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27 悪魔


 アロイスは馬を走らせた。王都へ向かう途中で馬車が襲われたのだ。いやな予感がして戻ってきた。

 ルクレシア領に入ると、屋敷に火の手が上がるのが見えた。やはり、こちらが襲撃のメインのようだ。

 今回の敵は結構派手にやってくれたようだ。

 ジェームスやクロード達がいるから、しくじることはないだろう。しかし、荒事など知らぬフィオナが心配だった。彼女は怯えているのではないだろうか。

 なぜ、フィオナのような女性を妻に選んでしまったのだろう?これほど情を移してしまうとは考えていなかった。





 アロイスは屋敷につくと、派手に炎が上がっていた割に建物は無事だった。玄関ポーチと庭に火を放たれていたようだ。もう鎮火してきている。


 打ち破られた大きな扉から、エントランスホールで戦っているクロードと目があった。彼は驚いたような顔をしている。あいさつ代わりに片手をあげておいた。苦戦しているわけでもなさそうなので、アロイスはフィオナを探しにむかった。


 あの暗い通路で震えていてくれればいいが、彼女のことだから、こんな時にも花壇を見に行っているかもしれない。

 なぜ花を育てることを許可してしまったのだろうとアロイスは後悔に苛まれた。何も欲しがらない彼女のささやかな願いを断ることは出来なかった。いや違う、彼女に好かれたい、喜ぶ顔がみたいと思ってしまったのだ。

 きっと、無残な花壇を前にフィオナは涙を流すだろう。


 そして、何よりも外に出ることはとても危険だ。


 この手の(やから)はまず綺麗に花を咲かせた庭園や温室を狙う。だからローズブレイド家には北の領地の館以外に温室はない。他はすべて破壊されたのだ。アロイスが子供の頃もそうだった。嫌な予感がして花壇を目指した。





*****





 フィオナは茂みの中で震えていた。近くには、賊がいる。ガタイがよく、体がとても大きな男だ。彼女のそばを通過しようとしている。

心臓が恐怖でバクバクと激しく鳴る。


 気付かれたら終わりだ。


 フィオナは息を殺し、がたがたと震えた。

 考えなしに外に出たつもりはなかった。花壇が燃やされるのを見て、悲しかったことも確かだが、燃やした後にわざわざ賊が来ることはないだろうと思ったのだ。




 その時誰かが、勢いよく駆けてくる足音がした。

 月あかりに浮かぶその人はアロイスだった。


 どうして居るの?


 本当なら嬉しいはずなのに、今は恐怖しかない。アロイスもかなり背は高いが、茂みにいる男は小山のように縦にも横にも大きい。こんな大きな暴漢にいきなり襲われたら、ひとたまりもないだろう。


 アロイスに気づいた男は、幅広の長剣を下段に構え、隙を見て襲いかかろうと、茂みの闇から機会をうかがっている。アロイスはきっとフィオナを助けに来たのだ。花壇にいるだろうと考えて。彼はいつも、彼女の考えていることを察する。


 男が草むらから飛び出した。



 どうしよう!

 


 その時、「投げつけて逃げるのも効果的です」といったザカリアの言葉を思い出した。

 フィオナは、必死でメイスを投げつけた。しかし思ったほど飛ばず、男のからだに当たらなかった。ストンと落ちたメイスに大男が振り向いた。


 顔に傷を持った男の恐ろしい形相にフィオナは恐怖のあまり声も出なかった。逃げるどころか金縛りにあったように体がすくんで動かない。

 

しかし、男は襲いかかって来ることはなく、声もなくどうっと崩れ落ちた。


「アロイス様」

「フィオナ!」


 アロイスは無事だった。月から降り注ぐ銀色の光を浴びて、優しく微笑んで彼女のもとに歩み寄ってくる。

 束の間ほっとした。

 しかし、その手には剥き身の長剣が握られ、彼は返り血を浴びていた。

血を払うように剣を一振りして、鞘におさめる。


 フィオナは彼が剣を振るうのを知らなかった。人を斬るのを知らなかった。

 中空に上がった冷たい月に照らされたアロイスは、凄惨なほど美しくて、血を浴び微笑むその姿は、エメラルドの煌めく瞳をもつ恐ろしい悪魔のように見えた。



 フィオナはふと目の前が暗くなった。倒れる瞬間に力強い男性の腕が彼女を支えるのが分かった。そのまま意識を失った。





*****





 アロイスは、気を失ったフィオナを抱いてサロンへ向かった。

 屋敷には、カーテンなどが燃えた跡はあるが、深刻な被害は受けて居ないようだ。もちろん、使用人兼戦闘員達も軽傷を負った者が数人いるくらいで、皆無事だった。


 ローズブレイド家は年に一度か二度こういう事態が起こる。年中行事といってもいい。皆慣れていた。ただ一つ違ったのは、何も事情を知らされていないフィオナがいたという事だ。


 とりあえずサロンへ集まり今後の策を練らなければならない。

 馬車を襲った賊を締め上げたので、だいたい首謀者の見当はついている。やることは山積みだが、とりあえずは使用人達をねぎらった。

 その後、いつものように賊の後始末班と屋敷の修繕班にわける。三々五々に皆が散る前に、アロイスにははっきりさせたいことがあった。


「フィオナに武器を持たせたのは誰なんだ?」


 穏やかな雰囲気を取り戻しつつあったサロンは、水を打ったように静まり返った。微笑んではいるが、アロイスは怒っている。


「ひっ」


 短い悲鳴を聞いて振り向くとザカリアだった。

 ちなみにハスラー兄妹は客として来ていたが、実はアロイスがフィオナにつけた護衛だ。彼らは昔から、アロイスの部下であり、幼馴染でもあった。領地が隣同士ということもあり、家族ぐるみの付き合いだ。代々ローズブレイド家の当主はあまり身分差を気にしない。


「ザカリア、なんで持たせたのかな?」


 アロイスが微笑みを深くして、首を傾げる。そのさまはとても魅力的だ。しかし、気丈なザカリアはそれを見て縮み上がった。この人は笑っているときの方が危険なのだ。


 「すっ、すみません!ちょっと護身用にどうかなって?ほら!武器とかって、持っていると安心するじゃないですか」


 ザカリアが慌てて弁解する。


「フィオナが使うと思わなかった?この子、割と無鉄砲だよ?見ていて気づかなかった?」


 サロンのソファーに横たえられた。フィオナの顔色は悪い。


「え、まさか!メイスで殴りかかって、賊に返り討ちにあったのですか!」


 ザカリアが血相を変えた。フィオナが心配なのだ。



「違う。これは私が人を斬るところを見て、怯えただけだ。もういいや、時間を取らせて悪かった。皆、仕事に戻って。それから、ザカリアはひと月ほど配置換えがあるかもね」


 軽い調子で最後に付け加えたアロイスの言葉に、ザカリアが「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。行動的なザカリアはペーパーワークが大嫌いだ。この配置換えは、きっと資料整理をさせられるのだろう。クロードが「馬鹿が」と言いながら妹を引きずってサロンからでていった。彼らは今回後始末班なのだ。


 アロイスの顔には疲れが見えた。フィオナの安全を優先して、彼女の目の前で一撃で男をしずめてしまった。どれほど怖かっただろう。失念していた。長くこのような生活を送っていると普通の感覚がマヒしてしまうのかもしれない。

 あれほど、この家の影を見せないように気を使ったのにこれでは台無しだ。フィオナの人柄はわかっていたので、時間をかけてゆっくり説明するつもりでいた。それが今回仇となったようだ。結局、フィオナを危険にさらし、武器を使わせてしまったのは自分だとわかっていた。






****************





 フィオナが目を開くと、とても高い天井があった。

 慌てて身を起こすとそこはサロンでフィオナはソファーに横たえられていた。周りは少しざわついていて、皆が何事もなかったかのように部屋の壊れた個所を修繕している。その雰囲気は活気があると言ってもいい。屋敷は少し荒れている以外は平常運転のようだ。


 あんな事があったのに……。

 

 フィオナはもう何を見ても驚かない気がした。


「フィオナ様、大丈夫ですか」


 アリアが声をかける。


「よかった。無事だったのね。皆は大丈夫?」


 元気そうなアリアを見てほっとした。


「はい、大丈夫ですよ。今屋敷を修理中でして、しばらくご不便おかけします。もうすぐフィオナ様のお部屋は使えるようになると思います」


「私はいいの。どこでも寝られます。それよりアロイス様は?」


アリアはハッとして顔を上げる。


「フィオナ、私ならここにいるよ」

「……」


アロイスが笑いかけた途端フィオナが固まった。

すっかり嫌われてしまったかと思い、アロイスが彼女の顔を覗き込む。

するとフィオナはぽろぽろと涙を流した。


「ううっ、アロイス様」


泣きながら、アロイスの首にしがみついた。


「よかった。みんな、生きてて……よかったです」


 アロイスはぽんぽんとフィオナの頭を撫で、優しく抱きしめた。妻に嫌われていなかったことに感謝しつつ「フィオナ、済まない。怖い思いをさせて」と宥め、彼女の背中をゆっくりと撫でてやった。

 

 しばらくするとフィオナは落ち着いた。彼女は立ち直りが早い。


「フィオナ、実は君に話しておかなければならないことがあって」


そう切り出すと


「いいんです。わかっています。私、覚悟はできています」


とフィオナがアロイスから体を離し居住まいを正した。


「ん?わかっているって、何をどこまで」


 アロイスは、離れて行った彼女の肩にさり気なく手をまわし、首をひねった。彼女にあっさり見抜かれるようなへまをした覚えはない。


「アロイス様は武器の密輸をしているのですよね。知ってしまった私も一蓮托生です」



 フィオナが決意を込めてそういった瞬間、修繕や片付けでざわついていたサロンが静まり返った。

胸がドキドキした。でも、もう決めたことだ。後戻りはできない。

 

彼が悪事に手を染めていたとしてもフィオナは付いていくつもりだった。もちろん、本音を言えば、途中で改心してほしいが…。優しいアロイスのことだから、きっとやむにやまれぬ事情があったずだとフィオナは信じている。そして、できうる限り事情を話してほしいと願っていた。







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