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06 穏やかな日々

フィオナの一日の過ごし方は一変した。


いままで、午前中は部屋で刺繍などをしながらぼうっとして、午後は姉や母とお茶を飲んでいたのだが、次の日から、一日中お勉強することとなった。


午前中は教養の座学で外国語、歴史などを学び、午後からは、マナーやダンスのレッスンを受けた。


 毎日が驚くほど忙しくなった。特にマナーのレッスンは厳しくて、結婚前に付け焼き刃で身につけたものだけでは、全く足りなかった。家庭教師にはハリエットという子爵夫人が付いた。

彼女が言うには美しい所作を身につけるためには「普段の生活が大切」なのだそうだ。


 そしてローズブレイド家の食卓も変わった。食べるのに技術を要するメニューが並ぶことが多くなってきた。毎食ごとに難易度をあげられているようだった。


 広い食堂でひとり食事をとっているので、かちゃりと食器の音をたててしまうととても響く、するとチラリと給仕をしてくれる使用人が視線を飛ばすようになった。

本当にここの使用人は怖いとフィオナは思った。屋敷全体で教育されているようだ。

そのような中でも、フィオナの食欲は衰えない。なぜなら公爵家の食事が驚くほどおいしいからだ。残すなんてもったいない。


 しかし、そんな毎日を送っていると、時には息抜きがしたくなった。庭に散歩に出たいとマリーにお願いした。庭に出るのも外出になるのだろうか、アロイスの許可が必要なのだろうかと少し心配になったが、そのような事はなく、アリアやマリーに付き添われて散歩するようになった。


 出てみるととても広い庭で木々や緑が目に優しく気持ちよかった。小鳥やリスもいるようだ。フィオナは散歩が楽しくなってきた。そんな中でいつも一緒にいるマリーやアリアと少しずつ話すようになった。


彼女たちはフィオナを女主人とみて友達のように打ち解けてくれることはないが、ぽつりぽつりと話をするようになった。

 お茶の時間、チェスターが給仕につく時には、ローズブレイド家の歴史や領地についていろいろ教えてくれるようになった。母や姉が来ない分、使用人達と過ごす時間が増えていき、フィオナは知らず知らずのうちに屋敷に馴染んでいった。


「そういえば、最近、母も姉も来ないわね」


フィオナがふと呟いた。


「奥様は、ご家族にお会いしたいのですか?」


チェスターが問う。


「いえ、まったく。でも来なければ来ないで、どうしているのか心配になってしまうの」


フィオナ自身も教育が行き届いていなかったため、教師までつけてもらって、世話になっているのに、家族が何かしでかしはしないかと心配だった。馴染めば馴染むほど、この家に迷惑をかけたくないと思った。


「奥様、ご心配には及びません。お元気にしておられますよ」

「……」


なぜ、チェスターが知っているのだろう。もしかしたら来ないのではなく、追い返しているのでは……。

フィオナはその件に関して深く考えるのはやめた。ただ次に彼女らと会う時は罵られる覚悟をしておいた方がよさそうだ。


「あの、それとアロイス様は元気ですか?」


その問いにチェスターが苦笑した。そういえば夫の方の安否確認が家族のついでのようになってしまった。豊かな生活をさせてもらっているのにいまだに自分に夫がいるという実感がわかない。


「ええ、旦那様は、お元気ですよ」




レッスンの成果が出てきたころ、フィオナは、王妃に非公式のお茶会に呼ばれた。とても緊張したが、断れないお誘いだ。

王宮の美しい庭園に案内された。ほかのご夫人やご令嬢も呼ばれているものかと思ったが、お茶会は二人きりだった。


フィオナは緊張して相槌を打つのがやっとだった。お茶の味も、すすめられて口にしたお菓子の味もわからない。最初のうちは、王妃のフォローで何とか会話が成立していた。


折角家庭教師をつけてもらって特訓したのに、会話がスムーズにできなければ淑女として合格とは言えない。


しかし、王妃は気にした風はなく、当たりさわりのない世間話をして、フィオナの緊張をほぐしてくれた。勉強していた教養が少し役立って、だんだんとかけられる言葉に何とかこたえることができるようになってきた。


「あなた、随分変わったわね。なんだか、とても素敵になったわ。それに言葉遣いも美しいわ」


王妃から頂く誉め言葉がうれしかった。日頃のレッスンの成果が出たのだろうか。家庭教師や協力してくれたローズブレイド家の使用人、それにアロイスに感謝しなくてはとフィオナは思った。

そして王妃は去り際に、こんなことを言い出した。


「今の時間だとアロイスは王宮の図書館にいるわ。なかなか会えないのでしょう?寄っていくといいわ」


フィオナはその言葉に顔を赤くした。なぜ、王妃がアロイスとなかなか会えないのを知っているのだろう。

アロイスが家に帰らないのは周知の事なのだろうか。引っ掛かりを覚えたが、詮索は出来ない。なぜなら、それが結婚の条件なのだから。


「訪ねていって、お仕事の邪魔にならないでしょうか」


フィオナが自信なさげにいう。


「あら、大丈夫よ。まったく、そんな心配いらないから」


そういうと王妃がいたずらっぽく笑った。王妃とアロイスはフィオナが思っていたより、親しくしているようだ。親戚なのだから、当然なのかもしれない。


そういえば、イーデスがアロイスは歴史の編纂をする閑職についていると言っていた。挨拶するくらいなら、いいのかもしれない。


結局、王宮に一緒についてきたマリーを伴って図書館に行くことにした。広いエントランスを抜け階段を上り、通路を歩き、王妃が教えてくれた通りの場所にいく。


アロイスを見つけた。大きな窓から柔らかく陽の差す立派な閲覧スペースの隅で、彼はぐっすりと眠っていた。


この人は家に帰らず、こんなところで眠っている。


しかしその寝顔は安らかでとてもきれいだった。いつもの笑顔が張り付いていない分、若々しくみえた。

初めて彼の素の表情を見たような気がする。とても気持ちよさそうに眠っていて、起こすのが忍びない。「あなたの旦那様、昼行燈と呼ばれているのよ」そんなイーデスの言葉を思い出し、フィオナは小さく笑った。


お休みなさい。アロイス様。


安らかな夫の寝顔に、心の中でそう告げるとフィオナは王宮を後にした。


「アロイス様には秘密にしてくださいね」


フィオナがマリーにお願いすると笑って了承してくれた。


最初の頃はローズブレイド家の使用人を怖いと感じていたし、どこに行くにもついてくるので息が詰まりそうだった。

今は彼らが未熟な女主人を馬鹿にするでもなく、かといって甘やかすでもなく、成長するのを支えながら、見守ってくれているのがわかる。

 いつの間にか、キャリントン家の者よりも心許せる存在になっていた。


今日は彼と会っていないことにしよう。だから、カウントはまだ6回。






その晩、珍しくアロイスが早く帰ってきた。燭台に火がともる食堂で一緒に食事をした。

これで会うのは7回目とフィオナは数えた。このころになるとフィオナもかちゃりと音を立てずに食事ができるようになっていた。


そして、その後アロイスに誘われて、一緒に食後のお茶を飲んだ。


「ハリエット夫人から聞いたよ。とても頑張って勉強しているそうだね」


フィオナはそういわれて頬を染めた。出来て当然のことが出来るようになってきただけなのに、労ってもらえるのが嬉しかった。それに実家にいるころは褒められることなどなかった。いつでも姉の影だった。

フィオナも何か彼が喜びそうな言葉をかけてあげたいと思ったが、何も浮かばなかった。

驚くほど彼のことを知らない。詮索しなければ、知ることは出来ない。とても大きな壁を前に、少し寂しく思った。


アロイスは黄金のような金髪に緑の瞳をもつ、美丈夫だ。見目がとても良い。フィオナも金髪だがその色は淡く、姉によく薄い色でみっともないなどと言われたので、彼の髪色が羨ましく思えた。

 夜に二人でお茶を飲んでいるとどうしても相手のことを意識してしまい、鼓動だけがはやくなった。

 しかし、そのフィオナのどきどきも次のアロイスのひとことで吹き飛んだ。


「一週間後、王宮の夜会にでるから、よろしくね」

「へ?」


いつもの微笑で、軽い口調で告げられた。フィオナは驚いて、首を傾げ、最後に固まった。彼女は夜会に行ったことがない。初めての夜会が王宮ということになるのだろうか。


「えーと、あの、その……私はどうすれば」


もしかして留守番かな、という淡い希望を込めてきいてみる。


「ん?ただ陛下と賓客にご挨拶をして私とダンスをすればいいだけだよ。フィオナにもできるでしょ」



自信がなさそうなフィオナにアロイスがさらりと言う。

フィオナはつい癖で頷いてしまってから、慌てて「はい」と小さく返事をした。その瞳は不安に揺れている。


「フィオナはとてもがんばっているし、随分所作もきれいになったから、自信をもっていいと思うよ」


アロイスにそういわれて、フィオナの顔がぱっと輝いた。


「私、頑張ります!」

「うん、よく聞こえているよ。とても近いからね。フィオナ、もう少し小さな声で話そうか」


微笑を浮かべたままアロイスがいうと、フィオナの頬は再び赤く染まった。

また、声を張り上げてしまった。

貴族は大きな声で話したりしない。フィオナは実家で家事を手伝ううちにいつの間にかそうなってしまった。




今日はいろいろとあったので、とても疲れてしまった。フィオナは湯浴みを手伝ってもらいながら、うとうとしてしいた。明日から、ドレスを作ったり、アクセサリーを用意したり忙しくなるとチェスターに言われている。


 ベッドに入るとあっという間に眠ってしまった。



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