04 フィオナと迷惑な客
一応、新妻らしく、毎晩ドキドキしながら、アロイスが訪ねて来るのを待った。
しかし、三日たってもアロイスは部屋を訪ねてくる以前に、家に帰って来なかった。
いい加減寝不足もきつい。
考えるまでもなく、これは外に愛人がいる。第三王女に一途で、傷心なのかと思ったが違うようだ。きっとどこかに秘密の別邸があるパターンだ。
父のように家に愛人を連れ込むより、まだましだと考えることにした。
そして、そんな寝不足のフィオナのもとに、呼んでもいない姉のイーデスが訪ねてきた。
執事長のチェスターが知らせに来た。
「奥様はお疲れのようなので、別に追い返してもよいのですが、どうなさいますか?」
怖いことをさらっという。居留守を使えというのだろうか。
ここの使用人たちは皆公爵家に仕えてという誇りをもっている。フィオナの家に昔いた緩い使用人とは大違いで、彼らと相対すると緊張してしまう。恐らくフィオナよりずっと威厳あり、教養があり、優秀だ。少し引け目を感じていた。
フィオナはざっと身繕いをした。フィオナが着ている服は普段着のはずなのに伯爵家にいた頃の一張羅より上等だ。それも公爵家で用意してくれた。
二人の侍女を伴って下に降りて行った。これもこの屋敷の規則で、どこに行くのにも彼女らは付いてくる。
フィオナは息が詰まりそうだった。
「あなた方もお疲れでしょう。下がってくださって結構よ」
とここへきて二日目の朝に笑顔プラス低姿勢でお願いしてみたところ、「旦那様のご命令なので、承服致しかねます」と却下された。
ここの使用人はアロイスに驚くほど忠実だ。
ローズブレイド家の公爵夫人は単独行動は許されないらしい。例え湯浴みでも。それを思うとフィオナは少し、貧乏な実家暮らしが懐かしくなった。
リビングへ入ると姉はとびきりのおしゃれをしていた。まぶしいくらい宝飾品を身に着けている。そして、豪華な椅子に座り、自分の家のようにくつろいで、お茶を飲んでいた。
「あら、遅いじゃない」
開口一番がそれだ。しかも挨拶もなく文句を言い始めた。年若いアリアが一瞬呆れたような顔した。それも当然だ。イーデスが姉とは言え、今はフィオナの方が格上だ。
「ちょっとあなた達、外に出てくれない。邪魔だから」
あろうことか、イーデスは他家の使用人に命令し始めた。フィオナはイーデスの非常識さにあわてた。部屋にはフィオナ付きの二人の侍女とチェスターがいる。
「すみません。姉が失礼なことをいって、少し、外していただけますか」
フィオナがすまなそうに謝る。
「奥様申し訳ございませんが、当家ではお客様があった場合二人にきりにしてはいけないという決まりがあるので、承服いたしかねます。
ですが、奥様のご命令とあれば私と侍女のアリアがはずします」
チェスターは心なしか、「奥様のご命令」というところを強調して、マリーをおいて出て行った。
「まあ、なんでしょう?主人に口答えするなんて躾がなっていないのね」
イーデスはお冠である。そして相変わらず発言が残念。ここの主人はローズブレイド公爵だ。恐ろしいほど教育が行き届いているから、彼らは主人のいう事しかきないのだ。
しかも、彼らはプロなのだ。そばに控えているマリーなど姉の失礼な発言にも顔色一つ変えない。
フィオナは、そっとため息をついた。チェスターの言う通り屋敷に入れなければよかったと思った。
仕方がないので、しばらくイーデスの自慢話や嫁ぎ先の悪口を聞いた。
「そうそう、あなた、旦那様のお仕事知ってる?」
なんでもないことのようにイーデスが切り出す。
「お仕事の話はなさらないので詳しくは知らないわ」
フィオナはまったく知らない。なおかつ会っていない。そして詮索禁止だ。
「王宮の執務室に籠って資料整理をしているそうよ。歴史書とか?」
「そうなの。なんだか難しそうね」
適当に相槌をうつ。
「そんなことないわよ。ロベルトが誰でもできる楽な仕事で羨ましいって言ってたわ。
ロベルトは皆に頼られて大変みたいよ。少しは自分達で仕事やってほしいって言っていたわ。
そのせいか毎日帰りも遅いし、実務に役立たないような閑職についているあなたの旦那様が羨ましいわ」
イーデスの言葉にフィオナは思わずマリーの顔色を窺ってしまった。屋敷の主人をけなされて大丈夫なのだろうか。特に変化はなかったので安心した。
フィオナにはまだアロイスが自分の夫という実感がわいていなかったので、腹は立たなかったが、キャリントン家の恩人に対してなんて失礼なことを呆れてしまった。
これは、そろそろ姉のイーデスにお帰りいただいた方がよいかもしれない。無表情なローズブレイド家の侍女の顔を窺いながらそう思った。
それから二週間が過ぎた。
相変わらず、アロイスは音沙汰無しだ。フィオナは夜の寝室で彼を待つことをやめた。もし入ってきても寝たふりをしてやろうと決めた。
しかし、さすがに心配になった。だが、結婚の条件は「詮索しないこと」だ。
フィオナは迷った挙句
「旦那様は生きてますか?」
とチェスターにきき、鉄面皮の執事長を一瞬笑わせることに成功した。
どうやら生存確認はしても良いらしい。元気だと聞いてほっとした。イーデスはアロイスは閑職についているといっていたので、きっと愛人宅に入りびたりなのだろう。願わくば複数の女性と遊んでいませんようにとフィオナは祈った。
それではあまりに不潔すぎる。
そして、三日にあげず姉がくる。母メリッサも仲間に加わった。その空間はまるでキャリントン家のリビングのようだった。イーデスの夫自慢にムアヘッド家の義母の愚痴。
なぜここでやるのか。フィオナには理解不能だった。そして信じられないことに彼女たちは図々しい提案をしてきた。
「ねえ、私たちはいつ晩餐にお呼ばれするの?」
まるで当然のことような口調でイーデスが言う。
「え?」
「そうよ。家族なのだから、当然よんでくれるんでしょ」
フィオナはムアヘッド家に呼ばれたことはない。
「それは、私の一存では決められないわ。アロイス様に相談しないと」
「あら、あなたこの家の女主人なのにそんなことも決められないの?」
フィオナはメリッサのその言葉ににこりとした。
「お母さま、お姉さま、もう遅いわ。旦那様が待っているのではなくて?」
「もう、お帰りになってください」という言葉はかろうじて飲み込んだ。
その日の晩、アロイスが帰って来た。結婚式から三週間ぶりである。フィオナは彼と会うのは、これで4回目だ。
そしてローズブレイド家で一緒に食事をとるのは初めてだ。
燭台の蝋燭がゆらゆらと煌めく食堂で、フィオナはこの屋敷の主人にお伺いを立てた。
「キャリントン家とムアヘッド家を晩餐に招待したいのですが、よろしいでしょうか?」
「うん、構わないよ」
詮索してほしくないと言っていたので、断られるかと思っていたが、あっさり了承された。そして何より、興味なさそうだった。
フィオナは複雑な気分だった。彼女たちは呼んでも面倒だし、呼ばなくても面倒なのだ。
その晩、フィオナは、アロイスも帰って来たことだし、今日が初夜になるかもと思った。
しかし、食事がすむと妻とお茶を飲むでもなく執務室に行ってしまったアロイスをみるとドキドキする気も失せた。毛ほどもフィオナに興味がないようだ。
いろいろ考えるとお腹がすいてしまうので、フィオナはさっさと眠ることにした。