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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第十二話

 

 次々と舞台に上げられる品々に、片っ端から値がつけられていく。

 どうやって判断するのかは解らないが、取り敢えず一番高値をつけた者が入手することが出来る、とのこと。

 それだけを理解したアイーシャは、やはり興味無さげに場の行方をぼんやりと眺めていた。


 曇らない鏡、錆びない銀匙、形が変わる燭台に金色に光る塗料。

 なんとなく価値が高そうだなとは思うも、欲しいとは思えない。更にそれを高額で買い取る‥‥‥正気か?


(お、400万ギル。あれでモルスク数体分か)


 心の中で合掌し、幾度目かのため息を漏らす。隣に座るミルシィは現れる品々について興奮ぎみに語っているが、当然耳に残るものはなかった。


(というか、ここにあるもの全てが本当にカミサマが残した物なのか?)


 魔術でどうとでも作れるのではないか?そう思ってミルシィに声をかけようとしたが、止めた。下手に語られても面倒だと考えたからだ。


「さーて!お次の品は───」


 ぼーっと成り行きを観てること暫く、それまで饒舌に商品の紹介をしていた司会だったが、ここにきて戸惑ったように口ごもる。

 手元の資料に目を落とし、困ったように眉値をひそめながらも自身の役割に徹することに決めたのか、再び大きな声を張り上げた。


「こちらの商品!このオークション唯一の“武具枠”でございます!」


 現れたのは1本の鉄の棒。装飾などは一切なく、武骨な印象を見るもの全てに与えるそれは、ただ静かに台の上で鈍く輝いていた。


「こちらはなんと『不滅』の特性持ちでございます!価格は100万ギルから!」


 会場が僅かにざわめく。しかし、それは驚きというよりも戸惑いによるものだった。


「不滅‥‥‥?」


「文字通り、決して折れることなく、形が変わることのない唯一の武具である証です。如何なる炎も溶かすことあたわず、とも言われてますね」


「ほう」


 それは凄い、とアイーシャは素直に感心する。武器の消耗は常に頭を悩ませるものだった。連戦が続くことが多かった時代は特に酷いものだった。


 武具を扱うものにとっては理想とも言える。だが、


「反応は、芳しくないみたいだな」


 上がる手はまばら。値段は遅々として上がらず、徐々に停滞していく。どういうことだ?と首を傾げれば、ミルシィがそれは、と続ける。


「ここにいらっしゃる大多数が戦闘に携わる者ではない事が1つ。そして、」


「『不滅』の特性ってのは、珍しい物じゃねぇんだよ」


 ミルシィの言葉を継ぎ、グレッグが口を開く。その言葉に、ミルシィは膨れながらも頷いた。


「武具に“特性”を持たせられることはご存知ですよね?」


「それなりにはな」


 武具には様々な“特性”を乗せる事が出来る。例えば炎を纏わせる。所有者の敏捷力を上げる。刀身を透明化する。

 これは『神遺』に限るものではなく、魔術によって付与することが出来る。


「ここで問題なのが、あの武具は『神遺』であること」


「『神遺』の入手場所は様々だ。しかし、その全てが偶然によって得られる。だから『神遺』であることが非常に珍しいし、その中でも“武具枠”ってのはかなり稀だ」


 しかし稀とはいえ、年に数回は発見される『神遺』。既に『神遺』の武具は幾つも見つけられている。

 そして、その全てにとある共通点があった。


「全部『不滅』の特性持ちなのですよ。そして、『不滅』だけを持つ武具というのはまず、有り得ないんです」


 2つ、或いは3つ。

 かつて大英雄が使用していた武具には4つの特性があったらしい。その特性は『不滅』『逆境』『退魔』『飛翔』

 勿論、これは過去最高の『神遺』であるが故の例外ではある。しかし、これを筆頭に『不滅』の特性はそう珍しい物では無かったのだ。


「だから『不滅』だけってのは微妙なんだよ。しかも見た目派手な剣とかじゃなくて鉄棒だしな」


 出品者は何を思ってこんなのを出したのかね~、とグレッグはため息混じりにぼやく。

 やがて声を上げる者は少なくなっていき、司会者がそろそろかと思ったその時だった。


「まぁ」


 説明を聞き終えたアイーシャが軽く声を上げる。

 付けられた値はようやく300万に迫ろうとしていた。過去最低値だが、最早手を上げる素振りを見せるものはおらず、これを上回る値を付けた者が手に入れることになるだろう。


「どうあれ、壊れないってのには変わりないわけだ」


 そして先の言葉。唯一の武具枠。

 ならば迷う理由はなく。


「600万だ」


 凛とした声が、響き渡った。







 ◇◆◇







「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁ!アイーシャさんの馬鹿ぁ!全!財!産!ですよ!それなのにぃ~~~ッ!?」


「折角来たんだ。何か買わないと損だろ?」


「今!まさに!大損をしたところです!」


 ぽかぽかと背中を叩き続けるミルシィを見て、グレッグもまた小さく苦笑する。

 だが目は口ほどにモノを言っていた。正気か、コイツ?と。


「あのですねえ!さっきも言いましたけど『不滅』ってそう珍しくないんですよ!?それに、これ以上の特性は付けられないんですよ!?」


 そう、“形変わることのない”とはそのままの意味を表していた。つまりは滅することの無いものであり、進化することの無いもの。

『不滅』持ちに新たな特性を付与することは不可能なのであった。


「いや、しかし600万とはな‥‥‥」


 それほどまでにこの少女達がお金を持っていたことも驚きだが、あの棒に付けられる値とは到底思えなかった。


「実際の所、かなり高い買い物なのか?」


 アイーシャに問われたグレッグが低く唸る。確かに、『不滅』の特性のみという武具ははじめて見るので、相場というものは存在しない。

 だが、


「2つ持ちの『神遺』は安くても1000万を超える。それは勿論、『不滅』あってのものだ。未だ魔術で付けることの叶わない特性だしな。

 けどな、それとは別に付けられている特性は“神の遺産”として相応しいものだからでもある。

 いっても400万。600万は流石に出しすぎた」


 それにだな、と彼は軽く頭を掻くと、


「棒、ってのがなぁ‥‥‥」


 とても武器としては使えないと、言外に語るグレッグを彼女は鼻で笑う。


「アホか。『棒振り』の言葉じゃねぇが、大して差はねぇよ」


 それにな、と彼女は続けて、


「棒ってのは有能な武器だぞ。例えば、叩く」


 風の唸る音。グレッグの目では捉えられない程の速度で棒が振られる。

 グレッグは冷や汗を垂らした。


「突く」


 耳元を何かが掠める。顔がひきつった。


「そしてこんな風に」


 その言葉と同時にアイーシャの背中を叩いていたミルシィが、間の抜けた声を上げながら宙を舞う。


「ひょええええ!」


「っと」


 抱き止めたミルシィを地面へ下ろすと、アイーシャどうだと言わんばかりに笑いかけてみせる。

 グレイは降参だと言わんばかりに手を上げ、息を吐く。


 だが、同時に思う。


 ───やはり、俺の目に狂いはなかったと。





 はじめて出会ったときの事だった。

 見た目は確かに普通の少女だった。いや、普通と言ったら語弊があるだろう。美しい少女達ではあった。


 しかし、彼の目に見えたのはぐつぐつと燃えたぎる炎。ともすれば呑まれかねない理外を超えた圧力が、彼の身体を叩いていた。


(あぁ)


 感じたのは畏怖。そして、


(スゲェな‥‥‥)


 彼女達の先を見たいという願望だった。


 とはいえ、彼は商人。行動を共にすることはない。しかし、どこか確信めいた予感が彼にはあった。


(世界中を歩き回っていれば、またどっかで出会えるだろう)


 世界は思っていたより狭いとは誰の言葉だったか。

『冒険者』と名乗っていた彼女達とであれば、そう遠くない未来だろう。

 その時が楽しみだ、と彼は笑う。予想を遥かに上回る何かを見せてくれると、そう信じて。


 不意に、


「グレッグ」


 己の名を呼ばれる。その声の主が誰なのかを確認するよりも速く、彼はその場で跪いた。


「立て。ここは公の場ではない」


「はっ」


 許可を得て、間髪入れずに立ち上がる。無駄に遠慮することを、彼女は酷く嫌うと知っているから。

 目に入ったのは眩い金。陽光を吸い込んだかのような鮮やかな金を靡かせた彼女が、愉快そうにこちらを見ていた。


「お久しぶりでございます、陛下」


「うむ。貴様も変わりないようで何よりだ」


「勿体無きお言葉」


 その言葉に軽く頭を下げる。ところで、と彼女は続けて、


「先の少女。あれは貴様の新しい情婦か?」


「‥‥‥ご冗談を」


 そもそも情婦など持ったことがない。苦虫を噛み潰したような顔になるグレッグを見て呵々と笑うと、


「相変わらず良い反応だ。知っておるよ。我もあの場に居たからな」


 尚も愉快そうな調子で彼女は続ける。


「あの棒を600万。それも会場中に己が買ったと知らしめるように宣言したものだ。あれが狙い通りであれば、さぞ頭の切れる奴よな」


 ‥‥‥いや、違うだろうな、と彼は内心否定した。


「それで、早速唾をつけてきたわけか?」


「いえ、彼女達とは少し前に知り合いまして‥‥‥」


「ほう‥‥‥」


 彼の知る限りの情報を渡す。利に繋がると判断したゆえに、出し惜しみはしない。


 一通りを聞き終えた彼女は興味深げに目を細めた。


「アイーシャ、か‥‥‥」


 何かを期待させてくれるような人間。

 目の前にいる男が持つ、商人としての見定める力は本物だ。そんな彼が言うのであれば、それは確かなのだろう。


「ふむ。であれば、」


 くるりと1回転。ドレスの裾がふわりと舞い、グレッグに背を向けるような形になった彼女は口を開く。


「我が帝国に来るようであれば、存分にもてなしてやろう」


 彼女───オーレン・バッシュ・ウィ・ソフィリアは静かに笑うのであった。







 ◇◆◇







「おう、戻ったか‥‥‥ってえらく膨れてんな」


「気にすんな」


 未だに頬を膨らませるミルシィをほうっておき、グレイが取ってあった席へと腰かける。

 場所は冒険者組合の一角。空は鮮やかに橙に染まってきているにも関わらず、中は随分と静かであった。


「‥‥‥ったく。単純な奴等だ」


「あん?」


「何でもねーよ」


 ぼやくように呟いた言葉は他の自由人に対してのもの。

 あの日、彼女の『冒険』を()せられた彼等が起こした行動は1つ。

 翌日にはあれだけあった依頼の紙が殆ど無くなっていたのだった。


 敵わねぇなとギランはぼやいていたがグレイも同感だった。


「んで、何か手に入れられたのか?」


「あぁ」


 そう言って机の上に、1本の棒を転がす。訝しげにそれを見るグレイにアイーシャは、


「『不滅』持ちの武器だ」


「ッ!?マジか!?」


 驚愕に目を見張る。特性持ちの武具など見たことはなく、ましてや『不滅』持ちなど。


「スゲェな‥‥‥」


 唸りながらも棒から視線を外さないグレイに対し、アイーシャはだろう?と満足げに頷く。

 未だに膨れっ面のミルシィの頬を突きながら、で、だ、と彼女は続ける。


「無一文にはなったが、こうして武器を手に入れた。だからそろそろ次に移ろうと考えててな」


 不穏な言葉が耳を微かに掠めるが、聞き返す間もなく彼女が高らかに告げる。


「勿論まだ此処に留まり、稼げるだけ稼ぐつもりだ。金はあればあるだけ良い」


 一通りの空気が抜けた頬をつまみ、上下に動かす。ふにゃふにゃと声を漏らしたミルシィだが、観念したように息を吐いた。


「もうっ‥‥‥それで、今度はどこへ?」


「ふふふ」


 不敵な笑みを浮かべた彼女がミルシィへ地図を出すように言う。

 取り出された大きな地図を机の上に広げると、事の成り行きを見ていたギランも寄ってきた。


 さて、何を言うのだろうか。妙な不安に駆られる2人と禿頭を光らせる1人を前に、彼女は地図上のある一点を指さす。


「次に行くのは此処、連邦都市ユンゲル」


 王国の北に存在する国、ウンリーヒャ連邦。その北東部を指差し、そこからどんどんと北へなぞっていく。


「そして、リラ、マーシェへ行き、」


 どんどん、どんどん北へ登っていく。それに連れて2人の顔がどんどん青ざめていく。ギランは心の中で合掌した。


「ハクト山脈を越えた先にある、ユグドシャリア」


 獰猛に笑うアイーシャ。崩れ落ちるミルシィ。深く息を吐くグレイ。

 そんな三者三様な表情を見せる彼女達か揃って行く場所。


 ハクト山脈中央に存在するハクト山。その山頂付近に存在する秘境。


「此処が俺達の目的地だ」


 人々はこう呼ぶ。




 ──────『絶界』ユグドシャリア、と──────





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