16 アロイス周辺事情 ~結婚前~
王宮の庭園に咲き誇るバラ。ここでは春から秋にかけて楽しめる。
アロイスは、王妃とお茶を飲んでいた。
「あなたに釣り合う年齢のご令嬢よ。とりあえず募集をかけたら、軒並み来たわ。人気でよかったわね。
婚約破棄の件はそれほどダメージではなかったみたいよ。外国からでもよければ、もっと増えるけどどう?」
募集も何も適齢期の高位貴族の女性はそのほとんどが婚約している。決まっていない家は当然焦っている。
アロイスの前には位の高い順に釣書がならんでいる。まず、あまりにも低年齢のものは王妃の話を聞き流しながらよけた。
それから、アロイスは家ごとに分けた。とりあえず、派閥にどっぷりつかっている家は面倒だ。
この国にも第一王子派、第二王子派はいる。強硬派の家を機械的にはじいていった。すると伯爵家しか残らなかった。さすがにそれより下の爵位の家の釣書はない。
もともと貴族はそれほど数が多くはない。高位になればなるほど少ない。
「そうねえ、援助が必要な家の娘を選ぶっていうのも手かもね。上手くいけば領地ごと取り込めるわ。領地経営の上手いあなたなら、結構おいしい話よね」
王妃は物騒なことを言い出す。
「私を何だと思っているのですか」
アロイスは微笑みながら言い返す。彼女は明け透けに物を言う。彼にはそこまでの考えはない。ただ、王宮での駆け引きすら面倒なのに、妻の実家と思惑が違ったら、もっと面倒ごとが増える。それを避けたいだけだ。すると自然と家格も下がってくる。
気のない様子で、絵姿を見ていく。だいたい、この絵姿というものは、どれも本人より綺麗に描かれていることが多い。ここにある釣書の絵姿はみなそうだ。
なぜ、断言できるのかというと、アロイスは一度ならず彼女らに言い寄られているからだ。別に彼女たちはアロイスを好きなわけではなく、家名が欲しい親に言い含められての事だろう。
取り留めのないことを考えながら、パラパラと見ていくと、その中にあって、ひと際目を引くものがあった。白茶けた髪に、くすんだブルーグレーの瞳の少女。ぼんやりとした印象、美しくもないことで逆に目立っていた。
これで本人より美しく描かれているのだろうか?一人だけ会ったことのない少女の絵姿。それとも記憶に残らなかったのか。
釣書を見るととんでもない条件だった。家に莫大な借金がある。まあ、ローズブレイド家が肩代わりできない額でもなかった。それにしても、よくこの条件で釣書を出してきたものだなとアロイスは呆れた。
さらに追記事項があった。王家が調べたものだ。レイノール商会の次男マコーレ・レイノールとの縁談話が持ち上がっているという。
レイノール商会は悪辣な商売をしていて有名だ。さらに次男マコーレ・レイノールは働きもせず身持ちも素行も悪いと聞く。彼女は家の犠牲だろう。別に珍しいことではない。
そして親族には侯爵家に嫁いだ姉がいる。実家に援助はしないのだろうか。見るとムアヘッド家だ。たしかこの人物は大して問題にならない程度のせこい横領をするし、吝嗇家でもある。
このキャリントン家の娘は、今の自分と結婚するのとマコーレと結婚するのとどちらがましなのかと自嘲的に思った。
アロイスの周りはいまきな臭い状態だ。
「気になるの?まあ、その家なら、借金さえ肩代わりすれば、娘が運悪く、流れ弾に当たっちゃっても文句は言ってこないわよね」
などと不謹慎なことを言いながら、からからと笑う王妃を、アロイスは軽くにらんだ。この王妃は本当に物騒なことを言う。あながち間違ってもいないから、さらに質が悪い。
思えば第三王女の時もそうだった。
国王のいないところで、「エリザベス、別にうっかり死んじゃっても構わないから」などと冗談とも本気ともつかない様子でこっそり耳打ちされたこともある。
あの縁談は、王家からわがままな姫を半ば押し付けられた形で、気は進まなかったが、付帯条件が良かったのでしぶしぶ受けた。
もちろん、公爵家に生まれてきた以上、恋愛結婚など考えたこともなかった。しかし、付き合ってみたら彼女はあまりにもひどかった、妻にしたら一生気が休まらないだろう。付帯条件である肥沃な領地を少し貰えるくらいでは割に合わなかった。
多分叩けば埃が出ると思い、アロイスが部下に探らせていたところ、彼女が不祥事を起こしたので、これ幸いと破棄させてもらった。
あやうくとんでもない者を押し付けられるところだった。確かに彼女を美しいと賞賛する者もいるが、アロイスは見目にはこだわらない。
極端に贅沢ではなく普通の女性なら、誰でもよかった。
しばらく縁談はこりごりだと思っていた。それに今のローズブレイド家は、公にはなっていないが、時折襲撃を受けるレベルで恨みを買っている。
面倒ごとは避けたかったので、それが片付いてからと考えていた。
しかし、そうはいかなかった。第三王女が大人しく浮気相手と結婚せずに、復縁を迫ってくる。面倒くさいことこの上ない。
もう少し状況が落ち着いてからと考えているのに、執事長のチェスターまで、早く身を固めてほしいとせっついてくる。もちろん第三王女以外とということだが。
アロイスの留守が多く、ただでさえ激務のチェスターにあまり心労はかけたくなかった。いずれは身を固めなくてはならない。実は王妃が声をかけるまでもなく、婚約破棄が決まってから、家にも釣書が届くようになった。いつの間にか断る方が面倒になっていた。
アロイスは姿絵がもっとも美しくなく、地味な少女、フィオナ・キャリントンを選んだ。家の事情も含め、一番条件が悪い娘だ。もちろん、自分の妻となる以上流れ弾からはしっかり守るつもりだ。
その後、キャリントン家を調べてみたが、父母とも金遣いが荒く、とくに父親は借金があるにも関わらず、妾を囲っていた。
異性関係を清算する条件で婚約を打診した。
顔合わせ当日となった。続けて家を調べさせた部下から、キャリントン家の窮状は聞いていた。フィオナはめったに外出することなく、気立てがよく可愛らしい娘だという報告もあった。
別に見目も性格も普通でよかった。多少性格が悪くても、第三王女よりましならば構わない。あまりいい娘だと逆に気が咎める。そう思っていた。
顔合わせ当日、父母に連れられて、おどおどしながら現れたフィオナ・キャリントンは、陽の光に透ける金髪に白い肌、澄み切った青い海のような瞳をもった、稀にみる美少女だった。絵姿とは別人だ。
そして、彼女は気の毒なほど痩せていた。
進行役は王妃に任せていた。途中何度か王妃が彼らの相手が面倒になってアロイスに振ってきたが、それを放置した。彼はなかなかユニークで不快なフィオナの両親を子細に観察していた。
その後、一緒に庭園を散歩したフィオナは、異性と話すのは初めてのようで、途方に暮れていた。アロイスはいまどきこんな娘がいるのかと内心驚いていた。聞けば、彼女は夜会にも出たことがないという。
ちょっとほめるとすぐに頬を染めた。さらに褒めると恥ずかしがって逃げ出しそうだ。沈黙が続くと不安そうに目に涙をためる。女性との付き合いには慣れていたつもりだったが、フィオナのようなタイプは初めてだった。感情が面白いくらい顔に出る。見ていて飽きない。
アロイスは、彼女を守れるだろうかと一瞬気持ちがゆれたが、マコーレ・レイノールに嫁ぐよりましだろうと考えることにした。それが自己満足なのは承知の上で……。
彼女は支度金のおかげで素敵なドレスが作れたと言い、ぎこちないが、心がこもった礼をして、晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。アロイスは、フィオナがここに来てからずっとドレスの礼をしたかったのだと分かった。
彼女はあまり教育を受けられなかったらしく、マナーは粗削りだし、教養面も怪しそうだ。更にダンスはきっと踊れないだろう。フィオナの父母がはじめから、爵位の無い金持ちに嫁がせるつもりだったことがうかがえる。
しかし、彼女には不思議と境遇による翳りがなく、マナーがなっていないにも関わらず、どことなく品がある。性格によるものだろうか。おそらく見かけより図太いのだろうとアロイスは判断した。
思っていたより気立てが良さそうなのが気になるが、図太い娘はローズブレイド家には大歓迎だ。
アロイスはとりあえず彼女に家庭教師をつけることにした。彼自身は彼女のマナーが粗削りなのは気にならないが、貴族とは意地の悪いもので、隙をみせると引きずり降ろそうとする。式までには形だけでもどうにかしなければならない。
フィオナと別れたあと、彼女が一度もアロイスに媚を含んだ目を向けなかったことに気が付いた。