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14 フィオナの花壇


 翌朝、食堂へ降りていくとアロイスは、もう出かけた後だった。

「私はお見送りをしなくてよかったのですか」とマリーに聞くと

「明け方の出立だったので、奥様は起こさないようにと言われました」

と答える。


 フィオナはアロイスになんだが悪いことしたような気がした。そういえば今まで彼のことを玄関でお迎えやお見送りをほとんどしてこなかった気がする。


 フィオナはアロイスがわざわざ誕生日を祝いに来てくれたことに、遅ればせながら気が付いた。


 忙しいところを来てくれたのに、感謝が足りなかったかなとフィオナにしては珍しく済んだことを反省した。


 最初の頃は、アロイスには父のように愛人がいて、そこに入り浸りなのかと思っていたが、彼と一緒にいる時間が増えていくと、それは違うのではないかと、いつの間にか思うようになった。

 王妃から、第三王女との件を聞いたせいかも知れないが、フィオナが最初に勝手に思い込んでいたよりも、ずっと潔癖な人のような気がした。


 フィオナは男性のことはよくわからないが、愛人がいるかもしくは娼館通いしている人というのは、きちんとした格好をしていても、どこかだらしなさがあるような気がした。例えば、フィオナの父のように。

 しかし、アロイスは清潔感というか清涼感がある。仕事が忙しいだけなのだろうか?それならば、なぜ「詮索するな」などと面倒くさいこと言うのだろうかとフィオナは首を傾げた。


 「奥様、花の苗が届きましたよ」

 

 その声を聴いた瞬間フィオナの頭は、花壇を花で埋め尽くす計画でいっぱいになった。


 早く苗を植えたい気持ちでいっぱいだった。しかし、ここでも厳しい使用人達の目があるので、マナーに気を付けながら迅速に朝食をとった。

 フィオナは大ぶりの帽子に手袋という日焼け対策を、アリアによって施され、庭に飛び出した。


「奥様、廊下を走らないでください」


 とマリーやジェームスから注意を受けた。フィオナは日々彼らにしつけられている。

 主人に対して、常に一定の距離を保つローズブレイド家の使用人を、最初はよそよそしくて、怖いものだと思っていたが、今では彼らが大好きで敬意を抱いている。


 屋敷の皆が、日々少しずつ成長していく彼女を温かい目で見守っていた。



 瑞々しい緑の生い茂る広い庭をしばらく歩くと、アダムスが仕事部屋にしている小屋へ着いた。

明るい陽光のなか、彼は既に草むしりを始めていた。


「奥様、草むしりが終わるまで少々お待ちくださいね」


 フィオナに気づいたアダムスが声をかける。

 花壇にと思っていた一角がきらきらと光る白い貝殻で囲われていた。


「これアダムスがやってくれたのね!素敵だわ」


 フィオナが感激したように言うとアダムスの横に並んだ。


「私も一緒にやります」


 わくわくした様子で宣言した。フィオナはアダムスから、草むしりのこつや、草は手が切れやすいから気を付けるようにといろいろレクチャーしてもらってから作業に入った。

 雑草は根から取り除かないと、またすぐに生えてきてしまうという。幸い彼女はこつこつとやる単純作業が好きで、嬉々として取り掛かった。


 フィオナは初めてシャベルを使った。サクッと土に入れる感触が新鮮で楽しかった。

 しばらくすると土の中から白くて厚みのある丸いものがみえてきた。結構大きくてなんだか丸まったエビのように見えた。フィオナは指でつついてみた。するとその白い物体が突然うねった。


「ひゃああ!」


 驚いて飛びのいた。

 アダムスがフィオナの掘った穴を覗き込む。


「ああ、奥様、大丈夫ですよ。これ幼虫です。これがいるってことはこの土は、栄養があって花を育てるのに向いてるってことですよ!」


 彼はさわやかに言い切った。

 フィオナは早くも草むしりから脱落した。代わりにアリアがやり始めた。


「アリア、虫、怖くないの?」


 フィオナは後ろから作業を見守りながら、こわごわ尋ねる。


「何言ってるんですか、奥様。かわいいじゃないですか」


 早くもアロイスの言う通り、虫でギブアップしてしまった。アリアがすごく楽しそうでフィオナはちょっぴり羨ましく思った。



 その後、フィオナは水遣り係となった。すぐにヒマワリは芽吹いた。プルメリアもハイビスカスもアダムスに任せたので、しっかり根付くだろう。


「奥様、植物は毎日愛情をもって話しかけると伝わるんですよ。とってもよく育ちます」


 フィオナはなるほど頷いた。

 その日から彼女の植物への声かけが始まった。そうやっていると不思議と情がわいてくる。三日もするとそれが彼女の日課となった。


「今日も頑張っているわね。お水美味しい?もっといる?」


 フィオナはにこにこと話しかけながら、ヒマワリがすくっと太陽に向かって成長する姿を想像した。嬉しくて、自然と顔がにやけてしまう。


「フィオナ、とても楽しそうだね」

「ひぃいい」


 出し抜けに、頭上からふってきた声にフィオナはびっくりして飛び上がった。


「あれ?邪魔しちゃったかな」


 そこにはにこにこと微笑むアロイスが佇んでいた。いつもの貼りつけた笑みではなく本当に楽しそうだ。

 まったく気配がしなかった。いつから、そこにいたのだろう?というかいつ戻ったのだろう?ヒマワリに話しかけていたのを聞かれてしまっただろうか?だとしたらどうしよう。とても恥ずかしい……。フィオナの心臓はバクバクとなった。顔も真っ赤になった。


「フィオナ、今日の予定はジェームスから聞いてる?」


 アロイスが何事もなかったように、穏やかな口調で切り出す。そういえば、朝食の席で、アロイスが戻り次第、ルクレシアの関係施設へ挨拶に行くと聞いていた。

 二人は連れ立って屋敷へ戻った。




 その後、一週間ぶりに戻って来たアロイスといつもより慌ただしく昼食をすますと、外出の準備をした。


 アリアとマリーが髪を結って化粧を施してくれる。訪問着はここにきてから仕立てた薄い生地の黄色のドレスだった。大粒の真珠のネックレスとサンゴの髪飾りを付けた。淡い色彩のせいかあまり派手な感じはなく、清楚だった。


 この間、街に遊びに行ったのとは違い、今度は正式な訪問である。フィオナは緊張した。いつかの王宮の舞踏会の時のように、挨拶の文言を馬車の中でおさらいし始めた。


「フィオナなら大丈夫」


 アロイスはフィオナが膝で握りしめている手をポンポンと落ち着かせるように優しくたたいた。

 その時になって、ようやく気付いた。いつもは向かい側に座るアロイスが、フィオナの横に座っていた。


 あれ?近い?



 しかし、その思いも、馬車を降りるころには緊張で霧散した。そしてフィオナはアロイスに取られた手を、無意識でぎゅっ握りしめていた。ローズブレイド夫人として、きちんと挨拶できますように。



 

 がちがちに緊張する妻の様子を面白がって、夫が横で笑いをこらえていることなど気づきもしなかった。






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