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死神と呼ばれた″元″男  作者: トンカツ
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第十話

 

「さて」


 あれから更に5日が経過し、アイーシャの稼ぎは充分といって良いほどだった。

 片っ端から高収入の依頼を達成しているので、流石に他の奴等から睨まれるだろうと彼女は思ってはいたのだが


「不思議と、なんもねーもんだな」


「そらそーでしょう」


 目の前の肉に食らい付くアイーシャにジト目を向けるのはミルシィ。こちらは対照的に山盛りのサラダが目の前に置かれていた。


「結構恐れられてますよ。紅鬼とか呼ばれたりして」


「何だそりゃ」


「何でも前の頭目格が黒鬼と呼ばれていたようで。それとの対比だとか」


「ほーん」


 興味無さげに口をモゴモゴと動かしていき、瞬く間に目の前の肉を平らげていく。やがて最後のひときれを嚥下した彼女は口元を吹き、ついと横に視線を向けると、


「で、そんな黒鬼さんが何の用だ?」


 そこにいたのは、腕を組み静かに座る男の姿であった。







 ◇◆◇







 事の起こりは数刻前。


 瞬く間に依頼をこなした彼女達が次の依頼を探そうと、掲示板の前に立っていた時であった。

 突如後ろから声をかけられ、アイーシャは胡乱気に振り向く。そこには大柄な男が立っていた。


 どこか見覚えのある顔に、アイーシャは僅かに首を傾げる。しかし、思い出せないのか横のミルシィに誰だ?と問いかけた。男の口元が僅かに引き攣る。


「ほら、此処に始めて来たときの‥‥‥」


「あぁ」


 ようやく思い出したとばかりに手を打つアイーシャ。そんな男がどうして、と疑問は残るが。

 ずい、と1歩踏み出せば、男は気圧されたように僅かに下がる。しかし、男は軽く首を振ると立ち向かうかのように前へ踏み出す。

 片や挑発的な笑みを浮かべながら、片や眉間に青筋を浮かべながら睨み合う両者の間に静かな時間が流れる。そんな空気を破ったのは、パンと手を打ち合わせる音だった。


「はいはい。睨み合うのもそこまで。何か用がおありなのでしょう?」


 ふわっと柔らかな笑みを浮かべれば、毒気を抜かれたかのように呆ける男。アイーシャはつまらなげに鼻を鳴らすが、それもそうかと思い直す。


「では、取り敢えずご飯といきましょうか。勿論、貴方の奢りでね」


 何か言い返そうと口を開くも、諦めたように小さく頷く。

 残念ながら、男に拒否権は無かった。




 時は戻り現在。

 此処サーフィ・シャードの一画では異様な光景が広がっていた。

 2人の少女と1人の巨男。一見すれば怪しげな空気であるも、机の上を見ればそんなものではないと明らかに解る。

 少女達の目の前には料理の数々が。対し男の前には水滴一粒落ちていなかった。


「ほら、さっさと用件を話せ」


「あ、ああ」


 この状況に何の疑問も抱いていないのか、平然と問い掛けるアイーシャに対し、男は僅かにたじろぐ。まぁまぁ、とミルシィは彼女を宥めつつ、


「それよりもまずは自己紹介から、というのは如何でしょうか?」


「‥‥‥そう、だな。改めて名乗らせてくれ。俺の名前はグレイだ」


「グレイ、ねぇ‥‥‥」


 どうでも良さげに呟いたアイーシャを軽く嗜めるように、ミルシィは軽く肘でつく。

 しばし彼女の事を睨み付けたアイーシャであったが、小さく嘆息すると、


「あー、俺達の名前は知ってるんだよな?」


 問い掛けると、グレイは不承不承に頷く。んで、と彼女は続けて、


「じゃあ、良いか。で、そんなグレイサマは何の用があって、俺達を尋ねて来たのかな?」


「それは‥‥‥」


 言いづらそうに、グレイは僅かに口ごもる。アイーシャの目がスッと細くなり、


「こーら。アイーシャさんったららららららら!手!手にねじ切れるような痛みが!」


 さて何をしようとしたのか。ミルシィは行動に移るよりも早く彼女の手を取ったアイーシャは、そのままゆっくりと腕を捻る。

 悲鳴を上げるミルシィを無視し、再びアイーシャは問い掛けた。


「無駄な時間を使わせるな。何の用だ?」


 力強い瞳。静かな、しかし確かな迫力を含んだその瞳に吸い込まれそうになりながらも、グレイは額に僅かに汗を滲ませながら答える。


「‥‥‥お前達の、仲間にしてくれないか?」




 ───空気が、凍りつく。




 先に動いたのはミルシィだった。


「ハァ?貴方何を───いぎぃいい!か、関節がぁあ!」


「化けの皮が剥がれかけてんぞ。っと、まぁ良い。しかし、そうか。仲間か‥‥‥」


 ふむ、と僅かに思考する。その間にミルシィは脱出───「いぎ!」───は失敗したので、脂汗を浮かべながら口を開いた。


「うぐぐぐ‥‥‥ど、どうせ狙いは私達の身体に決まってます!見てください、あの獣のような風貌を。此処は百合の楽園ですよ!?貴方ごときに腕がぁあああ!!!」


「何時から百合の楽園になった‥‥‥というか、なんで百合?」


「知らなくて良いです!とにかく!私は反対です!」


 呆れるアイーシャに対し、ミルシィは断固拒否の意思を顕にする。

 そして再び両者が口を開くよりも早く、彼は力強く、違うと言い放った。


「確かにその勘違いも最もだ!だが俺にその考えは無いことを、戦神ウルタの名の下において誓おう!」


「うぐっ‥‥‥ならば、何故!?」


「夢の為に!」


 言い切ると、グレイは流れるように額を床に打ち付けた。ガン、と突如響き渡った鈍い音に場はざわめく。しかし、男の矜恃は失われる事はなく、


 顔を上げれば、そこには強い意志を宿した瞳があった。


「どうか、この俺に。お前の冒険を、見させてくれないだろうか?」


 その瞳を前にし、アイーシャはただ静かに瞠目する。


 いつか、いつの日か。この目を宿した者が、確かに自分の前に、


 ───貴方の行く末を、私は共に───


 下らない感傷だと、彼女は吐き捨てる。もはや名も忘れた相手が何故今。何故目の前の男に重なって出てくる。


 ズキリと頭が痛む。答えは出ている。しかし、


「‥‥‥アイーシャさん」


 ふと呼び掛けられた声に、意識が引き戻される。隣を見れば、微かな憐憫の色を宿した瞳があった。


「貴女の答えを、私は否定しません。けれど、忘れないでいただきたい。

 答えを出すのは貴女だ。貴女の、意志だ」


 腕を取られたままであるので、その台詞はいまいち決まっていなかったが。


(チッ、下らねぇ)


 視線をグレイへと戻す。揺らぐ事なく向けられる視線に、アイーシャはやがて諦めたように息を吐くと、


「んな大げさにやるもんじゃねぇだろ‥‥‥まぁ、いい」


「───ッ!?そ───」


「の、前に条件が1つだ」


 男の声を遮り、彼女は指を1本立てる。


「俺の冒険の邪魔をするな。解ったか?」


 お前はただ観測者でいろと、言外に籠められた思いを汲み取れぬほど男は愚かではなかった。

 だが、彼の意思揺らがない。むしろそれだけでも構わないと、彼は力強く頷き、頭を下げた。


「感謝する!」


「さて、それじゃあ」


 話はついたと、彼女は席を立ち、グレイを見る。その挑発的な視線に彼女の意図を理解したのか、彼は薄く苦笑いを浮かべた。


「依頼ついでだ。テメェの実力を見てやる」


 ほら当たったと、男は天を仰いだ。







 ◇◆◇







 響き合う怒号と雄叫び。物量を宿した声は、木々を揺らすまでに至った。

 振りかぶられる巨木。それを彼は一対の腕をもって相手取る。


「典型的な拳闘士ですね。しかも脳筋の」


 出会ったときも彼は武器を携帯しているようには見えなかったため、そうだろうなとは薄々感じていた。しかし、


「ここまで、とはな‥‥‥」


 技もない力任せの攻撃。成る程、知性のない獣、それも自分よりも力の劣る相手であれば充分だ。

 だが、今回のは相手が悪かった。


「モルスク。オーガの亜種ですね。特徴は1つ目と、その巨大な1本の角でしょうか。知性は普通のオーガよりも低いようですが‥‥‥」


「火力の桁が違う、と。そんなところか?」


 その言葉にミルシィは小さく頷く。アイーシャは呆れたように息を吐くと、


「じゃあ勝てねぇのも道理か。ミルシィ、準備しとけ」


「アイアイサー!」


「‥‥‥なんだその掛け声?」


「さぁ?」


「‥‥‥」


 呑気な会話を繰り広げる2人であったが、目の前に広がるのは死闘だということを忘れてはいけない。

 現にグレイは死にかけていた。


「ク、ソ、ガァ!!」


「ォォオオオオ!!!」


 振り下ろされた巨木を真っ向から受け、全身の筋肉を使って弾き飛ばす。モルスクの体勢が揺らぐも僅か。怒りを覚えたのか、攻撃の手に苛烈さが増す。


(好き勝手言ってくれやがる‥‥‥ッ!)


 解っているとも。自分が勝てない相手だということも、自身の攻撃に技が無いことも。

 それで良かった。それだけで事足りてたからこそ、見てこなかったこと。見る必要が無かったこと。


(これが強敵!これが、これが───)


 立ち塞がる巨大な壁を、何度見上げた?何度、目を剃らしてきた?

 自問に、答えはすぐに出た。そして、今一度立ち塞がる巨大な壁。


(勝てねぇ。そんなことは解っている!だが───)


 挑まぬ理由にはならない。それが、死闘ではなく冒険であるが故に。


 ───安心しろ。死なねぇ限り、こいつがどうにかする。


 直前にかけられた言葉を、鵜呑みにしたわけではない。それでも、背後に彼女がいることがグレイに力を与えた。


 振りかぶられる巨木。ズシンと重い音が響き渡る。

 歯を食い縛り、耐えた。全身の筋肉が悲鳴を上げる。

 それでも、モルスクが放った強烈な一撃を一身に受けながらも尚、男は吼えた。


「アイツが見ている!俺の戦いを!俺の冒険を!だったらよォ!」


 渾身の力をもって、弾き飛ばす。身体が揺らぐ。予想以上の力に、モルスクは目を見開いた。


 拳を握る。籠められた思いを、力を全て


「ここで終わらせるわけにはいかねぇんだよォォオオオオ!!!」


 勝てない。それが道理だとしても、


 全てをぶつけてこその、"男の意地"である。


「ォォオオオオオオオオ!!!」


 放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ放つ。


 後先考えぬ、がむしゃらな連打。ああ、そうだとも。そこに技はない。力任せの出鱈目な攻撃。

 だが、見るがいい。これこそが彼だ。彼の冒険の姿だ。


「アイーシャさん?」


 さて、隣に並ぶ少女が何と言ったのか。

 少なくとも、彼女の表情はどこか───


 一際大きな轟音が響き渡る。

 それが決着の音であることは、見えなくとも解る。空より飛来する一つの影。

 アイーシャの足元まで転がってきたそれは、僅かな呻き声と共に身体を僅かに震わしていた。


「ふむ」


 軽く蹴り飛ばしてみると反応があった。よしよしと満足そうに頷くと、それを踏み「テメ‥‥」越え、


「ミルシィ、そいつは任せた」


「りょーかいです!」


「さて」


 眼前に立ち塞がる敵を見やり、彼女は口の端を歪める。

 傷だらけだった。緑色の肌は血に濡れ、所々黒ずんだ痣が見られた。顔は憤怒に歪められ、目は爛々と輝く様は成る程、鬼の近縁種と呼ばれるだけはある。


 暫くその様子を観察していたアイーシャであったが、何を思ったのか、彼女は一つ頷くと、近くの木から枝を一本手折る。

 軽く振り回し、やがて得心がいったのか、枝を剣のように構えてみせた。


 モルスクが訝しげに喉を鳴らす。なんてことはない、と彼女は笑ってみせた。


「テメェが木なら、俺もってな。まぁ、これも一つの冒険ってことで」


 侮るつもりはない。戦いに命を懸けるのは常。であるならば、彼女にとって戦いとは"必死"である。


 しかし、ふと比べてしまうのだ。彼ならば、と。


「あの方なら4本。アイツなら、3本ってとこか。なら、そうだな‥‥‥」


 薄く笑い、来いと手招きする。獣が吼え、地を鳴らし、駆け出した。


「目標は6本ってとこかね」


 振り下ろされる巨木の軌跡を枝の僅かな挙動でずらし、素早く懐へ飛び込むと、


「ギ───ッ!?」


「む」


 パン、と甲高く響く音。肉が割けた音だと、獣は本能で悟った。

 対しアイーシャはやや不満そうに頬を膨らせる。砕けた枝を惜しむかのように軽く振ると、再び手頃な枝を手折った。


「力の調整が難しいな。切ったつもりだったが‥‥‥」


「ガ‥‥‥ガァアアアアアア!!!」


 二度三度と枝を振るい、襲いかかる巨木をいなす。やがて業を煮やしたモルスクは腕を大きく振りかぶると、


「フッ───」


 放たれたのは18の″瞬撃″。今は名も無き、かつては睡蓮と名付けられたその剣技はしかし、そこにかつて程の脅威は無かった。

 だが、それでも訪れた効果は絶大。雄叫びは絶叫へと変わり、一瞬のうちに全身から血を吹き出したモルスクはどう、と膝をつく。

 上げた視線の先には、己よりも小さき存在。なのに、


「グ、ゥウウウウウウ!!!」


「来い」


「ァァアアアアアアアア!!!」







 ◇◆◇







「クソッ。舐めた奴だ」


「おやおや。自分が負けた相手が、こうも一方的にやられているとやはり、些か不満ですか?」


「チッ‥‥‥そうじゃねぇよ」


 彼女がどんな戦いかたをしようと、自分には関係がない。どんな相手であろうとも、彼女の隣に己が居ないのであれば尚更。


「つか、なんで枝‥‥‥」


「んー。『棒振り』───『剣聖』のオマージュとでも言うんでしょうかねぇ」


 「ぁあ?『拳聖』だ?」


 「いえ、そちらではなく。まぁ、何と言うべきか」


 踊るように、舞うように戦う彼女の姿を視界に収め、ミルシィは薄く目を細める。

 その瞳に宿した景色は、やがて何時かの景色と重なっていき───


(いえ、それは好ましくありせんね)


 目を閉じ、浮かび上がる情景を消し去る。再び目を開けた彼女の瞳には、


 「楽しんでるんですよ。彼女なりに」


 どこか楽しげな光が宿っていたのだった。










 力なく横たわる遺体には、無数の裂傷が走っていた。

 木々が薙ぎ倒され、出来た空白地帯に射し込む一筋の陽光。それを浴びる彼女は、傍目から見ればさぞ幻想的な存在に映るだろう。

 しかし生憎とこの場にそんな感情を抱く者は居ない。1人は満足げな笑みを、1人は引き攣った笑みを浮かべていた。


 「11か。我ながら情けない」


 肩を竦めてみせた彼女に対し、グレイ小さく吐き捨てる。


 「化けモンめ‥‥‥」


 「にしては嬉しそうですね」


 「ケッ‥‥‥」


 震える足を叱咤し、男はゆっくりと立ち上がる。差し出された手を不要だと断り、男は静かに彼女へと歩み寄った。


 「強いな。テメェは」


 「あん?」


 遺体の上に立つ彼女を眩しそうに見上げながら、男は口を開く。紡がれた言葉は酷く単純なものだった。


 「あぁ、本当に、強いな」


 「ふん‥‥‥」


 つまらなさそうに鼻を鳴らし、軽やかに着地。

 軽くモルスクの肌を撫でると、後ろを振り向き、一言。


 「んじゃ、帰るぞ」


 軽い調子で言ってのける彼女を見て、いよいよ男は堪えきれず笑うのであった。


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