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08 フィオナの快適実家暮らし

 ここ数年、うらぶれていたキャリントン邸はすっかり活気を取り戻していた。シェフの作る料理が素晴らしい。


 整理されて、明るく綺麗になった食堂でフィオナは美味しい朝食に舌鼓をうった。

 母のメリッサはめったにこの時間には起きてはこないが、今日は上機嫌でフィオナに話しかけて来る。彼女は気分屋なのだ。

「部屋が勝手に片付けられて何がどこかわからないわ」とぼやきつつ、綺麗に磨かれて気持ちの良い屋敷に満足し、料理を楽しみにしている。


 ちなみに機嫌の悪いときには「あなたがいるせいでイーデスがこないじゃない」とねちねち繰り返す。

 メリッサが不平不満を零すのはいつもの事なので、鳥のさえずりと思って聞き流した。


 そして、父ジョージが領地から帰ってきた。こちらは不機嫌だ。

「せっかく王都に戻ってきたのに、お前が帰って来たせいで家にミレーユをよべないじゃないか」

 ミレーユとはジョージの愛人だ。ローズブレイド家の使用人がひしめく中でさすがに遠慮しているらしい。メリッサの機嫌がよいのはそのせいもある。






 フィオナが実家に戻って一週間が過ぎた。


 ローズブレイド邸の庭がとんでもないことになったあの日、フィオナは一日中カーテンを閉め切った自室で過ごすこととなった。

 朝以来、アロイスが来ることはなかったが、昼頃にフィオナの部屋に花が届いた。カードには不便をかけて申し訳ないと詫びの一言が彼の直筆で記されている。ただそれだけの事が嬉しかった。


 今までアロイスから花を贈られたことはなかった。縁談から結婚まで急ピッチで進んだせいか、二人の間には婚約者らしい期間もなかった。

 そして何よりも男性から花を贈られたのは初めてだった。婚約期間に彼から贈られたのは、宝飾品やドレスで、嬉しさよりも気おくれを覚えた。

 フィオナはいい香りを放つ綺麗な花束に心が安らいだ。ならば、アロイスの気持ちを尊重しよう。もやもやとした気持ちを吹っ切ると、黙々と刺繍を始めた。

 



 次の朝、自室で朝食をとっていると、チェスターに実家に戻るようアロイスから指示があったと告げられた。

 フィオナはフォークをかしゃんと取り落とした。


「私、離縁……されるのね」


 そばにいた、アリアと珍しくチェスターまで慌てた。


「違います。奥様、お屋敷が片付くまでのことでございます」

「そうですよ。奥様、昨日お見舞いに、旦那様からお花をもらったばかりではないですか」


 ショックを受けたフィオナを二人がかりで宥めた。


「旦那様は、一度決めたことを簡単に覆す方ではございません」


 チェスターの一言がフィオナを少し落ち着かせた。なぜか、その言葉はすとんとフィオナの心に落ちた。

 いつの間にか、フィオナの心の中でアロイスの印象が、浮世離れしていて茫洋とした人から、当たりは柔らかいが強情な人に変わっていたのだ。





 そして今、フィオナは悠々自適な実家生活を送っている。気付くとローズブレイド家から送られてくる使用人は日に日に増え、キャリントン家の使用人用の部屋は満杯となった。

 一日おきにフィオナの様子を見に来る執事長のチェスターに、さすがに屋敷が心配になって聞いてみた。


「ローズブレイド家の方が大変ではないのですか。こちらにこんなに使用人を割いて、お屋敷の方は大丈夫なのでしょうか?」

「問題ありません。奥様」


 それ以上は語らない。しかし、プロの彼が断言するので、大丈夫だろう。


「あの、それから、アロイス様はお元気でしょうか」


 本当はどうしているのか聞きたいのだが、詮索はしない約束である。もどかしさを感じながら、フィオナが質問すると、チェスターが微笑みながらいう。


「とてもお元気ですよ。奥様に贈られるお花は毎回旦那様が選んでいるのですよ」



 アロイスからは一日おきにカードの添えられた花束が贈られてくる。

 記されているのは「元気にしていますか」「不足はないですか」など一言なのだが、気にかけてもらえて嬉しい。

 フィオナもチェスターが来るたび、一日の様子を数行書いてアロイス宛のカードを渡す。文通みたいでわくわくした。


 そして、ついうっかり三日前に公爵邸のふかふかのベッドが懐かしいなどと書いてしまったら、次の日キャリントン家に業者がきて、最高級のベッドをフィオナの部屋に置いていった。

 しかし、フィオナの部屋は狭く、今はスペースのほとんどを高級ベッドに奪われている。さすがに嬉しさより、申し訳なさが先にたつ。そんな大それたものを要求したつもりはなかった。ただ帰りたい気持ちを表現しただけなのだ。


 フィオナの今の楽しみは、アロイスから贈られる花をめでながら、流麗な文字で綴られたカードを読むことだ。不思議と、今までよりずっと近くに彼の存在を感じられた。


 勉強も再開し、家庭教師も毎日のようにくるようになった。フィオナはまだ自分の力不足を感じていたので、いままで以上に真剣に取り組んだ。


 そしてクロードとザカリア兄妹が二回ほど遊びにきた。最初、二人が遊びに来たときはメリッサが爵位を知って渋い顔をしたが、クロードをかなり気に入ったようで、二回目からは積極的にお茶に加わるようになった。そういう時のメリッサはとても人当たりがよくて助かる。


 フィオナの毎日は充実していた。かわったのは屋敷だけで、ほとんど同じ人達に囲まれている生活は思った以上に快適だった。


 そう、夫はもとより留守なので、フィオナの生活に不足はなかった。




 それでも夜、部屋の明かりを落とすと、ふと物思いにふける。無残に破壊された屋敷の庭にリスや小鳥は戻ってくるのだろうか。

 あの柔らかな日の差す食堂で、またのんびりと食事を楽しめる日はくるのだろうか。今度はいつアロイスに会えるのだろう。フィオナはローズブレイド邸へ思いを馳せ、眠りについた。





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