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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第十四話

 

「さぁ!お金を稼ぎに行きましょう!」


 ユンゲルに到着し間もなく。

 組合へとたどり着いたミルシィは開口一番にそう言ってのける。

 胡乱げな瞳を向けたアイーシャは呆れたように息を吐き、


「何か変な物でも食ったのか?だからあれほど拾い食いは止めておけと‥‥‥」


「気が変になった訳じゃないてすよ!?というか私が普段から拾い食いをしているような言い方は止めてください!」


 むきーっと髪を逆立て抗議するミルシィを押し留め、話の続きを促す。

 コホン、と咳払いした彼女はピンと指を立ててみせる。


「良いですか!今の私達にはお金が圧倒的に足りません!」


「そうだな」


「このままでは宿代はおろか、ご飯代ですら足りなくなるかもしれません!」


「そうだな」


「それはひっじょーーに不味い状況です!一刻も早く稼がねばならないのです!」


「‥‥‥本音は?」


「服を!買いたい!」


 呆れて言葉を失うアイーシャ。

 ミルシィは胸をむんと張り、力説する。


「ユンゲルは大陸屈指の交易都市でもあります!様々な種族が行き交う中、磨かれてきた芸術性は目を見張る物があります!ここを見逃す事があるでしょうか!?いや!ない!」


 鼻息荒く言い切った彼女を前にして、アイーシャは軽く頭を掻く。

 目的が何であれ、元より金を稼ぐのは第一目的だ。否定する理由は特にない。

 しかし、


(コイツがやる気を出すとロクな事が無いんだよなぁ)


 内心息を吐くも、やることは変わらない。解ったと軽く首肯し、


「何にせよ、まずは組合に着いてからだ。さっさと行くぞ」


「はい!」


(不安だ‥‥‥)


 僅かに嫌な予感を感じつつ、彼女は組合を目指し歩き出したのであった。


 そしてその予感はある意味で当たるのであった。







 ◇◆◇






 大通りから大きく外れた寒々とした空き地。

 組合はそこにポツンと建てられていた。


 目的地に着いたアイーシャは地図と組合を何度も見比べ、その度に首を傾げる。

 ミルシィもまた困ったように眉を顰め、グレイは静かに唸った。


「‥‥‥まぁ、良いか」


 一層嫌な予感を感じつつも前へ出る。戸に手をかけ、一気に開いた。

 思いの外滑らかに動いた戸は彼女達を軽やかな音で歓迎する。しかし、彼女達は1歩も進むことが出来なかった。


「‥‥‥」


 視界に入り込んだ景色は酷く異常なものであった。


 がらんとした空間。奥には2枚の紙が貼られた掲示板。

 そして奥にあった椅子にゆったりと腰掛け読書に勤しむ老人が1人。


「おい、こいつはどういうことだ?」


 自由人という職は人気が全くない。それは間違いない。

 しかし、しかしだ。それでも限度というものがある筈だ。

 この様子。この静けさ。これではまるで‥‥‥


「自由人が、いない‥‥‥」


 薄く呟いたのはミルシィ。流石の彼女も僅かに唇をひきつらせていた。


「ん?おお!久方ぶりの客人か!」


 そこでようやく老人がアイーシャ達に気付いたのか、嬉しそうに顔を綻ばせる。


「そこら辺に座っとくと良い。待ってろ。茶を持ってくる」


「お───」


 喋る間もなく、老人は見事な素早さで奥の部屋へ行き、カチャカチャと音を立てだす。

 アイーシャ達はしばしの間視線を交わし、取り敢えず、と中央辺りで座って待つことにした。

 暫くし、老人が奥の部屋から出てきた。───4つの湯呑みを抱えて(・・・)


「ほれ」


「‥‥‥」


 渡された湯呑みを傾ければほんのりと苦い香りが口の中で広がる。

 この苦味は、決して茶のものだけではないだろう。


「いやーしかし。お前さん達運が悪いなぁ」


 ホッホーと老人は甲高く笑い、茶をすする。

 旨い!と膝を叩きつつ彼は、


「つい先日。最後の自由人が辞めていったばかりなんじゃよ。すまんがお前さん達の依頼を受けることは出来なくてなぁ」


「‥‥‥」


 嫌な予感、的中。


「そういう訳で諦めて───」


「ちょっと待て爺さん」


「んん?」


 老人の言葉を遮り、アイーシャが口を開く。

 始めに出たのは疑問だった。


「何でそんなに居ないんだ?自由人ってのは職に就けないやつらの最後の砦みたいなもんだろ?」


「あぁ、そうか。お前さん達、旅人か」


 道理で、と独りで何かを納得したように頷く。それはの、と彼は続けて、


「単純な話。この国では自由人の需要がめっぽう低くてのぉ」


 素材であれば狩人、或いは探索者。護衛等の戦闘であれば傭兵。

 それぞれが組合に似た組織を持っており、国からの手厚い補助が与えられているという。


「それに、この国では職に就くのに身分や出自は問われないんじゃ。必然、より安全に、より稼げる方に人が流れるというもの」


 彼はほう、と息を吐き茶をすする。

 僅かに苦々しく顔を歪めた老人は、それでもと続け、


「冒険者と。その名に憧れる者もおった。しかし、それが何になると、自ら見切りをつけ辞める者は後を絶たなかった。

 嘆かわしくはあるが、彼等にも生活がある。止めることは、出来んかった。

 気付けば残った者はおらず、依頼はとんと来ない状況よ」


 ふぅ、と息を吐き湯呑みを床に置く。

 話を聞き終えたアイーシャは軽く肩を竦めてみせると、


「何だ。そんな理由か」


 あっけらかんと言ってみせた。

 やや呆然とした様子の老人を前に、彼女は安堵した様子で息を吐いた。


「はっ!組合そのものが無くなっちまったかと思ってたぜ。組織そのものは生きてる。ならやることは変わらん」


 やれやれと安堵したように鼻を鳴らし、立ち上がるアイーシャ。ほへぇと間の抜けた声を漏らす老人を見下ろし、彼女は獰猛に笑ってみせた。


「爺。金はあるんだよな?」


 口を開いたまま、ゆっくりと頷く。ならよし、と彼女は笑い、


「あるだけ準備しろ。根こそぎ巻き上げてやるからよ」


 その言葉に老人が目を見開く。ついでにミルシィとグレイの目も見開く。


 コイツ、本気か?


 3人の意志が、1つになった。








「本気じゃった」


 組合に預けられた金額はそう多くはない。

 しかし、既に見放された職業とはいえ国、いや、世界が認めた職業。無下には出来ないと僅かながらも確かな援助金はあった。


 ───筈だ。


「んで」


 笑顔を見せる彼女の後ろにはズラリと並んだ死体(2名の人間含む)の数々。

 とても1週間前にあった少女とは思えぬ、悪魔めいた笑顔を浮かべたまま、彼女は言う。


「何ギルだ?」


「‥‥‥ホッホー」


 冷や汗を垂らしつつ、死体をつぶさに鑑定していく。

 如何なる保存法を使ったのか、どれも状態がとても良い。何より個々の重要な部位に傷が1つもついていなかった。


「うぅむ」


 低く唸る。いや、文句を言う気は毛頭ない。ただ圧倒されていただけだ。


(よもやこれ程とは)


 見る目には自信があった。端から依頼人だとは思っていない。こいつらは依頼を受ける側であると。

 だからこそ遠回しに諦めさせたかったのだ。冒険者という名ばかりの職ではなく、もっと未来ある職に就くべきだと。


「‥‥‥一応じゃが。冒険者の証を見せては貰えぬか?」


「ん」


 今更か?とは思いつつも、アイーシャは懐から取り出したバッジを放る。

 受け取ったバッジをジッと眺めること暫く、軽く息を吐いた老人は奥の部屋へと入っていく。

 再び現れた老人の傍らには、大きな袋が置かれてあった。


「200万じゃ」


「おう」


 中身を確認することもなく。渡された袋を担ぐと、ぐったりと倒れていたミルシィを叩き起こし、彼女が持つ袋の中へ入れる。

 袋が袋の中へ入っていくという中々奇妙な絵面であったが、それに突っ込む者は居ない。

 これで用は済んだとばかりに、叩き起こした2人を引き摺りながら去っていくアイーシャの後ろ姿を、老人はただぼんやりと眺めていた。


「ほっほー」


 姿が見えなくなってから暫くし、ふらふらと気が抜けたように掲示板へと近づいていく。

 そして、


「サーマよ」


 貼られてある紙に軽く触れる。ボロボロになった端が、どれ程長い間そこにあったのかを物語っていた。


「ようやく、お前さんの願いが叶うときが来たのやもしれんぞ」


 嬉しそうに、彼は笑うのであった。







 ◇◆◇







「さぁ!お金も稼げた訳ですし?早速観光といきましょう!」


 あれから2日が経った。

 気力一杯といった様子で息巻くミルシィを前に、アイーシャは諦めたように肩を竦める。


「少し前までぶっ倒れてたやつが、よくまぁ」


「貴女のせいでしょうがぁあああ!」


 髪を逆立て迫るミルシィの目を軽く突き、仕方なしに支度を始める。

 服を纏い、髪をまとめ、靴を履き、財布を懐へしまう。女物の服にも随分慣れたものだと、我ながら感心した。


「ほら。寝てないでさっさと行くぞ」


「ぬぉぉぉぉ‥‥‥眼球から伝わる痺れるようなぁ!痛みッ!」


「じゃあな」


「酷い!待ってください!」


 唐突に叫びだしたミルシィを背に、アイーシャは宿の外へ出る。朝日が顔を照らし、彼女は薄く目を細めた。


「ん。随分早いな」


「‥‥‥待たせるのは、性に合わなくてな」


「良い心がけだ」


 むすりとした声を聞き、くつくつと声を漏らす。

 別の宿に泊まる事になったグレイからしてみれば、この移動は面倒極まり無い筈だが、律儀な事だ。


「ところでや───」


「ちょっ!本当に置いていかれるとは思ってませんでしたよ!?」


「当たり前だろ」


「そんな常識は捨てて下さい!」


「‥‥‥朝から元気だな」


 わいのわいの騒ぐ彼女らをどんよりとした目でグレイは眺める。いや、騒いでるのは1人か。

 こほん、と1つ咳払い。何はともあれ、とミルシィは前置きし、


「それじゃあ楽しみましょう!」


 鼻歌を歌いながら機嫌よく歩き出す彼女の傍ら、2人は顔を見合わせ、


「ふっ」


 静かに笑いを漏らすのであった。



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