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17 ローズブレイド夫妻の取り留めのない日常etc


 ルクレシアは観光や商業が盛んな土地だから、コミュニティーを大切にしないといけないとアロイスから言い聞かされている。



 こちらに来てからというものフィオナは、アロイスと連れ立って出かけることが多くなった。


 なんでも、領主たるもの領地に金を落とすのが大切なのだそうだ。しかし、フィオナは気が引ける。名産のサンゴや真珠の飾りを買ってもらい。この地方特有の薄くて快適な布を使ったドレスを何着か作ることになった。そしてそれらを身に着けて、時折格式のあるお店で二人一緒に食事をするのだった。


 そういう場に出入りすると、ほぼ毎回地元の名士に会うので、挨拶したり、時には談笑したりして、フィオナは彼らの顔を順調に覚えていった。

 時折忘れることもあるが、そういう時はアリアやマリー、二人がいないときはアロイスが耳打ちしてくれる。



 偶然の出会いでも、挨拶だけにとどまらず話し込んでしまう事もある。最初はフィオナも楽しめる話から、だんだん時事や政治などの固い話になる。このあたりの人は会社や農園の経営なども夫だけではなく妻も参加しているようで、知識が豊富な夫人も多い。


 話題から一人置いて行かれるフィオナは、そんなとき微笑むようにしている。長く微笑んでいると表情筋が引きつって口角が落ちそうになり、指で上げたくなるが、そこはなんとか堪えている。

 前についうっかり、無意識で指を口角にもっていきそうになり、寸でのところでアロイスにぎゅっと手を握られ阻止された。胸をなでおろしたのも束の間、相手のご夫婦に「まあ、仲がよろしいことで」などと言われ赤面した。


 アロイスにどうやったら微笑み続けられるのか聞いてみたら、なぜかちょっと嫌な顔をされた。


「フィオナ、訓練あるのみだよ。でなければ、目の前にいる人を君の好きな花だと思えばいい」


 と、いつもは微笑んでいる彼に真顔で返された。

 フィオナは目からうろこが落ちたような気がした。それ以降、心が空っぽの笑顔が板についてきたような気がしている。






 アロイスは、ちょくちょく家を空けるが、最近は長くても一週間位だ。結婚後すぐのように長く留守にすることはなくなった。この時期は毎年ここで領主としての仕事をすると言っていた。その他、北にあるここより広い領地での仕事もあるという。


 フィオナの実家であるキャリントン家は、王都に住んでいたが、父が王宮に登城することはほとんどなかった。ほぼ領地の収入と財産だけで生活を維持していた。

 ここ最近のアロイスをみて、こんなに働く人もいるのだなと驚いた。


 結婚した当時は姉に吹き込まれたことを信じてしまい、アロイスが暇なのかと思っていた。きっと王宮の図書館で眠っていたのは、疲れて仮眠をとっていたのだろうと今では思っている。



 朝昼晩の食事では、ほぼ毎日顔を合わせるようになった。しかし、話題に事欠くことはない。

 だいたい、フィオナがプルメリアやハイビスカスの話を夢中でしていることが多い。アロイスは表面的には微笑みながら聞いている。

 自分ばかりが、植物の日々の成長の話をしていてもいいのだろうか。彼は面白くないのではと思ったこともあるが、アロイスが嫌とは言わないので続けている。おかげで彼はフィオナにとって、いい話し相手となっていた。


 

 初めのころはアロイスが何を考えているのかわからなくて緊張していたが、慣れてくると全く気にならなくなった。

 彼は常に情緒が安定しているようで、だいたい機嫌がよいようだ。フィオナの家族のように突然怒り出したり、姉のように「いつでもフィオナが正しいのよ!」などとわけのわからない事をいきなり言い出して泣き喚いたりしない。

 王妃が「難しい人だから」などといっていたので、てっきり気難しいのかと思っていたが、全くそんなことはなかった。むしろ穏やかな人だ。




 そのうち、アロイスが留守にすると、だんだん寂しく感じるようになっていった。マリーが「旦那様がいらっしゃらないときは植物の観察日記をつけてはどうですか」と勧めてくれた。

 言われたとおりにしてみると、意外に楽しくて夢中になった。そして夢中になって、やっと寂しさを忘れた頃にアロイスは帰ってくる。



 今日はヒマワリが咲いた。フィオナはどうあっても彼に、育てたヒマワリを見てほしかった。彼は食事の時間以外はほとんど執務室で過ごしている。よくジェームスが資料をもって出たり入ったりしている。それにブドウ農園の管理人も時折訪ねてくる。忙しいのだとは思うが、たまには花壇に来てほしかった。


「アロイス様、ヒマワリの種は食べられるのだそうですよ」


 フィオナは朝食の席で、アロイスが興味をもってくれるのではと思い、アダムスから仕入れた知識を披露した。


「そうだね。ここの郷土料理にもあるよ」

「え、そうなのですか?」


 フィオナはまさか郷土料理になっていると思わなかった。


「炒って食べても美味しいけれど、ここでは、肉料理やサラダにも使われてる」

「どんな味がするのですか?一度、食べてみたいです」


 興味が湧いてきたようで、フィオナの青い瞳がきらきらと輝く。


「私はなかなか美味しいと思うよ。王都では食べられないから、フィオナがよければ、今夜食べに行こう」


 アロイスが楽しそうに笑う。


「はい、ぜひ!」


 フィオナは楽しみでわくわくした。


 あれ?なんの話をしていたんだっけ?


 そして、あたかも自ら選んだかのように、今夜も彼女は苦手な格式の高い店に料理を食べに連れていかれることとなる。


「フィオナ、そろそろ家庭教師がくるよ」

「もう、こんな時間!遅れてしまうわ」


 フィオナは慌てたが、きちんとマナーにのっとって席を立った。マナーにダンスに教養の勉強と今日も忙しい一日が始まる。





 ルクレシアにきて、しばらくは遊んでいたフィオナだが、孤児院の訪問以来、また家庭教師が付いた。教養、マナー、ダンス。特に教養に重きを置いて指導されている。彼女が、また雑談怖さに逃げ出すと困るからだ。


 フィオナは素直なので覚えは早いが、あまり沢山のことを一気に処理できない。午後のお茶の時間、二人で窓から海を眺めながめているとき、フィオナはぽつりと弱音をはいた。


「アロイス様、私、ときどき教養の先生が、知らない国の聞いたことない言葉で話されているように思えるんです」


 フィオナは自分で言っていて、混乱してきた。


「ん?……何だか楽しそうだね」


 アロイスがふと視線をそらして俯いた。やはり上手く伝わらなかったようだ。


「いえ、そういう意味ではなくて、時々頭がぼーっとなって、言葉がぐるぐる回っているよう感じなんです」

「やっぱり楽しんでいるように聞こえるよ」


 とアロイスが首を傾げる。フィオナはそんな彼の反応が、もどかしい。何時も驚くほど察しがよいのに、なぜ伝わらないのだろう。それどころか、彼が笑いをこらえているようにすら見える。きっと気のせいだ。


「まあ、理解できなくても、この言葉は聞いたことがあるという程度でも構わないと思うよ」


 そう聞いて、フィオナは少しほっとした。領地の政治的・歴史的背景など聞いてもわからないし、勉強しなくてはと思ってもなかなか頭に入ってこない。

アロイスが再び口を開く。


「でもね。権威のある人間って、そういう話を若い女性にするのが好きなんだ」

「どうしてですか?」


 フィオナは目を丸くした。するとアロイスは、「どうしてだろうね」と言って苦笑した。


「だから、話しかけられたら、上手く返すことを考えるのではなく。興味をもって聞いてあげれば、いいんだよ」


 初めて聞く話だった。


「え、それだけでいいのですか?」

「そ、皆、君の意見は求めていないよ。ほとんどが、持論を披露したいだけだ」

「そういうものなのですか?」


 フィオナは不思議な気がした。


「そうだよ。感心して聞いてあげればいい。ただ、あまり見当違いの相槌をうつと相手も醒めてしまうから、そのための教養だよ」


 フィオナはそんな事とは思いもよらなかった。


「アロイス様。いろんな事をご存じですごいですね」


 アロイスは姉のイーデスとあまり年が変わらない。フィオナは素直に感心した。

するとアロイスが何やら居心地の悪そうな顔をした。


「えっと、フィオナ。私には、それやらなくていいから」

「はい?」


 フィオナが不思議そうな顔で聞き返す。


「あ……いや、何でもない」


 彼らしくなく、はっきりしない言い方だ。それに「話を途中でやめるのは、気になるから駄目だよ」と、この間彼自身が言っていた。


 そういえば、フィオナはこんなところでお茶を飲んでいる場合ではないことを思い出した。


「そうだわ。アロイス様!ヒマワリ、見に行きましょう!」


 ヒマワリの見ごろを逃してしまう。もしかしたら花壇が気に入って、また花の購入を検討してくれるかもしれない。そうすれば庭師のアダムスも大喜びするだろう。




 結局、アロイスは珍しくフィオナの勢いに押され、引きずられるようにして、花壇を見に行った。

 その結果、フィオナの花壇には、近日中にブーゲンビリアが新しく仲間入りするはこびとなった。




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