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18 夜のとばり

 ルクレシアで過ごす日々は勉強と社交に明け暮れる堅苦しいだけの日々ではなく。時にはマルシェに行くこともあった。


 フィオナはそこでブーゲンビリアを買ってもらった。そして、名士など来ることのない気取らない店で食事をして、おいしいお菓子に舌鼓をうつ。のんびりと過ごして、浜辺で散歩して、露店をひやかし、帰るのだ。

 フィオナは、そんな日々がずっと続くといいと、思っていた。





 黄昏せまる中、フィオナはサロンから、ぼうっと外を眺めていた。この時間はたいていそうしている。アロイスがいても、いなくても……。陽がとっぷりと暮れるまで、そうしている。


「フィオナ、ちょっとこっちに来てごらん」


 戸口にアロイスが立っていた。もうそろそろ陽が落ちる。少し残念だけれど明日また見ればいいとフィオナは思った。


 彼について廊下に出る。それから廊下をしばらく歩いた。するといつもは使わない2階の西側の幅の狭い通路へ入った。

 フィオナはこの通路へは初めて入る。


「アロイス様どちらへ?」


フィオナはてっきり、図書室へでも行くのかと思っていたからだ。


「特等席」


と言って笑った。


 そして廊下の突き当りにいくと、右手に小さな片開きの扉があった。

アロイスが金色の鍵を取り出す。鍵穴に差し込むとカチャリと音がした。真鍮製のドアノブを回すとその先には何とか人がすれ違えるくらいの狭い階段が続いていた。


 アロイスが手を差し出した。フィオナは一人でも上れたが、彼に手をとられ引かれるようにして、階段を上った。

 そして上につくと意外に広い廊下が続き、まだ残る夕日の中で、手をつないだまま廊下を歩いた。その先にはバルコニーがあった。


「ここは……」


絶景だった。夕日に染まる街と海が一望できる。

二人はことばもなく海を見つめた。


 さわやかな海風がすり抜ける。肌に心地いい。残照に包まれる美しい景色に見惚れていた。いつの間にか夜空に星が降るように瞬いている。


「ここは先代のお気に入りの場所だった」


 アロイスがぽつりと呟く。彼が自分の父親の話をするのは初めてだ。フィオナは少し戸惑いを覚えた。


「子供の頃、一度ここへ連れてきてもらった」


 薄闇のなか表情はうかがえない。フィオナは彼の顔を覗き込む事なく、穏やかな声音に静かに耳を傾ける。

もしここで口を開いたら彼が黙ってしまいそうな気がした。


「お前が爵位を継いだら、この場所を譲ると父に言われたよ」

「だから、特等席なのですね」


 アロイスが、夜のとばりが落ちるなか、ふと小さく笑ったような気がした。

 

 ぽっかりと生まれたての銀色の月がのぼる。彼は燭台に火をともした。蝋燭の炎がエメラルドグリーンの瞳に揺らめく。なぜか彼が寂し気な表情をしていると思っていたのに、彼はとても魅惑的な微笑をみせた。

 フィオナはドキドキした。アロイスは端正な面立ちで、スラリと背が高い。しかし、貴公子然としたその姿は、ともすると線の細さを感じさせた。

 彼は、とても頼りになる。でもそれはフィオナからしたら、尊敬できる兄に近い感情だった。だけれど、彼はほんの時たま、こうやって男性を感じさせる。そんなときフィオナはどうしていいのか分からない。ただ、ただ戸惑ってしまう。


「フィオナ、手を出して」


 フィオナが手を出すと彼はそっと金の鍵を握らせた。それは手のひらにひんやりとした感触を残した。アロイスの温かい手でフィオナの手を優しく包み込む。


「これはこの屋敷のマスタキーだ」


 フィオナは驚いて彼を見上げた。


「君にもっていてほしい」


 それは、フィオナとアロイスの部屋をつなぐ扉も開けることが出来るのだろうか。フィオナが驚いていると彼は囁くように言葉を継いだ。


「使いどころは君にまかせる。ただ肌身離さず持っていてほしい」

「はい」


 驚きと戸惑いで返事をするのがやっとだった。


「そろそろ冷えてきたね。下に降りようか」


 優しくフィオナに声をかける。フィオナはこの夜気が名残惜しかった。


 しかし、廊下を抜け、階段をおりるといつものアロイスだった。フィオナはまるで夢でも見ていたような気がした。



 その晩、フィオナはなかなか寝付けなかった。どうにも先ほどのアロイスの様子が気になる。

金色のカギをぼんやり見る。アロイスは肌身離さず持っていろと言っていた。

フィオナはベッドから起きだすとチェストを開けた。

 

 そこには小さなエメラルドがペンダントトップについた金の鎖状のネックレスが入っていた。それは、2回目にマルシェに行ったとき、アロイスに買ってもらったものだ。フィオナがブーゲンビリアをねだった時だ。


 フィオナの瞳の色と同じだからといってサファイヤは買ってもらっていたが、アロイスの瞳と同じ色の石はほとんどもっていなかった。アロイスは珍しくそれを買い渋った。「フィオナ、こんな安物つけるの?」困ったようにそういったのを覚えている。


 フィオナは金の鎖に鍵を通すとそれを首から下げた。

 


 今夜は窓から見える月の色が妙に白々と冴えている気がして、寝付けなかった。







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