01 姉の結婚とフィオナの人身御供
フィオナが13歳のとき、5歳年上のイーデスがムアヘッド侯爵家の嫡男ロベルトと結婚した。夜会で見初められたそうだ。父も母もそれが自慢の種だった。
しかし、フィオナはその後参加した他家のお茶会で真相を聞くこととなる。ロベルトが大恋愛の末にふられた直後、彼を狙って数多の令嬢が群がったそうだ。イーデスがそれらを威嚇し陥れ、あざとくせまり妻の座を勝ち取った。当時、たいそう令嬢たちの顰蹙をかったそうだ。わざわざ妹の耳にまでこの話を入れてくる者もいるくらいに。
幸せな父母はその事実を知らない。フィオナは告げ口をする気もおきなかった。とりあえず姉が嫁いでほっとした。しかし、その後キャリントン家を未曽有の危機が襲った。
父ジョージが、ダイヤモンドが出ると騙されて、広大な荒地をつかまされたのだ。
4年の月日がたった。
キャリントン家の昼日中から薄暗いリビングで、姉イーデスは母メリッサとお茶を飲んでいた。フィオナもその場にいたが、会話に加わろうとも思わなかった。彼女は隅の方でせっせと刺繍にいそしんでいた。
「ほんと、私がロベルト様と結婚をしていて良かったわ。まさか伯爵家の娘が庶民と結婚するとはね。出来がわるいと思っていたけれど、恥さらしもいいところだわ」
とイーデスが微笑みながら言えば
「何言っているの。あなたはロベルト様にぜひにってのぞまれたのだし、人には分というものあるのよ。
フィオナにはお似合いの相手よ。むしろあの子には過ぎた相手だと思うわ。贅沢だってさせてもらえるだろうし」
と朗らかにこたえるメリッサ。
「それもそうね。あの子も幸せね。ほんと恵まれてるわ」
フィオナを馬鹿にしつつも二人の声には蔑みと僅かな嫉妬がにじんでいた。何とも仲睦まじい母子である。
栗色の髪に緑がかった茶色の瞳、少し浅黒い肌。容貌もそっくりなメリッサとイーデス。
一方フィオナは父ジョージ譲りの明るい金髪に青い瞳、色白の肌。子供の頃は姉になぜか嫉妬され毛を抜かれたり、ドレスを汚されたりした。
フィオナには嫉妬される覚えなどない。両親の話によれば、イーデスは母似の美人と社交界で評判のはずだ。なぜか姉はすぐにフィオナを羨む、ほんのちょっとでも妹のコップのジュースが多いだけで癇癪をおこす、ただそれだけの事で……。
そしてまだまだ姉と母のうんざりするような話は続く。この人たちは話の通じない動物と一緒。お猿さんだから相手にしない。幼いころは令嬢らしからぬつかみ合いの喧嘩もしたけれど、いつも悪者になるのはフィオナ。いつしかフィオナは彼女たちの話を聞き流すことを覚えた。
この家族との付き合いもあと少し。そう考えると嬉しくなる。フィオナは楽天的でマイペース。余り悩まない娘だ。未来に思いを馳せ、窓の外に目を向けた。窓の外、木々は生き生きとしている。
しかし、残念なことに庭の花壇は荒れ放題。なぜなら、フィオナの生家であるキャリントン家は今、未曽有の財政危機に見舞われているからだ。父が騙され、大金を失い。没落寸前なのだ。
ある日、事情の説明もなく。お前には過分な縁談話があるからと連れていかれた。フィオナのお相手は30歳のマコーレ・レイノール。レイノール商会の次男だ。
マコーレと顔合わせをした印象は、見目は悪くない。しかし、どことなくだらしなく下品な印象がある。そんな感じがした。
「贅沢をさせてもらえて、おいしいご飯が食べさせてもらえる。お前に分不相応」
というのが父母の言い分である。
フィオナも別に不満はなかった。恋を知らない彼女は、相手は誰でもよかった。そもそも恋をする暇もチャンスもなかった。家が傾き社交など不可能だった。よって出会いなどない。
庶民とは言っても豪商の息子だ。レイノール家は箔をつけたかった。フィオナの家は金が欲しかった。かくして利害が一致した両家の身分差も甚だしい縁談が決まった。フィオナは資金援助の為の人身御供だ。母と姉は自分たちの恋愛結婚を尊いもののように自慢する。しかし、フィオナは貴族の結婚を割り切っている。泣いてこの世を儚むようなことはなかった。
もう少ししたら正式に婚約が決まる。
金持ちならば、今ほど厳しい暮らしをしなくて済む。それで十分だった。
何せ実家には金がなく。使用人さえ雇えない。足が痛い腰が痛い、などという両親にかわって家事をしているのはフィオナだ。いい生活がさせてもらえるなら、万々歳。
姉の嫁ぎ先であるムアヘッド侯爵家に援助を頼めばよいのにと思うのだが、それでは姉が肩身の狭い思いをしてしまうから、というのが両親の一致した意見だ。
「それより、向こうのお義母様はどうなの?あなた相変わらず苛められているの?それで今日も帰って来たのでしょう。本当にあの方にも困ったものね。さあ、話してごらんなさい」
メリッサのその温かい言葉にイーデスはいそいそとハンカチを出し、空涙を拭いて、愚痴をこぼし始めた。イーデスは姑と喧嘩してはしょっちゅう実家にもどってくる。そして夫のロベルトが迎えに来るのが恒例行事のようになっている。
フィオナはムアヘッド家の姑と姉は似た者同士なのではないかとみている。彼らは近々敷地内に新居を構え、別居するそうだ。まあ、普通は義父母は家督を譲った時点で領地に引っ込みそうな気もするが、フィオナは社交デビューすらしていないので貴族の社会には疎くてよくわからない。
とりとめのない考えをシャットダウンして、フィオナは刺繍に没頭した。彼女の刺繍の腕前は大したもので、少ないながら家計に貢献している。今は、家の為に稼がねばならない。