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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第十六話

 

 連邦都市ユンゲル。その一角に置かれてある組合の中。

 死人のようにぐったりと倒れる2人を他所に、彼女はふむと興味深げに顎を撫でた。

 目線の先には掲示板。そこに貼られてある2枚の紙。


「残った2つの依頼がどちらも素材収集の依頼とはなー」


 古ぼけた様子からその依頼は随分前からあったのだろう。適正な価格の報酬ではあるが、人々の自由人離れ(ただでさえ人気が無いのはさておき)から今の今まで残された、といったところか。


 とりあえずは、とそこから1枚剥がしぺいと床に放る。ついでに腰にくくりつけていた幾つかの小袋も床に並べていった。


「依頼物だ。確認しておけ」


「ふむ」


 それらを前にした老人の名はマルド。彼は並べられた小袋の口を順々に緩めていき、中身をつぶさに見ていく。状態がよいものばかりで、いかなる魔術を使ったのかと内心首を傾げた。

 しかしそれをおくびにも出さず、確かにと言って小袋を裏の部屋へと持っていく。暫らくし、部屋から出てきたマルドの手には大きな袋が握られていた。


「これが報酬じゃ」


「おう」


 短いやり取りを済ませ、やはりというかアイーシャは中身を確認することなくミルシィの元へ放る。

 硬貨の入った袋が鈍い音と共にミルシィの背中を直撃する。くぐもった呻き声が聞こえた。

 マルドは呆れたように息を吐く。


「豪胆というかなんというか‥‥‥」


「いちいち確認するのも面倒だしな。何より数少ない自由人を逃がす理由もないだろう?」


「ぬぅ‥‥‥」


 口ごもるマルドに対し、アイーシャは呵々と笑う。


「それに。早すぎるじゃろ、お主」


「そうか?」


 依頼を受けたのは二日前。縄で縛られ、涙を流していたミルシィを引っ張ってきた姿を見て何事と思ったのも、随分最近である。

 そうだなーと彼女は思い起こすように天井を見上げる。


「まぁ、取りあえずは馬鹿(ミルシィ)には木の実とか虫の採集に充てて‥‥‥あぁ、それと戦闘はグレイ中心だったな」


 いやぁあそこまで綺麗なきりもみ回転は見たことなかった、と感心したように頷く彼女を見て、マルドは冷や汗を流さざるを得なかった。


「そんなわけで、何時もよりも遅めだったと思うぞ?」


 可愛らしく小首を傾げるアイーシャに対しただ、そうか、と言ってマルドは頷く。

 チラリと背後で転がる2人(共に死にかけ)を見て、すぐさま視線をそらした。触れないことにしたらしい。


「ま、なんにせよ残す依頼はあとこれだけだ。さっさと終わらしてくるかねぇ」


 残っていた依頼書の中身を見て、興味深げに目をスッと細める。

 そう言えば、と彼女は小さく漏らした。


「少し聞きたいんだが」


「ん?」


「取ってきた素材は、後で依頼者がここに直接取りに来るのか?」


「ふむ」


 問われたマルドは少し考えるように顎を撫でる。


「そうじゃのう‥‥‥基本的にはそういう場合が多いじゃろう。代理人を挟む場合はそんなにないの」


 といってもそもそも依頼がここで達成された場合が少ないんじゃが、と老人は軽く笑う。


「しかし、どうしてそんなことを?」


「ん、いや、大したことじゃないんだが」


 そう言って彼女は依頼物が書かれてある欄を軽く撫でる。一見すればとても何かに役立つとは思えない物の羅列。しかしそれが彼女にはどうにも意味のないものには見えなかった。


「こんなものを態々頼んでくる奴に興味があってな」


「ほぅ‥‥‥」


 マルドの目が僅かに光る。それならば、と彼は口を開いた。


「三日後に来るとよい。儂が会わせてやろう」


「お?本当か?」


「うむ。任せておくれ」


 薄い胸をたたき自信満々にそう言ってのける老人に対し、彼女はそうかと満足げに頷いたのであった。






 ──────────






 そんな会話をしていたのが数刻前。


 2人の復活を待ちつつ、床に座りマルドと談笑を交わしていたアイーシャが突如顔を上げる。

 その瞬間、一際大きな音を立て、組合の扉が勢いよく開かれた。


 僅かに息を切らせ飛び込んできた人物。いや、正しくはそうではないだろう。

 褐色の肌、硝子の奥にある紫紺を宿した瞳。短く揃えられたとてもこの世のものとは思えない美しい銀髪。そして先の尖った耳(・・・・・・)

 そう、彼女は人ではなかった。現存する個体が極僅かと言われる希少種の1つ。名を、確か()


「エルディオ族‥‥‥?」


 その特徴的な瞳の色や銀髪から見て間違いないだろう。とはいえ、実物を見るのは初めてであるため自信はない。

 それに。仮に本物のエルディオ族であっても何故こんな場所に?という疑問がアイーシャの中で沸き上がる。


 僅かに警戒するアイーシャ。しかし、エルディオ族の彼女はそれに取り合うことなく勝手知ったる風に奥の部屋へと進んでいく。止める間もなく入っていった扉を、アイーシャはしばらく呆然と眺めていた。


「やれやれ。相変わらずじゃのう」


 マルドの呆れたような声が耳に届き、彼女の意識が戻った。


「‥‥‥おい」


 ややあって静かな声で老人に語り掛ける。

 老人は僅かに頬を掻きながらそうじゃよ、と返した。


「あれが依頼人。エルディオ族の───」


 奥の部屋から響いた甲高い歓声が老人の声を遮る。鼻息荒く部屋から出てきた彼女をむんずと掴むと、マルドは疲れたような声音で言った。


「───サーマという者じゃ」


 サーマ、と。そう呼ばれた彼女はん?と首を傾げるのであった。






 ──────────






「はじめまして、サーマといいます。錬金術師です」


 聞きなれぬ職業を口にしたサーマは、軽く頭を下げる。


「貴女達が私の依頼を果たしてくれたのですね。改めてお礼を」


「あー。いらんいらん。そんなことよりも、だ」


 そう言って再び頭を下げた彼女の声は、とてもさっきの歓声の持ち主とは思えない無機質な声であった。

 まぁそれはどうでも良い。アイーシャは早速とばかりに質問をぶつけた。


「お前が頼んでいた依頼物。一見すればよく解らない物ばかりだが‥‥‥」


 そこで1度言葉を区切り、手元の依頼書へと目を落とす。


「なんか意図が───って近い近い近い!」


 いつの間にそこにいたのか。鼻先にあったサーマの顔を押しのけようにも物凄い力で抵抗された。


「解りますか!?解っちゃいますか!?」


「うるさい黙れ抵抗するな!離れろ!」


 訂正しよう。先の歓声は紛れもなくこの女のものである。

 暫くの攻防の後、マルドに引き摺られるように下がらされた彼女を見てアイーシャは1つ息を吐く。


「わかんねぇから聞いてんだよ。んで、そいつを何に使うんだ?」


 先程の熱はどこに置いてきたのか。サーマは元の平淡な声音で答えた。


「はい。とある物を作るためにです」


「とある物ねぇ」


 何か含みを持たせるような言い方に、アイーシャはますます好奇心を募らせる。


「それは何だ?薬か?」


「“エリクシール”と呼ばれる物です」


 隠すつもりは無いようで、サーマはすんなりと答えた。

 しかし、アイーシャの知るなかにそんな物は存在しなかった。一体どういう物なのか、更に質問をぶつけようと口を開いたアイーシャ───よりも早く反応を示した者が1人。


「エリクシールですとぉ!?」


 予想外の声にアイーシャがビクリと肩を震わす。

 びっくりしたアイーシャさん!眼福です!と声を上げた馬鹿の両目を突き、アイーシャはで?と冷たい目で見下ろす。


「何だ?知ってるのか?その、えりくしーるってやつを」


「えぇ、まぁ‥‥‥」


 シクシクと両目を抑え、涙を流しながら彼女は答える。


 曰く、万能の薬であると。


「伝説上に存在する、あらゆる病気、あらゆる怪我を瞬く間に治してしまう秘薬です。

 神代に存在したと言われており、今世ではもはや目にすることは不可能と聞いたのですが‥‥‥」


 そう言ってミルシィはサーマの方へ視線を投げる。

 彼女はそう、と静かに頷いた。


「素材も調整工程も一切不明。そもそも存在したかすら怪しい薬」


 それでも、と彼女はその口調とは裏腹に力強い視線をアイーシャたちに向けた。


「私は信じている。エリクシールは存在すると」


「ほぉ‥‥‥」


 何がそこまで彼女を駆り立てるのか。その強い意志を宿した瞳に、アイーシャは感心したように息を吐く。


「そのための素材集めか‥‥‥」


「はい。だから貴女達には本当に感謝しているんです。私ではとても集めきれないので」


「‥‥‥1人で集めているのか?」


「?‥‥‥はい、そうですよ?」


 僅かにアイーシャの目が見開かれる。因みに、と彼女は続けて、


「‥‥‥何年だ?」


「そう、ですね‥‥‥500年ほどでしょうか?」


 その言葉に、今度こそアイーシャは言葉を失う。

 マルドはただ静かに目を閉じた。


「500年前ですか‥‥‥」


 ミルシィもまた何か思うところがあるのか、唇に指を当て、うーんと軽く首を傾げた。


「あぁ、思い出しました。確か『ルルドの獣』でしたか?」


 今度はサーマが驚いたように目を見開いた。

 何のことだとアイーシャが視線を寄越せば、彼女は普段とは違う、酷く真面目な声で答えた。


「500年ほど前に突如として現れた闇の怪物。それに正式名称はなく、『ルルドの獣』として伝えられてきました。

 獣は本当に、なんの前触れもなく現れ、災厄をもたらしました。

 アイーシャさんが知らないのも無理はないかと。人族にその獣の伝承はありませんからね」


 そこで言葉を区切り、彼女はチラリとサーマへ視線を向ける。

 サーマは黙したまま、ミルシィの話の続きを待った。


「災厄の対象となったのは大陸の西に存在する森に住まう種族。

 アノバロス族。精霊族。そして、エルディオ族」


 成程、とアイーシャは小さく唸る。

 アノバロス族。精霊族。それらはともにとある事件(・・・・・)を契機に滅亡(・・)した種族であると伝えられていた。


「獣のもたらした災厄はいたって簡単。“病気”です」


「病気だと?」


「はい。不治の病、それも、子供が産めなくなるという病です」


 ピクリ、とサーマの方が揺れた。500年前に振り撒かれた病。ということは彼女も‥‥‥


「アノバロス族と精霊族は瞬く間にその数を減らしていきました。エルディオ族だけはその寿命の長さゆえに、生き永らえましたが‥‥‥そもそもその獣を倒すのに相当数が減りましたからね」


「その病を治すための薬というわけか」


 アイーシャは静かに目を瞑る。

 ようやく合点がいった。素材の理由、そしてマルドが彼女を会わせることに妙に乗り気だった訳が。


「同族のよしみというわけか?なぁ?」


「‥‥‥」


 マルドは何も答えない。しかし、その沈黙こそが彼の心情を雄弁に語っていた。

 さて、とアイーシャはサーマへ視線を向ける。力強い光を宿した瞳に陰りは見られず、それを目にした彼女は薄く目を細めた。


「1つ、提案がある」


「なんでしょう?」


「俺達と一緒に、改めて世界を回ってみないか?」


「‥‥‥」


 投げかけられた突然の提案。

 当然、返答はない。しかし彼女はそれを気にすることなく語り出す。


「知っての通り俺達は自由人だ。が、俺達は『冒険者』と名乗っている」


「‥‥‥」


「目的は至って単純。この世界を“冒険”するって、ただそれだけだ。

 そう、この世界全てを。秘境、魔境‥‥‥『絶界』ですら」


 サーマの瞳に更に力が籠る。アイーシャは愉快そうに口の端を緩めた。


「500年もかけたんだ。自力で行けるとこは全部試したんだろう?」


 この素材がその証拠だ、と彼女は紙を軽く叩く。


「今更こんなしょぼい素材を手に入れていないとは思えん。集められる素材は集めきって、後は組み合わせって段階になったんだろう?だから───」


「それは違います」


「───そう───ん?違う?」


「はい」


 得意げに語るアイーシャを遮り、彼女は小さく頷く。


「オークが苦手なんです」


「あ?」


「だからオークの素材が中々手に入らなかったんです」


「‥‥‥」


「肝は鮮度が命ですから、自分で倒す必要があって‥‥‥だから本当に助かりました」


「‥‥‥」


「‥‥‥」


「‥‥‥プッ───グェェェェ」


 突如奇妙な声を上げ始めたミルシィを無視し、アイーシャは視線をマルドへ向ける。そっと視線を外された。

 おっと。思わず手に力が籠ってしまった。


「けれど───」


 胸に手をやり、サーマは少し考えるように間を置く。

 そして彼女は静かに、その口を開いた。


「それは、良い提案なのかもしれません」


「‥‥‥」


「そんな薬は存在しないと。誰からも賛同を得ることはなく、ずっと1人で歩いてきて。それでも答えが見つからなくて」


 1つ、息を吐く。


「あぁ、成程。この感じ、この感覚が」


 本当に、本当に小さな微笑。しかしそこに籠められた思いはいかほどのものなのか。


「仲間、というものなのですね」


 その笑みを彼女が、否、()が笑えるものか。たった1つの願いを背負い続けてきた者を。その重みを知る者が。


 ───ズキリと、頭痛が走る。


 それを気にすることなく、彼女は呵々と笑いながらゆっくりと手を差し伸べ、


「良いじゃねぇか。伝説の薬を作り出す?そんな『冒険』があってもよ。俺はテメェの『冒険』を否定しない。笑いやしない。

 ───もう一度聞くぜ。俺達の、仲間にならないか?」


「‥‥‥ええ。よろこんで」


 その手にちょんと触れた彼女ははらはらと涙を流しながらも、そう答えるのであった。







 ◇◆◇







「随分と変わられましたね」


 夕焼けが染める帰路を2人は肩を並べて歩いていく。

 辺りはまだ人々で賑わっているため、2人の声が届くことはない。

 だからだろうか、彼女達は気兼ねなく会話を交わす。


「何のことだ?」


 仏頂面で彼女がそう答えれば、ミルシィは可笑しそうにクスクスと笑った。


「格好良かったですよ。『冒険』を笑わないって」


「‥‥‥からかってんのか?お前?」


「いえいえ」


 僅かに怒気を向けられるも、軽く受け流す。やりづらそうにアイーシャは頭を掻いた。


「他意はある。錬金術師ってのにも興味はあるしな」


 それだけだ、と話を強引に切る。

 はいはい、と笑いながら答えるミルシィの目にはひどく優しげな光が宿っていた。


「───本当に、変わりましたよ。貴方は───」


 その呟きは、やはり雑踏に紛れ消えていくのであった。



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