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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第十五話

 

 大陸随一の領土を誇る国、ウンリーヒャ連邦。

 そこはこの世界唯一の都市国家でもあり、その一つに当たる連邦都市ユンゲル。

 大陸最大級の交易都市としても有名なこの地は、あらゆる種族を受け入れる『迎合派』としても名を轟かせていた。


『迎合派』とは何か。

 端的に言えば人族以外の全ての種族にも等しく権利を与えるべし、と唱える者たちの集まりだ。


「まぁそれでも随分と傲慢な言い方なんですけどね~」


 しかし人が作り上げた国、都市である。他種族に対する制限もあってやむ無しだろう。


 この世界の人族は主に2つの思想に分かれている。

『排斥派』『迎合派』の2つだ。

『排斥派』についてはもはや説明も不要であろう。近年では『迎合派』を唱える者も多くなり、『排斥派』は次第にその勢力を弱めていっていた。


「そもそも、『排斥派』なんて生まれるのが可笑しな話なんですよ。そりゃよく解らない種族が自分の領土を我が物顔で闊歩しているのは気に食わないでしょうけど、やりすぎなんですよねぇ」


 彼女の言葉は続く。


「肉を裂く爪もない。骨を砕く牙もない。恐るべき魔力もない。

 しかし人族には知恵がありました。悪辣ともいえる知恵。それこそが人族が唯一持つ武器であり、人族を大陸のほとんどを治めるに至るほど発展させてきた武器です。

 そりゃ増長もするでしょうよ。『排斥派』なんて言葉を生み出すぐらいには」


 ともあれ『迎合派』として名をはせるこの都市、ユンゲル。 

 そこには最大級の交易都市とあって様々な、本当に様々な種族が街を歩いていた。


 重く響く足音に振り向けば見上げるほどの巨躯を誇るティタン族。昼間から飲んだくれる鬼種。羽を畳み優雅に歩くエルーダ族。バッチェと呼ばれる種族特有の楽器を森煌族。道を元気よくかけ、親に怒られる獣族の子。

 あらゆる種族、自分とは違う価値観をもつ他種族の数々に、思わずアイーシャは喉を鳴らす。


「いや、こいつは‥‥‥」


 予想以上だと、続く言葉は呑み込む。代わりに彼女は口元を僅かに弧に歪めた。


「どうですか?アイーシャさん」


 ミルシィがこちらを振り向き、僅かに勝ち誇ったように微笑んで見せる。

 彼女は軽く鼻を鳴らし、降参だとばかりに両手を挙げた。


「そうだな。街を、文化を見るのも『冒険』ってやつか」


「おぉ‥‥‥やけに素直ですね」


「まぁ、な」


 改めて街をぐるりと見まわす。

 他種族同士が腕を組み、笑い合い、歌い合う。


「これが‥‥‥」


 不意に、


 ───ズキリと、


 脳裏をよぎる記憶と、鋭い痛み。

 顔をしかめたアイーシャにミルシィが心配そうに駆け寄る。


「だ、大丈夫ですか!?」


「‥‥‥問題ねぇよ」


 頭を押さえつつ、軽く手を振ってみせる。

 なおも心配そうな様子を見せるミルシィであったが、不承不承ながら離れる。グレイもまたちらりと一瞥するだけに留め、声をかけることは無かった。


(何だったんだ。今の、記憶は‥‥‥)


 あまりにも一瞬。もはや輪郭すらおぼろげな記憶でが、それでも、


 不快だ(・・・)という感情だけが張り付いて離れない。


(クソッ‥‥‥)


 内心毒づくも気分が晴れることは無い。どうしたものかと視線をめぐらすと、


「アイーシャさん!見てください!腕相撲大会ですって!見に行きませんか!?」


 やたら張り切った様子で、ミルシィがぐいぐいとアイーシャの袖を引っ張る。

 彼女なりに気を遣ってくれてるのだろうと察したアイーシャは抵抗することもなく、引っ張られるまま足を動かすのであった。







 ──────







「おー!結構賑わってますね!」


 会場につくと、そこにはすでに多くの者たちが輪になって集まっており、誰もが中央に目を向けていた。輪の外側には台が用意されており、見やすくするための工夫などが凝らしてあった。


「あ!始まるみたいですよ!」


 台の上に立ち、中央へと目を向ける。脚が長い台がポツンと置かれてあり、それを挟んで2人の男が向かい合っていた。


(男、だよな‥‥‥?)


 どちらも人族ではない為判別が難しいが、声を聴く限りそうだと判断する。ともあれ両者は審判の合図とともに机の上で腕を組み合い、睨み合う形をとる。


「鬼族と、ティタン族か」


 どちらも膂力で優れる種族だ。紹介によると鬼族は大会の絶対王者であり、ティタン族は挑戦者という形で臨むようだ。


「用意‥‥‥始め!」


 開始の合図が響き、両者の筋肉が膨張する。

 台から僅かな異音が響くが、2人はお構いなしに全力を込めて戦っていた。

 観客からの声援が響き、ますます戦いは白熱する。見たところ、僅かに鬼族の方が優勢か。


「2人とも頑張って下さ~い!」


 隣から聞こえる気の抜けた声援を他所に、じっと戦いの場を見つめる───ようにしてスッと視線を動かす。

 王者に勝つと、20万ギルか‥‥‥


「むっ!なにやら邪な気配!」


「ほっとけ。それよりも、そろそろ決着がつくぞ」


「なんと!?」


 一際大きな音を立て、片方の腕が台に叩き付けられる。勝者はやはりというか鬼族の方。ティテン族の方は悔しそうに顔を歪めながら去っていき、対し鬼族の男は彼を一顧だにせず、無表情のまま立っていた。


「勝者はこの男!ニグ!

 さぁ皆様の中に挑戦者はいらっしゃいますか!?我こそは!という方は是非名乗りを───」


「やろう」


 おぉという歓声。しかし、それはすぐに困惑のざわめきへと変わる。

 それもそうだろう。何せ名乗りを挙げたのは小柄な人族の女。観客の輪を潜り抜け、彼女はニグと呼ばれた男の前に立つ。

 ニグの無表情が僅かに崩れた、ような気がする。


「腕が合わないから組むことも出来んぞ」


「それも問題ない」


 そういって彼女は拳を握り、台の上に肘をつく。


「お前がこの拳を握ればいい。あぁ、高さに関しては目を瞑れ。丁度いい塩梅だろう?」


 片目をつむり悪戯っぽく笑いかける少女に、ニグは口を閉ざす。静かに台に歩み寄ると、アイーシャの拳をその巨大な手のひらで包んだ。


「それじゃあ。両者、準備はいいか?」


「いつでも」


「構わぬ」


「了解。用意......始め!」







 ──────






「改めて、化け物だな。お前」


「んー?」


 グレイの呆れたような声に対し、買ってきた串焼きをもごもごと頬張りつつ、アイーシャは小さく首を傾げる。

 鉱人族発祥の食べ物で僅かな酒精と辛みが感じられる、食欲を掻き立てる一品だ。

 咀嚼していたものを嚥下した彼女はふぅ、と息を吐き、


「何言ってんだお前。俺は現に負けたじゃねぇか」


「いや。まぁ、そうだが‥‥‥」


 あのなぁ、とグレイは軽く頭を掻き、言い含めるように言葉を紡ぐ。


「そもそも人間と鬼が力で張り合える方が可笑しいんだよ。お前、5ミニ(分)も拮抗してたじゃねぇか」


「ハッ!馬鹿言え。俺は人間様が持つ知恵ってのを使っただけだ」


 グレイの言葉を鼻で笑い飛ばした彼女は、それにな、と続けて、


「相手がただの(・・・)鬼種だったらな」


 何かを含むような言い回しにグレイは僅かに眉を顰める。あの最後まで無表情を貫いていた鬼種に、何か思うところがあったのだろうか。しかし彼は追及することなく、いつも通り腕を組んだまま静かに佇む。


 静かな時間が流れること暫く。賑やかな足音を立て、2人の間に入る者が現れた。

 言わずもがなミルシィである。観光を全力で楽しんでいるようで、先ほどまで何か物珍しいものを見つけてはあっちこっちをうろついていた彼女は、嬉しそうにアイーシャの元へ駆け寄った。


「どうですか!アイーシャさん!美味しそうでしょう!?」


「おぉ‥‥‥いや、微塵も思わんが。

 なんだそりゃ?」


 ミルシィが手に持っていた棒の先には白い綿のようなものがくっついていた。

 とても食べ物には見えないそれを、彼女は不満そうな目つきのまま頬張る。


「うーん。相変わらず胸焼けしそうな甘さ!一口いかが?」


 訝し気に目を細めるも、好奇心が勝ったのだろう。差し出された綿をアイーシャは軽く頬張る。

 すると驚いたことに綿が口の中で溶けていくではないか。目を見開いた彼女にミルシィは悪戯っぽく笑いかけた。


「鬼種発祥のお菓子、“綿菓子”です。なかなか不思議な食感でしょう?」


「むっ‥‥‥」


 悔しいがその通りである。口をへの字に曲げながら頷くアイーシャを見て、ミルシィは、でしょう!といって笑いかける。


「さぁさぁ!アイーシャさんも楽しみましょう!時は金なり!ですよ!」


「‥‥‥解ってるよ」


 敵わない、と彼女は薄く笑いながらミルシィの後をついていくのだった。


 そこから先は、2人、ないしは3人にとって(彼女達が自ら認めることは無いだろうが)楽しい観光となったのだろう。

 大陸最大級の交易都市でもある故に、様々な種族が集う場所でもあるこの都市は彼女達を様々な形で楽しませてくれた。


 これだけの種族が集まるのだ、問題も起こってしかるべき。とはならないのがこの都市の最大の魅力だろうとミルシィは言う。


「この都市は上から見たら大きな歯車にも、或いは太陽にも見える形をしているんですよ」


「ほー」


 歩きながら得意げに話すミルシィに、アイーシャは軽く相槌を打つ。


「これだけの種族が集まりますからね。やっぱり種族同士の問題もありますし、何よりも、住みたい!と思っても人間が作った町ですから、なかなか不便なところも多いじゃないですか」


 そのために作られたのが『居住区』と呼ばれる区域。歯車の“歯”に当たる部分に位置するこの場所は様々な意味で異質であった。


「人族が作りだした街で、他の種族が自治しているんですから相当異常ですよ。街は完全にその種族用に造り替えられてますし、入るためにはそれぞれ特殊な手形が必要になりますからね」


 そんなわけで観光といえば歯車の中央に当たる『共有区』と呼ばれる区域。ここにも特殊な法が設定されており、その筆頭が『種族間の諍い、差別禁止』であろう。


「特殊な区域あげたんだから、ここでは文句言うなってとこですね。よく考えたものですよ」


「確かにな」


 気に食わない種族がいればこの街に来なければ良いだけだろうし、種族は嫌いでもその種族が生み出すものは気に入っているという者でも、『居住区』から出ずに手に入れることが出来る。

『共有区』に置かれてある店はティタン族でも極力不自由しないような造りになっており、そうでない店でもそれの姉妹店が『居住区』に置かれてあるそうだ。


「徹底しているな」


「まぁその徹底さ故の大陸最大級の交易都市でもあるんですけどね。

 そんなわけでこの『共有区』にはないものはない!と言っても過言ではない程のものが揃っているのです!」


 拳を振り上げ力説する彼女に、アイーシャは呆れたような視線を向ける。

 だが、確かに面白そうなのも事実。先の“綿菓子”然り、ここにはまだ見たことの無い珍しいものが揃っているのだろう。


 知らず知らずのうちにアイーシャの口元が緩む。

 こういう楽しみ方はしたことが無かったな、と彼女はふと思い出す。


 しかしそんな考えを振り払うかのようにミルシィが喜色を含んだ声を上げた。

 今度は何を見つけたんだ、と呆れ半分好奇心半分で彼女の元に寄った時には、そんな考えはとうに消えているのであった。









 ──────







「いやぁ!堪能しましたね!」


「‥‥‥」


「どうですか、アイーシャさん。観光というのも存外悪くないものでしょう?」


「‥‥‥」


「さ、それでは宿に帰るとしましょうか!ご飯付きを選んだので外食する理由もありませんしね~。だからほら!早く!私の襟首なんか離して宿にうぐぐ───ちょっ!?徐々に締まりつつあるんですが!?首!首が!締まってます!」


 じたばたと暴れだすミルシィの眼前に、静かに財布を突き出す。そう、中身が空っぽの(・・・・・・・)財布を。

 それをみたミルシィは違うんです!と掠れた声で叫ぶ。


「必要経費なんです!私は悪くありません!可愛い服も!柄の凝った陶器も!美しい刺繍の入った下着も!面白そうな玩具(意味深)も!全てがグググググ‥‥‥」


 ギリギリと首への締め付けがますます強くなり、ミルシィの口の端から泡が漏れ出す。

 アイーシャはそれこそ、美少女の姿に相応しい笑みで言った。


「稼ぎに行くゾ?」


「嫌でじゅぅううううううううう!!!」


 彼女の辞書に、慈悲という言葉は無かったのであった。







[依頼内容]


 ・アーネルドの角10本(5万ギル)


 ・レキの実20個(千ギル)


 ・オーガの心臓2つ(20万ギル)


 ・ビャッカ7匹(1万ギル)


 ・各条件達成につき報酬を与えるものとする。全条件達成で10万ギルを更に与える。



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