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02 フィオナの奇妙な婚約

 もうすぐ正式な婚約という段階になって、フィオナは不穏なうわさを耳にした。マコーレには外に妾と子供がいるというのだ。しかし、貴族である父にも愛妾はいる。フィオナにとっては政略結婚であるので許容範囲だった。

 だが、彼はとんでもない遊び人で賭場に顔を出し、その上不特定多数の女性と付き合っているという目撃談が相次いでいる。さすがのフィオナもこれは憂鬱だった。出来れば閨を別にしたい。変な病気を移されたくないから。切実にそう思った。


 そして婚約を結ぶ一か月前、突然この話は流れた。マコーレのだらしのない私生活が問題になったのではなく、新しい縁談が持ち上がったからだ。



 なんとローズブレイド公爵アロイスとの婚約が急遽決まったのだ。晴天の霹靂だった。彼の母親は王妹、家柄から考えても断ることなど不可能だ。もちろん、こんな玉の輿断るわけもない。その上公爵家は借金を肩代わりしてくれるという。キャリントン伯爵家にとってこれほどの良縁はない。

 父はマコーレの身持ちの悪さを理由に豪商との縁談をすぐに断った。鮮やかな手のひら返しである。フィオナは貴族とはこうあるべきなのかと感心した。

 しかし公爵家との縁談、そんな上手い話があるのだろうか。訝りつつもまだ17歳のフィオナの胸は期待に高鳴った。

 少しくらい夢見てもいいよね……。



 そして、顔合わせはなぜか王宮だった。この知らせにキャリントン家は右往左往した。着ていくドレスがなくて困っていると、こちらが無理を言っているからと公爵家が支度金をくれた。

 父はフィオナの支度金を当然のようにピンハネし、フィオナのドレス代をケチり、宝石も母の物を借りて、必要最小限の金額しか払わなかった。

 そしてピンハネした金は姉夫婦をよんで豪華な食事をし、イーデスとメリッサには宝石を買い与え、ロベルトに懐中時計を贈るのにつかわれた。


 それでもフィオナは嬉しかった。姉のお古ではない初めて自分の為にあつらえられたドレス。いつも現実的なフィオナだが、今度ばかりは少女らしく気持ちが浮き立った。

 きっととてもやさしい方なのだろう。王宮でローズブレイド公爵に会うのが楽しみで夜も眠れないほどだった。









 当日はお茶会の形をとって王妃が取り仕切ることになった。ローズブレイド公爵の両親は早くに亡くなり、他国へ嫁いだ妹がいるだけだ。そして、フィオナはいま父母と出席している。


 実際に会ってみると公爵は確かに見目麗しい。しかし、彼はにこにこ笑っているだけで、全くしゃべろうとしない。ほとんど王妃が間を持たせている。

 本当にこの方、大丈夫なのかしらとフィオナは一抹の不安を覚えた。笑っているが、実は不機嫌なのだろうか。いずれにせよ、フィオナに関心がないのは明らかだ。茫洋として妙につかみどころがないという印象だ。

フィオナの期待が大きすぎたのだ。まあ、こんなものね。と彼女はさらりと観察し、割り切った。


 実際お茶会ではそれ所ではなかった。しゃべらない公爵とそれにじれる王妃。権威に弱い父のジョージは恐縮しきって縮こまっているし、母は初めて間近で見る美貌の王妃に興奮して不躾な質問をし続けている。

 フィオナは不敬罪になるのではとお茶会の間中はらはらした。



 そうこうするうちに後は二人で庭園でも散歩してきなさいということになった。

 母のメリッサが好奇心にかられて、フィオナたちについて来ようとするのを、さすがに父が止めた。

 フィオナはお茶会の中、名乗った以外はほとんどしゃべらなかった公爵と何を話したら良いのかと途方に暮れた。夜会など出て殿方と話す機会のなかったフィオナは、生きた心地がしなかった。

 すると彼から話しかけてくれた。天気の話から始まって、今日のドレスが似合っているだの、無難な話題を出してくれた。フィオナは適当に相槌をうち、丁寧にドレスのお礼を言って何とか時間をつなぐことができた。

 そして散歩もそろそろ終了という頃、彼が軽い口調できりだした。


 「キャリントン卿には話してありますが、この結婚に当たり、私がキャリントン家の借金を肩代わりします。そして一年、キャリントン家を経済的に支援しましょう」


 願ってもない申し出だ。

 しかも豪商のレイノール家よりも条件が良い。


 「ありがとうございます。借金を肩代わりしていただけるだけではなく、一年間実家の面倒を見ていただけるなんて」


 借金は莫大だ。このありがたい話にフィオナは公爵をあがめるように仰ぎ見た。

 フィオナの反応に満足そうに彼は頷く。

 しかし、公爵は、なぜここまでしてくれるのか不思議だった。それになぜフィオナを選んだのか。この縁談がきてからフィオナの頭を占めるのはそのことばかりだった。父が何か公爵家の弱みでも握ったのだろうか。


 「そうそう、フィオナ嬢。私と結婚するにあたり、約束していただきたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。そしてこの話はキャリントン卿には内密に」


 にこやかに笑いながら公爵が切り出した。

 フィオナは頷くしかない。


 「はい、何なりと」

 「私のことを一切詮索しないでいただきたいのです。そして外出は、必ず私の許可をとり、なるべく控えめに。また、我が家で見聞きしたことは他言無用でお願いしますね」

「はい?」


 奇妙な申し出に、びっくりしてフィオナはついうっかり大きな声を出してしまった。すぐに謝罪をした。

 しかし、公爵はそれに気分を害することもなく柔らかく微笑んでいる。


 「お約束していただけますね」

 「はい。お約束は必ず守ります」


 更に畳みかけられてフィオナは了承した。公爵相手に否はありえない。何か人に言えないおかしな趣味でもあるのだろうか。


 「それは良かった。もしお約束いただけなければこの縁談は白紙に戻すところでした」

 「はい?」


 そこ、そんなに大事なところだろうか。さらりと放った彼の言葉にフィオナは内心ひやっとした。


 「それが、あなたと結婚する条件です」


 フィオナは呆けたように公爵を見た。彼の意図がさっぱりわからない。フィオナの頭は疑問符だらけだ。とりあえず最大の疑問を口にする。


「この結婚、公爵閣下にとって、益が無いのではないでしょうか?」

「もう、お忘れですか?私のことは詮索しないように」


 間髪入れず、にこやかに公爵がこたえる。そして二人の散歩は終了した。

 本当にこのような上手い話があるのだろうか。フィオナはキツネにつままれたような気分だった。そして、今更ながら好きな本や食べ物を聞いても約束をたがえることになるのだろうかと心配になった。今度、会ったときそこら辺の話も詰めようとフィオナは心に留めた。







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