09 王妃とのお茶会
チェスターがローズブレイド家についた一通の手紙をもって来た。王家の印璽が押されたそれはフィオナ宛で、王妃からのお茶会のお誘いだった。
このことを知ったらメリッサはついてきたがるに決まっている。しかし、連れて行くなどありえない。そうなれば、しばらく不機嫌になってしまう。不機嫌なメリッサは手が付けられない。フィオナだけではなく使用人に当たりかねない。
フィオナはあわててチェスターとマリーに相談した。その結果、王妃とのお茶会の件は、メリッサに秘密にし、お茶会当日はメリッサが王都で評判の演劇を観劇できるように手配した。
――アロイス様、綺麗なバラをありがとうございます。
母の為に観劇の手配ありがとうございました。もうすぐ王妃陛下とのお茶会です。マナーのおさらいをして、粗相のないようつとめます。
―フィオナなら、大丈夫。マナーなど気にせず、楽しんで来てください。
その日のお茶会はバラの咲き誇る庭園で行われた。王妃と二人きりの非公式のお茶会はこれで二回目だ。
優美な形状のテーブルには、香りたかいお茶と上品な焼き菓子がのっている。
「このあいだは、いやな思いをさせてしまったわね。エリザベス、困った子」
話というのは夜会でのエリザベスの非常識な態度のことのようだ。第三王女エリザベスは王妃の実子ではない。愛妾の子だ。
「まったく、自由奔放な子でね」
と言うとからからと笑った。さっぱりとした気性で、明け透けな物言いをする。夜会での上品で隙のない姿とはまた違う。こうでなければ一国の王妃は務まらないのかもしれない。
「いえ、そんなことは……とても素敵な夜を過ごさせていただきました」
フィオナは言葉を探しつつ、選びつつこたえた。言った後にこれが正解なのか、不明瞭ではなかったかと不安になった。
「そんなに固くならないでよ。今日はね、エリザベスとアロイスの婚約破棄に至った事情を話そうかと思ってね」
「……はい」
なぜ今更そんな話を王妃はするのだろうとフィオナは思った。アロイスはエリザベスに捨てられたわけだし、別に詳しく聞きたいとも思わない。
「実はね。あれ、アロイスから申し出たことなの」
「え?」
話が見えなくて、フィオナは首を傾げた。
「アロイスがエリザベスに愛想をつかして、婚約を破棄したいって言ってきたのよ」
彼は王家になんてことをいうのだろう。あまりのことに、フィオナは礼儀も忘れ、あんぐりと口をあけた。
「でね。体裁悪いだろうから、私が捨てられたことにすればよいでしょう。なんて言ったのよ。その通りにさせてもらったけれどね」
「……」
フィオナは固まった。
「やっぱりね。彼、あなたにも話してないのね。へんなところ律儀で、プライドが高いのよね。
悔し紛れの言い訳に聞こえてしまうのが嫌だったのかしら。とはいってもこれは今のところ極秘事項よ。一応ね」
と言って王妃は笑う。
フィオナは返答に困った。そんな時は頷くしかない。
「原因はエリザベスにあってね。
もともと容姿に自信があって、いろいろな殿方に色目を使う子だったのよ。それで、結婚前におかしな噂が立っても困るっていうので、遊学させてたの。
そうしたら遊学したさい、ベテランの侍女をいつの間に首にしてね。若い侍女を金品で抱き込んで、連れて行った護衛騎士といたしちゃったわけよ」
「いたしちゃった」の意味が分かった瞬間フィオナは真っ赤になった。不敬にならないのなら、耳を塞ぎたいくらいだった。
王妃はそんなフィオナの反応を見て扇子で口元を覆い、「ふふふ」と笑う。
「まあ、何だかんだで、それがアロイスにバレたわけ。いやになるわよね。もともと彼は、この縁談に乗り気ではなかったわけだし。それに、その護衛騎士も貴族の令息だし、そこそこの家格だから、アロイスが身を引く形でって言いだしたの」
「そうだったんですか」
アロイスがエリザベスを好きなのかと思っていた。だとしたら自分は全く彼の好みではないと、そう思っていた。
王妃はアロイスがなぜエリザベスの婚約者になったのかも教えてくれた。もともと婚約者候補は4人いた。皆、名門貴族の子息か家督を継いでいるものだった。
「あの子ね。面食いなのよ。アロイスが一番見目がよいからって。彼も災難よね」
そこまで話すと王妃は紅茶に口をつけた。フィオナにも「これ、美味しいのよ」と言って菓子をすすめてくる。すすめられるまま口にしたが、話のインパクトが大きいせいか味がしない。
「もちろん、この話は秘密よ。まあ、噂が広がり始めているから、そろそろ秘密ではなくなるだろうけど。
その頃にはエリザベスは東の最果ての辺境伯のもとに嫁いでいるわね。元護衛騎士との縁談も破談になったし、あっ、これもまだ秘密ね」
そうと王妃はウィンクを一つよこした。
「あの、どうして護衛騎士の方と上手くいかなかったのですか」
フィオナはその質問が不躾かどうか考える前に口走っていた。
「う~ん、問題はそこなのよ。エリザベスが、やっぱりアロイスが好きって言いだして、その縁談を蹴っちゃたの。勝手な物よね。それもあって彼の結婚を急いだのだけれど、結局、手に入らないとなったらさらに執着しちゃってね」
だから、エリザベスの手を無造作に振りほどいたアロイスを誰も非難しなかったのかと納得した。
「それで、急遽、国内であの子の引き取り先を探したわけ。まさか王女を修道院にいれるわけにもいかないでしょ」
フィオナはもう第三王女に関しては、何でもありのような気がしたが、とりあえず首肯した。
「事情はわかりました」
「そう、よかった」といって王妃は美しい微笑を浮かべた。フィオナはこれが今回お茶に呼ばれた理由なのだと思った。
「ときにあなた、アロイスと上手くいっているの?」
不意打ちを食らってフィオナの心臓は跳ねた。
「いえね。この間の夜会で、アロイスは仲睦まじい様子をよそおっていたけれど。なんだか、あなたがぎこちなくてね。ああ、緊張していただけなのならごめんなさい。私の勘違いね」
といっても悪びれることなく、嫣然と笑う王妃。フィオナなりに頑張って取り繕ったつもりだったが、バレていたようだ。王妃は二人が仮面夫婦だと確信している。フィオナは再び顔に朱がのぼるのがわかった。それでもアロイスに恥をかかせるわけにはいかない。
「あの、アロイス様に本当によくしていただいて、その、もったいないくらいです」
王妃がからからと笑う。
「いくら、エリザベスから婚約破棄されたからといっても、公爵家だからそれなりに候補者の数はあったわ。結構選べたのよ。その中から、アロイスがなぜ貴方を選んだのかわかる?」
またしても不意をうつ質問にフィオナは素直に答えた。
「うちに借金があるからですか」
言ってからしまったと思った。フィオナは慌てて自分の口をふさいだ。王妃の片眉がくいっと上がった。
「あら、意外に冷静な子なのね。見た目はとても可愛らしいのに」
フィオナは王妃の言葉にどう反応していいのかわからなかった。
「若くして公爵家の家督を継いた身だから、計算高くなければ、貴族社会を生き抜いていけないわ。
エリザベスでこりているし、今度はあっさり弱みを握れて操りやすい家の娘を娶ろうと思うわよね」
王妃はそこまで一息でいうとフィオナの反応をみた。フィオナは驚くこともショックをうけることもなかった。
王妃の言う通りなのだから、間違ってもフィオナの絵姿を見て一目ぼれをするなんて、夢物語はありえない。そこは貴族の政略結婚だ。
「はい。お恥ずかしい話ですが、キャリントン家はアロイス様のおかげで持ち直しつつあります。とても感謝しております」
フィオナがそういうと、王妃の笑みに初めて温かみがこもった。
「あなたのことを試すような残酷なことをいって、ごめんなさいね」
フィオナは王妃の謝罪に驚いて、「本当のことですから」といっておろおろした。王妃は紅茶を一口飲むとまた語り始めた。
「アロイスはね。家族と縁が薄いの。成人する前に両親を馬車の事故で亡くしてね。実の妹は里帰りもままならない遠い外国に嫁いでしまったわ」
アロイスの両親が馬車の事故で亡くなったのは知らなかった。彼は家族の話はしないし、フィオナも詮索はしない。
「エリザベスともめでたく破談になったわけだし、今度は素敵な方と結婚をして、幸せな家庭をもてたらと思うの」
フィオナもそうなったらいいなと思った。ただ、その相手に自分は相応しくないのだろう。彼は心を開かない。
「フィオナ、あなたなら、きっと彼の支えになってあげられると思うわ」
「へ?」
話が思わぬ方向にむき、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「彼は難しい人かもしれないけれど、安らげる場所を作ってあげて。お願いね」
「はい」
王妃に畳みかけられて、つい素直に返事をしてしまった。
「約束よ」
そういって王妃は笑った。どうしましょう。承ってしまったわ。フィオナの心臓はとくとくとなった。
そのあと王妃と他愛もない話をし、お茶とお菓子を楽しんだ。今度はちゃんと味がした。それでも、やはり王妃は少し怖い人だなとフィオナは思った。
――真っ白なユリとても素敵です。
お茶会で、いろいろなお話を伺いしました。お茶もお菓子もとても美味しかったです。もちろん、ローズブレイド家のお茶やお菓子も最高ですよ。
―なんの話をしたのですか?今度ゆっくりおきかせください。
フィオナはアロイスから、花とともにおくられたカードを読むと返事をしたためた。
――スイートピーとても可愛らしいです。
はい、ぜひ、今度ゆっくり。またお会いできる日を楽しみにしています。
なんだか今夜はよい夢を見られる予感がする。フィオナはふかふかのベッドに横になった。