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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第十七話

 

 窓から射し込んできた朝日に照らされ、ゆっくりと瞼を開く。

 わずかに固まった体をゆっくりとほぐしながら彼女は長い息を漏らした。

 わずかに軋む寝台。その音にもう1つの寝台で眠っていた少女がうぅんと小さなうめき声をあげた。


「さて」


 寝台からゆっくりと降り、窓のそばへ寄る。開けてみれば朝から賑わいをみせる街の様子が見られた。

 吹き込んでくる涼やかな風を胸いっぱいに吸い込み、彼女は口を開く。


「どうしたものか」


 おおよそ清々しい朝には似つかわない、困ったような声を上げ彼女は唸るのであった。


 サーマを仲間に入れてから早数日のことであった。

 順調に資金を集めていた彼女たちは、しかしその顔に苦々しい表情を浮かべていた。


「あー‥‥‥一応確認だが」


「何?」


「ユグドシャリア踏破のための道具に、何か心当たりはないか?」


「ない」


「‥‥‥」


 にべもなく言ってのけるサーマではあったが、アイーシャに落胆の色はない。

 そもそもそんなものがあれば彼女はとうの昔に攻略してるだろう。仕方ないとすぐさま切り替え、資金集めに並行して彼女はユグドシャリア踏破に向けての情報を集めていた。


 結論から言おう。あの絶対凍土を超える術は見つかることはなかった。


(紅黄石の利用は良い線いってると思ったんだが‥‥‥)


 それ自体が熱を発し、様々な道具の燃料にも使われている紅黄石。

 それに特殊な魔術を編むことで熱量を上げて活用する方法は、しかし絶対凍土の前では無力であった。


(熱波で作る膜。あれはそれなりに耐えれたそうだが‥‥‥問題は燃費か)


 1ミニトなら滞在できたと自慢げに記された記録を思い出し、彼女は大きく息を吐く。


(得られる情報の限界か。しかし‥‥‥)


 ユンゲルは大陸最大級の交易都市。当然、入ってくる情報の量も桁違いに多い。

 何よりこれから行こうとする場所は辺境も辺境。これ以上新しい情報が手に入るとは思えない。


 だが


(行ってみれば、案外どうにかなったりしてな)


 無理はもとより承知。

 その程度では、彼女の『冒険』は止まらない。


「オラ、いつまで寝てやがる」


 蹴り飛ばされ、強制的に意識を起こされたミルシィ。

 目を白黒させながら何事と慌てる彼女の顔を挟むように手を当て、覗き込むように視線を合わせると、


「行くぞ」


「‥‥‥ひゃい」


 なおも理解が追い付かないミルシィであった。






 ◇◆◇






「そうか。もう行くのじゃな‥‥‥」


「おう」


 寂しげに声の調子を落とす老人───マルドに、アイーシャは簡素に答える。

 そんな彼女を見かねたのか、後ろから寄ってきたミルシィがアイーシャさん、と耳打ちする。


「良いんですか、それだけで!?ほら!お爺さん悲しそうですよ!?」


「ぁあ?」


 肩を落とす老人を一瞥し、彼女は心底面倒くさそうに肩をすくめる。

 1つ息を吐き、ミルシィのでこを軽くつつくと、老人の元へよる。

 顔を上げる彼に向けて、彼女は一言。


「強く生きろよ」


「ちょーい!」


 奇声を発したミルシィがアイーシャの肩をゆする。


「貴女には人の心がないんですか!?せめて慰めの言葉ぐらい───」


「あーうるさいうるさい」


 ミルシィを引きはがし、再び彼女は老人の前に立つ。

 仕方ない、と彼女は肩を落とすと、


「まぁ、あれだ。心配することはねぇよ」


「?」


「俺が、『冒険者』って存在を広げてくるからよ」


 それは、独り残された老人を労わる言葉ではないのだろう。

 恥ずかしがることなく、堂々と言ってのける彼女に、思わずマルドの口元がほころぶ。

 英雄をもってしても成し遂げることが出来なかった、偉業とも呼べるもの。それを、彼女は───


「ほっほ」


 軽く顎を撫で、彼は小さく笑う。


「頼んだぞい」


「任せとけ」


 軽く拳をぶつけ合った両者はニカツと笑って見せるのであった。





「んもー!良いこと言うじゃないですか───イテッ!」


「うるさい黙れ」







 ◇◆◇






「次に行くのはリラ。ここでは専ら情報収集だな」


 まぁあまり期待はしていないがな、と愚痴をこぼすアイーシャ。対し、グレイとミルシィは僅かに顔をこわばらせる。

 地図上で指示された場所。そこがいよいよユグドシャリアに近づいてきたことを意識してしまったためであった。


「サーマには必要と思われる薬剤の準備に尽力してもらうが‥‥‥構わないか?」


「問題ない」


 彼女が名乗っていた錬金術師という職業。それは彼女がもつ魔術からくるものであった。

 得意とする魔術は『互換』。様々な物質を変異させるという魔術。

 とはいえ制限は多く、変異の際は膨大な魔力を必要とするため頻繁には使えないようだが、極めて強力な魔術と言っていいだろう。

『互換』の応用性は高く、薬剤の生成にもその力はいかんなく発揮されていた。


「空想上のものへの変換は不可能、か。まぁそれが可能なら苦労はしねぇわな」


 逆に空想上のものでなければ何でも作れると聞けば、その魔術の凄まじさが伝わるだろう。


「一応、目標は40日───1ヶ月前後だ。それまでに手が見つからなければ諦める。見つかれば───」


『冒険』だ、と彼女は獰猛に笑って見せた。


「ま、どうせ暫くは町中だ。気長に構えとけ」


 そう言うなり彼女は背を壁に預け、目を閉じる。

 同じように目を閉じたサーマを横目に頭を掻いたグレイは外の景色をぼんやりと眺め始めた。


「なんですか?一丁前に緊張しているんですか?」


 三白眼を向けつつミルシィが声をかける。無視するのも、と彼は不承不承に小さく頷いた。


「アイーシャは強い」


 体でも、心でも。ついていくのすら困難なほど、彼我の力の差は隔絶している。

 彼女がこちらを気遣うことはないだろう。サーマとは違い、自分はそばにいる事を許して貰っている身だ。朽ちるときすら、彼女が振り返ることはないだろう。


「まっすぐに進んでいく彼女を見ていると、不安になる。俺はどこまでついていけるのか。どこまで、見ていることが出来るのか」


 観測者で居たいと、あの時発した言葉に偽りはない。それでも力がなければ振り切られるのは必然。


「ここが正念場だ」


 この『絶界』を超えることが出来るのか。もしも出来たのであれば、


「俺は、俺自身を誇ることが出来る」


 庇護される存在ではない。ただの『観測者』であると。


 そんな彼の覚悟を、


「ぷっ」


 彼女は笑いをかみ殺しながら聞いていた。


「テ、メェ‥‥‥」


 限界とばかりに噴き出すミルシィ。怒りでグレイが僅かに肩を震わすも彼女の笑い声は止まらなかった。


「ぷくくくくく。俺自身を誇ることが出来る、ですか!?いやぁ良いですねぇ!熱いですねぇ!」


「ブッ殺す!」


「おっとぉ!良いんですか?私に手を出すとアイーシャさんが黙ってませんよ?」


「ヌ、グググググ‥‥‥」


 歯を食いしばるその姿をみて、再びミルシィが笑いだす。

 ひとまず落ち着いたのか、彼女は荒い呼吸とともに口を開いた。


「ま、良いんじゃないですか?」


「ぁ?」


 さっきの態度とは一転。彼女は酷く優し気な表情を浮かべながら語る。


「観測者。大いに頑張って下さい」


 厳しい道のりですけどね、と彼女は薄く笑って見せる。


 ()と共に歩み続けたいと言ったものがいた。。

 ()が放つ光を傍で見続けたいと願うものがいた。

 ()を支え続けたいと奮起するものがいた。


「案外、期待しているんじゃないですか?」


 懐かしむように目を細める。

 グレイはそうか、と小さく声をこぼした。


 振動が止まり、外がにわかに騒がしくなる。

 軽く頭を掻くと、彼は静かに外へ出ていった。


「ですよね。アイーシャさん?」


「‥‥‥」


 応える声はない。

 僅かな衣擦れ音が響くだけであった。






 ◇◆◇






 早朝。

 空に僅かな朝焼けが射す時間、軽やかに地を鳴らす音が響く。


「馬車の中とはいえ、この時間は冷えるものだな」


「そうですねぇ‥‥‥あ、こちらをどうぞ」


 湯気が立つ杯を受け取り、中身を煽る。僅かな酒精が身体を中から温め、思わず彼女はほうと息を吐いた。


「朝から酒とは。いい身分だな」


「少量だから良いんですよぅ。それに、これも『冒険者』特権ということで」


 片眼を瞑ってみせ、ミルシィもまた杯を傾ける。あちち、と声を上げる彼女を横目に再び杯を傾けた。


「あれか」


 幕をのけてみれば、遠くの方で白い煙を上げる家の数々が見える。否、あれは家ではなく正しくは、


「鍛冶場。鉄の街」


 名をマーシェ。鉄を変える者、鉱人族が主に住まう雪と鉄で覆われた街。


 そして、『絶界』ユグドシャリアに最も近い地。


「さて、どう転ぶか」


 不安などまるでないかのような、何かを期待するような眼差しを向けながら彼女は低く笑うのであった。


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