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25 またなの? 2


 イーデスからの手紙はムアヘッド家の窮状を嘆く内容だった。ローズブレイド公爵に難癖をつけられたせいで夫ロベルトが仕事を失いそうになっており、たいへん困っている。金を融通して欲しいという内容だった。

 そのような事を言われてもフィオナは金を持っていない。そして姉はそれを見越している。抜け目なく、金が用意できなければ宝石を送れと書いてあった。もちろん、そんなことはできない。 

 

 宝石は、高価なものを買うのが怖くて選べないフィオナにかわり、すべてアロイスが選んでくれたものだ。夫婦揃い物も数点あり、フィオナと同じ瞳の色と同じものをと言って、アロイスがわざわざ石を選んで作らせた特注品まである。

 だいたいアロイスが約束したのはキャリントン家の救済であって、ムアヘッド家ではない。なんら関係はないのだ。 


 どうしたものかとフィオナはため息をついた。この家の者に秘密で姉に金品を融通するなど無理な話だし、その行為は今まで良くしてくれた彼らに対する裏切りだ。

 

 それからゆっくりと長めの追伸に目を通して、不愉快な手紙を文机にしまった。




 読み終えた後、フィオナは珍しく気分がくさくさした。とりあえず、イーデスの手紙は無視しよう。

フィオナはアロイスが外で何をしているのか知らない。

 だが姉の言うことを鵜呑みにはできない。今のフィオナは嘘つきの姉よりも、秘密の多いアロイスを信じている。

 だいたい、ここのところ領主としての執務に忙しかった彼に、ムアヘッド卿に嫌がらせをしている暇などあるわけがない。ありもしない冤罪でアロイスにロベルトが糾弾されているなどとイーデスはいっているが、彼はこのところずっとフィオナと一緒にいたし、王都へ行って帰れるほど長い間留守にしたことはない。


 それにアロイスは冤罪を吹っ掛けるようなひどい人ではない。フィオナはだんだんと腹が立ってきた。だいたいムアヘッド家はキャリントン家の窮状に一銭も払わなかったし、見栄っ張りな父母をおだてて逆にたかっていたではないか。


 気分を変えるため、サロンへ降りていった。するとちょうどザカリアがお茶を飲んでいた。

彼女は人好きのする笑みを浮かべて話しかけてきた。


「ここから見る景色は最高ですね」

「はい、私も大好きです。日が落ちるころ、よくここでぼうっとしています」


 フィオナが微笑む。ここからの景色は本当に心を和ませてくれる。


「私も今日ご一緒しようかしら」


 丁度人恋しいところだった。フィオナは嬉しい話相手ができたことを喜んだ。これではどちらがもてなされているのか分からない。二人は夕食までのひと時他愛のない話盛り上がった。

 ザカリアはさっぱりした人で、とても大人だ。こういう人が姉だったらよかったのにフィオナはひそかに思っていた。


 そのあと、三人で夕食を楽しみ、夜は皆で遊戯室へ行った。

 ささやかなビリヤード大会が始まった。フィオナも最初は参加していたが、途中から見るほうにまわった。

 彼らはとても上手で、最高級のワインを賭けて兄妹で争っていた。結局、ザカリアの勝利となった。

 


 その後、フィオナとザカリアはお茶にした。クロードは妹に負けたのが悔しいのか、腑に落ちないのか、ビリヤード台でショットの練習をしている。


 二人は窓辺にある白いティーテーブルについた。大きな窓から入ってくる夜風が心地よい。カーテンがさわさわと揺れる。

 

フィオナは、ザカリアにイーデスのことを聞いてみた。


「あの……王都で、姉のイーデスがご迷惑をかけていませんか?絡まれるとか……」


 以前夜会のおりにイーデスはハスラー兄妹にとても失礼な態度をとっていた。フィオナは彼らがまた不愉快な目にあっていないか少し心配だった。

 するとザカリアはその美しい容姿に似合わず豪快に笑った。ブルネットの艶やかな髪が揺れる。


「大丈夫ですよ。近ごろは、お茶会や夜会でもあまりお見かけしませんしね」


 彼らが迷惑をこうむってなくてよかった安心する反面、姉はやはり金に困っているのだろうかと心配になった。

 イーデスは茶会や夜会が好きだ。毎回、上等なドレスをあつらえて現れる。人の賞賛が大好物なのだ。夫ロベルトの部下の妻たちを取り巻きに、会場内を練り歩く。そんな彼女が社交の場へ出ないなど、切羽詰まっているのだろうか。フィオナが顔を曇らせる。


「心配ですか?とてもお元気だというお噂は聞いていますよ」


 ザカリアが柔らかくわらう。彼女がそう言うのならば、きっとイーデスは大丈夫なのだろう。

姉はまた大袈裟に書いてきたのだ。子供の頃から、あの人はそうだった。フィオナは何とか納得しようとした。そして、ほんの少しの杞憂を胸にザカリアに微笑み返し「そうですか」と頷いた。


 それにしてもアロイスもザカリアも驚くほど正確に相手の気持ちを読む。言葉にする前にわかってしまう。フィオナにはできない芸当だ。そんな疑問が素直に口をついてでた。


「どうやったら、そんな風に相手の気持ちがわかるのですか?私も相手の気持ちを知りたいと思うのに、なかなか上手くいかなくて……。

 あの、でも、機嫌がいいとか、悪いとか、今は怒っているのか、楽しんでいるのかっていうのはわかるようになってきたのですけれど……」


 するとザカリアがクスクスと笑いだした。


「それってアロイス様の事ですよね。フィオナ様はご主人が何を考えているのか知りたいんですね」


 フィオナは真っ赤になってしまった。


「いつもお二人で何をされているのですか?」


 ザカリアが柔らかく聞いてくるので、照れながらも素直に答える。


「えっと、お話したり、お散歩したり、時々外にお買い物とか……海を見に行ったり、夕日を眺めたり、庭で花をみたり……」


「随分と仲がいいんですね」


ザカリアが驚いて目を見張った。それから慌てたように付け足した。


「あ、ごめんなさい。王都に居たときには、お二人にはもうちょっと距離があったような気がしたから」


「ザカリア、失礼だよ」


 いつの間にかそばに来ていたクロードが窘める。

別にフィオナは気にならなかった。むしろ、前よりもアロイスと仲良くなれて嬉しかった。







 その後、しばらく雑談すると、フィオナは眠くなってきたので先にお暇した。二人は宵っ張りのようで、まだまだ元気だ。ビリヤードでもう一勝負するといっていた。


 部屋へ下がるとアリアとのんびり話しながら湯浴みをした。アリアはフィオナがあげたオリーブオイルがとても気に入っているようで、使い心地などを教えてくれる。マリーも気に入っているらしく、安心した。ワンケース頂いたので、使用人の皆にいきわたるといいな。

 そんなことを考えながら、ベッドに入った。





 いつもは心地のよい眠りが訪れるはずなのに、その夜は珍しく寝付けなかった。ザカリアやクロードが来てくれたのが嬉しくて興奮したのかもしれない。


 うとうとしかけたころ大きなもの音で目を覚ました。何事かと思いベッドから出る。王都のことを思い出して嫌な予感がした。何か屋敷に異変があったのだろうか?カーテンをさっと開ける。


 庭から火の手が上がっていた。



 え……またなの?






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