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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
13/51

第十三話

 

 この世界には『絶界』と呼ばれる地点がいくつか存在する。


 何らかの因果によって生まれた濃密な魔力障壁。その内部に生まれるのが『絶界』───またの名を人類不可侵(・・・)領域。


 そう、未踏ではなく不可侵。

 たどり着くこと自体はそう難しくないのだ。確かに中々踏み入り辛い場所にはある。しかし、最低限の装備であってもその世界を垣間見ることは可能だ。


 では、何故“不可侵”とされるか。それは『絶界』内部の過酷な環境による。

 否、過酷という表現ですら生温いそこは正しく、死の世界であった。


 生き残るためには単純な力だけでは足りない。その『絶界』の環境に耐えるだけの“強さ”が必要だった。

 故に不可侵。並のどころか只の(・・)強者ですら立ち入ることが許されない世界。


 その内の1つ、ユグドシャリア。

 決して高度とは言えないハクト山の頂上付近に存在するその領域はしかし、魔力による影響か極寒の大地へと変貌していた。


 見たものは口を揃えて言う。あそこは人の生存を許してはいないと。

 1歩踏み入れた瞬間に凍てつき始める身体。暖を取ろうと起こした炎ですら凍ってしまう。

 かつての英雄が持ちし炎の大剣ですら瞬く間に凍らせるほどの極寒。


 故にユグドシャリアはこうとも呼ばれている。


 絶対凍土、と──────────







 ◇◆◇






「むりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむりむり!

 絶!対!無理です!」


 首をぶんぶんと横に振り、必死の抵抗を試みる。

 面倒くさそうに口を曲げるアイーシャに対し、ミルシィはビシッと指を突き付け、


「良いですか!『絶界』は人間が入って良い場所じゃないんです!

 しかも絶対凍土!?あそこはですね!かの勇者、コールマンの剣ですら凍らせるほどの冷気なんですよ!?毛皮を何枚重ねようと凍っちゃうんですよ!?」


「そうだなー」


「生返事!?」


 鼻息荒く捲し立てたミルシィの傍ら、アイーシャは何かを紙に書き留める。


「よし」


 やがて書くことを終えたのか、紙を置いて席をたった彼女の表現は妙に晴れ晴れしてた。


「ま、暫くは金稼ぎだ。俺もまだ勘を取り戻せてないしな」


 あれでもまだ絶好調とは程遠いと語る彼女に対し、僅かに冷や汗を流すも、その考えを止めるべくアイーシャの肩を掴む。


「考え直すとかは‥‥‥」


「ない」


 キッパリと言い切る。ミルシィの首が倒れた。


「うぅ‥‥‥どうしてもですか?」


「あぁ」


 だって、と彼女は続けて


「面白そうじゃねぇか。人類不可侵?

 覆してやろうじゃねぇか。そういうのも、『冒険』だろ?」


 白い歯を光らせ快活に笑って見せる彼女を見て、ミルシィは処置なしと天を仰いだのであった。


「で」


 横を向き、アイーシャはグレイに目で問いかける。

 お前はどうするかと。


 小さく鼻を鳴らしたグレイはそれこそ、愚問だと答え、


「俺はお前の冒険の果てを見ると言った。ついていけなければ、それまでだ。捨て置いてもらっても構わない」


 それを聞いたアイーシャは満足そうに笑みを浮かべる。


「んじゃあ、準備を始めるとするかね。まずは、」


 そう言って彼女は指を1つ立ててみせる。


「金稼ぎだ。つってもこの街の高額依頼はほぼほぼ終わったからな。そこまで力は入れない」


 あくまで路銀稼ぎ、と彼女は言ってのける。


「本格的に動くのはユンゲルに着いてからだ。ここで1ヶ月滞在して稼げるだけ稼ぐぞ」


 対しミルシィはむむ、と唸りながらも頷く。

 確かに、ユンゲルから先に『組合』は存在していない。素材の買い取りであれば別の場所でもやっているが、依頼という形で通されたものほど稼ぎは見込めないだろう。


「手段を探すのはユンゲルに入ってからだ。あそこだったら何か見つかるだろう」


 北国に位置する連邦は、基本的に寒い日が多い。時期や場所にもよるが凍傷を起こす者もいるほど、その寒さは強烈だ。

 必然、寒さ対策も豊富。ここでユグドシャリア踏破の手段を探すのは妥当だと言えた。


「‥‥‥意外と考えてるんですね」


「だろ?」


 カラカラと笑う彼女から目を離し、再び地図に目を落とす。ユグドシャリアまでの道も決して最短というわけではないが、合間に街を挟む良い形となっていた。


「伊達に数十年逃げてた訳じゃないんですね‥‥‥」


「ん?」


 ふと溢してしまった言葉を掻き消すように慌てて手を振る。それで、とミルシィは首を傾げ、


「手段が見つからなかった場合は?」


「諦める」


 驚くほどすんなりと言ったアイーシャに対し、ミルシィが僅かに目を見開く。

 アイーシャは軽く鼻を鳴らすと、


「俺がしたいのは『冒険』だ。無駄死にするつもりは毛頭ない」


 それを聞き、ミルシィはややホッとしたように頬を緩ませる。

 対しグレイは難しそうに唸ると、


「なら、ユグドシャリア入りを断念した場合はどう動く?」


 これまで幾度となく現れた挑戦者を悉く撃退してきた『絶界』

 正直な話、手段が見つかるとは到底思えなかった。


 妥当な疑問だな、と前置きしたアイーシャはユグドシャリアの東へと指を走らせた。


「いずれにせよ、次は此処。帝国アガスディア」


 大陸屈指の領土を誇る国だ。観光目的であればこれほど適した国もない。とはいえ、さしたる秘境魔境もない場所に2人は揃って内心首を傾げる。


「何故そこを?」


「ん?観光だよ。折角だから色んな国を‥‥‥なんだその目は?」


「いえいえ。ナンデモナぅああ!目!目がぁ!」


 白魚のような指が鮮やかな曲線を描き、ミルシィの目に飛び込む。あまりの痛みにのたうち回るミルシィ。

 その状況を作り出した凶器をゆっくりと構えたときには既に、グレイは沈黙の姿勢を保っていた。


「‥‥‥まぁ良いか。出発は3日後だ。準備を怠るなよ?」


 無論だ、とグレイは静かに頷く。


 極力ミルシィの姿を目に入れないように‥‥‥






 ◇◆◇







 天気は良好。北に近付いてると実感できるだけの涼しさを感じさせつつ、太陽からの暖かさがまだ残るこの一帯。

 ガタガタと伝わる振動にも慣れたこの頃。

 やはり退屈だと外をぼんやりと眺める。


 既に街を発ってから7日が経過し、代わり映えのない景色が延々と続いていた。


「暇だな」


「そりゃ獣に襲われるよか良いだろ?」


 頭を掻いて口を開いたのは対面に座るアクダという男。アイーシャ達が利用する馬車の護衛を担う傭兵団の副頭であった。


「俺はこうしてアンタの顔を眺めているだけでも、有意義な時間だからな」


 いやー眼福眼福と頬を緩ませるアクダに対し、不愉快げに鼻を鳴らすのはミルシィ。グレイは外で、アクダの隊の者達と警備に当たっていた。


「しっかし、お前さん達みたいな美人が揃っていりゃあ、自由人ってのも悪くないんだがねぇ」


「お言葉ですが、私達みたいなのは例外中の例外ですよ?」


「ハッ!違いねぇ!」


 快活に笑い、頭の()にある両耳をピコピコと動かす。

 それを興味深げに眺めていると、お?とアクダが反応した。


「なんだお前さん達。獣人を見るのは初めてかい?」


「話程度だけだな」


 言われてみればガルガティア王国ではあまり見かけなかった。

 いや、獣人だけに留まらず、人族以外をあまり見かけなかった気がする。

 曰くお国柄、だそうだ。時の権力者が随分な人族至上主義だったようで。今でもその名残があったようだ。


「おぉ、そうか!なんなら触ってくかい?」


「‥‥‥いや、遠慮しておこう」


 いつの間にかミルシィが正面に回っており、アイーシャの視界を遮るように両腕を広げていた。

 呆れたように笑うアイーシャに対し、アクダはまたも快活に笑ってみせた。


「だが、そうだな。暇潰しがてら、お前達の話を聞かせてくれないか?」


「!」


 待ってましたと言わんばかりにアクダが目を輝かせ、口を開く。

 流れるように出てくる言葉を、アイーシャは馬車の揺れに身を預けつつ、ゆったりと聞き入るのであった。


 やれどこそこに行っただとか、やれどんな獣を倒しただとか。

 傭兵になってから随分と経つ者達みたいで、話だけでもかなり広く足を伸ばしている事が伺えた。


「ユンゲルに向かうのは故郷帰りだな。白兎族の集落がそこから更に北にあってよ」


 なんでも仲間の1人の親戚の結婚があるらしい。そのついでに護衛の依頼を受けたとか。


「団で動くのか」


「おうよ!俺にとってみれば家族みたいなもんだしな!」


 そう言って笑ってみせる彼からは、成る程。確かな仲間への信頼が感じ取れた。

 僅かに鼻を鳴らすアイーシャ。しかし特に意識はしてなかったようでアクダに話の続きを促した。


 そこから先は再び旅の話だ。特定の国で働くつもりは無いようで、そこだけを聞けば随分と冒険者に似ている気がする。

 しかし、やはりそこは職業柄か。行く場所にはしっかりとした集落が存在し、秘境や魔境にはそれほど多くは入った事が無いようだ。


「行っても金にならんしよぉ」


 傭兵の稼ぎ方だが、基本的には人を通しての形になる。組合を通さなくて良いぶん契約金が丸々入ってくることになる。代わりに稼ぐためには自力で雇用先を探す必要が出てくる。


 故に彼等は国事情、特に戦争に関する情報を逐一入手する必要があった。


「戦いがあれば稼ぎどころも増える。理不尽な話だが、俺達が食うためには戦いが必要なわけよ」


「戦争か‥‥‥」


「あぁ‥‥‥そうだ。お前さん達、これは知ってるかい?」


 そう前置きしたアクダはずいっと顔を近づけ───る直前にミルシィに顔を捕まれる。

 解ってる解ってると手を振り、咳払いを一つ。


「近頃ミリアス神聖王国の動きがどうにもきな臭くてな」


 それから彼は一層声をすぼめ、言った。


「何でも最近勇者が召喚───ッ!?」


 ゾワリ、と


 這い上がってくる悪寒に身を震わせ、思わず剣の柄に手を当てる。

 それを抜き放たなかった理性が残っていたのが幸いしたのか、アイーシャは特別反応することなく、低い声を洩らすだけに留まった。


「‥‥‥勇者?」


「はいはいはーい!もう、アイーシャさんったら!そんなに興味があるなんて知らなかったなー!アクダさん!宜しければ勇者について、詳しく教えてくれません!?」


「あ、あぁ」


 冷や汗が背筋を伝いながらも、ミルシィの声に圧され思わず頷く。と、同時に膨らんでいた殺気が急激に収まった。

 気を静める為に数度の深呼吸をした後、僅かに唇を湿らせる。


 僅かに身構えたまま、彼は語りだした。


「俺も、あまり詳しくは知らないんだがな。神聖王国で勇者が召喚されたって話を聞いたんだよ」


「へぇ」


 興味深げにミルシィが頷く。アイーシャもまた腕を組んだまま静かに聞いていた。


「でも今回はちょっと変でよ」


「変?」


「あぁ。確か‥‥‥40人ぐらいいるんだっけか?」


「よんじゅ───ッ!?」


 驚き、目を見張るミルシィ。いくら何でも多すぎる。一体どういう理由で、という疑問はすぐさま解消された。


「う~ん。くらす(・・・)がどうとか聞いたんだが、よく解らなくてな」


「あぁ‥‥‥クラス転移型ですか」


「ん?」


「いえいえ!ところで何でまたこの時期に?」


 思わずといった風に小さく溢れた言葉を掻き消すように、手を振る。それに特に突っ込むことなく、アクダは僅かに思案げな顔をすると、


「確か、魔王が出現したんだっけか?」


 その言葉を聞き、再びミルシィの瞳が大きく見開かれる。


 早すぎる、と漏らした言葉は誰にも聞き取られることはなかった。


「ま。今代の魔王は特別害は無いみたいだしな。相変わらずあの国が過剰に反応してるだけだろ」


 困ったものだと肩を竦めてみせるアクダに対し、ミルシィは言葉を発さない。

 それどころか難しげな表現で口に手を当て、何かを思案するように押し黙る。


「‥‥‥その勇者ってのは強いのか?」


「さぁ?」


 アイーシャがようやく口を開く。内心安堵のため息を吐いたアクダは首を振ってみせた。


「見たことが無いんでな。まぁ勇者って言われているぐらいだし強いんじゃねぇのか?

 つっても40人も居れば有り難みが薄れるがな」


「‥‥‥確かにな」


「だろう?」


 丁度その時だった。甲高い笛の音が響き、外がにわかに騒がしくなる。

 おっと、仕事だ。とアクダはぼやきつつ外へ出ていく。残された2人は互いに黙ったまま座っていた。


「勇者ねぇ‥‥‥」


 その呟きが意味することは何だったのか。

 問う者は居なかった。


「‥‥‥1つだけ、お話したいことが」


 と、沈黙を破り言葉を発したのはミルシィ。難しげな表現のまま、彼女は口を開いた。


「もしも」


 そこで言葉を区切り、僅かに唇を湿らせる。胸の前で祈るように手を組み、意を決したように再び口を開いた。


「もしも勇者が貴女の前に現れたとき、」


 あの(・・)勇者ではない。『絶対』を冠するあの男とは違う。それを頭では理解していても、


「貴女は勇者を、殺しますか?」


 その問いに意味はあるのか、と返す言葉はなかった。

 それでも答えるべき解はあった。


「しるか」


 端的に答える。ミルシィの目が僅かに見開かれた。


「敵であれば殺す。そうでなければ捨て置く。単純だろ?」


 ぺちんとミルシィの額を軽く叩く。目をバッテンにし、額を擦る彼女を見てアイーシャは軽く笑う。


「それとも何だ。俺が『勇者』って存在に復讐心でも抱いていると?」


「いえ。そうでは、ないのですが‥‥‥」


「だったら尚更愚問だな。殺すべきかどうかはその時に判断するさ」


 そう言い切った彼女は寝転がり、目をつむる。

 話は終わりだと言わんばかりのその態度に、ミルシィは小さく呟いた。


「なら何で、そんなにも‥‥‥」


 いや、解っているのだ。解っているのだけれども。

 それでも疑問を口に出さずにはいられなかった。


「恐い顔をするのですか‥‥‥」


 声は馬車の揺れる音に掻き消されるのであった。


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