くさそうに顔をしかめるミルシィだったが諦めたように息を吐く。そんな2人の様子に気付くことなく、アイーシャはサーマの返答を待った。


「一緒でも構わない。というよりも資金は節約するべき」


「そうですよ!アイーシャさんったら何か興味があればすぐに手にしちゃうんですから!」


「‥‥‥そうなるとグレイも同じ宿にするべきだと思うが?」


「「それとこれとは別でしょ」」


 いまいちその気持ちを共有できないアイーシャは深くため息をつく。まぁ良いと軽く首を振り、


「んじゃ荷物を置いたら各自情報集めだ。一週間で片を付けるぞ」







 ◇◆◇







「ふむ。しかしどう探すか」


 1人、街並みをぼんやりと眺めながらアイーシャは考える。

 酒場で情報を集めるのも良いだろう。しかしどうにも気が乗らない。


(こういうのはアイツが得意だったな‥‥‥)


 何時も隣にいる馬鹿面を思い出し、1つ息を吐く。

 まぁいないならいないで良いかと思い直し、彼女はのんびりと歩を進めた。


 足の向くまま入ったのは装飾店。鉱人族の太い指から作られたとは思えないほどの煌びやかな装飾物の数々は、前身が男である彼女の目すら惹き付けるものであった。

 とはいえやはり装飾物。魔術的な効能を持つものは少なく、精々が魔術の補助をするといった程度のものであった。


(ちいさく持ち運びやすい‥‥‥確かな魔道具として確立されれば面白いかもな)


 指輪や首輪。耳飾りなどは所詮装飾物。

 着けているだけでこんな効能が!と詠うものは今どきの詐欺師ですらいない。


(ここには、なさそうか‥‥‥)


 素人目で見ても、ここにある殆どが魔術的要素を持たないものばかり。

 ダメ元で店主である鉱人族に尋ねてみると、彼は眼を見開いた後、豪快に笑ってみせた。


「ブハハハハハハハ!!!人の身で!それもテメェみたいな小娘が『サーハーン』に挑むか!!!何の冗談だそりゃ!!!」


「冗談だろうが何だろうがどうでも良いだろ。で、何か知ってるのか?」


「クククククク‥‥‥ンンッ!いや、そうだな。フム、サーハーンを越えるための道具か」


 ひとしきり笑った彼は軽く咳ばらいをし、考え込むように腕を組む。

 難しそうな顔で唸った彼はそもそも、と1つ指を立てると、


「そんな道具があれば、作ってれば嬉々として触れ回すだろうよ。ユンゲルには行ったんだろう?あそこになけりゃ、この世のどこにもない。それが普通だ」


「市場に出回すことのできない程、希少なものだとしたら?お前たちのガラスのように」


「ないな。サーハーン踏破はまさしく偉業そのものだ。それを秘匿する理由もないし、あそこにはまだ見ぬ素材で溢れ返ってる。さっさと道具を配ってより多くの素材を集めた方が儲かるだろう?」


「それもそうか」


 きっぱりと言い切る彼の姿に、しかしアイーシャに失望の色はない。ありがとよ、と軽く言った彼女は情報代の代わりに首飾りを購入していく。

 店を出ようとした彼女の背に、店主は声をかけた。


「まだ行ってねーんだったら魔道具を中心に取り扱う店に行くといい。店主自作の物も多いし、ひょっとしたら掘り出しモンがあるかも知れねぇぞ」







 ──────────







 次にたどり着いたのは先の店主の言葉にあった魔道具店である。

 別段マーシェ特有の店ではないが、やはりとういべきか、並べられた魔道具の種類はユンゲルのそれに匹敵するほどであった。


「こいつは、また‥‥‥」


 魔道具とはその名の通り、『魔術が籠められた道具』のことを指す。

 籠められた魔術は実に様々なものがあり、魔道具の最大の利点は魔力が無い者でも魔術を行使できるようになる点である。


 この世界において、魔力を持つことは当然であり、誰もが魔力を用いて魔術を行使することが出来る。しかし生まれ持った魔力は個々によって差があり、使用できる魔術の種類や回数は術者の魔力量によるところが大きい。


 魔道具に籠めた魔術は変えることが出来ず、使用回数や時間も限度がある。それでも魔道具は一般に広く広まっているのは、やはりその差を埋めるのに最も適したものであるからだろう。


 当然、魔道具の用途は多岐にわたる。簡単な火を起こす魔道具や光を灯す魔道具。戦闘用に氷の矢を降らす魔道具や、果てには地を割る魔道具もあるという。


 この世界の魔道技術はあの世界よりも遥かに進んだものである。

 以前ミルシィがこぼした言葉であるが、それに間違いはないとアイーシャは深く同意した。


(が、籠める魔術は所詮『人』によるもの。互換の魔術と同じで想像上のものは実現することは出来ない‥‥‥)


 魔術は理論によって組み立てられた、道理の技である。外法、禁法いかなる魔術であっても道理を無視して組み立てることは叶わない。

 逆に言えば理論さえ組み立てればいかなる魔術も、例えば時を止める魔術すら行使できるというわけだ。つくづく凄まじいものだなと彼女は笑った。


 ともあれユグドシャリアを超えるための魔道具である。効果が書かれてある紙と共に並べられてある魔道具を手に取り、つぶさに見ていく。


(まぁ、予想通りか)


 軽く嘆息しつつ、最後に手にした魔道具を元の位置に戻す。


(そんな魔道具があれば話題になってなければ可笑しい、か)


 まさしくその通りだと彼女は息を吐く。いくつか見たことの無い魔道具もあり、その効果も面白そうではあるが、期待にはほど遠いであろう。


「こいつはまた、珍しいな」


「ん?」


 後ろから声をかけられ、彼女は胡乱な瞳を声の主に向ける。

 あ、いやと彼は焦ったように手を横に振った。


「嬢ちゃんみたいな若ぇ女の子が魔道具を、それも戦闘用のを見に来るなんてめったになくてよ。つい声をかけちまった」


 悪い悪いと言って彼は頭を掻きながら、よく焼けた顔をほころばせる。

 話を聞くところによると、彼はこの店の店長であるらしい。久方ぶりの女性客で調子が良いのか。彼は、どうだ?と自慢げに魔道具を見せてきた。


「うちのモンの出来は他のとこには中々ねぇぞ。どんなモンが欲しい?物によっては少し安くしてやってもいいが」


 さて魔道具の出来とはなんのことを指すのだろうか。まぁそれは良いと、早速彼女は本題をぶつけた。

 予想通りというか、店主である男は彼女の言葉を聞くと豪快に笑った後、難しい顔で唸るのであった。


「サーハーンを超える魔道具か。んなもんありゃ、俺の方がお目にかかりたいわな」


「まぁ、そんな感じか」


「ったりめぇよ。『絶界』越えは俺たち魔道技師の悲願でもあるわけだからな。もしもそんなモンが見つかれば世界の果てだろうと見に行くだろうよ」


 フンと鼻を鳴らし、彼はそう答える。

 噂程度にそういった話を聞いたことはないかと尋ねてみても、返答は芳しいものではなかった。


「魔道具には元となる魔術が必ず存在する。サーハーンを超えるための魔術が存在しない限り、魔道具が出来ることはありえねぇよ」


 まぁ、と彼は続けた。


体を内側から温める(・・・・・・・・・)なんて魔術がそもそも存在しないしな」


「ん?そうなのか?」


「んー。まぁ少なくとも俺は聞いたことはないがな。勿論『暖かくなる魔術』は存在するが、所詮体の外側を温める魔術だろう?

 俺はな、サーハーンを超えるにはそれだけじゃ足りないと踏んでるんだよ」


 良いか、と言って彼は僅かに声の大きさを落とす。


「炎の剣が凍ったって話は聞いたはずだ。炎が凍るなんて有り得ねぇ。俺はそう考えたわけだ。

 んで思ったわけだ」


 そこで彼は言葉を区切り、勿体つけるように間を置く。

 しかしアイーシャが焦れる様子が無いからだろう。彼は諦めたように息を吐き、言葉を続けた。


「外側からじゃねぇ。それだったら炎はあっさりと消えちまう。内側から凍らしたんじゃねぇかって」


「だから中から温める魔術が必要だと?」


「おう。それも、そのものの『根源』を温める魔術だがな」


 自慢げに語り終えた彼であったが、一転して渋面を作る。けどなぁとぼやき、


「さっきも言ったが魔道具には元となる魔術が必要だ。んで、魔術には道理がいる。人の『根源』とは?ってのを定義しねぇと作れねぇわけよ」


 ハァーと長い溜息を吐いた。


「それがめちゃくちゃ難しくてよ。知り合いの魔術師に片っ端から当たってみたが、だーれも出来ないって放り投げやがって。成功すれば偉業だってのによー」


「成程な」


 彼女は口を開く。


「そいつは、あれだな。『冒険』するってことを恐れているのかもな」


「ん?おぉ!いいこと言うじゃねぇか!そう、『冒険』だよ!嬢ちゃん解ってるなー!」


 嬉しそうに声を上げた彼は、今度は僅かに憂いを帯びた表情を見せた。


「爺くせぇ言葉はあんまり好きじゃねぇんだが。今の奴らは『冒険』することを忘れちまってる。我武者羅に自分が思い描いた道具を作ってよ。失敗したら笑って、成功したら喜んで。真っ白な用紙にどんなものを書き上げてやろうってワクワクしてよ。何の変哲もない鉄をどう変えてやろうってよ」


「未知を生み出すか‥‥‥その『冒険』は考えてなかったな」


「ハッハッハ!作るに関しては俺達の右に出る者はいねぇからよ!無理もねぇさ!」


 顎を撫でながら彼は思う。

 口に出してみれば成程。自分もまた『冒険』を諦めた者であると。

 模倣を是とし、改変を改善と言い張り、装飾物を自作だと自惚れる。

 いつの間にか忘れてしまったものだと、彼は内心息を吐いた。


 そんな時だった。


 ふと、記憶に波紋が広がる。


「どうした?」


 その声で意識が現実に引き戻され、呼び起こしかけた記憶もまた泡沫のように消えていく。

 何でもない、と手を振りつつも彼は消えていく記憶を必死に手繰り寄せた。


 そうだ。ただ一人。ただ一人だけ、己の道を失うことなく、進み続け、誤り続けた男がいた。

 或いは、彼ならば。


「もしも‥‥‥」


 不思議だ。

 サーハーンを超えると大口を叩いた少女。本来であれば一蹴しているであろう彼女の言葉を、自分は無視できないでいる。


「もしも本当にサーハーンを超えたいのであれば、」


 それは、単に彼女の先を見てみたいと思ったからに他ならない。彼女の言葉の中に本気の熱を感じ取ってしまったが故に。

 彼は言葉を紡ぐ。


「シュドゥラと名乗る男に会うと良い。彼ならば、力になれるやもしれん」







 ◇◆◇







「とまぁ、俺が集めた情報はそんな感じだな」


 日が暮れ、今朝がたとはまた別の賑やかさを見せる酒場の一角で彼女はグイッと杯を傾ける。

 喉が焼けるような感覚。本当に強い酒しか置いてないじゃねぇかと内心毒づいた。


「ところで、だ」


 集まった面々を見て、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「なんでお前たちはそんなにボロボロなんだ?」


「いやぁ‥‥‥えへへへへ」


「‥‥‥」


 傷だらけの顔を緩ませ、誤魔化すようにミルシィは笑う。サーマは我関せずといったように『コップ』と呼ばれる容器に注がれた水を喉に流し込んでいた。


「まぁこれもチームのためと言いますか‥‥‥嫌々ですが必要な犠牲と言いますか‥‥‥」


「‥‥‥」


 訳のわからない言葉を重ねるミルシィに対し、グレイは黙ったまま腕を組む。ミルシィがしきりに目配せを送っているところを見るに、何か関係しているのだろうが。


「まぁ、お前たちの仲に文句は言わんが‥‥‥あまり激しいのはやめとけよ」


「ちょっ!なんかとんでもない誤解をしてませんか!?違いますからね!?」


「解ってる解ってる」


「むきーーー!全ッ然違いますからね!この糞男!貴方も何とか言いなさい!」


 何とか誤解を解こうとグレイに怒りの矛先を向ける。ややあって彼は重々しく口を開いた。


「悪いな。少し、借りさせてらった」


「言い方!」


 ぎゃいぎゃいと騒ぎ出す彼女を尻目に、アイーシャはサーマへ視線を向ける。


「お前の方は?」


「やっぱり皆知らないって言ってる。けど、そのシュドゥラって名前は聞いたことないから‥‥‥可能性はあるかも」


「聞いたことが無い名前か‥‥‥」


 あの迫真に迫る表情から紡がれた1つの名前。それが唯の鉱人族の名であるとは思えない。

 高名な鍛冶師か、魔道技師か。あるいは全くの逆か。

 ともあれ名を聞かないなどはなさそうなものだが。


「騙された、というのも少し考えづらいか‥‥‥」


「ん?何の話です?」


 しかし方針は定まった。

 その男がどんな存在であれ、取りあえずは会ってみるべきだろうと彼女は結論付けた。


「ちょいちょい、アイーシャさんや」


 そこで何も見つからなければ、やはり諦めるべきだろうと内心息を吐く。無謀な挑戦に身を晒すつもりはないし、何よりこの『呪い』が彼女を全力で引きとめる。

 ‥‥‥死を恐れる感情というのは‥‥‥全くもって忌々しいものだ。


「‥‥‥えい!パイタッほぎゃあああああああ!!!ゆびぃいいいいいい!!!」


 パキパキという小気味の良い音が耳を打ち、深く沈みこんでいきそうだった思考がスッと定まっていく。

 無ければそれまで。実に簡単な話じゃないかと彼女はくつくつ笑った。


「ミルシィ、グレイ。お前らはそのまま(・・・・)で良い。サーマ、お前はどう転んでもいいように準備を進めとけ」


「情報収集は?」


「要らん。というよりも、もう意味がない」


 技術は存在しない。しかし完全に有り得ないと断定するのもまた早計。


「あとは運のカミサマってのが味方するかどうかだ」



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