00 フィオナと初めての海
キラキラと陽の光を反射する青い海。
幼いフィオナは寄せては返す波、さざ波の音にはしゃいだ。お出かけ用の真っ白なワンピースを着ている。頭には揃いの白い帽子。これは母にかぶせられたもので、脱ぐととても怒られる。貴族の娘は日焼けをしてはいけないと教えられている。
しかし、初めて見る海の美しさに、そんな教えもフィオナの頭から消えた。
浜辺を波打ち際目指して走った。そして水が打ち寄せるぎりぎりで逃げて遊んだ。
「フィオナ、そんなことをしているとお母様に怒られるわよ」
姉、イーデスの声が聞こえる。振り向いた瞬間ふわりと風が吹き、帽子が飛んだ。そして、ひと際高い波がフィオナのワンピースを濡らした。
フィオナは焦った。服が濡れてその上帽子まで波間にゆられている。
どうしよう。
べそをかいて困っていると、バシャバシャと水音が響いた。見ると男の子が海に入って帽子を拾ってくれた。逆光で彼の顔は見えない。
「どうぞ」
優しい声。差し出されたそれを受取ろうとする。
しかし、フィオナの体を押し、奪うように帽子を受け取ったのは姉のイーデスだった。いつの間にか男の子とフィオナの間に体を滑り込ませている。フィオナを覆い隠すように。
「ありがとうございます。行儀の悪い妹が大変ご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ありません」
イーデスの申し訳なさそうでいて、なぜだか晴れやかな声がきこえる。フィオナは彼女の完璧な礼を後ろから見た。
姉の陰に隠され、助けてくれた男の子の顔が見えない。幼いながらも自分でお礼を言いたかった、自分できちんと謝りたいと思った。
これから、姉が母に、大げさな嘘の話も交えて言いつけるのはわかっている。母が怖いフィオナは泣き出した。
すると温かい手がフィオナの頭を優しくなでる。
「どうしたの。怖かった?もう大丈夫だよ。波は急に高くなることがあるから、あまり海に近づきすぎないようにね。早く着替えないと体が冷えてしまうよ」
とても優しい声。大きなお兄さん。涙にぬれた目でそれだけは分かった。
「僕、もういかなきゃ」
そういうと男の子は踵を返した。
待ってまだお礼を言っていない。フィオナが後を追おうとすると、姉に強く腕を引っ張られた。びっくりしてイーデスを見ると頬をおもいっきりはられた。
しかし、それで泣き崩れるフィオナではない。腹を立てたフィオナは姉の腕にガブリと噛みついたのだった。
その後フィオナは父母に激しく叱られ、晩御飯は抜きとなった。
次の日イーデスは盛んに父ジョージに聞いていた。自分と同じくらいの年の貴族がこの保養地に遊びにきていないかと。しかし、「男爵家なら来ているようだ」というジョージの言葉を聞くと、小さく舌打ちした。
それ以降、イーデスは彼に興味を無くしたようだった。